第53話 風車六芒陣
すいません、風邪ひきました……。
自分の予定より話が短くなっております(泣)
クレアはセイジ達が去っていた方を見ていた。もっとも今は護衛の兵士達がクレア達を囲んでいる。兵士達の背中しか見えない。
胸がきりきりと締め付けられた。その痛みを誤魔化すように杖を抱いた。暖かかったセイジの腕とは違い、杖は夜風に晒され冷たくなっていた。
……こんな事じゃダメ、セイジ様に怒られてしまう。
自分を叱咤激励して、大きく深呼吸をした。目をつむって、心が静まるのを待つ。ざわめき立った状態では集中など出来ず、魔法の詠唱が中途半端になる。
今回の浄化魔法はクレアが扱ったことがないレベルの魔法だった。少しでも意識が散ってしまっては全ては台無しになる。
クレアは目を開いた。心は落ち着き始めていた。リムに近寄って肩に手をかける。
「リムちゃん、そろそろいいかな?」
「あ、は、はい……」
リムが不安そうな目でクレアを見上げた。その目から頬にかけて、涙の流れた跡がくっきりと残っていた。
「あの……私は何をすればよろしいのですか?」
「目をつむって、意識を集中してもらえば大丈夫。私に任せて」
そう言うと、クレアはリムを後ろから抱いてぎゅっと力を込めた。二人の体が密着し、リムの目の前にクレアが持っている杖が現れた。
「目をつむって」
クレアの声にリムは慌てて目を閉じた。目を閉じると、周りの兵士達が動く音や、息を飲む音などが鮮明に聞こえてきた。
(聞こえるかな?)リムの頭の中にクレアの声が響いた。
「は、はい、聞こえます」
(声に出さなくて大丈夫。頭の中に考えるだけでいいから)
(は、はい)
(うん、それで大丈夫)
ふっと周りの音が消え、音が一切聞こえなくなった。自分の心臓が奏でる鼓動だけが聞こえてくる。クレアの魔力で聴覚を一意的に消したのだった。
(詠唱を始めるね。リムちゃんは集中していて)
(……その、集中と言われても)
リムの正直な感想だった。今、まさに自分の大事な人が死ぬかも知れない。心は先程からざわめきたって、集中どころでは無かった。
(リムちゃんはレナード様の事だけを考えていて)
(おじさまの?)
(そう、レナード様のことだけを考えていればいい。他のことは忘れて)
(そ、そんなことを言われましても……)
(レナード様と一緒に過ごしてきた時の事とか、思い出していればいいから)
リムは戸惑いながらも、クレアに言われた通りレナードとの事を思い出す。
最初に出会った時のこと、レナードと共に一緒に過ごした時のこと、罠にはまり、レナードが死にかけたこと、レナードに告白されたこと、その告白に涙し答えたこと、初めてかわした口づけのこと、互いに愛し合った夜のこと。
リムの中にレナードとの思い出が浮かんでは消えていく。心を埋め尽くす程の楽しい思い出と、ちょっぴり辛い思い出。思い出していく内にリムの胸が熱くなっていく。
同時に、心が静まっていった。今までざわめいていた心が嘘の様に静まり、レナードとの思い出に心が温かくなっていく。
……今ならいける。
リムの心が静まったのを感じ、クレアは詠唱を開始した。
「おらおら、どうした! ビビってんのかぁ!」
左に展開したロウガは、スケルトン相手に暴れまくっていた。
ロウガの振るうロングソードが轟音の唸りを上げた。正面にいたスケルトンの頭部を、上から片手一本で叩きつける。
メシャ、と乾いた音を立て、スケルトンの固い頭部に剣がめり込む。そのまま力任せに下に叩きつぶした。片手一本とは思えない威力を持った一撃に、スケルトンの体がばらばらになって地に崩れる。
右側から別のスケルトンが迫る。ロウガはくるりと体を回し、振り下ろされた剣を左腕で受け止める。
ギイン、と金属同士がぶつかり合う音がした。ロウガの左腕に装着された手甲がスケルトンの剣を受け止め、そのまま横に払い流す。流された剣が地面に刺さった。
「おらあ!」
