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第69話 結婚式

 世界中に衝撃を与えたメルドム襲撃から、丸一年が経過しようとしていた。

 その間世界は大きく動いていた。


 ドラグーンとファイナリィ両国の国交が再開された。停滞していた政治交流や市民イベントが再開され、二国の国交は以前の様に戻りつつあった。

 また、二国間で協力してドラグーンのガガンボ狩り、ファイナリィの山賊征伐などが行われた。エミリーナの仲立ちの元、互いに戦力を出し合い作戦は遂行された。わずか半年でガガンボ、山賊共に駆逐され、両国の治安は劇的に改善されることになる。


 そして数ヶ月前、エミリーナの新法皇が選出された。新法皇の名はデュガル。元グランドナイツ最強の剣聖と謳われた男である。

 これにより完全にエミリーナの喪は明けることになった。


 セイジは既にマルヴィクスにてクレアと共に暮らしていた。

 そして……。




「どうしてこうなった……」


 セイジは椅子に腰掛けたまま、呟いた。もうこのセリフを何回言ったか解らない。


「いい加減あきらめたらいかがですか? もうどうにもならないでしょう?」


 すぐそばで立っていたレナードが、空のカクテルグラスを手でもてあそびながら言った。

 セイジもレナードもいつもの格好ではない。黒いタキシードを着て、びしっとした格好をしている。


「そういうお前だってさっきから酒飲みまくってるじゃねえか」


「……弱い酒です。この程度で酔いませんよ」


「トイレ近くなるぞ」


「………………」


 レナードは黙ってグラスに酒を注ぐと、ぐいっと一気に煽った。



 二人はメルドムにある大聖堂の一室にいた。


 メルドムはファイナリィにおけるエミリーナ教の一大拠点だ。城に等しいほどの立派な大聖堂が街の中央にそびえていた。一年前のメルドム襲撃の際には、住民の避難場所にもなっている。

 この一年でメルドムの街はかつてと変わらない華やかさを取り戻していた。破壊された建物の復興もほぼ終了し、被害に遭った住民、殉職した兵への補償なども完了している。教団が主導となり、資金面でも最大限の援助したからこその結果だった。


 現在メルドムでは慰霊イベントが行われていた。教団からも新法皇と共に前法皇であるセリアも参加していた。当時の関係者はほぼ全員参加し、当然セイジとクレアも参加していた。


 そして最終日である今日、これからメインイベントである催しが行われようとしていた。

 メルドムを救った英雄、セイジとクレア、レナードとリムの結婚式だ。



 新法皇が選出され、エミリーナの喪が明けると共に、セイジとクレアは正式に籍を入れた。

 結婚式もやるつもりだったが、身内を集めたひっそりとした式を行う予定だった。クレアもそれで良いと言ってくれたので、そのつもりでいた。

 ところが思わぬ所からストップがかかった。セリアであった。いや、セリアではなくその上……教団からのストップだ。


「ごめんねー、婿殿。これも仕事だと思って、結婚式教団(うち)でやらせてもらえないかなー」


 セイジはかなり渋ったが、結局頷かざるを得なかった。今はセイジも教団の一員となっている。元法皇であり義母でもあるセリアの命令には逆らえない。


 だが、まさかこんな大規模かつ一大イベントにされるとは思ってもいなかった。


 本来は関係者以外は立ち入り禁止な場所も一般解放し、その中で新法皇自らが司祭となりセイジ達の式を執り行う。参列者には教団幹部の面々はもちろん、ドラグーン、ファイナリィ王族の面々や各都市の領主などがずらりと並んだ。前代未聞レベルの結婚式だ。

 慰霊祭の最後に結婚式をやるのはいかがかと思うが、本部と住民の強い希望もあってとのことだった。どこまでが本当なのかは知るよしもないが、本部の希望というのは間違いないだろう。


 かつてレナードが指摘した通り、メルドム襲撃は教団にとって拭いきれない汚点となってしまった。


 グランドナイツの要であるゼオとホローの死、そして一番問題だったのが現役グランドナイツであったロベルトの逃亡事件だ。真っ先にグランドナイツが逃亡し、その後雪崩式に兵達が逃亡した。

 それを多くのメルドム市民に目撃された。中には住民をはね飛ばしたり、邪魔になった者を恫喝した輩もいた。戦い自体も西門、東門共に敵幹部を倒したのはセイジであり、グランドナイツ部隊は事実上敗北している。教団最高部隊であるグランドナイツの初の敗北と言っていい。


