第59話 烈火
東門ではエミリーナ部隊とガガンボが激しい戦いを繰り広げていた。
先程までは数に勝るガガンボが優勢だった。今は戦法を変えたエミリーナが優勢となっている。
「魔法を放つ、第一陣下がれ!」
ホローの声とともに、前方で戦っていた兵士達がさっと下がった。入れ替わって大盾を持った兵が前に出る。盾兵のすぐ後ろに魔法を詠唱している兵士達がいた。
「炎熱散弾」
大盾の隙間から魔導兵士達が一斉に魔法を放った。10cm程の大きさの火球が途中で爆発し、無数の炎の飛礫となってガガンボ達に襲いかかる。
「ギエエエェェェ!!」
飛んできた飛礫をくらい、火傷を負ったガガンボ達から悲鳴が上がった。
炎熱散弾は炎の飛礫を広範囲にわたって飛び散らせる魔法である。ダメージはそれほど高くはないが、鎧などを着ていないガガンボ達の足を止める意味では効果的であった。
「第二陣、前へ!」
ホローの声に先程とは違う兵士達が前に出た。今まで戦っていた兵は後ろに下がって休んでいる。
第二陣がひるんだガガンボに突進していき、剣で斬りかかった。一撃を受けたガガンボ達が次々とうめき声を上げ倒れていく。
「無理をするな! 深追いをするな! 焦る必要は無い、順次倒していけ!」
ゼオの声に答えるように兵達が雄叫びを上げた。
ゼオ達はじりじりと後退しながらガガンボと戦っていた。退いているのではなく、引きつけながら、こちらが有利になる様に戦っていた。
ガガンボの弱点はその知能の低さだ。突進することしか知らず、防御をすることをしない。当然隊を組むと言う事もせず、バラバラと好き勝手に襲ってくるだけだ。
退かずに受け止める戦い方をすれば、その攻撃力は脅威となる。数でも向こうが倍以上多いため、どうしても防御に回らざるを得ない状況になっていた。
だが、西門を開放したことにより住民の避難が開始され、堪える必要は無くなった。退きつつ魔導部隊の魔法で牽制する。ひるんだ隙に兵を前に出し、前に出ていたガガンボだけを倒す。倒したら退き、次の部隊に任せる。
決して無理をせず、ヒット&アウェイで少しずつ敵を倒す。時間はかかるが、突進するだけしか能が無いガガンボには効果的な戦い方だった。
また、市街戦というのも有利に働いていた。平野での戦いであれば数の多い方が有利になるが、市街戦であればそうはいかない。建物や障害物を利用することによって戦い方は大きく変わる。ガガンボに障害物を利用したり、回り込むという発想はない。
突っ込むしか能が無いガガンボは次々と倒れていく。既にその数を半数以下に減らしていた。一方のエミリーナ部隊は戦法を変えてから目立った被害は出ていない。その事により、兵達の士気はドンドンと上がっていた。
戦っている兵士達の士気が上がっていく中、一人苦虫をかみつぶした様な表情で戦っている男がいた。
グランドナイツの一人、ロベルトであった。
「キギャアァァ!」
ガガンボが素手でロベルトに飛びかかってきた。全身緑の血まみれで、武器を持ってはいなかった。
ロベルトは舌打ち一発すると剣を横に薙いだ。片手斬りだったが、太い腕から繰り出された一撃はガガンボの頭部を捉え、そのまま真横にはね飛ばした。飛んでいったガガンボが壁にぶつかり、緑の線を描きながらずるずると地に這った。
くそっ! くそったれ!
