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第62話 魔導剣士

 セイジとカツタダは睨み合ったまま、微動だにしなかった。

 

 セイジは刀を右手にぶら下げるように持ついつもの構えだった。左足と左肩を前に出し、半身の体勢になっている。

 カツタダは再び面頬をつけていた。顔の大半は覆われ、目しか見えていない。大剣を担ぐのをやめ、脇構えの体勢になっていた。巨大な刀身は背後に回されている。


 当然薙いでくるよな。


 攻撃範囲から考えて薙ぎの一択だろう。上からの叩き斬りは攻撃範囲が狭く、躱されたら隙だらけになる

 ギルの話ではゼオと50名の部隊は、カツタダの薙ぎ二回で全滅したという。あの大剣に薙がれてはそうそう躱すことは出来ない。


 目の前の黒鎧から黒いオーラが溢れ、体を包み始めていた。間違いなく先日のミノタウロスと同様のオーラだ。強力な魔法防壁(マジックガード)が鎧を包み込んでいる。これで必殺の暗黒魔法も封じられたことになる。

 もっともこの状態で魔法が使えるとは思っていない。一番簡単な暗黒球体(ブラックスフィア)ですら10秒ほどの詠唱時間を要する。詠唱に入った瞬間、セイジの体は上下に真っ二つにされているだろう。


 さてどうするか……。


 夜明け前の冷たい風が肌を撫でていく。肌寒さを感じるほどの気温だったが、セイジの頭から汗が一筋流れ、鼻梁(びりょう)を伝い口に零れた。それをぺろりとなめる。

 後ろで見守っている兵士達も、同様に汗を掻いている者が多かった。だが、それはセイジの掻いている汗とは違った成分のものだった。

 冷や汗だ。セイジの絶望的な状況に、兵士は皆冷たい汗を掻いていた。


 絶望的な理由……それは武器の違いだ。

 セイジの持っている刀は長さ80cmほど。一般兵が使用するショートソードとほぼ同じ長さだ。

 対してカツタダの持つ大剣は3m以上ある。セイジの刀の4倍近い長さを持つ。刀の間合いに飛び込む為には、一度大剣の攻撃を躱さなければならない。

 加えてセイジの刀は人間や魔物の肉に対して最大の効果を発揮する。カツタダのような重装兵の鎧には通用しないだろう。黒装束達は斬れても、あの重装兵は斬れない……その場に居た兵士は全員そう思っていた。

 

 しかし、セイジ本人はそう思っていなかった。


 正確無比な斬撃ならば斬鉄出来る。セイジはそう思っていた。

 ただし一撃のみ、二撃目は考えない方が良い。斬鉄すれば刀はただでは済まない。刃が欠けるか下手すれば折れるか曲がる。一撃に全てをかけ、相手の急所を正確に捉える必要がある。


 それが難しい。一番確実なのは頭部を狙うことだが、カツタダの身長はセイジより頭一個分高い。ミノタウロスと同じように頭を下げさせる必要が出てくる。相手もそれは解っている。そうそう低い体勢はとってこないはずだ。

 何より間合いに入るのが難しい。相手の獲物はこちらの4倍近い長さを持つ。当然待ちに徹し、動いてくるわけはない。セイジが攻めてきたところを斬ろうと待ち構えているはずだ。


 スピードで揺さぶってみるか……。


 重装兵の最大の弱点はその重さだ。カツタダの鎧は見るからに分厚い。優に100kgはある。加えてあの大剣だ、その動きは相当に制限されるはず……。


 セイジが動こうとしたその瞬間だった。

 待ちに徹すると思っていた黒い山が、突然動き始めたのだった。




 まるで直径2mの巨大な鉄球が飛んできたかのようなだった。

 カツタダはセイジめがけ一直線に突撃してきた。その動きは想像していた鈍重な動きではない。獲物を見つけた空腹の熊が如く、素早く鋭い動きだった。


「うおおっ!」


 雄叫びと共に、大剣が右から左へと一閃された。横一文字ではなく、少し上へと斬り上げている。

 セイジは後ろに下がってその一撃を躱した。すぐ目の前を大剣が通り過ぎ、ものすごい風圧が顔を叩いた。カツタダの一撃が舞い起こした暴風だ。その暴風にもセイジは目をつむることなく、カツタダと剣の動きを追っていた。


 斬り返しがくる!


