準備万端、お出かけする大魔王様
大魔王様が城下に時折視察へ出向こうとすれば当然の如く警備体制が厳重になり本当の意味での視察など出来ない。
これはどんな時代劇でも物語でもお殿様が行けば当然の如く待ち受ける試練。故に変装して出かけなければ成らないのだが、如何せん比呂斗の額に嵌った黒玉が目立ちすぎる。
そしてルル、フク、ヴィヴィも其々違う意味で有名人であり特徴から正体が露見してしまう。このために態々一つの魔術道具を製作した俺は馬鹿と云われても甘んじてその謗りを受けよう。
名付けて変身ローブ君Vr.1.05。改良に改良を重ねた変身用の魔術道具を作り上げた。何故其処までしたか、理由は簡単、デートがしたかったからだ! 違った本当の視察がしたかったのだ。
実際にデートしたかったのは事実だからまあ、許して欲しい。だが視察もしなくてはならない。だが刺客の問題などがあって普通の外出に関してはルルもフクも許してくれなかった。
そこでこの変身ローブ君Vr.1.05の出番となる。要は俺が大魔王ヒーロであると判らなければ問題ないだろうという訳だ。何せこの魔術道具の優れている点は姿形を魔力によって肉体構成させるという優れた機能付きなので、実際に触っても見破る事が不可能な点だ。云わばルルやフクの変身の法則を魔術によって行うと云う事によって肉体の上に幻術ではない本物を被せるのだから見破れないのである。
恐ろしい物を作ってしまった。これがあれば性別を偽る事さえ出来る。余りにも危険だからと云う事で量産を断念した程の品だ。敵国にでも渡れば危険すぎる。と言っても事象改変能力で作った魔術道具であって俺以外には作れない品だし、かなりの魔力が必要になる為に利用できる者は限られるけどね。
「これで出かけるのですか」
「うむ、折角の魔術道具なんだ、使わねば損であろうし、フクも市場調査にでてみたいだろう」
「それは、確かにそうですが」
「大丈夫だ、一日置きに全員と出かける予定は組んである。偶々視察の順番からフクが最初になっただけだ」
「それならば」
どうもフクは補佐官という立場もあって遠慮しがちな所があるよ。
そう言ってもきっと自分から認めないので先手を打つ。最後には全員で出かけても構わないのだから一日ずつ交代でデート位、いや視察に出かけても問題は無い。
代わりの視察にはルルとヴィヴィが向かってくれるのだがこちらも偽装工作としてルルが俺の身代わりを努めてくれる。実際には耕地の視察になっているからドラゴンに乗ってぐるっと回ってくるだけだが、情報操作は必要だろう。
馬にのって普通に城門から出かける俺とフクちゃんは普通の貴族の男女と云った風貌だ。若干上品な服ではあるが市内ではこれ位で問題ないと親方達からも聞いている。珍しい刀を差しているとは云えサーベルなども存在するので多少の違いで良いんじゃないかと云われた。勿論服には戦闘服並みの付与魔法が掛けられているので戦等になっても遅れをとることは無い。
「ところで、どこの市場まで調査に行かれるのですか」
「その硬い言い回しはノンだよノン!」
「えっと、どこの市場までいくの?」
「もちろん、メインストリートの大通りに決まってるじゃないか」
こうして連れ出している時点で既にデートコースは作成済み。勿論親方よりもその辺りは女性である侍女隊の面々から聞きだしている。特にリオンとベッティにはお勧めデザート店なる所まで詳しく聞きだしている。流石フクちゃん推薦の侍女隊、フクちゃんの好みからなにまで見事に教えてくれた。
警邏詰め所に馬を預ける手配をして指令書を見せておけば帰りにまた受け取る事が出来る。これは近衛のミレーヌからのアドバイスだ。朝と夜は4人で食事なのだが、昼は不定期になり易いためにその場にいる近衛や侍女も常に一緒にご飯を共にするからか色々と協力してくれる事が多い。大魔王としてではなくやり取りが出来ているのではないかと思うとちょっと嬉しい。
