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第56話 破邪

 クレアは幼き頃から神童と呼ばれていた。


 若干6才にして基礎魔法をマスターし、9才の頃には回復魔法を扱える程になっていた。

 その当時にして、魔法力は並の神官を遙かに上回っていた。更に年の離れた姉達よりも力は上であった。決して姉たちの魔法力が低いわけでは無い。クレアの力が強すぎるだけだった。


 さすがは法皇の娘だと周りの者達は言い合った。将来は法皇やその妻セリアすら上回ってしまうのではないか、と言い出す者もいた。

 皆がクレアを褒め称えた。まさに神童だ、神の子だと言い合った。


 だが、クレアは嬉しくはなかった。表面では笑っていた。が、心の中ではぐっと歯をかみしめていた。



 魔法は男女で質が違うことが多い。

 簡単に言えば、男性の方が威力の高い魔法を使う者が多いが、その源である魔力は女性に及ばない。女性は逆で威力は低いが、魔力が高い者が多い。

 そのため、攻撃魔法を扱う魔導士の大半は男性である。女性は魔力の高さを生かし、回復魔法や補助魔法を学ぶ者が多い。


 クレアはその両方を兼ね備えていた。威力が高く、魔力も高い。男女のいいところだけを生まれながらに持っていた。


 しかし、クレアはそれを嬉しく思っていなかった。


 男性と女性の両方を兼ね備えた力……それはまさしく自分の体を指している様に思えてしまった。

 男性の体に女性の心、それがクレアの姿。体も全てが男性と言うわけではない、その体には子宮が存在し、正常に機能している。

 その為か身長は伸びず、ほっそりとして肉も付かない。声も低くならなければ、体毛も薄い。美しい容姿もあって、クレアを男性としてみる者などいない。


 歪んでいる……クレアはいつしか自分のことをそう思いだした。その考えは魔法にも及んだ。


 自分の魔力も、体と同じように歪んでいるのではないか……。

 高い魔法力も歪んでいるからこそではないか?