 教団にも一般教徒から内部腐敗や縁故主義の批判が少なからずあった。そこに今回のメルドム襲撃が重り、イメージダウンが避けられない状況となった。

 教団はメルドム襲撃後、イメージ払拭のため精力的に動き始めた。メルドム復興に最大限の支援をし、ドラグーンのガガンボ狩り、及びファイナリィでの山賊制圧など、精力的に動いた。


 そしてセイジ達の結婚式にも口を挟んできた。これにも意味はある。


 セイジは今や一躍有名人となっていた。メルドムを救った英雄として、今や世界中で知らない者はいないほどの存在となっていた。

 セイジの活躍はただの伝聞ではない。実に多くの目撃者がいる。まるで物語のような戦闘だが、実際に行われた話なのだ。それは凄まじい勢いで世界中に伝わっていった。


 メルドム襲撃は役者によって舞台化されており、各地を回って講演されている。セイジとクレアの恋愛をメインとして描かれており、クレアはともかくとして、セイジの方はまるで似つかないイケメン役者が演じている。

 そのセイジ達の結婚式を教団にて執り行う。加えて相手は前法皇の第三息女クレアだ。教団としてはこの結婚式を大々的に執り行うことによって「セイジ=アルバトロスは教団の人間ですよ」と言うところを誇示したかったという事だ。




 扉がノックされ、兵士が入ってきた。


「失礼致します。ロウガ様という方がお見えになっていますが」


「ロウガ? ……ああ、通してくれ」


 了解致しました、と兵士が下がった。しばらくすると、白い高級そうなスーツに身を包んだロウガが入って来た。

 入るなりきょとんとした表情でセイジとレナードを見ていた。やがて顔を震わせると、


「ぶ……ぶはははは! に、似合わねー、似合わなすぎる!」


 その場で腹を抱えて笑い転げた。久しぶりに出会った早々失礼なやつだ。


「んなことは俺がよく解ってる」


「だはははは! い、いや、わるい……だははは!!」


 謝りながらも笑いが止まらないようだ。ロウガはヒーヒー言いながら、しばらく笑いで引き攣った声を上げ続けていた。


「いやー、笑った笑った。今年一番のギャグだったな」


「……ギャグじゃねえよ。この野郎」


 ようやく笑いのツボが収まったロウガは椅子に座り、空いていたグラスに氷と酒を注ぎ始めた。笑いすぎて喉が渇いたようだ。


「……傭兵団の方はどうですか、親父(ロウガ)


 今まで黙ってしかめっ面していたレナードが口を開いた。


「んー、まあ予想通りの状況だ。ファイナリィの山賊狩りで仕事が回ってきた分、今は潤っているが、ケリがついたら仕事なんてもう無いな。せいぜいが魔物狩りみたいなけちな仕事しか来ない」


 ロウガはテーブルの上にあったチーズを口に投げ込みながら言った。


「これからの予測的展望を説明して、希望退職を募っているところだ。給料安くなっても良いから続けたいって奴もいるからな。今、残っているやつは100人ちょいって所だ。せめて70人位までにはしないと」


「イーストに行った者もいるんですか?」


「流石にそこまで馬鹿なやつはウチの兵隊(しゃいん)にいねえよ。ただ他の傭兵団は結構流れている奴もいるようだ。もう仕事なんて魔物狩りくらいしか残ってねえから、木っ端(こっぱ)としては行くしかほかないんだろう」


「確かにな。山賊に堕ちようにも堕ちられない状況だ」


 セイジも喉が渇いてきたのでグラスに酒を注いだ。酔いすぎないように、かなり薄めた物を作って口に運ぶ。


「所でよ、イーストの状況ってどうなんだ?」ロウガが身を乗り出して聞いた。「お前らなら少しは詳しいこと知ってると思ったんだが……話せるところまででいいからよ」


「残念ながら、教団はイーストに関しては一切手をつけていない状況ですので……多分親父が知っている状況と変わらないですよ」


「まあ、それでも良い。少し話してくれよ」


 ロウガは二杯目の酒を注ぎながら言った。




 一年前と大きく変わった世界……その一番とも言えるのがイーストの内乱だった。


 それはメルドム襲撃事件からわずか2ヶ月後の事だった。

 イーストの首都、エドから遠く離れたファイナリィ国境沿いの街、サツマとチョウシュウで、ミツイエ率いるイースト中央政府に対する反乱が起きたのだ。


 それはただの一地方都市の反乱で終わるはずだった。実際、中央政府もある程度の部隊を派遣し、制圧出来るだろうと高をくくっていた。

 しかし、サツマとチョウシュウのサッチョウ同盟軍は凄まじい強さと装備を持っていた。ファイナリィにほど近いこの二大都市は、戦争が終結し余っていた武器防具を密かに密輸入し、あぶれた傭兵達を密入国させ自軍を増強させていた。

