第63話 乾坤一擲
ここが俺の墓場のようだ。
カツタダは血に汚れた唇を舐め、にやりと笑った。
既に体力は限界に来ていた。体は鉛の様に重く、目の前が時折ぼおっと霞む。頭の中をかき回されている様な重い痛みが渦巻いていた。
もうすぐ俺の体力は尽きる。カツタダにははっきりと解っていた。
セイジの読み通り、鎧の魔法防壁も、大剣の炎も、全て自身の生命力を変換して発動しているモノだった。それは同時に悪魔の武具でもあった。
イーストの開発陣は、生命力を魔力に変換する武具の開発には成功した。しかし、使用者の限界以上に生命力を吸い上げてしまう代物だった。テスト使用していた人間の死亡が頻発し、改良品を作成している最中に計画は終了してしまった。
その際に開発された装置の幾つかをカツタダは手に入れ、使用していた。ただし仲間には使用せず、手なずけた魔物限定で使用していた。昨日のミノタウロスもそのうちの一個を仕込んだ個体だ。
カツタダは危険を承知で鎧と大剣を使用していた。エミリーナの部隊に立ち向かうには使用するしかなかったのだ。
結果ゼオとホローというグランドナイツの要を斃すことは出来た。だが、代償も大きい。特にホローとの戦いでカツタダは大きく体力を削られた。
ホローは攻めず、とにかく魔法を唱え逃げ続けた。周りのガガンボを巻き込みながら、カツタダの体力を使わせることに終始した戦い方を取ったのだ。セイジと同じく、ホローもまた鎧と大剣のシステムを見抜いたのだった。
残った10数名の兵士と共にホローを斃した時には、ごっそりと体力を持って行かれていた。カツタダが戦いの場からほとんど動いていなかったのは、セイジ達を待ち受けていたわけではない。大剣と鎧に体力を奪われ、休まなければ動けなかったからだ。
そして、今喰らった魔法が致命傷となった。
完全たる魔法防壁をあの魔法がどう抜けてきたかは知らないが、セイジの放ったクリスタルは体内に飛び込み、中で大爆発を起こした。激しい痛みが体中を駆け巡り、爆弾を飲み込んだかのような衝撃に、息も出来なかった。
残っていた体力のほとんどを持って行かれてしまった。だが……、
まだあの男を斬れるほどの力は残っている。
指先にはまだ力が残っている。足もしっかりとしている。大剣も問題なく振れる。
あの男を斃しても、次の大槍の男は無理だろう。そこまでの体力は残ってはいない。
それでいい。セイジ=アルバトロスの首を手土産に、冥土に行くとしよう。
カツタダは二刀で構えるセイジを見据え、大剣を脇に構えた。
その二刀の構え、はったりであろう。
そして大きく口を歪ませ、嗤った。熊が獲物を見つけ嗤った、そんな笑みだった。
やっぱばれてるか。
カツタダの怖気の走る笑みを見て、セイジも口元に薄い笑みを浮かべた。
構えた二刀に意味は無い。セイジは右手でも左手でも刀を同じように扱うことが出来る。いわば両利きであったが、実戦で二刀を使うことはない。
右腰に差したダガーは基本使い捨ての武器だ。超接近時に刺すか、投擲兵器として使用するか、そのくらいだ。
実戦は物語のようには行かない。二刀を自由自在に扱うことが出来れば囲まれてても無敵を誇れるだろうが、実際は互いの重みに引っ張られ動きが制限される。へっぽこな踊りを舞う事になり、叩き斬られて終わりだ。
二刀に構えたのはカツタダが見抜いた通りはったりだった。だが、それだけではない。
セイジは二刀を構えたまま、じりじりと趾を這わせるように進んでいった。素足で地を咬み、すり足で少しずつカツタダの間合いに近づいていく。
左足が冷たく、感覚が失われつつあった。ズボンが血を吸い、真っ黒に湿っている。クレアが少しだけかけた回復魔法のおかげで深い傷にもかかわらず、血は止まっていた。力を込めれば再び傷は開くのだろうが。
カツタダは大剣を脇に構え、腰を落とし微動だにしない。その鎧からは再び黒いオーラが溢れ始めていた。大剣に炎のオーラはない。両方発動させる体力は残っていないようだ。
カツタダは面頬を外していた。顔全体がはっきりと見える。
死ぬ気……いや、既に死人か。
カツタダの目は凍り付いていた。冷たい光が刺すようにセイジを捉えている。
その目に生気は無い。先程、襲ってきた黒装束……コタローと同じ目をしていた。
生きて帰ることなど頭の片隅にもない、死人の目をしていた。目的はセイジを殺すことだけ。相打ち上等、その後のことなど一切考えてはいない。
セイジは息を吐いた。息と共に自分の邪念を吐き出す。
今の目的に集中した。クレアのことも、セリアのことも、メルドムの事も全て忘れた。今の目的は勝利ではない。目の前の男……カツタダを斬る事だけだ。
目に冷たい光が宿る。人を殺すことになんの痛痒も覚えていない、人斬りとしての冷徹な光だった。
さあ、大将、決着をつけよう。
セイジの体から気迫が溢れ、弾けた。
セイジは右手のダガーを投げつけた。同時にカツタダに向かって走り出す。
来たな!
