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キューブ  作者: 水野 閖
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008 動作確認

『話変わるけどさ、日本のマグロってモロッコからも運ばれてるらしいね』

 鈴蘭とのキューブ話の後、話題を切り替えてきた。

 影ヒコーキ君(チェーニ)の動作確認の事を思い浮かべていたが、蔭川は返事をしようと携帯に視線を戻す。


『ああ、海産資源はかなり枯渇してるから、かなりの距離を往復してるんだよね。』

『そうそう。一応、国同士で漁業権の売買もあったってニュースでやってた。』


『それがどうしたの?』

『モロッコ沖まで向かった漁船が行方不明なんだって』

 いくら技術が進歩しても、海の上では嵐や困難もあるだろう。

 蔭川は両手を合わせて頭を下げた。なーむー。


『それは、まぁ、人生いろいろあるよ』


『それが一隻じゃないんだって』

 なーむー。


 って、それは怪しいな。何か意図的なのか、偶然なのか。

 自然からの反撃かもしれないけど。


『調べてみようかな』

『あ、クラッチそういうの好きなんだっけ』

 クラッチと蔭川を呼ぶのは鈴蘭だけなので、なんだか特別なつながりを感じる。

 急に身体に電撃が貫いたかの閃きを覚えた。


『うん、まぁ。調べてみるよ』

 影ヒコーキ君(チェーニ)を潜水させて実地で調査すれば移動訓練になる。まさに一石二鳥だ。

『ふーん』

『じゃあ、またあとで』


 まずは距離があっても召喚で影ヒコーキ君(チェーニ)を呼び戻せるか確認して安全確保だろう。影ヒコーキ君(チェーニ)をベッドに放置し、バスに乗り片道一時間で人のあまりいない浜辺へと移動した。

 人の気配のない浜辺だが、念には念を入れ側に設置されている公用トイレへと籠る。蔭川は気づいていないが、彼に向けられた視線も存在していたので悪くない判断だった、のかもしれない。


 無事に呼び出せるか検査して、失敗だったら帰宅が面倒だろうな……。

影ヒコーキ君(チェーニ)、召喚!』

 蔭川の左眼から黒いはんぺん型の物体が顕現した。

 ほっと胸をなでおろし、影ヒコーキ君(チェーニ)を抱えて浜辺へと歩く。


 監視カメラの有無を入念に精査し、映像記録が行われていないのに安堵してからまずは海水に漬けてみた。

 浸水するブーツと豪快に濡れる靴下。

 後悔するも既に遅い。

 

影ヒコーキ君(チェーニ)には温度の感覚はないらしかったが、触覚と視覚で水を感知できる。

 とりあえず、海水による損壊はどこにも見当たらない。

 装甲E1でも十分なのだな。


「次は水圧テストだな」

 水中に潜ると水面がきらきらして、水底も鮮明で幻想的だ。上下する水に揺られるのも心地いい。

 前進させ、少しずつ潜らせる。あくまでも慎重に、だ。


 三m、四m、五m……。


 十m、十五m、二十m……。


 まだまだ余裕とは!

 圧迫感はあまりない。

 (因みに、正確な深さを蔭川がわかっているわけではない。気分を盛り上げているだけだ。)


 でも、許容範囲越えていきなり壊れるなんて事になったらの一巻の終わりだよな。

 お、恐ろしや……。

 少し上昇して、次は水深を変えずに加速してみる。


「は、速っ!」

 水を切り裂き高速で移動する感覚は、スピード狂の気持ちがわかってしまうくらい快感だった。

 魚が止まっているかのようだ!

 その歓喜に浸りながら蔭川本人はトイレに舞い戻った。にやにやしっぱなしである。

 そして、影ヒコーキ君(チェーニ)を急停止させると、水が止まり切れずに後ろから押してくる感覚が残るだけだった。


『召喚!』


 左眼から水滴ひとつない影ヒコーキ君(チェーニ)が現れた。

 両手を握りしめ足を曲げ、爆発するように一気に伸ばした。

 最大級の喜びを表現しているのだ。


「ふ、ふふふ。水中からでも召喚に支障はない」

 周囲を見渡して、再度海に向かう。

 そして、興奮のためか今回は多少乱暴に投入する。


 水深五m程を維持しつつ大海へと高速移動させていく。

 感覚も意識も共有しているが、一応別個体であるのは変わらないので、命令すれば勝手に推考してくれる。つまり、面倒だと感じなくて済むという事だ。


 イメージとしては視覚の隅にテレビの映像があり音声も聞こえているが、別の事に意識は集中させている感じだろうか。記憶も共有しているので、思い出そうと思えば外部メモリからデータを閲覧するように思い浮かべる事が出来る。問題と言えば、記憶とは薄れゆくものでり、影ヒコーキ君(チェーニ)に残る情報も勝手に消えていく。


