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キューブ  作者: 水野 閖
11/29

010 交渉

 午後八時五分。


 暗い大学の池の片隅で鳥に取り囲まれた蔭川と金の鳥の交渉が始まっていた。

 中央には虫や種子などが並べてある。蔭川の餌付け作戦である。

 交渉前に食事を共にするのは重要な根回しであり、人間社会でもよく使われる手法だ。


 偏光レンズに隠れた蔭川の眼がぎらりと光る。


「僕はこういった指輪を探しているんですが、持っていませんか?」


 言葉の壁を打ち砕く為、眼でも理解できるよう指輪を見せている。


「きゅきゅ」

 エミリーの通訳があり、会話はなんとか成立している。

 そして、金の鳥はこの群衆の中心だと判明している。


『あー、あれね。いいよ』

 速攻で決着がついた、と安心したいところだが物を貰うまで気を緩める気はない。

 ジョージと名乗った金のヤンバルクイナの後ろに控えていた黒い白鳥が羽ばたき、そして指輪を銜えて戻ってきた。

 舗装された地面にぽとりと指輪を落とす。


 え? まさか本当にくれるの?

 顔から真意を判断したいが、鳥の表情なんてわからない。

 恐る恐る手に取り、息をゆっくりと吐いた。


「ありがとう」

 いいのかな?

 電撃的に速攻で目的達成したのはいいのだが、このまま帰っていいのだろうか。

 とりあえず指に装備しておく。


『うんうん』

 こういう見返りを求めない性格は好きだ。

 もしかして、食事のお礼のつもりなのか?


「こちらからは情報を提供しようと思う」

『ん?』


 鳥もエミリーもこちらを見ている。


「お腹の紋章を意識してブックと言ってくれないか?」

 紋章にも身に着けた指輪にも意識を向けなければ何もでない。

 逆に意識さえしていれば多少詠唱が間違っていてもブックは出る。


「きゅっきゅ」

 何それかわいい……。

 ジョージの前に冊子が現れる。蔭川の命約ブックと同じ頁数、所有金額、そして項目が記されている。

 鳥たちが騒ぐのを黒い白鳥が一喝して止めた。


 外野が落ち着いてから『売買』に指をつける。もちろん四角が組み合わさった暗号のような表記であり、命約するまでは蔭川にも意味が分からなかった。


「ここを触ってみて」

 ジョージは文字の横まで歩き、嘴で文字を突いた。夜目が利く鳥はともかく蔭川が暗闇で文字を読める理由は不明だ。命約者だからかもしれない。                                 


 教えるのはブックの使い方だ。同時に自分の命約ブックとの違いを確認できるので悪くない。

 リストが現れているのが蔭川にも見える。

 外野の鳥やエミリーにも見えるらしく、一様に驚いていた。

 リストの項目は蔭川の命約ブックと全く同じでAからFの眷属とEからFの平民、道具、魔法が並んでいる。

 値段も同一だ。


「このリストから仲間を購入できる」

『仲間?』

「所持金は五ヨムしかないから買えるのは今の所七種類だけどね」

 買えるものを指で示しておいた。文字が読めるのかはわからないが、元々はキューブの知識だったので大丈夫だろう。駄目なら翻訳すればいい。


『この鳥というのは私たちじゃないか?』

「ああ、うん」


 ジョージが言っているのは『ただの鳥』の事だろう。

 Fランクの道具で売値一ヨム。


『これを仲間にしたい』

 鳥類型ではEランクに『ただの大烏』もいるが、二十ヨムで買えない上にエミリーに必要以上に不審がられるのも嫌なので黙っておく。今さらかもしれないが。


「それなら、仲間にしたいやつを突いてみて」

 意思疎通にも不備なく『ただの鳥』が購入された。

 出てきたカードの『召喚』をジョージが突くと、白い立方体が現れすぐに崩壊する。


「あれ?何も……」

『おお!』

 最初は箱から何も出て来なくて失敗かと思ったが、ジョージには見えるらしい。

 視線の先を注意深く観察すると小指ほどの大きさの鳥がブロックの下でばたついていた。

 キューブと出会ったことはないはずのエミリーも凝視していたがあまり驚いた様子はない。いつも無表情だから仕方ないが、内心ではど肝を抜かれているのかもしれない。


『まだ仲間増やせるか?』 

「うん。あと四ヨムあるからね」

 蔭川は微笑んだ。


 新たな『ただの鳥』が召喚される。

『まだ仲間増やせるか?』

 