普通に一般の市民がデートなんてする時は如何しているのかと尋ねたら、街の中であれば共に買い物にでかけたり、食事を楽しむ他だと劇や大道芸、歌を聴いたりするのだと教えてもらった。だが今は劇はどうでしょうねと云われたのだが、ここに来てその理由がわかってしまった。
「えーと、これは確かに俺が見ても」
「ちょっと恥ずかしいかも」
「だよな」
「ですね」
演劇の題名は『大魔王様と姫君』だった。絶賛大好評と芝居小屋の前で客引きをしてる座長は声を上げているし、続々と人が入っていく。本当に大好評のようだった。
「先の戦の勝利を齎された大魔王様の活躍と可憐な姫たちの活躍、英雄物語だよ! この王都でこれを見てなきゃ潜りだ、実際に行軍した兵士の方々からのお話を元にした我等の英雄大魔王ヒーロ様の活躍を知らないようじゃスイペンっ子たあ言えないよ! 見た人みんな大満足。迫る4万の軍勢をたった1万の軍で蹴散らす大魔王様とお后様達の大活躍だ!」
「なんだか既にお后として活躍した事になってるな」
「まあ、物語ですからね」
「おっとそこのお兄さんと恋人さんかな、時間があったら見てってくれよ」
「ああ、有り難う時間があったら寄せてもらうよ」
流石に自分の活躍した劇を見るほど恥ずかしい物など無いだろうに、見ないよ。
そそくさとその場を離れるとフクちゃんは笑いを堪えていたようだ。ちょっと離れた所まで来た瞬間に堪えきれなくなって笑い出してしまった。いや俺でも笑いたいぐらいだよ?
「プ、ク、ハハハ、駄目ですありえません」
「まあ、本人相手に宣伝を打つって知らないからだろう」
「仕方がないですね、それだけこのローブが良くできてるのでしょう」
「しかし、戦争で被害も無かったとはいえど、思った以上に明るい雰囲気で良かったよ」
「そうですね、死亡者が居ない事もそうですが物流が止まらなかった事も大きいですね」
「それもあるのか、実際市場には物が溢れているな」
「商人達の目論見は若干外れたのもありますね」
「それはこちらにとってプラスになったのか」
「恐らく苦戦もしくは長期化すると買占めに走ろうとした商人もいたようですし、戦争を宛てにして大量の物資が国外から持ち込まれました」
「だけどそれは不要だったわけだ」
「ですから軍事ではなく一般向けに売りさばこうとしてるわけです」
「なるほど、それを我が国の宰相殿は美味く頂こうという訳だな」
「お見通しですね、値崩れが起きないようにですが軍事物資は値段を下げてもらいながらも購入済みです」
「しかし、武器なんかは買い取ってないだろう」
「そうですね、その辺りは国外の業者も困惑しているようです」
「情報収集の上手ではない商人がこうして武器なんかも並べて売ってるんだな」
「ええ、山から取れた鉱石などの事からある程度予想が付きそうな物ですけど」
「しかし、若干そんなのに混じってああいう性質の悪そうなのも国内に入ってきてるのか」
「傭兵ですかね、昼から酒を飲むなとは思いませんが……」
目の前には酔っ払いにしか見えない獣人種が屯しているのだが、無理やり店の店員に勺をさせている。これが国軍であれば即座に炭鉱送りになるのでまさか国軍では無いだろう。
付けている鎧なども皮製と鉄の混ざった物で国軍や警邏に支給している品ではない。
「その方たち、如何なる狼藉か、まったくこれだから田舎の国の者は不調法でイカンのだ」
一人の女性がすっとその場に現れた。止めに入ろうかという所での登場だったので呼吸を外された。
喋った内容からもこの女性が他国の物であると判る、しかし恐らくこの傭兵達は他国出身者だぞ?