 何はともあれ、蔭川は意識を影ヒコーキ君(チェーニ)の操縦に集中しなくてもいいのだ。


 蔭川はバス停へと向かう。ここに立ち寄るバスの頻度が少ない、タイミングよく帰りたかったのだ。

 出発がここなのでバスはすでに停車していた。

 すぐに乗り込む。


 バスの中に居ながら時折影ヒコーキ君(チェーニ)視点の水中遊泳を味わい、飽きたらバスから見える景色に意識を向ける。楽なものである。

 まぁ、まだ出発してないので、景色は同じだが。

 因みに、水中にはカラフルな魚が泳いでいるのが殆ど見えない。単に速度の問題で、一瞬垣間見えるだけなのだ。それでも楽しいのだけど。


「少し速度を落とすか」

 モロッコまでは遠いだろうが、魚をゆっくり見るのも一興だろう。

 バスの車内で目を瞑る。


「ん?」

 そういえば、同輩のサミーの趣味がスキューバダイビングでシドニー近郊をよく潜っている。その彼も一度ソレに遭遇して興奮して焦り過ぎたと言っていたが、確かに迫力がある。

 一時停止して二十m程先にたたずむ巨体を眺める。


「ん? こいつ突っ込んできてないか?」

 目の前にいたサメが襲ってきた、ギザギザの歯が閉じるのを咄嗟に避けるが、Uターンして追ってくる。完全に標的とされているらしい。魚と間違えられているのかもしれない。


 急激な角度をつけて曲がったり急停止したりと縦横無尽に泳ぎ、追いかけっこを・・・楽しむ。

 正直言って高速退避するのは簡単なので遊戯である。


「でも戦闘訓練にもなるか」

 次は攻守逆転し、互いを追撃し合う。水中を翻って後ろをとったと思ったら、身体をくるりと回転させて鋭い歯を向けてくる。横に傾けて回避して、互いに向きあい、水中を掻き回していく。


「なかなか面白いけど、そろそろ終わりにしよう」

 サメの横っ腹を滑りぬけた後、ぱたりと方向を百八十度変え、曲線を描きながら方向を変えようとするサメの腰部分に向って急加速して突撃した。


「え……」


 唖然とする蔭川。何が起こったか理解できないように顎を上下するサメ。


 穴が開いてしまったサメは血を垂れ流しながら、少し遅れて悶絶していた。獲物と思っていたものに瞬殺されてさぞかし驚いているだろう。なんだか申し訳ない気持ちになる。


「まぁ、行こうか」

 暴れ狂うサメを横目に戦線離脱してモロッコへ向かおうとする影ヒコーキ君(チェーニ)(と蔭川)だったが、重大な失敗に気が付く。


「あ、これ、やっちゃったな」

 眉間を押さえてバスの外を遠い眼で眺める蔭川。

 運転手しかいなければ叫びたいところだが、三割ほど席が埋まっているので代わりに影ヒコーキ君(チェーニ)を荒れ狂ったように高速移動させて落ち着かせた。


「迷子だわ」

 方角もだいたいで決めていた影ヒコーキ君(チェーニ)だったが、サメとの戦いで完全に詰んだ。

 暗くなっているせいで上がどちらかも不明である。

 そんな状況でも蔭川は降りるバス停を見過ごさなかったのは幸いである。

 複雑な気持ちで降車した。


「こんばんは、偶然ね」

 声を辿って振り返ると、エミリーの姿があった。

 闇に紛れるような黒い革のジャンパーに黒のデニムだ。

 こういう偶然多いな……。


「こんばんは。そうだね」

「何をしていたの?」


 人形のような顔で問いかけてくる。

 世間話なのだろうが、無表情な美人って結構怖い。


「海でちょっとした調べものをしてたんだよ」

「大変ね」


 ん?

