最終話 琴瑟相和(きんしつそうわ)
ようやく完結です
部屋の中は薄暗く、わずかな光に包まれていた。
メインの照明は落とされている。代わりにつるされているランタンから淡い光が発せられ、部屋をほのかな紅い色に染めていた。
「えへへ……セイジ様……」
部屋の中央に敷かれた大きな布団の中で、クレアがセイジの首元にしがみつき、甘えまくっていた。
セイジはそんなクレアの頭を腕枕してやりながら、もう片方の手で頭を撫でている。満足そうな表情で甘えてるクレアに対し、セイジはどこか難しい顔したまま、頭を撫でていた。クレアの「おねだり」に屈し、今は事後の甘々タイムだ。
もっとも甘えまくっているのはクレアだけで、セイジの方は何とも言えない表情でクレアを抱きしめている。
男性特有の終わった後の賢者タイム(笑)と言うだけではなく、セイジはアンニュイな気持ちになっていた。
一年前と一番変わった事……それがセイジのいわば夜のセイカツだった。
昔から自分は情欲が薄い方だと思っていた。普段から女を求めることはなく、仕事が終わった時や、何かのついでに商売女性にお相手願うだけで、特定の恋人を作ろうという気を持ったことない。
それで別になんの問題も無かった。だから自分はそういったことに頓着しないのだなと思い込んでいた。
しかし、初めてクレアと結ばれてから、それが違ったのだと思い知らされた。
初めはクレアの体に戸惑いを隠せなかった。解ってはいたものの、男の娘であるクレアとの愛し合い方に四苦八苦していた。
なんで男の娘なんだ!! と急に叫びたくなることもあった。
しかし、方法は違えど、基本的には男女の愛し合い方と変わるものでは無い。マルヴィクスに越す頃には二人とも愛し合い方を解るようになってきた。
そしてタガが外れた。毎晩毎晩クレアが欲しくてたまらなくなる。
セイジ本人が戸惑うほど、クレアと愛し合いたくてしょうが無い。まるで覚えてたての猿だ。自分はここまで我慢が出来ないかとショックを受けるほどだった。
対してクレアもセイジを受け止め続けた。それどころかクレアも積極的に「おねだり」するようになった。
二人で過ごすようになってから、クレアはセイジを「旦那様」と呼ぶようになった。何ともむず痒かったが、どこか心地よい呼ばれ方にセイジも止めさせたりはしなかった。
ところがおねだりする時は、出会った頃の「セイジ様」と言う呼び方に変わる。ただ呼び方を変えられただけなのだが、セイジはそれだけで心を大きく揺さぶられる。
クレアは基本言葉に出して求めない。ただセイジにすがりつき、胸元からじっとセイジの目をそらすことなく上目遣いで見つめ続けるだけで、セイジが動かない限りキスすらしない。
その瞳に見つめられるだけで、セイジはどうすることも出来なくなる。一気に頭に血が昇り、目の前が白くなる感覚がする。気が付いたらクレアを抱きしめ、唇を貪っている自分がいる。あとは寝室に行き、満足するまで求め合う。
今までは用心のため刀を抱きしめて寝ていた。もし何かあった時、すぐさま反応出来るようにだ。今は刀は寝室の脇に置き、クレアを抱きしめて眠っている。もう刀を抱きしめて眠る事など出来なくなっていた。
眠りも決して浅くなく、深い眠りだ。朝気が付いたら、抱きしめていたクレアがいなくなっていることがある。もちろん先に起きて朝食を作っているのだが、隣に寝ている人間が起きたにもかかわらず、自分が目を覚まさなかったと言うことに愕然とする。
あまりにも気が抜けている。完全にクレアに溺れきっていた。
グラン爺さんはセイジを餓狼と称した。何に飢えていたのか? それは愛情だ。
セイジは早くに両親を失った。死を確認したわけではない、数十年帰ってこないから死んだのだろうという不明瞭な死別だ。
一番甘えたかった子供時代に両親がいなくなり、生死は不明なまま。はっきりとしない心のもやもやと寂しさを、セイジは剣と魔法の修行で紛らわした。いや、誤魔化した。無理矢理に熱中する事によって忘れようとした。
