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第6話 パオーン

 セイジはシスターを抱いて襲撃場所まで戻ってきた。抱きかかえて荷台へと向かう。


「すまんが我慢してくれ。緊急自体なんだ」


 震え続けているシスターの唇がかすかに動いたが、声は出ていない。何を言っているのかはセイジには解らなかった。

 荷台の奥にあった毛布をひっつかみ近くに置くと、シスターを椅子に腰掛けさせ、濡れている修道服を脱がし始める。

 もちろん濡れた服を脱がし、毛布にくるませるためだ。決して襲おうとしている訳でない。本来は火をおこせれば問題は無いのだが、この中で火をおこす訳にはいかないし、そもそも火をおこす道具を持っていない。


 シスターの意識は僅かに戻ってきてはいたが、体は冷たいままだった。震えもだんだんと弱まっている。低体温症を起こしているのだろう、震える体力すら尽き欠けている。

 大丈夫だろうな、とセイジは思う。命の問題もあったが、セイジが心配しているのはそれだけではない。


 シスターは貞操観念が異様に高い、とレナードに聞いていたからだ。


 彼女たちが体を許す男性は一生涯一人のみと聞いたことがある。ただの噂話かもしれないが、もしそれが本当ならこうしてキス(人工呼吸)をして服を抜がして裸にする(濡れた衣服を取っているだけ)行為が救命とは言え大丈夫なのだろうか、という思いがセイジにはあった。


 やめてくれよ、せっかく助けたのに目の前で自決とか。


 セイジはそう思いながら蒼い修道衣を腰まで下ろした。

 そこにあったのは見事なぺちゃぱい。僅かな膨らみさえ感じられない絶壁だった。

 もっとも心臓マッサージしたときに絶壁感は感じていたので、驚きもせず毛布を広げて上半身をくるませた。


 さて、ある意味ここからはかなり問題だ。

 セイジは大きく息を吸った。


「悪いが、我慢してくれよ」


 もう一度シスターに話しかける。今度はシスターは何も呟かず、かすかに震え続けているだけだった。かなり危険な状態だ。

 ままよ! とセイジはシスターの腰を左手で持ち上げ、修道衣を引き抜いた。

 勢い余って、可愛いフリルのついたパンティーまで脱げてしまった。



 その時、セイジは見た。

 衝撃のモノを見たのだ。

 彼の人生29年で一番の衝撃の瞬間だった。



 ぱ、パオーン!?




 パオーンとはファイナリィの南にすむ魔物だ。

 体長は5~10メートルと大きく、灰色の固くひび割れた皮膚を持つ。普通の剣では傷が付かないほど固い。

 彼らに付いている牙は、削って装飾品などに加工されるため、価値が高い。


 その為パオーン狩ろうとする者は多いが、結構な返り討ちに遭うケースが多い。

 普段は大人しく、温厚な性格をしているが、ひとたび襲われると、とたんに凶暴性を発揮する。

 すさまじいスピードで突進してきたり、その巨体で踏みつぶされる。自慢の牙で串刺しにされる者も多い。

 本来草食性であるが、襲いかかってきた者を食い殺したという報告も上がっている。


 このパオーンには牙や大きさ以外の大きな特徴がある。

 それは鼻だ。

 10mクラスの大きさとなると4~5mクラスの長い鼻を持つ。その鼻で高い所にある木の葉や果物を取って食べている。

 その特徴とも言える鼻だが、とあるモノに似ているのだ。

 それは……男性の股間に付いているあれである。

 しかも子供の時の形にそっくりなのだ。

 その為、男性の股間を遠回しに刺す隠語(いんご)として、パオーンは時として使われることがある。




 そう付いていたのだ。

 クレアの下半身に(つつ)ましいパオーンが。



 セイジは固まった。驚きで固まった。

 な……な……。

 口がぱくぱくと動いた。その後はっとしたように、毛布を広げ直し、下半身もくるんだ。

そのまま座席に横たわらせた。シスターは目をほんの少し開けたまま、かすかに口を動かし続けていた。

 何か呟いているのだろうか? セイジは口元に耳を近づけたが何も聞こえなかった。


 やばいな、とセイジは口元をゆがませる。おそらく幻覚を見だしている、そう思ったのだ。


 人は寒さの極限になると錯乱(さくらん)したり、幻覚を見出す。雪山で遭難した者が発見時に全裸で凍死していた例もある。

 錯乱と混乱により、極限の寒さを暑いと感じて服を脱ぎ出す例だ。

 この錯乱や幻覚の状態は生命の危機状態だ。処置をしなければ死を待つのみといえる。

 

 しかたない、か。

 もはや迷っている状態ではなかった。セイジは着ていた衣服を脱ぐ。鍛え抜かれた鋼のような肉体には、あまたの傷跡が記されている。

 数々の死闘を乗り越えた、激戦の証だった。


「失礼するよ、お嬢さん」


 言いながらお嬢さんじゃないんだっけと思う。毛布を少しはだけさせる。

 すぐに中に潜り込むと、シスターを自分の方に抱き寄せた。


「うう……くうぅ」


 思わす声が漏れた。それほどシスターの体は冷え切っていた。

 まるで氷柱を抱いているかのようだ。これが人間の体とは到底思えない。

 我慢して互いの体を密着させる。自分の体温がどんどんと奪われているのが解った。毛布をきゅっと締め付け、空気が入らないようにした。




 どのくらいの時間が経ったのだろう。シスターが少し下がってきたので、セイジは腰のあたりを押さえて持ち上げた。

 本当は臀部の辺りに右手を添えるのが一番安定するのだが、流石にそれは躊躇(ためら)われた。

 シスターの顔が近くにきた。セイジはどきっとして、息をのんだ。


 この子が……男? こんなとびきりの美人が?