 そう思い始めた時、ふと魔法を学ぶのが嫌になってしまった。

 魔法を追い求めれば求めるほど、自分の体と向き合っている気がしてきてしまった。

 それからクレアは魔導から距離を置いた。端から見れば熱心に勉強しているふうを装い、本気で向き合うことを避ける様になった。

 魔法も本気で扱うことはなくなった。何時しか心にリミッターをかける様になり、クレアの本当の魔力は、その小さな体の奥底深くに封印されてしまった。




 私は今日のために生まれてきたのかも知れない。

 今日のことを予測されたエミリーナ様が、私をここに遣わせたのかも知れない。


 浄化魔法を詠唱しながら、クレアはふとそんなことを考えていた。


 自分の体を嘆き、信仰するエミリーナ()すら恨んだこともある。

 だが、今のクレアにその気持ちは一切なくなっていた。


 それはセイジ=アルバトロスの存在。この世界にただ一人、唯一無二の愛しい人。

 死にかけていた自分の命を救ってくれた。自分の生まれたままの姿を初めて見せた男性だった。

 そして、セイジはクレアの体をすべて知った上で受け入れてくれた。間接的であるが、これからも共にいることを誓ってくれた

 クレアが諦めていた良き人とようやく巡り会えたのだ。


 生きていたい……。


 クレアは詠唱しながらそう願っていた。

 セリアには「死んでも悔いは無い」と言った。それは嘘では無い。例えこの場に散ることになろうが、セイジと共に死ぬのであれば本望だった。

 しかし……、


 セイジ様とこれからも共に生きていたい……。


 それがクレアの本当の思いだった。


 セイジと共に暮らし、キスをし、愛し合っている姿がちらりと頭をよぎった。

 それは本来邪念だ。魔法を詠唱する時には他のことは考えてはならない。集中し、魔法力を高めるには邪魔な思念なはずだった。

 だが、クレアの力はそれに反してドンドンと高まっていく。


 死にたくは無い、生きていたい、これからもセイジ様とずっと一緒に……。


 クレアはセイジと過ごす幸せなひとときを思い、それに集中していた。

 その純粋な思いが、自分にかけたリミッターを溶かしていく。

 クレアは生まれて初めて、本気で魔法を詠唱しようとしていた。




 リムはいつも怯えていた。

 レナードが傭兵の仕事に出るたび、夫の「死」に対して怯えていた。

 夜寝られなくなり、そのまま明かすこともあった。悪夢にうなされ、飛び起きることもあった。


 お金なんていっぱいいりません。もう危険なお仕事は辞めて下さい。


 何度そうレナードに言おうと思ったことか。

 レナードの稼ぎのおかげで、リムは何不自由ない生活を送っている。しかし、それはレナードの危険と対価で得ている生活だ。

 レナードは自分のために無理をしてお金を稼いでいる。リムはそう思っていた。

 そんな生活はいらなかった。例え、母と暮らしていた頃の様な貧しい生活に戻ったとしてもいい。レナードさえ側にいてくれれば、リムは他に何もいらない。


 だが、リムは何も言えなかった。

 レナードとは将来を誓い合っているとは言え、今は養われている立場だ。そんなことを言い出せる立場ではないと思っていた。


 それに何故、レナードが無理をしてまで金を稼いでいるのかも解っていた。自分の学費のためだ。


 セイジに勉学を教わる様になって、リムの学力は爆発的に上昇した。更に高い魔法の才能もあることが解った。

 それ以来、レナードはリムにしきりに進学する様に進めていた。進学しても寮に行くわけではなく、自宅から通える。何も離ればなれになるわけではない。魔法の才能があるのだから、それを是非伸ばして欲しい。そうレナードは言っていた。

 本気でリムを想い、言ってくれているのは解っている。だが、リムは首を縦に振らず、固辞し続けていた。


 勉強が嫌いなわけではない。本当は進学し、深く魔法を勉強してみたいという気持ちもあった。が、それよりも大きな問題があった。

 進学すれば金がかかる。更に魔法学問は金食い虫で有名だ。進学すれば、レナードは更に金を稼ぎ出そうと無理をするのではないか? それは夫の命を危険にさらすことになる。


 それよりリムはレナードと正式に結婚し、子供を産むことを希望していた。

 子供が出来ればレナードは傭兵を辞め、安全な仕事を選んでくれる。 

 リムはそう考えていた。その為には進学している場合では無い。一刻も早く家族を作り、レナードを危険から遠ざけなければならない……そう考えていた。




 しかし、それは少し違うのかもしれないと思った。


「……私はグランナイツの職を辞したとはいえ、心はエミリーナの兵だ。エミリーナの為に死ぬことは当然だろう」


 先程戦いに行くのか? と聞いたリムにレナードが言った言葉だ。

 その目に何も迷いはなかった。死を一切恐れていない目がそこにはあった。

 いつもリムに向けていた、暖かさと優しさを感じる目ではなかった。初めて見る冷たくも力強い目だった。


 それはセイジもロウガも同じだった。無謀とも呼べる作戦に一つも恐れることなく、覚悟を決めた目をしていた。むしろエミリーナの兵士であるグランドナイツの方が明らかに怯えた目をしていた。


 覚悟のない目だ。


 そうリムは思った。グランドナイツ達の怯えた目は、リムには情けないモノに見えた。

 対しレナード達の目は澄んでいた。死の迷いなどいっぺんも感じられない目だった。


 リムに闘う男達の考えなど解らない。でもその時ふと思ったことがあった。


 ……おじさまは闘うことに誇りを持っている。だからこそ自分が死ぬ事に怖さなんて無い。


 何となくそう思った。そしてそれは間違っていないのでは無いか? と思う。

 それは元グランナイツの矜持(きょうじ)なのかも知れない。ロウガ傭兵団の一員としての責任かも知れない。レナードの言う様にエミリーナの為かも知れない。

 もしくは、どれも違うのかも知れない。


 細かいことは解らない。でも、一つはっきりと解った事もある。

 闘いに行くレナードのことを、自分は何も解っていなかったのだな、と言うことだった。

 



