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二人目と三人目

 高杉イヤシが成仏だか昇天だかした次の日の朝。

 私は教室に入ろうとして、ちょうど飛び出してきた生徒と正面衝突した。

「痛った~い!」

 私が叫んでいるというのに、ぶつかった生徒は振り向きも謝りもせず走り去った。

 その後姿は、不登校児のはずの安田ユナっぽかった。


 教室に入るとデジャビュがあった。

 安田ユナの席に幽霊が座っていた。

 ただそれは、昨日の六歳児とは別人の、大人の女性だった。


 見た感じ、私と同年代。

 つまり二十代。

 にも拘わらず彼女は聖ニコレッタ学園の生徒の制服を着ていた。


「はじめまして、先生。わたくし、壇ノ浦カスミと申します」

 その幽霊は私を見るなり立ち上がってお辞儀をした。

 その物腰はふんわりと優美で、まだ若い割りに品のある女性と言えた。

 年に合わない学生服を着ていさえしなければ。

 そして彼女は訊かれても居ないのに自分の人生を語り始めた。


「わたくしの母も祖母も聖ニコレッタ学園の卒業生でございまして、わたくしも当然のようにこの学園に入学し、小中高と一貫で卒業までを幸せに過ごしてまいりました。

 そしてそれから名門大学に進み、就職も無事に決まりまして、順風満帆という矢先に……

 火事に遭ってあっけなく死んでしまいましたの。

 わたくしは、生まれ変わったらまた同じ人生がいいと望みました。

 アロマキャンドルの扱いにだけは注意して、それ以外は前回と全く同じ人生を歩みたいと祈りました。


 ですがそれはできないと神様に言われてしまいましたの。

 例え生まれ変わっても、他のことは前とほとんど同じにできても、聖ニコレッタ学園のこの美しい校舎に通うことだけはできない、と。

 だから生まれ変わる前にもう一度この学園に来てみたかったのですわ」


 昨日のパターンとは違う。

 私はこの年増の学生服女には早めにお引取り願おうと決めた。

 でないと私の方が生きたまま悪鬼と化してしまう。

 順風満帆、また同じ人生ですって?

 この女は悪人ではなさそうだけれど鼻につく。

 壇ノ浦カスミと関わっていたら、悪鬼とまではいかなくても、年甲斐もなく学生服を買いに走ってしまいそうな気分になった。


「それで、何でこのクラスに?」

「席が空いておりましたから」

「何それ嫌味!? 不登校児を抱えていることへの嫌味!?」

「不登校? まあ、そんな方が実在していらっしゃいますの? てっきり都市伝説の中だけの話かと……」


 私はブチ切れてわめき散らした。

 騒ぎを聞きつけて隣の教室の先生が出てきた。

 定年間近のこのシスターは、話を聞いてみるとなんと偶然にも壇ノ浦カスミの恩師だった。

 なのでそちらの教室に押しつける。


「ですがこちらの教室には空きが……」

「嫌味ですか!? 不登校児が居ることへの嫌味ですか!?」

「そ、そんなつもりで言ったわけでは……」

 恩師が戸惑う。


「空きがないくらい何なんですか!? 幽霊なんだから空気椅子で充分でしょ!? そもそもあの席は安田さんの席であって、空いてるわけじゃないんです!!」

「それもそうでございますわね」

 と、壇ノ浦カスミは意外にもあっさりと受け入れた。

 椅子ぐらい貸してやろうかとも思ってたんだけど、空気のでいいならそれでいいや。





 壇ノ浦カスミが隣の教室に入ったのを確認して、私も自分の教室に戻った。

 安田ユナの席にはまた別の幽霊が座っていた。


 今回の幽霊は、外見は簡単に説明できる。

 メガネデブ。


 聖ニコレッタ学園の人間にも、眼鏡をかけてる生徒も居れば、太っている先生だって居る。

 眼鏡でふくよかな方も居る。

 だけど目の前のメガネデブには、この学園の人間として、絶対にありえない特徴があった。


 この幽霊は男性なのだ。

 そして何より恐ろしいことに、この男性の幽霊もまた、聖ニコレッタ学園の制服を、シャツやリボンはもちろんスカートまでもしっかりと着用していた。


 外見は一言で言える。

 メガネデブだ。

 内面も同じくらいに短く言える。

 変質者だ。


「ボ、ボボボ、ボクは、ず、ず、ずっと、有名で人気な聖ニコレッタ学園に通いたいって思ってたんだ。

 で、でも、願いが叶わないまま死んでしまったんだ」


 ちょうど今日はお弁当のゆで卵にかけるための塩を持ってきている。

 つまりこれをここで使ってしまうと後で味気のないゆで卵を食べるはめになるのだけれど。

 それでも私は大事な塩を思いっ切りぶちまけた。

「出て行けーーーーー!!」


「待ってください、先生! もう少し話を聴いてあげましょう!」

 高杉アイが両手を広げて飛び出して、幽霊に代わって塩を顔面から浴びた。

 昨日の妹の件を引きずっているのだろう。


「高杉さん、相手は変質者ですよ? 幽霊だというだけの理由で同情するのは危険です」

「そんな、見た目が悪いからって中身まで悪い人だなんて決めつけちゃ駄目ですよ!」


 ふむ。

 言われてみれば、もっともだ。

 私は幽霊男に向き直った。


「ボ、ボクはあそこで死んだんだ。屋上から落っこちて」

 幽霊は、教室の窓から遠くに見えるビルを指差した。

「鍵を壊して忍び込んでさっ。カメラをこう構えて身を乗り出してさ、そのまま落っこっちゃったんだ」


「んー、つまり、盗撮をしてたってことかな? この学園を」

「生まれ変わったら女の子になって聖ニコレッタ学園に通いたかったんだけど、神様に駄目だって言われちゃってさア」


 うん。

 悪霊に確定。


 それからはもう大騒ぎだった。

 授業どころじゃない。

 変質者の悪霊が教室に居るのだから。


 生徒の大半は十字架を握り締めて祈り、何人かは聖書を開いてキリストの悪魔祓いのくだりを読み上げた。

 ある生徒は家庭科室から、別の生徒は理科準備室から塩を持ってきた。

 キリスト教系の学園なのにお経を唱え出した子が居たのは、まあ、どこかで覚えることもあるだろうけど、お札を手書きし始めた子にはさすがに驚いた。


 そしてそれらのうちのどれが効いたのかはわからないけれど、私達は悪霊を学園の敷地の外に追い出すことに成功した。

 この日、わたし達は、クラス全員が一つの目標に向かって団結する喜びを覚えた。

 みんなで力を合わせることの快感を知った。

 うん。

 これでまた安田ユナはクラスに戻りづらくなったな。


 悪霊が飛び去ったのとは別の角度に、安田ユナが泣きながら走り去るのが見えた。

 彼女はもう、卒業まで登校しないかもしれない。

 学校に変質者が現れたのだ。

 他の生徒だって来なくなってもおかしくない。





 その日の夜、安田ユナの保護者に面会した。


 安田ユナは決して学校をサボって遊び歩いているわけではない。

 学校に来ないだけじゃなくって、そもそも家から出ていない。

 だからきっと学校だけが原因じゃあない。


 家から出ようとすると体調が悪くなる。

 体調が悪いのも辛いけど、それを精神的なものとして片付けられるのが何より辛いのだそうだ。


 部屋からは出ているらしい。

 部屋からも出ないのであれば、家庭に原因があるとか言えるけど、そうではない。

 どうせなら部屋からも出ないでくれればいいのに。

 それなら私のせいじゃないってもっと言えるのに。




 続く


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