たーっくさん
そして翌日。
校舎に入るまでは普通の登校風景だった。
重い足取りで階段を上がった私の目の前、六年四組の教室がある廊下に生徒達が溢れて、扉の隙間や窓から中を覗いていた。
何があったかわからないけど、ろくでもないことなのは間違いない。
私は回れ右して廊下を引き返そうとした。
けれど生徒に見つかって扉の前へ引っ張っていかれてしまった。
嫌々ながら教室の中を見る。
そこには生きている人間は一人も居なかった。
全ての席が幽霊に埋め尽くされていた。
昨日の人のような若い女性から、校長先生より年上なおばあさん。
その全員が聖ニコレッタ学園の制服を着ていて、年甲斐なんか皆無だけれど、それでもそこまではまだ許せた。
教室の幽霊の半分は男性だった。
ここは名門の女子高なのに、まるで共学の学校みたいだ。
そしてその全員が、当女子高の学生服を身に纏っていた。
幽霊同士の会話が聞こえる。
「生まれ変わっても聖ニコレッタ学園の生徒にはなれないって神様に言われてしまいまして……」
私は生徒の手を振り解き、廊下を走って逃げ出した。
頭は朦朧とし、はらわたは煮えくり返っていた。
気づいてしまったのだ。
私の制服への恋慕が、幽霊達と同じものだと。
階段を駆け下りて一階へたどり着く。
「あら、関沢先生、ちょうど良かったですわ」
息を切らして立ち止まったところで、校長先生が話しかけてきた。
上で何が起きているのかまだ知らないのか、ニコニコとやけにノンキな様子をしていた。
「不登校の安田ユナさんの話なんですけれどね」
安田ユナの保護者から校長先生に連絡が来た。
検査の結果、安田ユナは、向かいの家の花壇の花にアレルギーを起こしているとわかったそうだ。
その花のせいで、家から出ようとする度に体調を崩してしまっていたのらしい。
「原因がわかって本当に良かったですわ。これで安田さんも学園に来られるようになりますわね」
校長は心底嬉しそうに、修道服から覗くもともとシワだらけの顔をさらにしわくちゃにして笑った。
そんな話を安田ユナの保護者は、担任の私より先に校長先生にしたわけだ。
私はモソモソと口を開いた。
「安田さんが登校しなくなってからずいぶん経ちますよね。
つまり向かいの家の花も、それだけ長い間、大事に育てられてきたわけで……」
どう揉めるのか楽しみだ、というところまでは言わないでおく。
「そうですわねえ。そう考えるとお向かいの方も、悪気はなかったでしょうにお気の毒ですわ。
ですが季節が変われば花は枯れますし、来年も同じ花を植えるのはさすがに遠慮していただけますわよね?
ああ、それにしても関沢先生って良く気遣いのできる方ですのね。
わたくしも見習わないといけませんわね」
ところでそのアレルギー原となる花はこの学園にも植えられている。
生徒が大事に育ててきたというのに、校長は安田ユナただ一人だけのために全て引っこ抜くつもりらしい。
これまた次のトラブルのニオイがする。
何にせよ、これで私には見下せる相手が居なくなってしまった。
安田ユナは憧れの制服を着て元気に登校できるようになる。
「関沢先生、花の処分をあなたにお任せしてもよろしいかしら?」
「エエ、モチロンデス。カシコマリマシタワ」
この善良な校長には、それが嫌われ役を押しつけるって意味なのがわかっていない。
もう、たくさんだ。たーっくさんだ。
花だけじゃなく何もかも全部処分してやる。
私は廊下をふらふらとさ迷い、家庭科室に入ってコンロに火を点けた。
手には教科書を持っている。
つまりは紙の束だ。
燃えやすいものだ。
サラダ油のボトルを手に取る。
火災報知機は鳴らない。
六年四組の教室で大量の線香を焚いているので、火災報知機のスイッチを切ってしまっているのだ。
炎が燃え広がっていく。
私は次の可燃物を探して一階を歩き回る。
先生も生徒もみんな、上の階の幽霊騒動に気を取られている。
逃げにくい上の階に集まっている。
高杉イヤシも壇ノ浦カスミも名も知れぬ変質者も今日集まった幽霊達も。
生まれ変わっても聖ニコレッタ学園の生徒にはなれないって口をそろえて言っていた。
その理由はこれだ。
幽霊が来ても来なくても、きっといずれはこうなっていた。
あいつらの到来は、それを早めたに過ぎない。
あいつらが生まれ変わって六歳になる前に、聖ニコレッタ学園はこの世からなくなる。
終わり