ダガーはまっすぐにカツタダの顔面めがけ飛んでいった。動じる事無く、カツタダは顔を下げ、走った。ダガーを鎧の頭部で受けると同時に斬撃の体勢に入るためだ。
セイジが二刀にしたのも右手のダガーを投げてくる為だろう、と予測していた。それは剥き出しとなった自分の顔面を狙ってくるだろうと。
セイジの動きは鈍かった。先程までのスピードはなくなっている。左足の怪我が効いているのだろう。
ガチン、とダガーが鎧にぶつかる音がした。構わずカツタダは前に出る。
「もらったぁ!!!」
大剣の間合いに入ったとたん、カツタダは吠えた。大剣を右から左へと斜めに薙ぎ上げる。
それは最初に見せた一撃よりも更に速かった。自身の残る全生命力を注ぎ込んだ、人生最高の斬撃だった。
そのカツタダの目が大きく見開かれた。
セイジのスピードが跳ね上がった。走りを隠していたのでは無い、姿勢もそのままで突然スピードが2倍以上に跳ね上がったのだ。人体構造を無視したスピードの上がり方だ。
セイジのずっと後ろでクレアが手を合わせ、魔法を詠唱していた。強化魔法だった。当然、カツタダはその存在を知らない。
強化魔法は攻撃力、防御力、敏捷性を上げる魔法だ。普段のクレアならば3つ全てを引き上げることが出来るが、今は魔力を使い果たし、どれか一つを30秒しかあげられないと言った。セイジはその中で敏捷性……つまりスピードを選んだのだ。
元々鎧を纏わないセイジにとって防御力を上げてもさほど意味は無い。攻撃力を上げれば斬鉄出来る確率は跳ね上がるが、セイジはスピードを取った、相手の大剣を躱し、懐深くに入るためにはスピードが不可欠だったからだ。
それでも大剣の動きはセイジの想像を超えて速かった。間合いに入る事は出来たが、大剣がセイジの体を真っ二つにしようと迫っていた。
間に合わない! このまま突っ込んでも躱せない!
感じると同時にセイジは転がり、その場に伏せていた。躱せるかどうか天に賭けた。
大剣はセイジの衣服を掠り、髪を数本空に舞い散らせた。まさに紙一重の差でセイジは大剣の一撃を躱した。
「おおおおおっっっっ!!」
カツタダもまだ終わってはいなかった。地が震える程の雄叫びを上げ、腰を深く落とした。流れる大剣を止め、斬り返すつもりだ。
セイジもまたすぐさま跳ね起き、片膝を突いて体を起こした。
さあ、お前の鎧と俺の胴田貫、どちらが強いかな!?
