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第5話 出会い

ようやくヒロイン(?)の登場です

 エミリーナ教……この世界での最大規模の宗教組織である。


 この世界の全人口は3000万人程度だと言われている。

 正確な調査が行われた訳ではない。おおよそだが、ドラグーンが1500万人、ファイナリィが800万人、イーストが700万人と見られている。


 エミリーナは総信徒数は1500万人以上だと言われている。単純にこの世界の半分はエミリーナ教の人間と言う事になる。もっともイーストではオウル教という宗教が定着しており、ドラグーンとファイナリィだけでこの信徒数だった。

 他に宗教がない訳ではなかった。無宗教の人間だっている。それでもこれだけの信徒数がいる。


 それ故に強大な力を誇っていた。


 政治にも強い影響力をもつ。それは戦争終結と共にさらに強くなった。いまや2国の官僚達は、エミリーナの顔色を窺いながら行動していると言っても過言ではなかった。

 資金力も当然半端ではない。軍事力も他の2国に負けじと劣らない戦力を有している。

 いまやこの世界の中心にいる者、それがエミリーナ教だった。




 そんな巨大組織の馬車が目の前に転がっている。となると周りの兵士達はエミリーナの者達だろう。それがこれだけ死んでいる。

 セイジはゴクリと唾を飲み込んだ。ここにやってきたことを強く後悔してきた。


 好奇心、猫を殺す……か。


 とはいえ、後には戻れない。意を決して、セイジは扉を開け、荷台の中を覗いてみた。


 内部は天井にぶら下がっているランタンに照らされていた。そこには厚手のコートのような、白いローブがあった。ただ、至る所に焼け焦げた様な穴が空いている。人間は居なかった。

 馬車の中はぐちゃぐちゃになっていた。特に後部座席は、荷物がひっくり返ってぐちゃぐちゃになっていた。


 セイジはランタンを手に取ると、荷台から出てランタンを高く掲げた。

 うっすらとは見えていたが、荷台の周りには数名の兵士が倒れていた。どれもぴくりとも動かない。

 黒装束の死体もちらほら見えた。当然セイジを襲った奴らではない。兵士にやられたのだろう。やはり、エミリーナを狙っていたのだろうか?


「おーい、無事な奴はいないかー」


 声を張り上げてみたが、返事はなかった。


 万が一を考え、近くに倒れている兵士全員を確認した。5名ほどいたが、やはり生きている者はゼロだった。

 皆一様に斬られた跡が残っていた。鈍い切り口は剣のものだ。黒装束の犯行とみて間違いないだろう。


 どうするか、セイジは大きなため息をついた。


 見ないふりをするには事件の規模がでかすぎる。大陸最大の宗教組織の馬車が狙われ、多数の死亡者が出ている。さらに乗っていた馬車の形を考えるに、誰かお偉方が乗っていた可能性が高い。

 教会は犯人捜しに全力を尽くすだろう。放って置いて、犯人に祭り上げられてしまっては一大事だ。

 朝まで待って近隣の街に知らせるしか無いだろう。この辺りで一番近くて大きい街となれば……。

 セイジは頭の中の地図を引っ張り出して考え始める。


 その時だった。


 ……け……て。


 ……だ……け……


 女の声? 


 セイジは顔を上げ林の奥を見た。かすかに女性の声が聞こえたような気がしたのだ。

 ランタンを掲げ林の奥を覗くが何も見えない。

 道らしきものは見える。この先から聞こえたのだろうか?

 ここに生存者はいない。とりあえずセイジは行ってみることにした。




 声がしたと思われる方に歩いて行く。草を踏み固めたような道はあるが、周りの林が光をふさいでいる。明かりがなければ歩くのは無理だろう。

 100mも歩かないうちに少し開けた場所に出た。

 そこには泉があった。かなり大きな泉が木々に囲まれるようにしてあった。


 ん? セイジは掲げていたランタンを左に振った。


 人の手が見えた。セイジが近寄ると、ランタンに照らされ全体が見えてくる。

 そこにいたのは藍色の修道衣を身にまとった金髪のシスターだった。うつぶせの格好で、泉から上半身のみが出ていた。長い髪の先端部分が泉に放射線状に広がっている。

 泉に落ちて這い出ようとしたが、途中で力尽きたといったところか……そうセイジは思った。

 ランタンを地に置き、セイジはシスターを泉から引き上げる。凍っているかの様な冷たい体だった。おそらく手遅れだろう。


 仰向けにひっくり返すと、思わずセイジは息をのんだ。


 美しい……セイジは息を漏らした。


 それは石膏を削って作った彫刻の様だった。生命力を感じない程の白い肌に、青ざめた唇、藍色の修道衣がそれを際立たせていた。

 そして彫刻の女神像のように美しい顔立ち。今までセイジが出会ってきた女性の中でも群を抜いた美人だった。

 生きてる内に合いたかったもんだ。セイジは軽く下唇を噛んだ。


「………………ぅ」


 かすかに聞こえた声にセイジは驚いた。声と同時にシスターの指がぴくぴくと動いた。


「まさか!」とセイジは声を上げた。生きているのか? 慌ててセイジはシスターの口元に耳を寄せる。


 僅かに……ほんの僅かだったが呼吸音が聞こえた。水を飲んでしまっているのか

 セイジはシスターの心臓に手を当てる。驚くほど薄い胸から、こちらも僅かではあるが鼓動が伝わってきた。ただしその鼓動はかなり弱い。


 セイジはシスターを横たえると、顎を右手で支え、上に向けさせる。

 そのまま人工呼吸で息を流し込む。ゆっくりと流し込んだのち、胸を心臓マッサージする。

 力加減に全神経を使った。セイジが本気で押し込めば、間違いなく胸骨がすべてへし折れる。折れない程度で押し込まなければならなかった。

 もっとも人工呼吸は本来骨が折れるほど押さなければ意味がないとも言われる。だが、この場でそこまでやってしまうと、呼吸は戻ってもそれが原因で死亡しかねない。


 人工呼吸で息を繰り込み、心臓マッサージをしたのち、また人工呼吸。その繰り返しを数セットした。


「……コホッ」


 小さな咳込みと共に水が口からあふれ出た。胸が上下しだした。気道が確保されたのだ。

 ふうとセイジは息をつく。だが、まだこれからだ。

 セイジはランタンを腰に引っかけると、シスターを横抱きにして立ち上がった。


「ぅ……」


 うめき声と共にシスターが僅かに目を開ける。


「喋るな、無駄な体力を使うんじゃない」


 声をかけると、セイジは走り出した。


 セイジとシスタークレアの最初の出会いであり、運命に飲み込まれた瞬間だった。

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