剣の重みに引っ張られ、前傾したスケルトンの頭部をロウガの右足が蹴り上げた。いい音をさせて、外れたスケルトンの頭部が闇夜に消えていった。
「どうした、どうした! もう終わりかぁ! じじい一人始末も出来ねえか!?」
ロウガが大声で喚いた。その声に反応したのか、別のスケルトンが寄ってくる。
にたりと笑うと、ロウガは右手の剣を上げる。脇腹に柄をあてるようにして、そこからまっすぐ剣先を伸ばす。左手で胸を隠す様にし、腰をたわめ低い体勢をとった。
これがロウガの基本的な構えだった。右手一本で1mはあるロングソードを振り回し、左手に装着された鋼鉄製の手甲を盾代わりに、敵の攻撃を受け流す。
はたから見れば、考えなしに暴れ回っているだけに見える。しかし、その動きは正確に敵の攻撃を捌き、反撃していく。全く隙が無かった。
新しく来たスケルトンも難なく仕留める。ここでロウガは荒い息をつき、一度下がった。
情けねえな……この程度でへたばるたあ。
膝に手を当て、息をついた。息もなかなか整わない。
ロウガの戦闘スタイルは全身で暴れる様に戦うため、非常に体力を消耗する。構えも体勢を低く構えるため、各部に大きな負担がかかる。今も腰が軽い悲鳴を上げていた。
20年前はこれで1時間近く戦っても平気だった。今は5分で体中が悲鳴を上げている。
息はまだ整っていないが、ロウガは顔を上げ周りを見渡した。数では敵の方が多いが、皆よく戦っていた。戦況はこちらが優勢に見える。もっとも後に200体控えていることを考えれば、戦況は不利には変わりは無い。
あいつら……前出過ぎんなって言ってんのに。
前方でセイジが戦っているのが見えた。踊るように敵を次々と斬り倒していく。レナードも大きく右に展開し、スケルトン相手に剛槍を振り回している。
二人の見事な暴れっぷりに若さを感じ、慌てて頭を横に振る。まだ感慨にふけるほど年寄りになってはいない……とロウガは思っている。
俺もまだまだ負けてられねえな……。
腰をとんとんと叩きながら、ロウガは再び前に出始めた。
レナードは槍を手に立っていた。
周りをスケルトンが大きく半円状に囲んでいる。レナードが壁を背にして立っている為、後ろには回り込めなかった。
足下には幾つかの残骸が散らばっている。突っ込んでいったスケルトンの末路だ。レナードの大槍は斬ったり突いたりするより、ぶっ叩く打撃武器に近い。スケルトンを一撃で粉々に出来るため、効果的な武器と言える。
「さ、どうしました、かかってこないのですか?」
レナードは槍の尻を地に着けて、ぐるりと見回しながら言った。スケルトンに対して言ったのでは無く、その後ろにいる黒装束に向けて言った。
先程からスケルトンの後ろに二人の黒装束がいるのが見えていた。その目には明らかに戸惑いと畏怖の色が浮かんでいる。どうしていいか解らないのだ。
突っ込んできたスケルトンに対し、レナードは槍を手に縦横無尽に暴れ回った。10体ほど蹴散らした辺りから、スケルトンが周りを囲むだけで攻めてこなくなった。おや? と思っていると、後ろに黒装束がいるのが見えた。
どうやらこいつらがスケルトンに指示を出しているようですね……。
レナードはそう考え、槍の穂先を黒装束に向ける。するとスケルトン数体が庇う様に前に出た。間違いない、とレナードは確信した。
二人の黒装束はレナードの槍捌きに腰が引けてしまっていた。待機命令を出しているのか、スケルトン達が一切襲ってこなくなった。周りを囲んで威嚇するだけで攻めてこようとはしない。
ならば、と休むことにした。自ら攻めることは無く、防御に徹することにした。
今回はクレアとリムの防衛がメインだ。自分達から無理に攻める必要は無い。自分がここでスケルトン数十体を引きつけていれば他の兵士も少しは楽になるだろう。これで終わりでは無い、後半に向け、体力は温存しておかなければならない。
……隊長が言うほどの相手か?
