第54話 梟雄
風邪かと思ったらインフルでした……
今回もやや短いです。申し訳ありません。
なんだ!? こいつ何のまねだ!? 風車陣を破れず、諦めたのか?
回転している黒装束達の目に、困惑の色が浮き出た。
セイジは刀を鞘に戻し、目をつむって立っていた。その手には何も握られてはいない。素手だった。セイジからは一切の闘気を感じない。その姿は諦めの姿に見える。
普通、風車六芒陣に囲まれた相手は平静を失い、せわしなく視線を動かしたり、剣を振り回したり必死の抵抗をする。結果、心を乱し、体力を失い、自滅する様な形になる。
セイジの様に目をつむり、何もせず立っていると言う行動をした者はいない。それが逆に不気味な姿に見えた。
号令役の黒装束もまた戸惑っていた。が、すぐに首を振った。
「まやかしに過ぎぬ!」そう叫ぶと回転している黒装束達が頷いた。
最初の一撃を躱したのは見事だった。だが、風車陣が破られたわけでは無い。
風車陣を受け、脱出する手立てが無いことを知った。だから奴はああして諦めたのだ。
そう思い、セイジを睨んだ。セイジは変わらず中央で目をつむり立っている。
号令役の黒装束が握り拳から人差し指を上げた。とたんに回転スピードが上がった。斬撃に移ろうとしている。
「ざ……」
斬! と叫ぼうとした時だった。
セイジのだらりと下げられた両手から小さな黒い球体が浮かび上がった。豆粒ほどの黒い球体があっという間に10cmほどの大きさになる。
暗黒球体。セイジの暗黒魔法だった。
セイジは目を開くと同時に、両手を水平にあげた。両手に浮かび上がった2個の球体が左右に放たれ、黒装束の元に黒い球体がまっすぐ向かっていく。
「ギャアアア!」
黒い爆炎と共に、轟音と悲鳴が上がった。黒装束達の回転が止まり、陣形が崩れる。
魔法で回転を破壊する。これがセイジの風車六芒陣破りだった。
本来であれば、囲まれた状態では魔法を使用することは不可能だ。魔法は詠唱に数10秒かかり、その間集中する必要もある。そんなことをしていては敵の餌食になる。
そのため魔導士は前に出ず、護衛役の後方から放つ。盾が無くては詠唱など出来ない。
だが、セイジは囲まれた状態で魔法を使用することを選択した。襲いかかってきたところを無理に斬り抜けるより、こちらの方が確率が高いと踏んだのだ。
それは風車陣の特性にある。
風車陣は相手の周囲を回り、上段と突き3人ずつに分かれて攻撃する。この際に重要なのは攻撃者のタイミングだ。6人がぴったりと息を合わせなければならない。一人でもずれてしまえば、そこに脱出口が生まれてしまう。
風車陣が相手の周りを回転するのは惑わせるためだけでは無い。回りながら全員の呼吸を合わせ、タイミングを計っている。セイジはそう思った。
だから相手の呼吸を乱すため、刀を拭い納刀し、素手で目をつむって見せた。撹乱と魔法の集中に入るためだ。これに見事黒装束達はひっかかり、呼吸を乱した。呼吸を整え攻撃態勢に入るまでに、魔法の詠唱の時間を許したのだ。
もっとも、セイジが魔法を使えると知っていれば、黒装束達も対応して動いただろう。だが、セイジは戦闘に入ってから一度も魔法を使用していない。刀一本で敵を斬り倒す姿に、魔法が使えると思った者は皆無だった。
結果、完璧な陣形であった風車六芒陣はあえなく敗れ去ったのだった。
セイジは動いていた。爆発に巻き込まれなかった黒装束二人に突進していく。
その黒装束達は、自分の足下に倒れている仲間を見下ろしながら呆然としていた。
一体何が起きているのか全く理解出来なかった。いきなり爆発が起きたと思ったら、目の前にいた仲間が大怪我を負い転がっているのだ。