田舎者と一括りにされるのは心外だ。
「おうおう、姉ちゃんおれらぁに楯突くってかぁん、ヒィック、いい度胸だ、泣く子も黙る獣魔族連合国家ガルトの魔狼傭兵団だぜぇ」
ガタっと一斉に全ての客が立ち上がった、どうやら店にいた連中の殆どがお仲間だったらしい。
1対30といったところか、流石に分が悪いと注意に入った女性の表情も厳しい物になった。
「同じ獣人か、尚の事性質が悪いな、田舎者は田舎者でも南部の田舎の猪どもか……」
正確にいえば豚のような肥満体だから豚野郎と云いたいところを上品に言ったのだろうか。というか田舎田舎と、この娘も大概に口が汚い。
「ちょっと口が悪いが、助けよう」
「田舎は頂けませんが、仕方ありませんね、本来はお止めしたい所ですよ?」
「たまにはこういうのも悪く無いだろ」
言葉を掛け合いながら剣を抜いて近づき、背後から女性に切り掛かろうとしている輩を初撃で切り倒した。
「助太刀しよう、田舎者で申し訳ないがな」
「同じく」
「む、忝い、なるほどこの国にも義を見て捨て置かぬ立派な方もいるのだな」
「ハハハ、まあそんな所かな」
「警邏がくれば解決するでしょうが、新設地区に比べるとやはり警備が今一のようですね」
「なんだテメエらたたき殺すぞワレェ!」
「構わん切捨てにしてやろう」
「捕縛しないのですか?」
「有名な話で一銭斬ってのがあったなあ、まあ無法を働く者はこの街で容赦されないって事を判らせる」
「確かに、刃を向けた時点で本来死亡確定ですからね」
こうして話しながらも攻撃を躱しながらになっているのだから俺も頑張ってるよねえ、いやホント、あの地獄の特訓は役に立ってます。
「でも、まだまだですよ?」
「お願いだから心を読まないでね」
「フフフ」
「なんだか御両人の腕前只者では御座らんな」
「そういう君も中々やるねえ」
ザシュと切り捨てながらも会話は続く。
いや、しかし警邏の遅さはちょっと拙いレベルだなあ。よいしょっと!
「なああの剣みたいなのって」
「そうだな、あのお芝居の大魔王様のとそっくりだべ」
む、そうか流石にこの刀を抜くとばれるか。
「いやあ、大魔王様のファンも増えたもんだべな」
「ありゃ何処ぞかの貴族様だべ」
「そりゃ大魔王様に肖りたいんだべな」
そ、そうです肖りたいのですよ! せい!
「なかなかの太刀筋だなや」
「うんだうんだ」
「褒められてますね」
「まあ、師匠達が優秀だからな」
「ゲホッ」
「いや、中々にお見事な腕前、その珍しき剣に動き、中々面白い」
「グホォ」
「貴方の剣の流れもお見事ですね、サムラではないですが……ふむ犬神一剣流ですか」
「ギャアアア」
「ほう、判りますか」
「その剣の使い方は魔界では珍しいですけどね」
「ウゲエ」
「いや、だが私からすればお連れの男性の剣の方が興味深い、私の知るどの形の物でもありませんな」
「ヘブラ」
「クソ、俺ら傭兵団を相手になんで此奴ら余裕で!」
相手が悪かったなあとしか云い様が無い。いやしかしこの女性下手をすれば手助けせずとも全員を倒していたかもしれないなあ。
「グハアアア」
最後は勢い余って相手の剣ごと切り裂いてしまった、イカンイカン。
「ピー!ピッピッピー」
遅い、遅すぎる到着だ、これで帰ったら仕事が増えるなあ、警邏の笛が今頃ってどれだけ登場に手間取ってるのさ。まあ俺の責任でもあるけどね。
「仕方ありませんね、帰ったら確認作業です」
「やれやれだな」
「うーんしかし、これは面倒に巻き込まれた」
「何か用事でも」
「いや、仕官に来たのだが……こんな騒ぎを起こした後ではな」
「ハハハ」
「いや、お主は貴族だろうから心配なかろうが、拙者はこれでも真剣なのだぞ、笑うなど酷いではないか」
「いや済まない、そちらの方も悪気があったわけでは無いのだ、其れだけの腕前なんだ確実に雇用されると思うがな」
「そうならばいいのだがな、実はこれでも剣にだけは自信があるのだが、こう胡麻をするのが下手でな、今まで仕官したり剣術指南役として召抱えられたはいいが必ずと言っていいほど難癖をつけられては喧嘩してやめるハメになっていたのだ」
「なるほど、義を見て助けるし、自ら不正を働いてまで雇われるのは御免な訳だな」
「うむ、そして大魔王様ならばと思ってきたのだが……ここだけの話、どうやら好色な方と聞いてな、仕官も如何するか迷っていたのだが、お主の所などで私兵を雇ったりはしておらんか」
こ、好色……ええ、はいスケベですいません、3人同時に結婚しようとしてます、はい。
ウオオオオオ、違うんだよ!