一心不乱に修行をした。恋人を作ることも、友人を作ることも捨て、剣と魔法に全てを捧げた。元々の天稟もあり、セイジは20才でほぼ剣と魔法を極める程の上達を見せた。
愛情を知らぬまま旅に出て、女を覚えた。初めての体験も、こんなもんか程度の感覚だった。
商売女との関係はあくまで肉欲を紛らわせるだけのモノだ。セイジが心の奥底から求めていた愛情とは真逆のモノだった。
セイジは常に飢えていた。だが、本人は飢えていたことを知らない。今も解ってはいないから戸惑っている。
クレアという伴侶を手に入れたことによって初めて愛情を全身に浴びた。乾いた砂漠に大量に注がれた愛情という水は、すぐさま地面に吸収されていく。注がれても注がれてもすぐに吸い尽くしてなお求め続ける。
そして、それはクレアも同様だった。
男性の器に女性の中身。歪んだ体に絶望し、愛することも愛されることも諦めていた。
そこに現れた、セイジという存在。全てを受け止めて、受け入れてくれた。運命の良人と巡り会えたのだ。
クレアも愛する愛されると言う事に飢えていた。飢えていた者同士が出会い、互いの飢えを満たしあった。長年の飢えを満たし合おうと際限なく求め合ってしまう。
クレアはその事に素直に受け入れていた。エミリーナは不義密通は厳しく処罰されるが、夫婦間の営みに関してはなんの制限もない。
むしろ子孫繁栄の観点から「愛し合うことは良いことですよ」と推奨している面もある。生粋のエミリーナ信徒であるクレアは隠すことなく、素直にセイジを求める。
対してセイジの方は戸惑いを隠せない。ストイックに30年間生きてきたためか、どこか抵抗感がある。婚約し、今は籍を入れているのだからなんの問題も無いのだが、どうしても終わった後に「俺はこのままで良いのか」と考えている自分がいる。
終わった直後はもっときちんとしなくては、と思うのだが次の日になればまたクレアを欲している自分がいる。それに悩む終わらない堂々巡りの日々だった。
唇に何か触れた感触がして、セイジは思考から引き戻された。
もちろんクレアの唇だった。クレアがキスを求め、セイジの唇の中に舌を割って差し込む。それに応じながらクレアを自分の方に強く抱き寄せた。
「……はあ、セイジ様」
長く続いたキスから唇を離すと、クレアは両手をセイジの髪の中に差し入れた。そのまま固定し、再びキスをしようとする。
目がとろんとして、熱い熱を帯びていた。クレアの「おかわり」のおねだりだ。
「だ、だめだクレア。体調のこともある。今日はもう寝よう」
セイジは慌ててクレアの手を引きはがした。誤魔化す様に自分の胸元に抱き込む。
「大丈夫ですセイジ様。クレアの体調はもう……」
「ダメだ! 別に今日だけじゃない。マイナにはしばらく逗留するんだ。急ぐことは……」
「本当に大丈夫です。セイジ様もご存じでしょう? メルドムに到着したあたりから目眩もなくなりました。迷惑をおかけした分、セイジ様に恩返ししたのです」
「いや、確かにそうだが……」
「セイジ様はクレアとするの、お嫌ですか?」クレアがセイジの腕の中からじっと見上げていた。
うう……と唸ってセイジは黙る。
もちろんセイジとしてはもう一回どころか、まだ数回出来る。というかしたい。だが、自分の奥底で「ダメだ!」と叫んでいる部分がある。
別に理性がどうのうという話ではない。それには今回マイナに訪れた本当の理由が絡んでいた。
今回のマイナ訪問の本当の理由。それは湯治だった。
その対象はセイジではない。クレアだ。
クレアは一月ほど前から体調を崩していた。倦怠感や目眩を訴えることが多くなり、微熱が続き、食事直後に吐いてしまうこともしばしばあった。
当初は風邪だと二人とも思っていた。体を暖め、じっくりと休ませた。
ところが一向に体調は良くならない。波はあるが熱は常時高めで、酷い時には何も食べられないくらいになることもあった。
クレアは体のこともあり、体調不良の時は母であるセリアが検診する。しかし、セリアにも原因がよく解らない。
「うーん……疲れ……なのかなあ」セリアは顔を曇らせ呟いた。はっきりとした症状が解らなかったからだ。