 未だに信じられなかった。だが足に当たっているパオーンの感触が、何より雄弁に物語っていた。

 何か見ていられなくなり、目をそらした。すると、床に投げ捨てられた藍色の修道衣が視界に入った。


 しかし……何故この子は女性の格好を?


 セイジは蒼い修道衣を見ながら考える。

 エミリーナ教の格好は男性は白、女性は藍と決まっている。

 だが、このどう見ても女性にしか見えないシスターは、胸の絶壁具合と、股間の慎ましいパオーンのおかげで、残念ながら男性であると解った。

 であれば、着ている衣服は白でなくてはならないはずだ。

 では何か特別な理由でもあるのだろうか?


 だが、セイジはそこで考えるのをやめた。

 セイジはエミリーナ教の信者ではない。何か特別な理由があれば、男性でも藍色の修道衣を着られるというルールでもあるのかもしれない。

 もとより本人がいま喋れる状況ではないのだ。あれこれ詮索しても何も始まらない。


「あ……」


 耳元で聞こえた声に、セイジは思考をやめ振り向いた。

 シスターが目をはっきりと開け、セイジを見ていた。唇の色はまだ紫色をしているが、顔の方はだいぶ血色を戻している気がする。


「あ……た……」


 シスターは必死に喋ろうとしているが言葉にならない。

 弱々しく伸ばした左手が、セイジの頬に触れた。その手はまだ冷たい。


「俺はセイジっていう者だ。お前さんは泉に落ちて体温を失っている。このまま大人しくしているんだ」


 セイジは目を見ながら、子供に言い含めるようにゆっくりと話した。

 シスターはゆっくりと首を縦に振った。


「汗臭いかもしれないが、我慢してくれ。こうしないとお前は死んじまうかもしれないんだから」


 今度はゆっくりと首を横に振った。


「すい……せ……」


 か細い声で「すいません」と言ったのが解った。大分体力が回復しているようだ。セイジはほっと息をつく。

 やがてシスターは目をつむり、セイジに体を預けるようにして眠りだした。断続的な吐息が続いて聞こえてきた。危機は脱したようだ。


 しかし、セイジはその光景を見ながら、眉間に皺を寄せていた。


 ……これは……。


 今現在、シスターの顔を肩と首で挟むようにして受け止めるような格好になっているのだ。

 そして両手は、ずれないように華奢な腰を支えている。

 様は完全密着状態だ。完全に事後の甘々恋人がやるような格好になっていた。

 耳にはシスターの吐息がわすかに当たっている。こそばゆいような、むず痒いような、妙な感じだった。


 さらに先ほどまで気がつかなかった点がもう一点。


 ……なんだ? このニオイ。


 シスターの長い髪から何とも言えない甘い香りが漂ってくる。

 それは男を惑わせる、甘い香り、完全な女性の香りだった。


 こいつ本当に男か!? 男なのか!?


 セイジの頭がくらくらしてくる。


 あり得ないことだ。自分に衆道(しゅどう)の毛はないはず! 


 セイジは自分に言い聞かせるように首を横に振ろうとしたが、シスターの顔が合ったので結局動かせなかった。


「ん……」


 シスターの顔が声と主に動いた。寝返りを打とうとしたのか、セイジの首から少し顔を離し、見上げる格好になった。目はつむったままだが、セイジと見つめ合う格好となった。

 目をつむったまま、顎を少し上げ、唇を前に突き出す格好となる。

 それは恋人がキスをせがむ格好のようだった。セイジはシスターを見つめたまま固まった。


 ……かわいすぎる。


 それがセイジの嘘偽りのない本心だった。


 その瞬間、脳天から背骨を高ぶりが走る抜けていく感覚。

 体の一部分に猛烈な高ぶりを感じたのだ。


 やばい! とセイジはゆっくりと腰を離していく。シスターを起こさないよう細心の注意を払う。

 体は冷えてきているのに、汗が頭から流れ出てきた。冷や汗だ、もみあげを伝って頬を流れていくのを感じる。

 腰をゆっくりと引きはがした結果、体が緩いくの字のような格好になった。しばらくはこのまま待つしかなかった。


 ……俺は……。


 セイジは思う。


 何か……大切なモノを失ってしまったかもしれない。


 流れ続ける汗を感じながら、セイジは心の中で呟いた。

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