セイジはまさに乾坤一擲の一撃を繰り出そうとしていた。
それは遠い記憶。数十年前……まだセイジが学生だった時の事だ。
学校が終わるとセイジは一目散に家に帰り、祖父の元で刀術の修行をしていた。友人と遊ぶようなことはしない。少年期の楽しいことを全て投げ打ち、刀術と魔法の修行に全てを捧げていた。
真剣の素振りを終え、セイジは師でもある祖父の前に端座していた。
二人がいるのは裏の庭だった。祖父は道場を持ち、刀術を教えていたが、そこには練習生がいる。邪魔にならないように二人は外でいつも修行をしていた。
「今日は対鎧用の術を教える」
祖父が口を開いた。祖父は座らず後ろ手に組んで立っている。
「とは言ってもお前には魔法がある。対鎧には刀より魔法が有利なのは火を見るより明らかじゃが、まあ、修行の一環として身につけるといい」
「はい。お願い致します」
セイジは頭を下げた。刀の修行中は祖父と孫という関係ではない。師と弟子だった。
「さっきも言ったが、対鎧には刀は圧倒的に不利だ。刃がまともに通らない。折れるはもちろん、刃こぼれでも刀は使い物にならなくなる。まともに斬ろうとしては無理だ。ではどうするか。鎧の弱点を狙うしかない」
言葉を一度区切り、祖父はセイジを見た。セイジは黙って祖父の話に耳を傾けている。
「鎧の弱点、それは関節だ。そこまで固めては身動きが取れなくなる。じゃが人は腕を斬り落としても即死しない。刀で斬るからには相手を一撃で仕留めなければこちらが不利となる。
どこを狙うか……股関節だ。足回りはどうしても防御が弱くなる。がちがちでは歩くことすらままならないからな。鎧によってはそこががら空きの場合もある。そこを一気に斬るのだ」
「股裂きということでしょうか?」
「違う。股を裂いても人は死なない。股を一気に斬り上げるのだ」
祖父は刀を抜いた。
「よく見ておけ」
そう言って祖父は刀を下段に構えた。
背を丸め体勢を低くする。片膝を突いて体を起こしざま、そのまま天高く斬り上げる。
これは……、とセイジは思った。
普通の斬り上げではない。ただ刀を下段に構え、そこから棟を返して斬り上げるのでは無い。
「この斬り方のポイントはどこだと思う」
「左手かと思います」
「その通りだ。今のお前では出来ない。やっても左手首を痛めるだけだ」
祖父は刀を鞘にしまった。
「左手でも右手と同じように斬れなくてはこの技は無理だ。これより左手を鍛えよ」
「はっ」
セイジは祖父に頭を下げ、立ち上がった。
祖父との修行の一コマが頭に浮かび、すぐさま消えた。
左手に握られている刀の柄に右手をかける。左手は鍔元に、右手は柄尻の添えられている。普段とは手が逆……左利きの握りになっている。
カツタダは大きく腰を落とし、大剣を止めていた。セイジは刀を大きく開かれたカツタダの股の間に滑り込ませる。
大剣が今にも斬り返されようとしていた。セイジはそれを無視した。大剣の方を一切見ようとはせず、目の前のカツタダから目を離さない。
カツタダの体の中央を白い線が走った。人体の中心線、人中路(正中線)のラインが白い軌跡となって、セイジの目にはっきりと見えた。
……よいか、股を裂くのではない。股から一刀両断にするのだ。
祖父の言葉が頭をよぎる。
……キンタマから脳天まで一気に斬り上げる。そのイメージを持って斬り上げよ。そうでなくては剣速は出ない。
カツタダの大剣が止まった。斬り返そうと手首を返す。
勝負!!!
刀と共に、セイジの体が跳ね上がった。凄まじい速さでセイジの体が昇っていく。
左足の傷が開き、血が吹き出た。生暖かい血が溢れ足首を濡らす。
セイジは一切気にしていない。いや、気が付いていない。セイジの目はカツタダを見据え離さない。
この一撃に全てを賭けた。疲れも痛みもこの一瞬だけ飛んでいた。
ギャリン!! という高い音が闇夜の虚空に響き渡った。
カツタダは自分の下腹部に何かぶつかったのを感じた。が、構わず斬り返そうとする。
その体が大きく揺らいだ。腰から力が抜けていく。腕が震え、大剣がぴくりとも動かなくなった。
みるみるうちに全身から力が抜けていった。大剣を斬り返すどころか、まともに立っていられない。
昇ってきたセイジと目が合った。血走りながら大きく見開かれた目は、まっすぐとカツタダを見据え、口元に笑みが浮かんでいた。
セイジが大きく後ろに飛んだ。手に握られた刀が真っ赤な血に濡れている。
あの血は? 何故刀に血が付いている?