 さらに新たな『ただの鳥』が召喚される。

『まだ仲間増やせるか?』


 結局、五ヨム全部使って五羽の『ただの鳥』を購入していたのだが、一羽増やすごとに同じ質問を聞かされたのには少し驚いた。

 計算知識はキューブに含まれていないのだろう。そうなると、当然鳥に計算できるはずもない。


 迷わず全て『ただの鳥』なのは鳥をこよなく愛している表れだろうか。


 僕の蜘蛛守衛さんと違い、同じFランクのくせに音声で意思疎通できていたのは引っかかるが、同じ鳥だからなのか、それとも『ただの~』シリーズは皆そうなのか。


「ブック」


 分厚い冊子が蔭川の詠唱で具現化した。

 手慣れた手つきで購入画面から購入された『ただの猫』が最初の頁に出現した。

 さっと撫でるようにカードを取り、さらに頁をさらさら捲りもう一枚のカードも取り出した。


 ジョージとエミリーは動きを止めて見入っていた。

 外野は飽きたのか安全だとわかったのか、周囲を取り巻くだけだ。


「エミリーには通訳のお礼にこの指輪をあげるね」


 カードと金が抜き取られた指輪がエミリーに進呈された。

 蔭川ににとってはただのゴミだが、指輪自体も特殊な機能があり金を積めば手に入る類のものではない。


 貴重な品であるのは間違いなく、彼女が今後カードを見つけた場合にはいい収納グッズになる。

 蔭川はジョージからもらった指輪にあった一ヨムで購入した『ただの猫』と元からあったFランクの『灰色の守衛・海老』のカードは貴重品バッグに放り込まれた。


 命約ブックを召喚しないのは、ジョージやエミリーにも知られたくないからである。

 これで蔭川の手持ち札は五枚、金は五ヨムである。


 携帯が振動した。


 コートのポケットから取り出した携帯の画面には『ただいま、クラッチ。』と表示されている。


「そろそろ帰ろうか」

「うん」

 こうしてキューブ持ち同士の交渉は終わった。

 鳥の群衆からエミリーと一緒に離れていく。

 振り返ると、小さな点がジョージの周りを舞っていて綺麗だった。


「エミリー、助かったよ。本当ありがとう」

 信号待ちで止まっている間に蔭川は頭を下げた。

 大学の寮は逆向きなのでエミリーが同じ方向に歩く必要も信号を待つ必要もない。

 見送りに付き合ってくれているのだろう。

 ここは送り届けてあげるのが紳士だが、蔭川はそんな柄じゃない。


「私は嬉しい」

「そう? よかった」

 何が嬉しいのかはわからないが、前向きな気持ちであるのは確からしい。

 蔭川は微笑んだ。


 海に沈む影ヒコーキ君(チェーニ)にしても僕にしてもそうだが暗闇にいると溶けだせそうな感覚がある。もしかしたら影に関わる事かもしれないが、少しもぞかゆい。 

 そして、信号の色が変わる。


「じゃあ、またね」

「またすぐに」


 街灯の光と夜の暗さに包まれたエミリーの顔は寂しげだった。

 蔭川の中にエミリーを寮まで送り届けると言う選択肢はない。

 振り返って手を振るだけである。


『鈴蘭、おかえり』

 そして、携帯を弄るのだった。


『聞いてよ』

『何?』

『少年と連絡先を交換しました!』

 ネットで画像を後悔している日本のキューブ持ちの少年の事だろう。

 危機管理能力に欠けている節があるおかげで情報収集は楽だった。

 でも、連絡先交換するのはよかったのか・・・。


『指輪入手する気になったの?』

 力を誇示したいらしい彼が今だに指輪や別のカードを見せびらかしていない事から、指輪内のカード等には気が付いていないのではないかと踏んでいる。