時折槍を上げ、攻めるフリをしながら、レナードはふと思った。
セイジはロウガ傭兵団の兵隊と同じ実力を持つ、と言っていたが、そうは思えない。明らかに実力は下だ。
確かに最初の攻撃は見事だった。内部にスパイを送り込み、門を開けさせ侵入する。常駐の兵士達は防戦一方となり、なすすべ無く中央に敗走している。
しかし、今いる黒装束達はレナードの槍にどう対処していいか解らず、スケルトンに周りを囲ませているだけだった。
その囲み方も雑だ。槍の射程外に半円状に囲んでいるだけで、幾つも隙間がある。囲まれているのに一切の圧力を感じない、簡単に崩れる囲み方だ。
槍が怖くて、うかつに攻められない。だから囲んで様子を見ています、と言った感がありありと出ていた。そういったことを察知されては囲んでいても全く意味は無い。その事にも気が付いていない様だった。
リムのことが頭をよぎった。大丈夫なのだろうか、しっかりやれているのだろうか?
今のレナードの心配事は、目の前の敵より、その事だけだった。
前方から迫ってきたスケルトンを、セイジは袈裟懸けに斬り捨てた。
断末魔かスケルトンの歯がカチカチと鳴って、その場に崩れる。姿勢を直し、辺りを伺うセイジの後ろに、影がゆっくりと動いた。
黒装束だった。おもむろに上げた剣をセイジの背後に振り下ろす。
殺った! と黒装束の目が喜びに歪んだ。だが、その表情が一瞬にして変わった。
セイジが左に動き、そのままくるりと右に体を開いた。剣はセイジを捉えること無く、目の前を通過し、地を叩いた。黒装束の体が前傾し、腰が浮く。
躱されるなどと思っても見なかった。黒装束は驚きで大きく目を見開き、セイジを仰ぎ見る。その顔の下で何かが閃いた。
セイジの斬り上げた刀が黒装束の顎下に潜り込み、そのまますっと抜けていった。
見開かれた目がゆっくりと光を失っていく。やがて首がコロリと転げ落ちた。頭部を失った首から大量の血が噴き上がり、黒装束の体が沈んでいく。
違う……あの時の者達じゃ無い。実力が違いすぎる。
黒装束の死体をちらりと見ながら、セイジはそう感じていた。
格好、武器、戦闘スタイル等々どれも似ている。が、肝心の実力が段違いに低い。
あの時の者達は連携を基本とした戦いだった。多対一を作りだし、たとえ犠牲者を出しても相手を確実に仕留める、そういう戦法をとっていた。
この黒装束は個々の戦いを基本としていた。他の黒装束達と連携をとる気配は無く、配下と思われるスケルトンと共に攻めてくるだけだった。
戦闘能力も低い。訓練を受けそれなりの能力は持っている様だが、実際の戦闘はしたことは無いのではないか?
あの時感じた、背中がひりつくほどの殺気を全く感じることは無い。攻撃方法も単調で、数に任せて押してくるだけで、怖さも何もない。セイジには簡単に動きが読めた。
これならば、無理して前に出る必要は無い。
セイジはじりじりと後退を始めた。ここで粘っていても意味は無い。クレアの詠唱を待ち、スケルトン殲滅の後黒装束を倒せばいい。
そう判断して、後ろに下がり始めた。すると、目の前に新たな黒装束が現れた。
「風車陣!!」
叫ぶと、剣の切っ先をセイジに向けた。物陰から剣を持った黒装束達が現れ、さっとセイジを囲む。その数9人。
来るか、とセイジは身構えたが、黒装束達は攻めてこなかった。5mほどの間合いをとって円状に囲み、セイジを中心に環を描いてゆっくりと回り始める。叫んだ黒装束のみ環の外にいる。
これが風車陣?