そう考えたとたん、股に異変を感じた。何か熱い物が流れ出ている。
同時に脳天を貫かんばかりの激痛が全身を貫いた。手から大剣が零れ落ち、巨体が崩れる。
手を地に突いた。視線を下腹部に向ける。
大きく鎧が切り裂かれていた。股間からヘソのあたりまでぱっくりと斬り開かれている。そこから小便のように血が溢れていた。
き、斬り上げたのか!? 刀で、この鎧を! ここまであっさりと!
「お……おおおおっっ!!」
カツタダは絶叫した。激痛と驚きと感嘆と……様々な物が混じり合った絶叫だった。
逆風の太刀。
セイジが使った鎧斬りの名である。
鎧が弱点とされる関節周り……その中で特に弱いとされる股関節を狙って斬り上げる斬り方だ。
ただ刀を下から上に斬り上げるわけではない。それでは剣速が出ない。せいぜい股を裂いて終わりとなる。
斬り上げはただでも剣速がつかない。物は上から下に落ちるという定理に逆らうためだ。斬り下ろしと斬り上げでは剣速に倍以上差が出る。
逆風の太刀はそれを補うための斬り方だった。
鍔元の手は上に押し上げる。柄尻の手は引き上げる。目は斬り上げた相手を見て、心は相手の脳天まで斬り上げる気持ちでいる。剣速をなるべくつけ、引き斬りで刀の攻撃力を最大限にまで引き出す。
口で言うのは簡単だが、実際に行うとなると、とんでもなく難しい斬り方だった。
特に柄尻の手、つまり左手が問題だった。普通両手で刀を振り降ろすとき、要になるのは右手であり、あくまで左手は補助、添えているだけだ。
祖父が左手を鍛えよ、と言ったのはこのためだ。左手で刀を扱えるレベルにならないと引き斬りが出来ない。セイジもこれが出来ず、逆風がうまく扱えなかった。
ところが利き手を変えてみたらうまく行くようになった。左手で刀を押し上げ、右手で引き斬る。こうすることによってしっくりいった。
セイジが二刀に構えたのは三つの理由だ。右手でダガーを正確に投げるため、左手に刀を構える為、そしてそれを隠すためだ。
途中で右手から左手に持ち変えるには一呼吸必要になる。それよりも最初から左手に持っていた方が技に入りやすくなる。
相手を右手のダガーに注目させ、左手の刀を持ち替えることなくそのまま斬り上げる。その為の二刀だった。
斬った!
セイジは斬り上げながら確かな感触を手に感じていた。
高い音を立てながら胴田貫が斬鉄していく。相手の鎧を股間から腹まで一刀で斬り上げた。
カツタダの目が大きく見開かれていた。その目の奥に戸惑いの色を見た。何が起こっているのか解らないようだ。今、自分の股が斬り上げられたことにも気が付いてはいないのだろう。
セイジは大きく後ろに飛んだ。血に濡れた胴田貫をさっと目の前で横に流す。
胴田貫は折れてはいなかった。刃の欠けも見られない。斬鉄してなお、胴田貫は潰れることなく、血に濡れて妖しく煌めいていた。
爺さん、あんたが譲ってくれた刀は最強だ!!
セイジは心の中で叫んだ。勝利の歓喜に体が震えた。
カツタダは大剣を手放し、地に手を突いていた。股をヘソまで一刀両断されているのだ。まともに立てるわけはない。
裂かれた下腹部から血が滝のように流れている。鎧を覆っていた黒いオーラはもう消えていた。
だが、カツタダはまだ闘うつもりだった
まだ……終わってはおらぬ!