『それはまだわからないけど、面白そうだし』

『少なくとも僕は情報欲しいから嬉しいけどね』


 ・・・


 その数日後、ジョージの住処では大きな変化が起こってしまった。

 池の鳥が興奮し近づく人間を威嚇するようになった。

 その緊迫した空気はバスに乗って公園を眺めた蔭川にも伝わっていたが、授業に直行した。

 通訳なしで荒れ狂った鳥に近づくのは危険だと感じた事もあるが、教授や同輩から情報が手に入ると睨んでいたからである。


「おはよう」

 講義室前の机と椅子が少しある仮設待合室のような場所に座るサミーに話しかけた。

 他の同輩も数人腰かけている。


「おうっ。要、池に居る鳥の話聞いたか?」

 あれだけ威圧感があれば噂にならないわけがない。

 心惹かれる詳細情報があるのか、ないのか!


「荒れてるのは見たよ。何かあったの?」

 偏光レンズに隠された蔭川の眼は期待できらきらしている。

 ゆっくり顎を引くサミーを瞳に写し、水中の影ヒコーキ君(チェーニ)を最大速度で泳がせた。

 喜びを発散させる為である。


「金色の鳥を保護しようと麻酔銃で眠らせて池に踏み込んだら、他の鳥の猛反撃に遭ったらしいよ。重症患者も何人か出たとさ」

「そっか。だからか」

 あの一団を束ねるジョージに危害を加えたら、部下が黙ってないよな。


 蔭川は顔を引きつらせていたが、傍からはにやけ顔に見えているのだろう。

 サミーは苦笑していた。


「今では人間が近づくと威嚇してくるから気を付けた方がいい」

「ありがとう。保護しようとしてた団体って何かわかる?」

「それは知らないな。」


 サミーは両手を挙げて首を振った。

 そう上手くはいかない、か。


「プロテクトだよ。プロテクトって非営利団体」

 座っていた同輩の、誰だったか名前忘れたが、金髪の若者である。

 名前がわかればネットで情報収集できる。


「ありがとう。また保護しに来るのかな?」

「さぁね」

 病院送りにされた人まで出たなら中止するべきだとも思えるが、新種の鳥類で見た目も魅力的なら諦めきれないかもしれない。


 来るならー

「来るなら今度は重装備だろうね」

 サミーは右手を銃に見立てて撃ちぬく動作をした。

 僕は笑ったが、内心どうするべきか悩んでいた。

 ジョージがどうなろうと直接の被害はないが、いい気はしない。


 あえて理性的な理由を挙げるなら、ジョージが保護という名目の調査をされた結果、命約やキューブの事が露見するのは避けるべき事案だろう。政府にキューブ持ちや紋章持ちが狙われる事になったら行動が制限される。


 そんな理論めいた事を思案しなくても、ジョージの生活が奪われるのを黙って見過ごすのは面白くない。

 表立って行動するつもりは皆無だけど、暗躍はさせてもらおうか。

蔭川の持ち物

5ヨム

闇S 影ヒコーキ君(チェーニ)(支配者)

F  灰色の守衛・蜘蛛(道具)

F  ただの薬草(魔法)

F  ただの猫(道具)

F  灰色の守衛・海老(道具)


ジョージの持ち物

0ヨム

―― 不明(不明)

F  ただの鳥(道具)x5


次回、『暗躍』。来たる野生動物保護団体プロテクトとジョージ率いる鳥軍団の戦い!蔭川は何をするのか!?

読んでくれてありがとうございます!

明日12:00頃に続きを記載します。

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