 私はおじさまのことを全て解っている。リムはそう思っていた。

 全てを話さずとも、二人の心は全てわかり合えている。

 それは違った。自分はおじさまのことをまだ少ししか知らない。それを全て解っていた様な気になっていただけだ。


 馬車の中で先生に言われた。「お前達はもっと話し合うべきだ」と。

 その時にはそうなのかな? くらいしか思わなかった。でも今なら解る、私たちはもっと話さなきゃダメなんだ。


 私の想いをおじさまに、おじさまの想いを私に伝え合わなければならない。

 私がおじさまにどうあってほしいのか。おじさまは私に何を望んでいるのか。


 話し合わなければならない……そのためには、今この戦いを生き延びなくてはならない。私に力があるのなら、今度はおじさまを守って上げなくてはならない。

 生きて帰って話し合わなくてはならない。この先の未来のために……。




 二人の少女は必死に詠唱していた。

 自分の中に封印した魔力と、秘められた魔力。それら二つが絡み合い、力を相乗させていく。


 それはメルドム3万人のためでは無い。

 今、戦い続けている兵士達のためでもない。

 セイジとレナード、たった二人の男のために、クレアとリムは魔法を紡いでいた。


 その純粋な想いは力となり、強大な魔法力となって、メルドムの夜空を光となって照らしていた。 






 セイジは光の柱を見上げていた。 

 戦いの最中だと言うことも忘れ、ただ呆然と闇夜を貫く光の柱を見上げていた。


 それはセイジだけではなかった。

 ロウガもレナードも、エミリーナの兵士も警備兵も。

 敵である黒装束も、そして意思を持たないスケルトン達も。


 そろって戦いを忘れ、クレア達から立ち上がる光の柱を見上げていた。




 クレアとリムの二人は光に包まれていた。

 正確には包まれているのではなく、二人が発光していた。

 クレアとリムが詠唱している浄化魔法が二人の体からあふれ、光となり発せられている。 すさまじき力だった。クレア達の体から立ち上る魔法力が渦を巻き、細い竜巻のように天に向かって昇っていた。


「ソーク……アク、ムルオル……」


 クレアはリムを抱いてはいなかった。両手を水平に上げ、魔法の詠唱をしている。


「オン、ソル、シエン、アーク……」


 リムもまたクレアと声をそろえ魔法を詠唱していた。詠唱の言葉など一つも知らないはずのリムが淀むことなく、すらすらと魔法を詠唱していく。

 二人は今、すべてを共有していた。クレアの知識がすべてリムに流れ込んでいる。全く知らないはずの詠唱の言葉すら、リムは何も見ずに唱えることが出来る。


 クレアの長い髪が重力に逆らい、上に昇っていた。体からあふれる魔力に髪が押し上げられていた。

 二人の目の前に、杖が浮いていた。セリアから渡された法皇の杖が何の支えもなく、中空に浮いていた。その杖に施された女神像から、光が四方八方に激しく散らばっていた。クレア達が居る一帯のみ、激しい光で何も見えなくなっている。


 クレア達を守る周りの兵士達は、皆目をつむり泣いていた。強烈な光に目を開けていられないのだ。目をつむってもなお飛び込んでくる光にシャワーに、兵士達は泣きながら、必死になって盾を構えていた。


「オル、オム、オン、シエン……」


 クレアとリムの言葉が止まった。クレアが水平にあげていた腕を前に出した。

 すると、浮いていた杖がクレアの手に寄っていった。クレアの手に握られた瞬間、杖から発せられていた光がぴたりと止まった。

 クレアは杖を上に掲げると、大きく息を吸った。そして杖を勢いよく地面に叩きつけた。




 それは光の波紋。


 クレア達を中心として、静かな水面に一粒の滴が落ちたときのような波紋が、静かに早く地に広がっていった。

 光の波紋がセイジの体を通過していった。寒空の中、一陣の暖かい風が肌を撫でていったような感覚がした。


「な、何だ!?」


 近くから戸惑いの声が上がった。目を向けると、黒装束の傍らにいたスケルトン達の様子がおかしくなっている。

 歯を激しくかみ合わせ、体を激しく振るわせていた。そのうち踊るようにして激しく暴れ出す。

 そのスケルトンの体がいきなり崩壊した。骨の足が乾いた音を立て、白い粉へと変貌した。


「は!?」


 黒装束が驚きの声を上げた。スケルトン達は足を失いその場に次々と倒れていった。倒れたスケルトンがもがき暴れる。その腕が胸骨が頭部が、みるみるうちに白い粉となって崩壊していく。

 やがて、その場には元スケルトンだったであろう粉と、持っていた剣のみが転がっていた。粉は夜風に流れ、空へと散らばっていく。セイジと黒装束達がそれを呆然と見つめていた。


「わあ!!」「なんだ!!」と様々な場所で声が上がっていた。ここだけではなく各地のスケルトン達が崩壊しているようだった。


 浄化魔法……これほどのものとは……。

 興奮か衝撃か、あるいは恐怖か。セイジの体はかすかに震えていた。


「引け! 引けぇ!!」


 やがて上がった声に、黒装束がはっとしたように顔を上げ、一斉に逃げていった。


「追うな! 追わなくていい!」


 ロウガが声を張り上げていた。追撃しようとした兵士を止めいるようだった。


 そうだ、クレアは? 