「そこ、笑わない!」
「だって、これは、ク、酷すぎて」
「いや、何お主達程の腕前の下で働けるのであればこの腕を振るってみたいと思うのだ」
「そうか、紹介はできるから、ちょっと待ってくれ」
「何か必要ですか」
「いや、ここの店でペンを借りよう」
「そうですね、では私が警邏に説明をして参りましょう」
カキカキサラサラっと、んでもってペタンと封をして、宛名はそうだな、ヒーロ宛っと。
「これを今日この後で城に持ってくるといい」
「お城に勤めていたのかお主」
「うん、いやまあそんなもんだけど、俺の城で雇おうかと思ってな、そうだなできれば夕刻にきてくれるとありがたいな、この後もう少し市場見学をしたいんだ」
「うむ、よかろう、御当主にはくれぐれも良しなに頼む」
「ああ、じゃあ、一応警邏には話しを通しておくし、御代は俺が払っておこう」
「ありがたい、では後ほど」
いやあ、偶に外に出てみるもんだな、街の改善点も見付かるし、あんな剣士を逃さなくて済んだのは大きい。そういえば名前聞き忘れた。まあいいか後で驚かせる事になるんだし。
それよりも汚れはしなかったし、デートの続きをしないとな。折角お勧めのデザート店を教えてもらったのだ、行かないで帰る選択肢を……だが刃傷沙汰の後にデートかあうーん、様子を見ながら決めよう。
この流れでデザート店ってのは無いからな、川辺にでもいって一旦雰囲気を変えてからにしよう。
「しかし宜しかったのですか」
「何が」
「あの剣士です」
「どこかの間者かな」
「いえ、恐らく問題はないかと思いますが、好色と」
「そっち?」
「ええ、大魔王様に仕えるとしれば慌てふためくかも知れませんよ」
「まあ、それであの腕を逃すのは惜しいだろ」
「そうですね、あの腕前、もしかすれば、名のある剣士やもしれません」
「だろ、だったら好色と言われようが是非とも配下になってもらわないと」
「妻ではないですよね?」
「そんな事ないに決まってるじゃないか」
「3人同時に娶られる好色な方ですから」
「酷いなあ」
「冗談です、世界一素敵な旦那様ですから」
「しかし、フクちゃん」
「なんですか」
「この世界のスイーツはちょっと上品過ぎるな」
「そうですか、お城ではデザートに果物しか出していませんでしたが、こんな物ですよ」
「そ、そうなのか」
うーん甘さが足りないんだよなあ、何ていうか、さっぱりし過ぎてて、そうか砂糖が貴重だからこうなるのか、サトウキビかあとはたしか大根とかからも取れたんだったっけ、うーん今度砂糖の作り方やこの附近で代わりになりそうな物を探さないとな。
デートも十分に楽しめたし……あれ?何か忘れてないかなあ。
市場は回ったし、デザートも堪能して、課題も出来た。
あれ?
「ヒーロ様、助けた剣士の件、間に合いますか?」
「おお! それだ急ごう」
完全にデザートの事などで女性剣士の事を忘れていた比呂斗は急いで王宮へと走り出したのだった。