 中央政府の出した部隊はことごとく打ち倒され、敗走せざるを得なかった。


 さらに中央政府でも謀反が起きた。セイムカンの一人であり、ミツイエの右腕と言われていたアキタダ=アベが突如反旗を(ひるがえ)し、サッチョウ同盟軍に合流したのだ。

 中央政府は混乱し、その間にサッチョウ同盟軍は次々と進軍していった。静観をしていた周辺国も立ち上がり、サッチョウ同盟軍に合流していく。戦力は着実に増え続けていった。

 ようやく中央政府も立ち直り、部隊の増強を施し対抗を始めた。現在はイーストの中央にあるキョウトという都市で睨み合いになっている。イースト300年の太平は破られ、内乱状態へと突入したのだ。


 これに対し、ドラグーンとファイナリィ、そしてエミリーナ教団はイーストに一切関与しないことを明言した。これもイースト中央政府にとっては衝撃だったと言える。

 教団とドラグーンは予想していたが、まさかファイナリィまでも関与しないと明言するとは予想していなかった。ファイナリィとは長年の友好国であり、イースト中央政府を支持し、手助けしてくれると思っていたのだ。


 これには教団の圧力があったとも言われているが、実際はイーストへの不信感からの行動と言われている。


 一年前までのファイナリィ山賊被害はイーストが煽動していたという噂が流れていた。明確な証拠はないまでも、疑わせる物は幾つか出てきた。加えてメルドム襲撃したテロリスト達もイーストの者達ではないか、と言う声も上がっていた。

 明確な証拠は何一つない。カツタダ達は証拠隠滅を徹底的にやっていた。だが、細かな消すことが出来なかった物は幾つか残っていた。それらと噂が混じり合い、イースト不審へとなっていた。


 ファイナリィ王宮もこうした噂を踏まえ、イースト内乱に一切関与しないことを明言した。ドラグーンとの国交も戻った今、現イースト政府と無理に付き合う必要は無かったのである。

 またファイナリィで食い詰めていた傭兵崩れ、逃亡していた山賊達が一気にイーストに入り込んだ。王宮もこれを黙認したため、イーストは治安が急激に悪化、特に両部隊が激突しているキョウトは、常に小競り合いが絶えない暗黒都市へとなっていた。



 エミリーナの法皇選も、イースト内乱に大きく左右される結果となった。

 法皇選は本命であったライトンの出馬辞退により混迷化すると思われていた。実際、当初は12人が出馬を表明するなど混戦の模様を呈していた。

 ところがイースト内乱状態となってから一変し、デュガルに一気の支持が集まることとなった。


 これはイースト内乱の飛び火を恐れたからだった。デュガルは教団内部の規律の強化、そしてグランドナイツの改革を打ち出していた。他の候補者も内部規律の強化を打ち出していたが、グランドナイツまで明確に打ち出していたのはデュガルだけであった。

 エミリーナ教徒の多くはメルドム襲撃事件にて、グランドナイツが力を発揮出来なかったことを知っていた。教団部隊の顔であるグランドナイツの戦力低下を恐れ、内部改革を打ち出したデュガルに支持が集中したのだ。

 結果、ほとんどの候補者は途中で棄権し、デュガルを含めた4人の最終投票となったが70%以上の支持を集め圧勝。新法皇デュガルが生まれる結果となったのだった。


 デュガルは早速本部兵士の査定を行い、力に満たない役職にいる者を次々と降格させていった。全体の20%弱に当たる者が降格させられ、100人のグランドナイツもそのうちの25人が降格させられる事態となった。

 レナードは傭兵団退団後、グランナイツとして再び本部で働き始め、先日空いたグランドナイツの席に収まることとなっている。




「イーストの内乱は時間かかるだろうな」


 セイジはグラスを傾けながら言った。もう酒は飲まず、グラスの中はただの水だ。


「今のところ戦力は拮抗している様だ。そう簡単に決着はつくまい。10年、20年かかるかも知れない」


「長引けばどちらが有利なのでしょうか?」


「反政府のサッチョウ同盟軍だと俺は見ている。ファイナリィ政府は今のところ、同盟軍に対し少しだが支援を行っているという。現政府は孤立状態だ。今は良くとも、数年、数十年たてばジリ貧だろう」