 左上方に斬り上げていた大剣の剣速が急速に落ちていき、くるりと反転した。そのまま今度は右下へと斬り返すつもりだ。


「おおおおおおっっ!!!」


 先程の雄叫びより更に激しい、地を揺るがすほどの咆吼(ほうこう)が響いた。カツタダは大きく一歩を踏み出すと今度は左から右下へと斬り返す。

 技の斬り返しではない、力の斬り返しだ。常人離れ、いや人間離れしたカツタダの力が可能にした左右の斬り返しだった。


 セイジは目を光らせた。千載一遇のチャンスが飛び込んできた。


 一撃目は力で止めることは出来た。が、その斬り返しは止めることは出来ないはずだ。

 大剣を反転させて斬り返している以上、左手が邪魔になる。わずかに斬り下ろしているとは言え、振り切らなければ剣速は出ないため、途中で左手を外し、右手一本で振り切らなければならない。いくら何でもこの大剣を右手一本で更に斬り返すのは不可能だ。

 相手の大剣を最小限の動きで躱し、すぐさま斬り込む。そうすれば相手の懐に飛び込めるはずだ。


 柄を握る右手に力を少し込めた。目は大剣の動きを捉えている。剣の長さも、間合いも完全に掴んでいた。目の前を通り過ぎた瞬間、飛び込むことが出来る。

 そう考えていた次の瞬間、背筋に冷たいモノが走り抜けた。


 それは恐怖。セイジの体が恐怖を感じ、すぐさま下がれ、と命じていた。


 セイジは振り返りながら、大きく後ろに飛んだ。考えるより先に体が動いていた。

 その背中に何か熱い物が覆い被さった。じりじりと首の皮膚を焼く感触がする。

 セイジはそのまま地面に転がり、飛び上がるように跳ね起きた。背後で何か叩き付ける音がした。


 カツタダは地にめり込んだ刀身を引き抜いた。先程の音は大剣が地を叩く音だった。その刀身が闇夜に赤く燃え、地面を焦がしている。

 セイジは首後ろに手を当てた。皮膚が焼け、熱を帯びている。軽い火傷を負っていた。もしすんでで躱そうとしていたら、その熱風で顔を焼かれていただろう。


 そうか……これが鎧をぶった切ったタネか。


 カツタダの持つ大剣から赤いオーラが立ち昇っていた。それは炎の力、炎魔法のオーラだった。

 どういう原理かは解らない。が、あの大剣はただの馬鹿でかい剣ではなかった。その刀身には炎の魔導を有している。

 魔導の力を有した武器を作ろうという話は聞いたことがある。だが、それが開発されたという話は聞いたことがなかった。まだ御伽噺(おとぎばなし)でしかなかった武器を目の前の男は所持していた。