何が……と思考を巡らせている所にセイジが現れ、驚きで目を剥いた。慌てて剣を振り上げようとする。
セイジはその胸元に飛び込んだ。左手で投擲用のナイフを抜き、深々と心臓めがけ突き込んだ。
むぐ! と呻き、黒装束が後ろに倒れ込んだ。そのままぴくりとも動かない。
セイジはすぐさま左に体を開いた。隣にいた黒装束が剣を振り下ろそうとしていた。セイジも刀を鞘から抜きざまに斬り上げる。
斬り下げる剣と斬り上げる刀が一合したかの様に見えた。
「な……」
黒装束の声が漏れ、ドサリと何かが地面に落ちた。
それは剣を握ったままの黒装束の両手だった。セイジは右にわずかに動きながら、黒装束の両腕を斬り上げた。剣はセイジを捉えることなく、セイジの後ろに落ちた。
斬り離されてなお、手は剣をしっかりと握りしめ離さなかった。それを黒装束は呆然と見ていた。
やがて黒装束が膝を折った。絶望に全身から力が抜けていくのを感じていた。両手を失っては血止めは出来ない。後は血を失って死ぬのを待つだけだ。
へたり込む黒装束に目もくれず、セイジは残りの黒装束に走った。魔法の爆発で8人の内4人がふきとんでいた。あとは号令役を入れて3人だ。
一人の黒装束がセイジに向かってきた。大きく開かれた目が真っ赤に血走っている。
「キィアアア!」奇声とも言える雄叫びをあげ、突っ込んでくる。セイジにぶつからんばかりに突進し、剣を振り下ろした。
黒装束が間合いに入った瞬間、セイジのスピードが一段階速くなった。降ってくる剣の下を潜り、刀で抜き胴に斬った。刀がすう、と黒装束の胴を抜けていく。そのまま止まらず黒装束の脇を通り抜ける。
同時に黒装束の体が腹から真っ二つになった。セイジの刀は腹から背を抜け、一刀の元に腰断した。
腹を割いたつもりが、真っ二つにしてしまった。拍子が合っていたのと、胴田貫の切れ味が鋭すぎたため斬れてしまった。
黒装束は走り込んでスピードが付いていたため、分離した上半身と下半身がもつれ合うようにして地に倒れる。だが即死では無く、上半身がぴくりぴくりと動いていた。
「うわわわわっ」
号令役の黒装束はその光景と、迫り来るセイジにパニックになっていた。握っていた剣を投げたが、セイジとは全く違う方向に飛んで行ってしまう。
セイジが刀を振り上げ、真正面に立つ。素手となった号令役は目を見開き、煌めく刀身をじっと見ていた。
その時だった。
セイジの左首筋に冷たい何かが這った。抜き身の刀身をあてられた様な、冷たい恐怖がちくちくと肌を刺す。
殺気だ。それも今までに感じた事が無いレベルの冷徹な殺気だ。
セイジは瞬時に右に飛んでいた。考える前に体が動いていた。飛びながら投擲用のナイフを抜き、左方向に投げた。
キィン、と金属がかち合う音が鳴った。同時に不気味な笑い声が響く。
「ほっほっほ……」
闇夜の中に赤茶色の装束を着た小男が立っていた。
「ワシとしたことが殺気が漏れてしもうたか。いやいや若いのお……」
装束から覗いている目が細くなった。皺が寄り、何か不気味な生物の様に蠢いた。
イーストの梟雄、ジュウメイが剣を構え不気味に笑っていた。
こいつ……ダンチだ。
セイジは大きく間合いをとり、刀を正眼に構えた。
普段セイジは刀を正眼に構えない。右手にぶら下げるように構える。一見するとただ単に刀を持って立っているだけに見える。師である祖父はこれを無形の構えと言った。
刀を斬り下ろすだけでは無く、突く、斬り上げる、先程の様に転がって足を削るという、形にとらわれず自由に動ける構えと言う意味らしい。
また正眼に構えると重い刀をずっと持ち上げなければ成らないため、どうしても疲れてしまう。それを抑える意味もあった。