カツタダは片手で上体を起こしながら、右手で大剣を握ろうとしている。が、柄に手を重ねているだけで、握り込めない。
もはや腰から下は言う事を聞かなかった。流れ出る血と共に力はどんどんと抜けていく。
カツタダは剣から手を離すと、両手で張って進んできた。腕の力だけでじりじりとセイジに向かって進んでくる。
剣が握れぬのなら、素手で闘ってくれよう。歩けぬなら張ってでも進もう。
カツタダは憤怒の形相で、セイジを睨みながら張って進んでくる。
セイジの背中に、恐怖が走った。今まで浴びていた勝利の歓喜がどこかに吹き飛んでいく。
勝負は既に決している。あの出血量ではそう長くは持たない。
しかし、カツタダはまだ諦めていない。張ってでも自分を斃そうとしている。その姿に戦慄すら覚えた。
……いいだろう、決着をつけようぜ、大将。
セイジは右手を突き出し、カツタダを睨んだ。
右手の前に黒い球体が浮かび上がる。それは回転しながらドンドンと大きくなる。
残る魔力全てを込めた暗黒球体がカツタダめがけて放たれた。
カツタダは迫り来る暗黒球体を見上げていた。
黒い球体がゆっくりと自分に向かって進んでくる。躱すことは当然不可能だった。
美しい……。
自分の命を奪う黒い球体にもかかわらず、何故かカツタダはそう思った。
日が昇り始めていた。あたりが白々と明け始めている。昇りくる太陽を背に、暗黒球体は進んでくる。
日の光と黒の球体。不思議なコントラストの風景がそこにはあった。
それがカツタダには今まで見てきたどの光景よりも美しい物に見えたのだ。
「見事だ……」
カツタダは思わず呟いた。それはセイジに対しての賛辞なのか、光景に対してなのかは解らない。
暗黒球体が吸い込まれるようにカツタダにぶつかった。
迫り来る黒い光……それがカツタダの見た最後の風景となった。
それは黒い爆発。
カツタダにぶつかった黒い球体は大爆発を起こし、轟音と共に黒い爆炎を上げた。凄まじい爆風があたりを襲う。
兵士達は目をつむり、顔を手で覆った。爆風に目を開けていられなかった。
爆風が舞い上げた粉塵が、もうもうとあたりを覆い隠している。それがだんだんと晴れてきた。兵士達も目を開ける。
そこには何もなかった。カツタダの姿も、着ていた鎧のかけらもない。ただ爆発にえぐられた大地だけだ。唯一、持っていた大剣がバラバラに壊れ、少し離れた所で散らばっているだけだ。
兵士達は呆然とその光景を見ていた。全員、今の状況が解っていなかった。
ガガンボ達も同じだった。惚けたように口を開け、そこに突っ立っているだけだった。
「敵将! 討ち取ったり!」
セイジが血刀を高らかに掲げ、宣言した。そして刀の切っ先をガガンボ達の方に向ける。
「残るはガガンボのみ、全員、突撃せよ!!」
「おお!! 我に続け!!」
槍を構え、レナードが真っ先に突撃する。はっと気が付いた兵士達も雄叫びを上げ、ガガンボに突撃していく。
ガガンボ達は悲鳴を上げ、散り散りに逃げていった。カツタダの死によってガガンボは統制を失った。人質に構っている状態ではないらしく、その場に投げ捨てている。
兵士達が突撃して行く中、セイジは懐から懐紙を取り出し、刀身を拭い始めた。その手がかすかに震えている。
セイジは追撃に加わらなかった。体力が限界を迎えていた。魔力も使い果たしている。左足が今になって激しい痛みを訴えだした。
懐紙を捨て、なめし革で血脂を取る。鞘に収めようとして、ぶっ壊したんだったかと思い出した。
「セイジ様!」
クレアが笑みを浮かべ、小走りに駆けてくるのが見えた。それを見てセイジもまた破顔する。
なんとか終わったか……。ふう、と大きく息を吐いた。
それがいけなかった。
突然、セイジの視界が回った。体が均衡を保っていられない。手を突こうとしたが体が全く動かない。受け身も取れず、そのまま地面に倒れた。
ほつれ、限界を迎えていた緊張の糸が切れたのだ。体はもうセイジの言う事を一切聞かなかった。
ま、まだ……もう少し……。
必死に立ち上がろうとした。しかし、指一本動かない。
瞼が重くなる。目を開けろ、と命令しても聞かなかった。
落ちる前、セイジが見た最後の風景は、何度もセイジの名を呼びながら駆け寄ってくるクレアの姿と、昇り始めたまぶしいばかりの日の光だった。
こうして、後にメルドムの悪夢と呼ばれることになる戦いは終わった。
セイジの人生の中で一番長く感じた夜は明けようとしていた。
お仕事の関係のため、来週はお休みさせて頂きます。
ちなみにあと4~5話ほどで完結予定です。
おつきあい頂けたら幸いです。