 しかし……なんて男だ。


 セイジはカツタダを見ながら舌を巻いていた。

 あの魔導剣にも驚いたが、それ以上にカツタダの驚異的な身体能力に驚いていた。


 長さは3m以上あり、刃幅も80cmはある化け物クラスの大剣。何百キロあるか解らない大剣を力だけで左右に斬り返して見せた。人間離れした剛力の持ち主だ。

 更にあのスピードだ。大砲の弾が飛んできたかと思うような動きだった。常人ならば動くこともままならない重装の鎧で、凄まじい速さで動いて見せた。

 鎧に覆われているためカツタダの体つきは解らない。鎧をとれば熊のような……いや、熊以上の肉体を持っているのだろう。


 カツタダは感情のない目でセイジを見ていたが、やがて首を左右に振った


「つまらぬな……逃げているだけか? セイジ=アルバトロス」


 面頬の向こうからくぐもった声が聞こえた。


「そのような柔な武器では話にならないな。ちゃちな鎧なら叩き斬れても、この鎧には通用しまい」


 そう言ってカツタダは左手で道の端を指さした。


「あそこに剣が落ちている。グランドナイツが使っていた剣だ。お前の使っているひょろい刀よりかは戦えよう。取ってくるがいい」


 カツタダの指した先には一本のロングソードが転がっていた。それはゼオが握っていた剣だった。カツタダが投げた拍子に手から離れ、道の端に転がっていた。

 セイジは指した方向を見ようとはしない。じっとカツタダを見据えて動かない。


「疑り深い男だな。取ってくるまで待っていてやる。貴様に全力を出させた上で殺すのがオレの望みだ。さあ早くあの剣を取ってこい」


 セイジの視線が動いた。カツタダを伺いつつ、剣の方に視線をちらちらと向けている。

 やがてセイジが動きだした。蟹のように横歩きで剣の方に歩いて行く。

 剣の所にたどり着いたセイジは刀を左手に持ち替えた。カツタダから剣に視線を移し、しゃがんで取ろうとした。


 かかったな。

 カツタダの目が細くなり、面頬の中で口が歪んだ。


「あ!!」


 見守っていた兵士達から声が上がった。

 セイジが剣を取ろうと目をそらした瞬間、カツタダの巨体が躍動し、セイジに向かって一直線に突撃していた。


 そのカツタダの細い目が大きく見開かれた。


 セイジはしゃがみ込んだ体制のまま、カツタダに向かって飛んで体勢を直していた。剣は手にしておらず、そのまま地を這うように低い体勢で走ってくる。

 セイジはカツタダの策を読んでいた、と言うより肌で感じていた。カツタダは待っていてやる、と口で言いながら殺気を鋭く練っていた。無意識の行動だったのだろうが、剣を取らせて、その瞬間に襲いかかろうとしていることを察知したのだ。


 セイジの動きは速かった。駆け抜ける一陣の風が如く、カツタダの懐に飛び込もうとしていた。まさに疾風迅雷の動きだ。

 カツタダは足を止め、斬撃の体勢に入ろうとしていた。このまま体当たりも考えたがスピードではセイジの方が圧倒的に上だ。躱されては隙だらけになる。

 それよりも大剣で斬りかかった方が良いと判断した。懐に入られても問題は無い。刀ではこの鎧は着ることは出来ない。


 カツタダは腰を落とした。力任せに薙ぐつもりだ。大剣の剣先に真っ赤な炎が宿る。


 この烈火の力に当たればただでは済むまい!


 掠っただけでも大やけどを負うことになる。どこでもいい、当たれば致命傷になる。


 振りかぶろうとした瞬間、ゴンという重い音と同時に、カツタダは己の右肩に強い衝撃を受けた。

 何だ!? と思った時には体が後ろに傾いていた。そのまま体が独楽(こま)のように一回転する。大剣が暴れ、体が倒れそうになる。


「ぬうっ!!」


 声を上げながらカツタダは後ろに数歩たたらを踏んで、転倒を堪えようとしていた。


 衝撃の正体はセイジの一撃だった。セイジは走り込みながら、左腰に据え付けてあった鞘を引き抜き、右手に持っていた。それで斬撃体勢に入ろうとしていたカツタダの右肩を勢いよく突いたのだ。

 斬撃に入ろうと、わずかに引いた右肩に、セイジは正確に突きを打ち込んでいた。強打されたことによってカツタダの体は大きくバランスを崩した。大剣の重みに引きずられ、回りながら後ろに下がっていく。

 右手に持っていた鞘は、突きの衝撃で先端がばらばらに壊れていた。それを投げ捨てながら、セイジは後方に飛んで大きく間合いを離す。


 さて、賭けてみるか!


 そしてセイジは、魔導の詠唱に入ったのだった。



 

 後ろで見ていたクレアが「あ!」と声を上げ、口に手をあてた。


 気が付いていない!? ダメ、あの黒鎧に魔法は通用しない!


「セイジ様!!」


 叫んで駆け寄ろうとした。その肩をレナードに捕まれる。


「大丈夫です」とレナードは前を向いたまま言った。


「し、しかし、魔法は……」


「クレア様、貴方なら解るはずです。隊長の魔法をよく見てみなさい」


「え?」クレアはセイジの方に視線を戻した。


 視界に写るのはセイジの背中だった。どのような魔法を唱えているのかは見えない。


 ……何? この魔法は?


 魔法は見えないが、セイジの唱えている魔法のオーラは解る。

 そのオーラはあまりに異質なオーラだった。


 魔法にはそれぞれにオーラがある。単純に言えば炎ならば熱いオーラ、氷ならば冷たいオーラ……魔法を扱う者ならば、そういったものを少なからず感じることが出来る。

 セイジが魔法を詠唱しているのは解る……だが体から発せられているオーラは、今まで感じてきたどれにも当てはまらないものだった。


 ……何もない?


 セイジが発している魔法のオーラは何もない。言うなれば無機質……森羅万象どれにも属していないオーラだ。


魔導士殺し(マジシャンキラー)……」


 レナードがぼそりと呟いた。レナードの方をむきかけたクレアの顔が止まった。

 カツタダが体制を立て直し、セイジに突進してきたのが見えたからだ。



 

 何とか転倒を免れ、体勢を立て直したカツタダは、セイジが魔法の詠唱に入っていることに気が付いた。


 無駄なことを! 魔法など、効かぬ!


