大魔王様の威厳の示し方
「予想外の展開ですね、やはり大魔王の降臨は事実だったようです」
一人の青年が上空から戦場を俯瞰して呟いていた。誰に向けてという訳では無く独り言を呟いていたのである。その表情は一見穏やかではあったが、内心の怒りを表すように鋭い眼差しでスイペン王国軍を睨んでいた。
「私の事象改変能力を悉く防ぐとすれば大魔王ぐらいの物……
戯れに行った勇者召還魔法の結果がこれでは笑えませんね」
聖戦発動をすると豪語した大司教の自信はこのユイキスの存在を知るからであったが、その力がまさか通用しない相手が存在するなどとは考えてもいなかったのである。
「しかし、4万の軍で1万の軍を破る事も出来ないとは、我が信者の軍とは情けないものです。
一度天罰でも与えて置いたほうが後々強力な軍になるのでしょうか……」
物騒な神であるが、信仰の力が神と言われる存在の力でもある。恐怖を与える事も時には信仰を広める事をよく知る者だからこそ洩れる本音であった。
「一度神託を与えるとしますか、今回は私の力だけでは勝てそうもありませんしね、みすみす信者を殺す必要も無いでしょう、生贄は大司教一人で我慢してあげましょう」
ユイキス神はそう呟くと姿を消した。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「どうして私が!」
「ユイキス神様からの神託が私達全員に告げられたのです、この聖戦は貴方による偽りの物である、よって誅すべしとね」
「な!」
「貴方の欲望によって齎された争いであるならば我等は停戦の為、ユイキス神様よりのお告げの通りその首をもって停戦する事になりました、貴方は神に逆らうとでも言うのですか?」
「ありえん!
私こそが神託を受けて聖戦を発動するようにユイキス神から神託を受けたのだぞ!
それを、私を殺して停戦だと、不作戯るな!」
『残念ですね、では天罰を……』
「きさ……ぐぁあああああ」
晴れた空から齎された一筋の雷光が大司教を貫き彼は言葉を発する前に黒焦げとなって命を失った。
彼が最後に何を言いたかったのかその場にいた誰も理解はできなかったのである。
そして戦犯責任を全て彼に押し付けた司祭達はそれぞれの騎士団を率いて国へと帰国する、次の大司教に己が成るべく活動をしなくてはならないのである。
黒焦げの死体だけがその場に残されたが、兵士によって首を落とされ敵陣へと運ばれていった。
哀れな男の末路であった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「それで休戦の申し出という事か」
俺は本営のテントの中でフクからの説明を聞いていた。休戦の使者がやってきた為であった。
「そのようです、ヴィヴィに確認させましたが黒焦げではありましたが、大司教本人の首であるのは確かであると」
「事象改変能力を放っておいてその対応か、途轍もなく性質の悪い神だな」
「一番争いを好む神として有名です、信仰の異なる神に対しても幾度と無く戦争を仕掛けていますから」
「よくそれで信者が増えるな」
「死に対する救いと称して広まった宗教ですから、神の為に戦えば天国へ行けるとさえ教義にされているそうです」
「そうか、しかし、神というからにはもっと力があると思ったのだがな。
さらに上位の存在でもいるのか?」
「いえ、魔王と基本的には変わらないと御説明した通りです、それぞれ力にバラつきもありますし、一番力の強い神は他にも居ますが、ユイキスなどに若干信仰を取られている為に力は弱まっています」
「信仰が力の源でその為に争いを起こす神がいるなんて、本末転倒だな」
「魔界は其の点、そういう括りでの魔王ではありませんので」
「まだまだ勉強する事があるな、よろしく頼むフク」
「お任せ下さいませ」
この後も続くであろう戦争を考えるともっと色々しなくてはいけない。
大魔王となって初めて戦争は、比呂斗がその肩に背負う責任を重く感じた戦いでもあった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
ともかく防衛が成功した事は事実である。殲滅はできなかったが当分は戦争の危険性も去った。問題は山のように出てきたが、先ずは戦勝の宣言を行う事になった。
「勇敢なる戦士達よ!
貴君等の働きによってユイキス教の侵攻から我等が国を守る事が出来た。よって首都に戻り次第祝賀の宴を執り行おうではないか」
「ヒーロ大魔王様万歳!」
「ルシフェル様万歳!」
スッと手を上げて全員を見渡す。それだけで一瞬にして静寂が訪れる。
「そして我が要る限りユイキスの事象改変能力はこの国の兵を傷つける事は出来ない事が証明された。一兵も失う事無く終えた事を我は何よりも嬉しく思う。凱旋し我等の勝利を国民へと届けようぞ!」
「我等が大魔王様の為に!」
「最高の勝利を祝して!」
死者を出さずに防衛を成功したのは良かった、そう素直に喜ぶと同時にもしかすれば喝采を上げている誰かが死んだかも知れないと思う恐ろしかった。そして戦い倒した敵は悲しむ家族がいる事も思えば戦争という手段を用いたユイキス神に対する怒りが湧き上がるのだった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「さて、それでは今夜の宴用の衣装を着ていただきます」
そうだった、これが待っていたんだった。
謁見など公式の場にでる際に侍女隊から着せられるゴテゴテっとした王様衣装である。
はっきり言おう、面倒な衣装すぎると。
そこで普段着に使用している戦闘服を一着だけ高級素材で作らせておいたのである。
抜かりは無かった。
「本日からは公式の場においてもこの服装でいく、付与魔法も掛かっているからな」
「しかし威厳というものも必要で御座います」
「それは理解しているがな、その衣装で威厳と言われても動き辛い上に古風に過ぎるぞ」
「しかし、全身が黒一色というのは……」
「そこでこの装飾を用意した」
侍女隊の面々に説明する為に用意しておいたのだ。
闇輝人の職人に頼んで作らせたカフスなどを装着していく。
そして軍隊風の飾緒を作らせた。これは近衛兵用などで統一した色を採用している。金色は魔王以上、銀色は貴族、それぞれに編み方や色などで階級がすぐにわかるようにしてある。近衛は自分の身分にプラスして赤色の飾緒をつける事になっている。文官なども同じように決められている。ドレス用にとブローチで示す種類も用意してあるので好きなほうを選ぶようにと伝えておいた。それに勲章の類も用意し階級章もつければ普段のコートがそれらしく見えるから不思議である。
侍女隊の面々も納得したようだったので隠し球を出すことにした。
「これ、侍女隊専用のカチューシャなんだがどうだろうか?」
「これを私達にですか?」
「なにか侍女隊にも統一した物があってもいいかなと思って作らせたのだが」
「有り難う御座います」
無事説得ができた。
うん、これで気軽に食事が出来る。
あのヒラヒラがついた変な服だと気軽に食事も出来ないからな。
「では会場へ向かうぞ」
「御案内致します」
威厳を食事のし難さで嫌う大魔王ヒーロであった。