セイジは目を左右に走らせながら、右手にぶら下げる様に刀を構えた。
確かに効果的な陣形だった。間合いが十分にとられているため、うかつには踏み込めない。更に自分を中心にして回っているので脱出するスペースが無い。回る黒装束達がどこから攻めてくるかも解らない。
無理に攻めれば手痛い反撃を食らう。目で追っていれば心は焦り、平常を失う。なかなかに考えられた陣形だった。
だが、セイジは微塵も焦ってはいなかった。無理に逃げる必要は無い。今までだって囲まれたことは幾度もあったが、そのたびに斬り抜けてきた。無理に逃げるより、向こうの攻撃に合わせ動いた方がいいと判断した。
黒装束達の回転のスピードが増していく。
「斬!!」
号令役の黒装束が叫んだ。とたんに円陣から3人の黒装束が飛び出した。3人は正3角形のフォーメーションで剣を上段に振りかぶり、セイジめがけ飛び込んでくる。
セイジは慌てなかった。9人いっぺんに斬り込んでくることは無い、と解っていた。互いの体がぶつかり合って邪魔になってしまうからだ。せいぜいが6人と言ったところだろうと予想していた。
3人とは意外だったが、これならば簡単に対応出来る。セイジは一人に詰め、躱しざまに胴を薙ごうとした。
瞬間背筋にぞくりとしたモノが這い上がった。
セイジは瞬時にその場に転がった。頭のすぐ上を何かが通過していく。3人とは別の黒装束が突いてきた剣だった。
セイジは地を転がりながら刀を薙いだ。刀が黒装束の脛を削る。斬られた黒装束が悲鳴を上げ、脛を抱えて環から転げ出た。
「散!」
叫び声に黒装束達は大きく後ろに飛び下がった。再びセイジを中心として回転し始める。セイジは膝立ちの状態で構えていたが、やがて立ち上がった。
成程……とセイジは心の中で唸りを上げる。
これがイースト部隊の必殺の陣、風車六芒陣だった。
相手を中心に置いて囲み、円を描く様に回る。合図と共に、3人が三角形の形で上段から斬り込む。一拍遅れて今度は逆三角形の形で別の3人が突いてくる。
上段斬りの三角形と突きの逆三角形がちょうど星形六角形の形で来るため、風車六芒陣とよばれる。
最初の3人の斬撃を躱そうとすれば、一拍遅れた突きが刺さる。受けようとして剣を上げれば、胴ががら空きとなり、これまた突きの餌食となる。突きに気をとられれば、上段の対処が疎かになる。
一撃食らわせたらさっと離れ、再び相手の周囲を回る。無理に一撃で仕留めようとはしない。徐々に相手を傷つけ、体力を奪っていく。そういう戦法をとっていた。
また、この形で斬り込むと、対角線上に同じタイミングで斬り込む者がいないため、同士討ちの確率がぐっと減る。敵を囲んでも躱されて同士討ちという形はよく発生する。それを防ぐ意味もある。
まさに隙の無い、必殺の陣だった。
セイジもこの陣の意味を理解した。転がったセイジを無理に追撃せず、下がったのも流石だった。低い位置の相手は斬りづらい、斬りつけた剣が届く前に、向こうの剣が届くからだ。
だが……とセイジがにやりと口を歪ませた。
残念だったな、あそこは無理にでも攻めておくべきだった。
セイジは懐を漁り始めた。何か投げてくるのか、と回っている黒装束達が警戒する。
次の瞬間、黒装束達は一様に驚いた顔になった。
セイジは懐から懐紙を取り出すと、刀を一振りして血を払い、刀を拭い始めた。
そして一拭いした後、刀を鞘に戻し、目をつむりその場に悠然と立ったのだった。