 心の中で叫び、突撃していた。重装とは思えない俊敏な動きでセイジに突進する。

 魔法の詠唱はほぼ終わっていた。セイジは左手を胸の前で水平にし、掌を上に向けていた。その掌から菱形のクリスタル状のものが浮かび上がり、くるくると横回転していた。


 詠唱が終わっていようと関係なかった。カツタダの鎧から黒いオーラが溢れ、ふくれあがる。

 セイジは左手を前に突き出した。菱形のクリスタルはセイジの手を離れ、すうっ、と流れる様にカツタダに向かって飛んでいく。


 もらった!


 構わず大剣を振ろうとした。その体にクリスタルが吸い込まれていく。

 刹那、カツタダの体が大きく震え、ドンッと強い衝撃音が闇夜に響いた。


「がっ!!」

 

 くぐもった呻きと共にカツタダの突進が止まり、その巨体が後方によたよたと下がった。


 暗黒魔法『(ゼロ)』……魔導士殺しと呼ばれる禁断の魔法だ。


 この魔法は全魔法の中で唯一の特徴を持つ。それは魔法抵抗を一切無視するという能力だ。

 優れた魔導士ほど強い魔法抵抗(レジスト)を持つ。普通のものなら焼け死ぬ威力の炎魔法も、優れた魔導士ならば軽い火傷程度で済んでしまう。あくまで魔力で作り出された炎であり、自然界の炎とは異なるためだ。

 零はその魔法抵抗関係なしにダメージを与える唯一の魔法だ。体の内部に入り込み、中から衝撃のダメージを与える。詠唱時間もそれほど長いわけでは無く、威力も高いこの魔法は全魔導士にとって脅威の魔法だ。


 エミリーナが暗黒魔法を禁忌に指定したのもこの魔法のせいと言われている。優れた魔導士を多く抱えるエミリーナにとって、零は危険すぎる魔法だった。その為禁忌に指定し、使用出来る暗黒魔導士を次々と狩っていったと言われている。

 そのせいかセイジは自分以外にこの魔法を使えるものを知らなかった。かつて母が使えたが既にいない。

 存在自体がほぼ消滅している。そんな魔法だった。


 通った!


 セイジはよろめくカツタダを見て、瞬時に駆けていた。

 零では仕留められない。魔導士ならば致命傷となるが、あの男には無理だ。あくまで足止めのために放った魔法だった。


 カツタダは片膝を突いて崩れた。急所の頭部が降りていた。

 セイジは刀を八相の構えに担ぎ上げた。頭部に斬り下ろしの一撃を加えるつもりだった。

 鎧は全身をくまなく覆う一体型だった。頭部も厚くガードされている。だが、


 胴田貫(こいつ)なら斬れる! やれるはずだ!