 セイジはクレアの方に顔を向けた。するとクラウスがクレアを抱き上げ、必死に声をかけているのが目に入った。


「クレア!」セイジは慌ててクレアの元に駆け寄った。クラウスから奪うようにクレアを受け取る。


「クレア! クレア! しっかりしろ」


 クレアを抱きしめ、必死に呼びかけた。やがて薄くクレアの目が開いた。


「セ、セイジ様……」


「クレア! 平気か?」


「わ、私は大丈夫です。それよりリムちゃんを……」


 見るとリムが兵士に抱き上げられていた。その顔に生気が無く、手がだらりと力なく垂れ下がったままぴくりともしない。


「どいてくれ! 通してくれ!」


 レナードが必死の形相で兵士をはねのけながら走ってきた。兵士からリムをはぎ取り、体を揺さぶり何度も呼びかける。が、リムは一切反応しない。

 レナードは青ざめながらリムの胸に自らの顔を当てた。そして口元に指をあてたり、手首の脈を測り始める。


「……大丈夫です。一気に魔力を持って行かれたショックで気絶したのでしょう」


 ほっとしたのだろう、大きく息を吐き、レナードはその場にへたり込んだ。


「頑張った……よく頑張った、リム」


 リムを抱きしめながら、レナードはリムの耳元で呟いていた。

 様子をじっと見ていたセイジもほっと息を吐いた。腕の中にいたクレアも「良かった」と呟いた。


「良くやってくれたクレア。だがまだ後がいる、クレアはとりあえず下がって……」


「あ、あの、セイジ様、大丈夫です」


「大丈夫? 大丈夫って……」


 この場にいたスケルトンは祓った。だが、まだ後ろに200体近くのスケルトンが残っているはずだ。

 まさかまた浄化魔法を使おうと言うのか? それは無茶だ、今クレアの魔力はゼロになっているはずだ。今度使用すれば間違いなく命を削ることになる。


「だめだ、クレア。後は俺たちに任せろ。クレアは義母上と共にまって……」


「い、いえ、違いますセイジ様。スケルトンは全て祓いました。西門付近にいたスケルトン達も全て浄化しました。この一帯には一匹たりとも残ってはいません」


「え? まさか……」セイジは呟くと、西門の方に顔を向けた。


 ここから門までゆうに1km以上ある。普通浄化魔法の射程は20~50m程だ。優秀な者でも100m届かせるのがやっとなはずだ。

 普通ならばあり得ない。だがセイジはクレアの言葉を嘘や間違いとも思えなかった。

 先程見た光の柱、見上げていたセイジが身震いするほどの力を持った浄化の光だった。あれならば1km先のスケルトンすら祓える。そう思えてきた。


「間違いありません、一帯のスケルトンは全て祓いました。住民の皆さんの避難を……」


 セイジを見上げるクレアの目は力強かった。セイジは大きく頷くとクラウスに目を向けた。


「聞こえておりました。ロウガ殿が兵を引きつれ、確認に向かわれました。安全の確認が取れ次第、住民の避難を開始しましょう」


 クラウスもまた、何かを感じ取った様だ。


「各員、第2戦闘態勢に移行せよ! 負傷者は後方に下がれ!」


 大声を張り上げながらクラウスが向こうへ歩いて行く。


「セイジ様……私頑張りました」


「ああ、ありがとうクレア。よく頑張ったな」


 セイジは左手で抱えていたクレアを自分の方へ引き寄せた。


「えへへ……」クレアは嬉しそうな声を上げ、両手をセイジの首に回し、頬をすり寄せた。




「全滅……だと」

 

 コタローは足下で跪いている黒装束の報告に、大きく目を見開いた。

 唯一見える目は血走り、真っ赤になっている。憤怒(ふんぬ)に満ちた目だった。


「は、はい西門にて待機していた150体のスケルトン、全て粉塵と化し、雲散霧消(うんさんむしょう)いたしました……」

 

 跪いた黒装束は震え、顔面に汗を滴らせながら言った。

 途中コタローは待機させていたスケルトンの内、50体を追加していた。残る150体を安全のため西門辺りで待機させていたのだが、それも祓われたという。

 コタローの体ががくりと傾いた。左手を壁に付け、何とか崩れ落ちるのを防いだ。


「あの光か……」コタローが絞り出す様な声で言った。


「間違いありません。あの光は人間には効果はありませんでした。が、スケルトン達は次々と倒れ、体を崩壊させていきました」


「……完敗……だな」


 くくく……とコタローは呻いていた。


「こ、これからどのように……」

 

 黒装束が顔を上げた。その目には悲壮感が漂っている。


「全員引かせよ。これ以上死ぬ必要は無い。東門にいるカツタダ様の元に行き、撤退するよう伝えてくれ」


「コタロー様はどうされるのですか?」


「……このままでは終われん」


 呻く様な声に、黒装束は大きく体を震わせた。

 コタローの目から怒りが消え、冷たい殺気を帯びた光が宿っていた。


 せめて一太刀、この命に代えてあやつらに喰らわせてやる……。


 その目はセイジとクレアの方向に向けられていた。

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