ロベルトは一人荒れていた。怒りをガガンボにぶつけるが如く、剣を振り回し暴れていた。
何もかもが面白くなかった。法皇についてくるだけの簡単な仕事だったはずだ。それがいつの間にか命をかけた戦いに巻き込まれていた。
しかもこの戦いに勝ったところで何も得るものは無い。せいぜいが法皇を守ったという栄誉だけだ。法皇と言ったって今は代理の法皇……後数ヶ月たてば変わる場つなぎ、いわば本物の法皇ではない。そんな者のために命をかける気にはならなかった。
だが、ロベルトには戦うという選択肢以外残されていなかった。逃げるは元より、ここでの働きが悪ければグランドナイツとしての素質を疑われかねない。
ゼオが上官というのもやっかいなことだった。ゼオは法皇はもちろんエミリーナ上層部にも非常に高い信頼を得ている。100人のグランドナイツの団長格と言うべき存在だった。
そのゼオにロベルトは非常に受けが悪い。日頃の素行が悪く、周りの評判も悪いロベルトの自業自得なのだが、本人はそう思っていなかった。生まれの卑しいゼオが高貴な身分の自分を妬んでの事だと本気で思っていた。ここで何かあろうモノならゼオは自分をグランドナイツの座から降格させようとするだろう。
気にくわないのはそれだけでは無い。あの刀遣いの傭兵……セイジのこともあった。
身分の低いごろつき傭兵に廊下では無様にあしらわれ、法皇室では生意気にも威圧をかけてきた。今思い出してもはらわたが煮えくりかえる。
だが、あんなうだつの上がらない男が驚くべき事に、前法皇の第三息女クレアの婚約者だという。二人の様子を見るにそれは間違いない事だった。
法皇になった者の一族はその任期終了後も高い役職や地位にいる事がほとんどだ。あんな男でもクレアの婿と言うだけで教団内では一目置かれる存在となる。ロベルトよりも地位は高くなってしまった。
さらにセイジが中心となり、西門の開放に成功した。メルドム住民の命を救い、法皇の御身を守ったとして、奴が功労者として称えられるのは間違いない。
そして何より腹が立つことが、自分では奴に絶対勝てないと言うことだった。
流石のロベルトでも廊下の一件と法皇室での事で、セイジの実力が自分を遙かに上回っている事を感じた。一対一ではどうあがいても敵わない。多対一でも後れを取るかも知れない。
さらにセイジの方が身分が上になってしまったため、下手に仕掛けることも出来なくなってしまった。仕掛けて返り討ちにあったなら、身分を含め全てを失うことになる。
ロベルトは己の怒りをぶつける様に、目の前のガガンボの頭に剣を振り下ろした。鈍い音を立てガガンボの頭が砕け、地に潰れる様に倒れた。
「ロベルト! 前に出過ぎだ! 下がれ!」
「はっ!」
うるせえ、くそじじいが!
飛んできたゼオの叱責に、ロベルトは心の中で悪態をつきながら下がった。
その時、妙なことに気が付いた。
ガガンボが止まっていた。突っ込むだけだったガガンボ達が足を止め、こちらを伺っていた。
周りのエミリーナ兵達もざわめき始めた。いきなり止まったガガンボに兵達の間でざわめきが起こった。
「静まれ! 隊を乱すな。こちらから仕掛ける必要は無い」
ゼオが声を張り上げた。兵達のざわめきが止み、崩れた隊をたて直す。
なんだ? 何かするつもりなのか?
「ホロー」
「解っている。詠唱の準備はしている」
ゼオの言葉にホローは二度頷いた。ホローもまたガガンボから目を離さなかった。
明らかにガガンボ達の様子が変わった。攻めずにじっとこちらを見ているだけで何もしてこない。
次の瞬間、ゼオ達は信じられない光景を目の当たりにする。
ガガンボ達が一斉に左右に分かれ、道の中央を開けた。そして槍を右手に構え、直立不動の体勢になったのだ。
それは統率された人間の動きだった。ガガンボは姿形は人間にそっくりでも、知能はただの野生動物だ。犬よりも劣ると言われる知能の生物が、隊列を組み、道の中央を開け立っている。
何か聞こえる……。
ガシャ、ガシャ、と重い金属音が地を叩く音が聞こえた。漆黒の闇の向こうで、何か黒い大きな固まりがこちらに向かってくるのがぼんやりと見えた。
その姿がはっきりと見えた時、ゼオは息を飲んだ。
黒い鎧を纏った者がこちらに歩いてきていた。身長は2m以上あり、纏っている鎧は見るからに重く分厚い。まるで熊が鎧を纏い、歩いてきているかの様だった。そしてそれ以上に目を引くものがあった。
黒鎧は剣を肩に担いで歩いてきていた。その剣の大きさが半端ではなかった。自らの身長よりもはるかに大きい大剣だった。
剣の長さだけでも3m以上はある。そしてその幅も優に7~80cmはあり、分厚い刃肉を付けている。そんな剣を片手で肩に担ぎ、黒鎧はこちらに向かってくる。鎧と剣の重さが合わさって、一歩地を踏むたびに重厚な足音を鳴らしている。
こいつが親玉か!!