 セイジはそう確信していた。胴田貫なら鎧ごと断ち斬ることが出来る。おそらく刃は欠けるか、折れるだろう。それでも構わない、カツタダを仕留めることが最優先だ。

 セイジが間合いに入ろうとした時だった。


「いけない!」


 レナードが叫んだ。片膝突いていたカツタダの巨体が動いていた。


「おおおっ!!」


 雄叫びと共にカツタダの右手が動いていた。

 信じられない光景だった。数100キロある大剣を、右手一本でカツタダは横に薙いでいた。力ない一撃ではない、片手斬りとは思えない凄まじいスピードで大剣が横に疾った。


「ああっ!!」悲鳴を上げてクレアが両手で目を覆った。セイジが斬られたと思ったのだ。


 しかし、大剣がセイジを捉えることはなかった。レナードが叫ぶ前に危険を察知し、後方へ大きく飛んでいた。下がる暇が無かったので上に逃げるしか手はなかった。

 セイジは体勢を崩しながらも高く飛んでいた。空中でくるりと蜻蛉(とんぼ)を切って着地しようとする。


「うぐっ……」


 地に着いたとたん、セイジの体が大きく崩れた。呻きながら右足でもう一度後方に飛び、そのまま尻餅をついて倒れ込む。


「隊長!」


「セイジ様!」


 レナードとクレアが慌てて駆け寄ってきた。レナードは槍を構えセイジの前に立ち、クレアはセイジの隣に立った。


 あ! とクレアが声を上げた。


 セイジの左足の大腿部(だいたいぶ)がすっぱりと斬られていた。飛んだ際に大剣が掠ったのだ。傷口は深く、血がどくどくと溢れ、ズボンを真っ赤に汚している。

 カツタダは片膝を突いたまま俯いていた。かすかな嗚咽とむせ込む声が聞こえる。息もつかずに薙いだので、呼吸困難を起こしている様子だった。


「だ、大丈夫だ。骨までは届いていない」


 セイジが呻きながら答える。クレアは顔を青ざめながら、すぐさま回復魔法をかける。


「ま、待てクレア、いい、回復魔法を使うな」


 セイジは傷口にあてられていた手を握って離した。 


「何を言っているのですか! 傷は深く、出血も酷いです。私の魔力は回復しています。大丈夫ですから……」


「違う! クレア、あいつを見ろ、見るんだ。お前ならば俺よりはっきりと見えるはずだ」


 セイジはカツタダに顔を向けた。クレアも顔を上げる。


「見ろ、クレア。奴のオーラはどうなっている」


「……え? 魔法防壁が崩れている?」


 カツタダの回りを覆っていた黒いオーラが崩れていた。所々がほつれたようになっている。


「今解った。鎧の魔法防壁、大剣の炎、全ては奴の体力……生命力を変換して発動していたんだ」


「あ……では今はセイジ様の魔法を喰らって……」


「そうだ、魔法の直撃を喰らって大きく体力を削られた。魔法防壁は崩れかけている。大剣の炎も発動することが出来なかった」


 もし大剣の炎が発動していれば、大腿部の傷はもっと酷いことになっていた。肉は焼け、傷は骨まで達していただろう。

 セイジは胸元から布きれを出し、傷口をズボンの上からキツく縛った。


「奴の体力が回復する前にここで決着をつける。クレア、聞きたいことがある」


「は、はい、何ですか?」


「ミノタウロス戦の時に使った魔法……強化魔法(ステイアップ)は使えるか」


 強化魔法……術者が詠唱している間、攻撃力、防御力、敏捷性を上げる魔法だ。

 普通ならばどれか一つを少しあげる程度だが、クレアはこの3つ全てを格段に強化させることが出来た。ミノタウロスに勝つことが出来たのもこの魔法の力が大きい。

 クレアをここに連れてきたのもこれが目的だった。魔法が通用しないカツタダに勝つためには強化魔法が必要になる……そう考えていた。

 クレアは顔を曇らせた。そしてためらいがちに言った。


「……使用することは出来ますが、3つ全ては無理です。どれか一つを少しの時間であれば」


「効果はどのくらい持つ?」


「20……いえ30秒程度しか……」


「十分だ」セイジは立ち上がった。そしてクレアの耳元に口を寄せ囁く。クレアはこくこくと頷いた。


「頼むぞ、クレア」


「……解りました。お任せ下さい」


 クレアに微笑むと、セイジは前を向き、レナードの肩に手をかけた。


「大丈夫だ。後は任せろ」


「……隊長、私も共に行った方が……」


「悪いな、2対1(複数プレイ)は趣味じゃないんだ」


 レナードは呆れた顔になり、首を横に振った。


「クレアを守ってくれよ」


「解ってますよ」


 レナードの声を聞きながら、セイジは進んでいく。

 片膝着いていたカツタダがずいと立ち上がった。面頬を捨て、顔が剥き出しになっていた。その口から血の筋が幾重も見える。血を吐き、呼吸が苦しくなり面頬を捨てたのだ。


「さて、大将、そろそろ決着をつけようか」

 

 セイジは言いながら履いていた靴を脱ぎ、素足になった。

 靴の中に血が流れ入り込んだためだ。血で滑り、踏ん張りが効かなくなる。それに素足の方が地面を咬みやすく、安定しやすい。

 また胴田貫を左手に持ち替えていた。左手にぶら下げながらセイジはカツタダを見据えていた。


「逃げればよいものを、愚かだな。もう2度と同じ手品(魔法)は喰らわぬぞ」


 カツタダが大剣を担ぎ上げる。その体を再び黒いオーラが覆っていった。


「お前、俺のこと魔法が得意な剣士だと思っているだろう?」


「相違あるまい」


「違うな」セイジはにやりと口を歪ませた。


「何が違う?」


「魔法が得意なんじゃない、魔法()得意な剣士なんだよ」

 

 言いながらセイジは右手でダガーを抜き、構えた。

 左手の胴田貫を大きく上に掲げるようにして突き出し、右手のダガーを胸元近くで水平に寝せている。

 セイジが初めて見せた二刀の構えだった。

 

 

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