セイジはそれを聞いて顔を強ばらせた。自分がクレアを無茶させたと思ったからだ。
セイジとクレアは一緒になってから、ほぼ毎日求め合っていた。セイジから求めると言うよりはクレアからの方が多いが、応じたのは事実だ。つい盛り上がってしまい、夜深くまで愛し合い、次の日の昼まで寝てしまうこともしばしばあった。
セイジは鍛えていることもあって、体力は並の男以上にある。それにクレアを付き合わせてしまったと感じたのだ。
その日以来、セイジはクレアに無茶させないよう、夜を控えるようにした。クレアも体調が悪いのに無茶は出来ないと感じたのか、おねだりを控えるようになった。
そして、今から2週間ほど前、事件は起きた。
その日、クレアは大変体調が良かった。
目眩もなく、体も軽いと言って朝から働きまくった。たまっていた洗濯物や掃除など朝から晩まで動きまわっていた。
夜も久しぶりにクレアの手料理を味わっていた。最近はセリアが手伝いに来て夕飯を作っていた。セリアの料理も美味いのだが、クレアの料理の方がセイジには断然うまく感じた。
食後、セイジは食器を洗うクレアの姿を眺めながら酒を飲んでいた。クレアが鼻歌交じりに台所に立っている久しぶりの光景を肴に、つい酒が進んでしまった。
それがいけなかったのか、いつの間にか背後からクレアを抱き竦めていた。酒に酔ったのと禁欲生活が、ふらふらとセイジを夢遊病者の様にクレアの元に導いてしまっていた。
クレアは驚いたが、いやがらなかった。セイジから求めてくること自体、久しぶりであったし、自身の体調不良でセイジに迷惑をかけているという負い目があった。
そして次の日だった。昨日遅かったせいかぐっすりと昼頃まで眠っていた。
ドタン! と何かが倒れる音にセイジは飛び起きた。
見ると、隣に寝ていたはずのクレアはいなかった。上着を引っかけ、台所の方に行ってみるとクレアが尻餅をついていた。どうやら音は転んだ音だったらしい。
どうした、と近づいて異変に気が付いた。
クレアの目の焦点が定まっていない。どこか遠くを見るように目が小刻みに震えている。
「だ、旦那様」声もかすれて、引き攣ったような感じがする。
「クレア! そのままいるんだ。すぐに運んでやる」
「い、いえ、大丈夫で……」
自分で立とうとしたクレアが、今度は前につんのめった。慌ててセイジが手を伸ばし捕まえたため、床に叩き付けられることはなかったが、クレアはそのままぐったりと体を折って動かない。
「クレア!」
呼びかけたが反応はなかった。尋常ではない事態に、セイジはクレアをベッドに寝かし、寝間着のままセリアを呼びに家を飛び出した。
幸いにもセリアは家にいて、昼食を取っていた。いきなり寝間着のまま飛び込んできたセイジに驚いたが、クレアが倒れたことを聞き、慌ててセイジの家に向かい、クレアの様子を見る。
「う、うーん」いつものように……いや、いつも以上に眉を寄せ、セリアは唸っていた。
「これって……でも……どう考えても……あれよねえ」
ベッドの上で上半身をはだけさせたクレアを触診しながら、セリアはぶつぶつと呟いていた。
クレアは熱い息を吐きながら、眠っていた。苦しそうな息はだんだんと収まっていき、すぐに普通の呼吸音へと変わっていった。
セイジは部屋の隅っこで身を縮め、正座していた。別にそうしろと言われたわけではなく、何となく正座して、顔を俯かせて汗を垂らしている。その姿はどう見ても悪いことをして正座させられている図にしか見えない。
「……大丈夫、貧血の酷いのを起こしちゃった見たい」
言いながらセリアは振り向いた。セイジは顔を上げ、セリアを伺い見る。
「昨日は体調良かったみたいだし、張り切り過ぎちゃったのかな? 旦那様?」
「い……いえ……その……」
滂沱の汗を垂らしながら、セイジは再び俯く。
「ごめんなさい、嫌みを言ってるわけじゃないの。もうクレアちゃんは大丈夫よ。心配しなくていいわ」
「そ、そうですか。よかった」
ほっと息を吐き、セイジはクレアの元に近づいた。確かにクレアの表情も落ち着き、深い眠りについているようだった。