 些細な違和感に気が付き、顎に手を当てた。

 エミリーの発言がちゃんとした文章になってる。かなり短いが確実に流暢さが増しているのがわかる。

 疲れていて感動するゆとりがないが、驚くべき進歩だろう。


「エミリー、話すの上手くなってきてるね」

 人形の顔がほんのり赤くなった気がした。

 勘違いかもしれないが少しだけ口角が上がっているようにも見える。

「ありがちう。」


 え、噛んだ? エミリーが噛んだ?

 まさか動揺したのだろうか?

 いや、きっと勘違いだろう。疲れすぎて聞き間違えたんだ。顔が赤く見えるが街灯の光加減や車の赤いランプの兼ね合いに違いない。


「お前かわいいな」

 あー、間違えたよー。

 僕が動揺して失言しちゃったよー。


「ありがとう」

 冷静な返し。

 さらに恥ずかしい僕。


「じゃあ、僕の家こっちだから」

「うん。またね」

 丁度いい事に家の側まで到着していたので逃げるように別れたが、できればあとほんの少し早ければ僕の自尊心は傷つかずに済んだんだよね。


 振り返ると、エミリーが手を振ってくれていた。見送らなくていいんだけど……。

『鈴蘭、ただいま』

 携帯を弄って、自分の住むマンションの一室へと向かう。


『おかえり』

『調査は失敗だったよ……』


『ん?何の?』

 ちゃんと閉まっていなかったドアを開け、しっかり鍵をする。

 まずは喉を潤そうと冷蔵庫へ足を進めた。


『モロッコの消えた漁船』

『ああ、そっか』


 鈴蘭はあまり覚えていないようだった。そもそも調査に熱狂していたのは蔭川だけなのだから当然だ。

 調査は完遂できなかったが代わりに水中での動作テストや戦闘訓練にはなったので無駄ではない。少なくともサメよりは強いのだから海での護衛が必要な時は安心だと判明している。今も方向を見失った影ヒコーキ君(チェーニ)は海中だが暗闇でも周囲を感知できるようなので特に心配はしていない。


「ふー」

 グレープフルーツジュースが疲れた身体し沁み渡っていく。

 蔭川は幸福に身を任せ立ち尽くしていた。


「おい」


「え!?」

 突然後方から聞こえた言葉にびくりと身体を収縮させる。

 見開かれた目の先には、悪臭を放つぼさぼさ金髪のサボサがいた。


「白い坊主の情報が欲しいって言ってただろう」

「あったの?」


「ああ、胡散臭い噂程度だが、聞くかい?」

「お願いします」


 新情報にはそこまで期待はしていないが、労力を割いて何らかの結果を持ってきてくれたのは正直嬉しい。

 眼鏡の縁を指で上げ、サボサが咳払いした。


「三件だ。まず白い坊主が宗教の勧誘をしているとの噂が少しあった。二件目、シドニーでは鳥に話しかけ白い箱をお供えしていたという証言がネットに転がっていたね」

 商談を持ちかけられるのは人間だけと勝手に思っていたが、動物も下手したら植物だってキューブを所有しているかもしれない。少なくともシドニーにキューブ持ちの鳥がいるのは確定だろうな。鳥に扱えるのかはわからないが……。


「三件目の情報無関係かもしれないんだけど、模倣犯らしき人がシドニーで活動しているようだね。こちらはポニーテールの女なんだが、『力が欲しくないか』と謳い文句にしているところが白い坊主と同じだ」

「おお、ありがとう!」


 そういえば、以前ジョージ通りを歩いていて勧誘を受けたな。まさかとは思うが、キューブ持ちかその関係者、或は白い坊主と同じでキューブを配る側なのかもしれない。


「役になったならいい」


 言いたい事は言ったとばかりに彼は去って行った。悪臭だけを残して。

 キューブ持ちの鳥とポニーテールの女を調査してみるか。


蔭川の持ち物

5ヨム

闇S 影ヒコーキ君(チェーニ)(支配者)

F  灰色の守衛・蜘蛛(道具)

F  ただの薬草(魔法)


次回、『同類』ようやく出てくる他のキューブ持ち!それは鳥?え、人じゃないの?

楽しんでもらえれば嬉しいです!

20日12:00頃、更新予定です。

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