「ホロー!!」
ゼオは叫び振り向くと、ホローは既に詠唱に入っていた。前にいた兵士達がさっと左右に分かれる。魔法が進む導線を作るためだ。
誰何する必要も無かった。放たれている殺気が半端ではない。まだ相当の距離があるにもかかわらず、肌にぴりぴりとした痛みが伝わってくる。
何者なのか、果たして人間かどうかも解らない。だが解っている事が一つだけある。
それは向かってくる黒鎧がこちらの敵だと言う事だ。
「太陽烈火!」
ホローがつきだした両手の先から、直径2mはある巨大な火球が飛び出した。それは燃えさかりながら、まっすぐに黒鎧の元に飛んでいく。
黒鎧は相変わらず剣を担いだまま、悠然と歩いてくる。そこに巨大な火球が飛び込んでいった。
「全員、伏せろ!!」
ホローの叫びに兵達が慌てて伏せた。ゼオもホローも伏せる。刹那、黒鎧にぶつかった火球が大爆発を起こす。
地を揺るがす爆発音と共に、伏せたゼオ達の頭上を猛烈な熱風が通り過ぎていった。
「ギャアアアアァァァ」
ガガンボの悲鳴が響き渡った。同時に左右にあった建物が爆発によって崩れ、音を立て崩壊していく。
太陽烈火……炎魔法の中で最上位に当たる魔法だ。巨大な火球を相手めがけて放ち、命中した瞬間大爆発を起こす。周りにも爆発と熱風で大ダメージを与える。本来はこんな近距離で放つ魔法では無い。味方にも被害が出てしまう恐れがあるからだ。
ゼオが顔を上げると、目の前で粉塵が壁の様にもうもうと立ち昇っていた。崩れた建物の粉塵が、爆発によって舞い上げられ、前が全く見えなくなっていた。
やったか!
ゼオは剣を取り立ち上がった。太陽烈火は確かに黒鎧に直撃した。火球の直撃を受けてはどのような素材でもただでは済まない。原形をとどめない程に歪み、中の者は絶命しているはずだ。
「敵の大将は討ち取った!!」
ゼオは剣を天に掲げ、声高に宣言した。立ち上がった兵達が一斉にゼオを見る。
「残るは有象無象のガガンボのみ! 臆する必要は無い! 全員我に続け」
ゼオは剣を前に突き出した。兵達から「おおー!」と言う鬨の声があがり、砂埃の元に突進する。ゼオも兵達と共に突進する。
突然、砂埃の中から黒い固まりが飛び出してきた。
それはあの黒鎧だった。火球の直撃を受けたはずの黒鎧が猛然と突っ込んできたのだ。
何! とゼオが目を見開いた瞬間、黒鎧が脇に構えていた大剣を横に一閃した。
何だ!? 奴は何をしている!?
ゼオの頭は激しく混乱していた。
目の前にいる黒鎧が急に逆立ちしたのだ。横一閃した大剣をゆっくりと引き戻しながら逆立ちをしている。
……地面がない?
逆立ちしている黒鎧の頭部に地面がなかった。空中で黒鎧は逆立ちしている。いや、逆立ちしている足下に地面がある?
次の瞬間、ゼオは頭部に激しい衝撃を受け、地面に転がった。
混乱した頭が瞬時に戻った。奴は逆立ちなどしていない。自分が空中でひっくり返っていたのだと解った。そのまま頭から地面に落ちた衝撃で目の前の風景が歪んでいた。
すぐさま両手をついて立ち上がろうとする。だが、下半身に力が入らなかった。両手からも力が抜けていき、ゼオは再び地に這いつくばる。
何だ!? 俺の体はどうなっちまったんだ?
痛みも何もないのに力が一切入らない。目の前がドンドンと暗くなっていき、全身の力が抜けていく。
ね、寝ている場合では……。
立ち上がろうとする頭に反して、ゼオの意識は闇に落ちた。
あなた……あなた……。
自らを呼ぶ懐かしい声に、ゼオははっと目を覚ました。
「ネーヤ……どうして君が……」
ゼオが顔を上げると、そこに懐かしい女性が立っていた。
ネーヤ……ゼオの妻だった。
まだゼオが一般兵だった20歳の時に結婚した、同郷の幼馴染みだ。ゼオが辛い時も苦しい時も、隣に寄り添い支え続けてきた糟糠の妻だった。
だが15年前、自宅で突然倒れ、そのまま不帰の人となってしまった。当時グランドナイツとして遠征に出ていたゼオは、帰宅してその事実を初めて知り、死の際に側にいてやれなかったことを嘆き悲しんだ。
二人の間に子供はいなかった。周りからは後添えをもらう様進められたが、ゼオは断り続けていた。幼馴染みな事もあって30年近く一緒にいた女性だった。いなくなったからすぐに次という気持ちにはなれなかった。
それは5年経っても10年経っても変わらなかった。ゼオの年齢が50近くになると周りも何も言わなくなったし、ゼオ自身も後妻をもらう気など完全に失せていた。
「あなた、今までお疲れ様でした。さあ、こちらにいらして下さい。まずはゆっくりと疲れを癒やしましょう」
ネーヤはゼオの元に歩み寄ると、15年前と何ら変わらない満面の笑みで微笑みかけた。そしてゼオの手を取り歩み出そうとする。
「い、いや、ネーヤ、俺はまだ任務の……」
言いかけたゼオの言葉が止まった。
自分は任務の途中だった、それは覚えている。だが、何の任務だったかが全く思い出せない。
何かと戦っていた様な気がする。いや、何かを探していた? 兵達に訓練をつけていた?