「婿殿もクレアちゃんもメルドムの慰霊イベントには行くじゃない」
「は? ええ……はい……」
急に話が変わって、セイジは戸惑いながら頷いた。
メルドムの慰霊イベントの際に二人の結婚式を挙げることになっている。しかし、今のクレアの状態ではそれどころではないのではないか、と考えていた。
「それが終わったら、しばらく二人で湯治に行ってきたらどうかしら。ほら、近くに有名な温泉町があったよね?」
「ええ、マイナですね」
「そう、そこ。そこに新婚旅行もかねて、一月くらい湯治したらどう? 結構効果あるって評判だし……」
「はあ……」
「クレアちゃんからも聞いたんだけど、二人の思い出の場所でもあるのでしょう? そういった所でゆっくりと休ませたら、クレアちゃんもよくなるんじゃないかな?」
「なるほど……」呟きながら良いかもと思った。
セイジもマイナの温泉の評判は聞いている。肩こり腰痛はもちろん不治の病すら治ったという眉唾物の話すらある。
ともあれ温泉でクレアをじっくりと休ませるというのは良い考えだった。マルヴィクスにいてもちっとも良くならない以上、気分転換の意味も含めて行く価値はある。
「クレアと話し合って決めたいと思います」言いながらセイジの腹は決まっていた。
「大丈夫よ、心配しなくて。きっと悪いようにはならないわ」
そう言ってセリアはセイジに笑いかけた。
そうして二人はメルドムの後、レナードに頼んでマイナに馬車を出して貰った。ついでにレナードも新婚旅行代わりにと、マイナに数泊することに決めたのだった。
そういった経緯がある以上、クレアに無茶をさせるわけにはいかなかった。
だがクレアの言う通り、最近の調子はすこぶる良かった。途中のイベントも結婚式も、何事無く終了した。途中で倒れやしないかとはらはらしていたのだが、クレアの体調は目に見えて良くなっていた。
とはいえ、2週間前の大失態がある。一回目は流れもあったが、ここは夫として強い立場でクレアを止めなくてはならない。
「クレアの体調を旦那様がご心配なさっているのは解ります。でも、もう目眩も倦怠感もありません。少し熱っぽいのは変わらずですが、今は吐き気もありません。食欲も十分ですし、しばらくは大丈夫です」
「いや……しかし……」クレアから視線を外し、セイジは言い淀む。
クレアは引き下がらなかった。夫に迷惑をかけていた自責もあったが、それだけではない。
クレアも寂しかった。それまで毎日のように愛し合っていたのに、クレアが体調不良を訴えてからその回数は激減した。特に倒れてからは一切セイジは手を出さない。日中は一緒にいるし、寝る時も抱き合って眠るが、何か満たされない気持ちでいっぱいだった。
この体調の悪さには波があるとクレアにも解ってきた。良い時と悪い時の並の差が激しい。今はとても良い時期であり、この気を逃せば次は何時になってしまうか解らない。だからこそ、この思い出の地であるマイナの旅館で結ばれたいという気持ちはとても強かった。
クレアが下がらないと察したセイジは、別の理論で攻めることにした。
「その、明日も仲居さんが布団上げに来るわけだし、7時半には朝食だし、家とは違って昼までのんびり寝ているわけは……」
「あ、あの大丈夫です。明日布団上げの方はいらっしゃいません。あと、朝ご飯もありませんし、お昼までゆっくりと寝ていられます」
「へ?」初耳だった。布団上げはともかく、朝食がないというのはどういう事だろう。
「……セイジ様、お腹減りましたか?」
「え? ああ、まあ小腹は空いたかな……」
セイジは腹を撫でながら答えた。食事から4時間近くたち、少し腹は減っていた。
「では、少々お待ち下さい。」
クレアは脇にあった浴衣を纏うと、どこか嬉しそうに廊下の方に向かっていった。セイジは呆然とその後ろ姿を目で追っている。
すぐにクレアは戻ってきた。両手で何か四角い箱を抱えている。
それは黒塗りの二段重ねになっているお重だった。クレアはお重をセイジの前に置いて蓋を開けた。