「ロウガ、酒のペ-スが早すぎだぞ」


 ロウガは喋りながらグラスに酒を注いでいた。既に5杯目である。ロックで飲んでいるため、かなりハイペースだ。


「いいんだよ俺は見ているだけだから。お前らはこれから披露宴にパレードと一日大変だろうがな」


 ロウガが楽しそうにケタケタと笑った。セイジとレナードはそろって眉をしかめ、互いをちらと見た。


 これから式を行い、その後披露宴となる。終了後に馬車に登場しメルドム市民にお披露目という名のパレードとなる。皇太子の結婚披露宴並……いやそれ以上の一大イベントとなっていた。

 扉が再びノックされた。兵士かと思ったが、入ってきたのはセリアだった。


「婿殿、レナードさん、お嫁さんの準備が……ってお酒飲んでるんですか?」


 にこにこと部屋に入ってきたセリアが一瞬で表情を変え、鋭い目でセイジを見た。慌ててセイジ達は姿勢を正す。


「いえ義母上、酒を飲んでいるのはロウガでして」


「そうですか? 顔が赤いように見受けられますが」


「いや……まあ……」セイジは言葉を詰まらせ、目をそらす。


「ふう……まあいいわ、さあクレアちゃん、リムちゃん、入って酔っ払いの旦那様達の目を覚ましてあげなさい」


 セリアが扉の脇にさっとずれた。そこから純白のウエディングドレスに身を包んだクレアが入ってきた。


「……旦那様、いかがですか?」


 薄いヴェールの下からクレアが微笑みかけていた。出会った時と変わらない……いや、その時以上の美しさを持った女神が微笑んでいる。

 セイジは呆然とした表情でクレアを見ていた。やがて椅子から立ち上がると、のろのろとクレアの方に歩み寄っていく。


「……綺麗だ」クレアの手を取り、セイジは呟いた。


「ありがとうございます。旦那様も素敵です」


「いや……うん、クレアには遠く及ばない。本当に綺麗だ」


 セイジは熱にうなされたように「綺麗」を呟き続けていた。クレアのヴェールを掻き上げ、自分の胸元に引き込んだ。


「クレア……」


「旦那様……」


「おうおう、女一つでこうも変わるとはね」


 周囲そっちのけで二人の世界に入っている様子を見て、ロウガはテーブルに肘を付いてあきれ顔で酒を煽る。

 一方、レナードもリムの方に歩み寄っていた。だが、こちらは浮いた表情はなく、心配そうな表情のまま、リムの前で膝をついて目線を合わせる。


「大丈夫か? リム」


「ダダダダダダダ……ダジョーブですよょょ……」


 かちこちになりながら完全にぶっ壊れているリムがいた。こちらも可愛らしい純白のドレスに身を包んでいるが、クレアと違ってヴェールは後ろ髪をまとめるだけで顔を覆っていない。その為、くるくると忙しなく動いている目がはっきりと解った。

 レナードもまたリムを抱き寄せた。その耳元でそっと囁く。


「大丈夫だリム。今回の主役は隊長とクレア様だ。私たちは脇役……気を楽に持ちなさい」


「ううう…………」


「私はリムとこうして結婚式を挙げることが出来て嬉しい。形だけではなく、本当の夫婦となる事が出来る。待ち望んでいた日だ。緊張しなくて良い」


「は、はい……おじさま……」


「おじさまはいい加減止めないか? リム」


「ううう……そう簡単には」


 レナードは笑いながらリムの頭を撫でてやる。リムの顔からも徐々に緊張が解けていき、笑みが浮かび始める。


「さあ、目は覚めたかしら? それでは出陣しますよ」 セリアがにこにこと笑いながら手をパンと叩いた。


「出陣って……戦いに行くのではないのですから……」


 セリアの言葉にクレアが苦笑する。

 まあ、当たらずとも遠からじだな、とセイジは思った。


「さあ、いきますよー」セリアが楽しそうに手をくるくると回しながら、先陣をきって部屋を出る。


「行くか、クレア」


「はい」満面の笑みを浮かべ、クレアはセイジに手を絡める。


 長い戦いの始まりだな……腹に力を込めながら、セイジはクレアを伴い、歩き始めた。

次回が最終話となります。

狙っていなかったのですが、きっかり一年で完結となりました(笑)

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