今までどこで何をしていたのか、全く思い出せない。頭の中が全て真っ白になっている。
困惑の表情のまま止まっているゼオに、ネーヤは再び微笑みかけた。
「あなたは十分に働かれました。あとは若い人に任せましょう? エミリーナ様もそう望まれていらっしゃいます」
「あ、ああ……そうだな」
ゼオは頷いた。
なぜだかは解らないが自分の仕事は終わった、という思いが心の中にあった。多少の戸惑いはあったが、ネーヤの言葉に素直に頷いていた。
「さあ、行きましょうあなた。またあの時の様に二人で暮らしましょう……」
ネーヤはゼオの手を引いて歩き出した。ゼオも素直に従って歩み始めた。
手を引かれながらふと後ろを振り返った。ネーヤも足を止め、ゼオの方に振り返った。
ゼオはしばらく足を止め、後ろを見ていた。やがてゆっくりと首を左右に振ると、前に向き直した。
ネーヤは再び前を向いて歩き始めた。ゼオも手を引かれ歩み始める。
ゼオはもう振り向かなかった。二人は光溢れる世界に向かって歩いていった。
寂として声も無かった。
兵達は目を見開き、身動ぎせずその場に呆然と立っていた。
目の前で起こった事が信じられなかった。頭が真っ白になり、全員の思考がフリーズしていた。
黒鎧の体が真っ黒な血に染められていた。大剣を手元に引き寄せ、再び肩に担いだ。剣に宿っていた赤い色が消え、元に戻っていく。その刀身から黒い煙が立ち昇っていた。
黒鎧の前には50体以上のエミリーナ兵が転がっていた。全て横一文字に寸断され、上半身と下半身が分離している。
その中にはゼオの死体もあった。他の兵士達と同じように腹を真っ二つに切られ、うつぶせで転がっていた。
凄まじい斬撃だった。黒鎧が放った一閃は兵達の体を切り飛ばし、上半身を空中へと舞い上がらせた。切り飛ばされた上半身から血が溢れ、血の雨が降り注ぐ。
その中を更に黒鎧は突っ込んで再び横に一閃した。後列の兵達の体が同じように寸断されていく。着ている鎧ごと真っ二つになって宙に舞った。
たった二振りで、突撃したエミリーナ兵50名は全滅したのだった。
魔導剣、烈火蜻蛉斬。
黒鎧……カツタダが自らの大剣に命名した名だ。
イーストにて対エミリーナ用として開発されていた武器の一つだった。魔導の力を宿らせた武器を作り出す計画だったが、途中でイーストの財政が逼迫したため、試作品を幾つか作り出したところで中止となっていた。
そのうちの一本がカツタダに与えられていた。もっともこの3mを越える大剣は人間用に作られたわけではなく、ミノタウロスなどの大型魔物用の武器として作られていた大剣であったが、それを難なくカツタダは使いこなしていた。
刃を炎の魔導によって超高熱化させ、敵の鎧を溶かし焼き切る。エミリーナ兵達の鎧はまるで飴の様に溶け、叩き斬られていた。
カツタダの纏っている鎧もまた魔法防壁効果が施されていた。先日のミノタウロスと同じようにほとんどの魔法を無効化し、ダメージを受けない代物だった。
カツタダは大剣を担いだまま、ゆっくりと歩み始めた。呆然としているエミリーナ兵達の元に、一歩一歩踏みしめる様に歩み寄る。
「う……う……うわっわぁぁぁ!!」
悲鳴を上げてロベルトが逃げ出した。グランドナイツとしての立場も意地も無く、目の前の恐怖に耐えきれず、剣を投げ捨て一目散に逃げ出してしまった。
その恐怖は瞬く間に伝染した。次々と悲鳴を上げ逃げていく。
大将格であったゼオを失った事とグランドナイツであるロベルトが逃走したこと、そして50人をたった二振りで屠ったカツタダの斬撃に兵達は恐怖で心を支配された。
まとめ役を失い、恐怖に飲み込まれたエミリーナ部隊が崩壊した瞬間だった。