「お夜食兼明日の朝食です。どうぞ」
中にはおにぎりが所狭しと詰められていた。海苔が巻かれた定番のおにぎりに赤飯やおこわのおにぎりもあった。
「これって?」
「セイジ様がお爺さんの所に行かれている間に、女将さんにお願いして調理場をお借りして作っておいたのです。今は涼しい季節ですし、入り口付近に置いておけば明日までは大丈夫です」
クレアは言いながらお重をずらした。2段目の方は敷居で二つに分かれ、片方には唐揚げや卵焼き等冷めてもおいしく食べられるおかずが詰まっており、もう片方にはお手ふきや割り箸が入っている。
「どうぞ、セイジ様。海苔おにぎりの具は鮭、昆布、おかかです」
「う、うん……」セイジはおにぎりを一つつまみ、口に運んだ。中身は昆布のおにぎりだった。
「冷たいお茶ですが」といってグラスを差し出す。
「……これ、クレアが作ったのか?」
「リムちゃんと一緒にです。リムちゃんの方にもこれと同じお重があります。……お二人の方も今夜は長くなりそうですから、お昼まで寝ていることと思います」
「ああ……そう」
二人ともやる気満々ですね……。
唐揚げを放り込みながら、ぼんやりと思った。どうやら女将にお願いしてリムと一緒に周到に準備を巡らせていたらしい。頭の片隅に女将が口元を抑え、妖しく笑っている姿が浮かんだ。
「ん……これは?」
二つ目のおにぎりを取ろうかと手を伸ばした時、妙なモノに気が付いた。
お重の端一列に妙なおにぎりが数個あった。それらは俵型の一口おむすびだったが、何かご飯に細かい緑色の物が混ぜ込まれている。
「これは……葉っぱ?」セイジはその一つをつまみ上げ、目の前で回した。
おにぎりの中に具はないようで、無数の葉と白ごまが混ざっているだけだった。ごまはまだしも、葉っぱがおにぎりの具とは何とも珍しい。
「あ、それはクレアのおにぎりです。セイジ様が食べても多分おいしくないかと」
「これはなんの葉なんだ?」
「シソの葉です。シソを千切りにして、白ごまと混ぜ、少しだけ醤油を垂らして和えた物をご飯に混ぜ込んでおにぎりにしたんです」
「また変わっているな……味あるのか?」
「ほとんど無いです。お醤油も少しですし、お塩も少しだけ。シソのさっぱりした味とごまが少し香ばしさを出しているだけですね」
「ふーん……シソ好きだったか?」
「最近おいしさが解るようになりました。体調を崩してからどうも脂っこい物や味付けが濃過ぎるモノがダメになってしまいまして……酸っぱいとかさっぱりした味がいいんです」
「ああそういえば最近そう……」
言いかけた途中で、ふとセイジの頭の中で何かが閃いた。
続く微熱、目眩や倦怠感に吐き気。
食事量は減っているのに、友達から「丸くなったねー」と言われる。
脂濃い味がダメ、酸っぱい物やさっぱりした物を好む。
これって……まさか……。
セイジの頭からぶわっと汗が噴き出た。浮かんだ3つの情報が、クレアの体に起きた何かを指している気がした。
セイジはクレアの方に膝を擦ってにじり寄った。クレアは気づかず、小腹が空いたのかシソおにぎりをつまんでいる。
「クレア……」脅かせないように呼びかけながらそっと後ろからクレアを抱きしめる。
「むぐ? へぃじはま?」おにぎりを頬張っているため、もごもごと口を動かしながらクレアが振り向いた。
セイジはクレアを抱きしめながら、クレアのお腹あたりにそおっと左手を這わせた。
お腹は少し膨らんでいる。今日は結構夕食を食べていた方だが、既に4時間経過している。それにしてはお腹の張りが大きい。
太っているのとも違う。膨らんでいるのは胃の部分ではない。もっと下、下半身に近い。
……私には男性と女性の両方が備わっているそうです。女性が持つ子供を宿す器官、子宮も存在しています。
ちょうど一年前、ここでクレアが教えてくれ事が頭をよぎる。そうクレアの体は男性だが、子宮があり、機能もしっかりとしている。
つまり……これは……にんし……。
え? いやそんな馬鹿な……お、落ち着け、素数を数えろ! 1、2、3、4、5、6、7、8,9……ああ、全然ダメだ!