そのセイジが正眼に構え、じっと相手を見据えていた。背筋を刀身で撫でられたような恐怖が体にへばりついて消えなかった。
いくら目の前の敵を斬ろうとしていた時とはいえ、あそこまで相手の接近に気が付かなかった事は無かった。もう少し気が付くのが遅れていれば、相手に叩き斬られていただろう。
今までにやり合ってきた敵とはレベルのけたが違う。恐るべき男が目の前に現れた。
「ジュ、ジュウメイ様……」
斬られる寸前で助かった黒装束がかすれた声を上げ、赤茶色の装束を着た男……ジュウメイを見た。
「お前らは下がっておれ、突っ立たれても邪魔だ」
「は、ははっ!!」
残った二人は慌てて後ろに逃げていった。二人に目を向けること無く、セイジはジュウメイだけを見ていた。
「やれやれ、ちぃとも役にたたん奴らだ」
「囮にしておいて……よく言う」
セイジの言葉にジュウメイは目を大きくした。
「ほほほ……そこまで解ったか。凄まじき男よの。その若さでよくもそこまでたどり着けたものじゃ」
ジュウメイは目を細め、再び不気味な笑い声を上げた。
セイジがジュウメイを一番恐ろしいと思ったのが、その事だった。
ジュウメイは黒装束達を救おうと言う気は全くなかった。黒装束達をセイジに斬らせ、ほっと息をついた瞬間を斬ろうとしていた。
どんな達人であろうと、敵を斬り倒し、一息を突いた瞬間には隙が出る。わずか数秒、もしくは1秒にも満たない時間かもしれないが、心が虚の状態になる。つまり隙が出来る。そこをジュウメイは斬ろうとしていた。
ジュウメイが斬り込んできたタイミングを考えると、そうとしか考えられない。平然と仲間を見捨て、獲物を仕留めることを優先させた。
やろうとしても理性が止める、そういった行動を簡単にやってのける。殺すことにも、仲間を失うことにもなんの感情も無い。
……狂人だ。セイジは目を剥く思いだった。
「貴様が長か?」セイジはジュウメイに聞いた。
「どうかのう……そうとも言えるし、そうで無いとも言えるかの」
「何故メルドムを襲撃した。貴様達の狙いは何だ?」
「狙いなど無いわい。何となくかのー」
「狙い無くこの街を襲うなどあり得ない。貴様達には明確な狙いがあるはずだ」
「……うっさい御仁だの。しつこいと女子に嫌われるぞい。臥所であれこれ言う男は嫌われると、なんかに書いてあったぞ。男はあれこれ言わずに、黙ってぶち込めばいいのじゃよ」
「……あいにくと、俺の連れ合いは囁かれたいタイプでね」
ジュウメイは顎を撫でながら、「そうかそうか」と笑った。
やはり効かないか……。
セイジは話しながら激しい気迫をジュウメイにぶつけていた。激しい剣気で相手を飲み込もうとした。だが、ジュウメイはそれに一切反応しない。
普通の男であれば、失禁して腰を抜かすレベルの気当てを放っても、ジュウメイはまるで反応しない。対抗するわけでも無く、あてられた気をするりと後ろに受け流している。
まさしく達人だった。自分と同じレベルか、はたまた上か……。
「さて、奇襲も外れた事だし、普段なら退くが……今日はそんな気分でも無いのでな」
ジュウメイがゆらりと動き、剣を下段に構えた。
「ワシと死合うてもらおうか、若いの」
「こちらとて、お前を逃がすつもりは無い。ここで仕留めさせてもらおう」
セイジも応対する様にすり足で進み、間合いを詰める。
あまりにも危険な男だ。今ここで逃げられては、クレア達が危険にさらされる。
セイジはそう感じていた。例え相打ちになっても、ここで仕留めなければならない。
「ほほ、嬉しいのう。ワシの求愛に応えてくれるか」
ジュウメイも目を細め、下段の構えのまま、じりじりと間合いを詰める。
梟雄同士の死合いが、今始まろうとしていた。