でも男の娘だし出来てもおかしく……いやおかしいだろ、どこにどうつながっているんだよ。それに出来てるとしたら一体どうやってしゅっさ……。
「セ、セイジ様?」腕の中でクレアが戸惑った声を上げた。てっきり抱きしめてキスしてくれると思っていたら、セイジは俯いたままお腹を撫で、何故か汗を掻きながら小刻みに震えている。
「どうかなさ……は、ハクチッ!」
クレアが可愛いくしゃみをした。セイジはとたんに我に返った。
「か、体を冷やしちゃいかん!」セイジは慌てて布団を剥がすと、クレアに巻き付けた。もしセイジの予想が当たっているのなら冷えは大敵なはずだ。
「大丈夫か? 冷えてないか? 何かおかしいところは?」
「はあ……大丈夫かと、でも少し冷えてしまったかも」
「そうか、じゃあすぐに暖かくして……」
「あ、ではお風呂に入りましょう。先程入れたお湯がちょうどいい温度になっています。セイジ様もご一緒に」
一瞬断ろうかと思ったが、以前お風呂場のぼせてしまった事を思い出した。いくら温度は下がっているとは言え、何かがあっては、と考えてしまう。
「わ、解った。一緒に入ろう」セイジは頷いた。クレアは嬉しそうに手を叩くと立ち上がる。
「じゃあ、行きましょう。お風呂で流したらまた……」
「い、いやそれは……」もし予想が当たっているのなら、行為はダメなのではないかと思った。もっとも既に一回たっぷりとしてしまっているが。
と、とりあえず風呂に入ろう。入って一回落ち着こう。
いろんな考えが交差して混乱状態になっている。とりあえず風呂に入ってその後の事を考えよう。
セイジも立ち上がり、クレアに手を引かれ風呂場に行こうとした。
……ははは、いい年して、尻に据えられてら、だらしねえの!
……こぉら、そんな事言っちゃダメでしょ、ふふふ。
その時、子供の声が頭に響いた。男の子と女の子の声だ。
セイジは足を止め振り返った。しかし、そこには誰もいない。
「どうされましたか?」クレアが不思議そうにセイジの方を振り返っていた。
「いや、今子供の声が……」
「声? いえ、私には……」
「……ごめん、気のせいだろう。行こう」
「はい……」クレアは少し首を捻ったが、再び歩み始めた。
あいつらに笑われたのかな……セイジは苦笑いをしながらクレアに続いた。
セイジが振り返った先にあったのは、床の間に並べられた二本の刀。
胴田貫と斬馬刀がランタンの明かりに照らされ、笑っているかのように揺らめいていた。
一年間、大変ありがとうございました。
感想等ありましたらよろしくお願いします。
簡単な今作の反省が活動報告にございます。
興味のある方はご一読下さい。
たいしたことは書いておりませんが。




