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第50話 悪役

 セイジの策……それはセリアの代わりに、クレアを連れて行くことだった。


 相手がただの魔物であれば、数の少ない西門に戦力を集結させ、脱出口を作る方法が取れる。しかし、今回この手は使えない。

 相手の魔物は制御されている。その証拠にスケルトン達は半分が入り込み、半分が残るという戦法をとっている。それは無秩序な魔物のとる行動では無い。完全に組織された動きだった。敵の進行が遅いのもこちらを誘っているからだ。

 西門に戦力を集結させれば、東門のガガンボが一気に攻め込んで来るのだろう。逆に東門を突破しようとしても、西門のスケルトンが攻めてくる。例え突破したとしても、乱戦となり、3万の住民すべてを逃がすのは不可能だ。


 両方に戦力を裂きつつ、どちらかの門を突破する。この方法しか無い。確率が高いのは数の少ない西門のスケルトンだ。

 クレアほどの魔力があれば、浄化魔法も使うことが出来るだろう。スケルトン400体の内、100体でも祓えれば勝機は見えてくる。


 セイジが頼めば、クレアは頷くだろう。だが、言いたくは無かった。

 危険な作戦だった。生きて帰る確率はあまりにも低い。命を捨てる覚悟が無ければダメだ。

 セイジにとって、クレアはかけがえのない存在だ。既に自分の命より大切な愛しい存在となっている。さらに先程、これからも共にいる、と想いを伝えたばかりだ。その相手に死んでくれ、とは言いたくない。しかし、これ以外の方法はセイジには思いつかなかった。


 考えながら、セイジはクレアに目を向けてしまった。

 それは無意識の行為であり、セイジは全く気が付いていなかった。


 クレア、義母上(ははうえ)の代わりに死ねるか?


 セイジは目で、そうクレアに尋ねていたことに。

 そして、その目の意味にクレアが気が付いたことも……。




 私と一緒に、死んで下さいますか?


 クレアの言葉に、部屋は水を打った様に静まりかえっていた。

 全員が驚きと困惑の表情でクレアを見ていた。クレアの言った言葉の意味が理解出来なかった。

 セイジもまた驚きの表情でクレアを見て固まっていた。が、その硬直はすぐに解かれた。


「……ああ、いいぞクレア。俺も共に死のう」


 セイジもクレアに笑いかけた。クレアの覚悟を感じ取ったのだ。


「浄化魔法は使えるのだな」


「はい、ただ敵の数が多すぎます……だから」


 クレアは顔を下に向けた。驚きで目を丸くして見上げているリムと目が合った。


「リムちゃん、力を貸してもらえないかな」


「…………ふえ?」


 リムはきょとんとした表情に変わった。

 リムにはクレアとセイジが何を話しているのか、何をしようとしているのか全く解らなかった。リムだけでは無い、この部屋にいる者の半数が理解していなかった。


「クレア様と先生は、何をなさろうとしているのですか?」


「私がお母様の代わりにスケルトンを祓います。私ならば、もし何かあったとしても、教団の被害は少ないはずです」


 リムは目を大きく見開いて、ひゅっ、と息を飲んだ。二人がやろうとしている事を理解したからだ。


「その……危険だと思う。生きては戻れないかもしれない。だから無理強いはしない。でも出来たら力を貸して欲しいの」


「で、でも、私、浄化魔法なんて使えません!」


「大丈夫。私が借りたいのはリムちゃんの魔力。さっき馬車で確認した時に、リムちゃんが相当の魔力を持っている事が解ったの。しかも波長が私とよく似ている。リムちゃんの魔力を私の魔力に上乗せできたら、威力は更に上がる。より多くの敵が祓えるかも知れない」


「……私が、ですか?」


「うん。あの時も言ったけど、リムちゃんの魔力は高いよ。力の大半はまだ眠っているけど、全てが解放されたら大魔導士にだってなれる。力を貸してくれないかな?」


「あ……う……」


 リムは隣のレナードに顔を向けた。レナードは無表情でリムを見続けていた。


「おじさま……私は……」


「……自分で決めなさい、リム。これは君自身の問題だ。いくら信徒とは言え、リムは兵士では無い。ましてや危険極まりない。クレア様もリムに無理強いはしないと仰ってくれている。命に関わる問題なのだから、自分で決めるしか無い」


 レナードの声に抑揚は無い。口調と合わせて酷く冷たい言い方に聞こえる。

 苦しいだろうな、とセイジはレナードの方を見た。


 レナードは戦っていた。勝つためにはリムの力が必要だと言うことは解っている。だが、愛する妻を戦場につれて行きたくは無い。しかも生き残れる確率は低い。とはいえ、ここにいたら安全だというわけでも無い。逃げ場が無い以上、ここも安全とは言い切れない。

 来い、とも言えず、来るなとも言えない。レナードは必死に感情を抑え喋った。そのため非常に冷淡な喋り方になっていた。何も知らない者から見れば、救いを求めている身内を冷たく突き放す、酷い男に見えただろう。


「……おじさまは戦いに行かれるのですよね?」


 リムはレナードを見ながら言った。決して目をそらさず、じっと見つめていた。

 数秒の後、耐えきれなくなったのかレナードが顔を背けた。


「……私はグランナイツの職を辞したとはいえ、心はエミリーナの兵だ。エミリーナの為に死ぬことは当然だろう」


 顔を背けたまま、レナードは言った。

 リムはそれでもレナードを見続けていた。やがて顔をクレアに方に戻すと、


「やります。クレア様、私にも手伝わせて下さい!」


 手を握りしめ、クレアに言った。レナードはぎりっ、と唇を噛んだ。


「ありがとう、リムちゃん」クレアはリムに微笑んだ。


「ゼオ殿こっちの腹は決まった」セイジはゼオを見た。「西門のスケルトンはロウガ傭兵団が受け持つ。兵を100名ほど借用したい。後は指揮官用のグランドナイツが一人。それでいい。東門はそちらに任せる」


「うむ……」ゼオは顎に手を当てて唸っていた。


「なりません……」


 唸る様な低い声に、部屋中の視線が一点に集中した。

 クレアの母、法皇セリアがセイジを鋭い目で睨んでいた。


 

 

「なりません、セイジ殿」


 セリアは同じ言葉を繰り返した。

 きっ、とセイジを睨んでいる。その目には明らかに怒りが含まれている。


「セイジ殿、あなたは将来の妻を、死地に送り込もうというのですか?」


「クレアの覚悟を理解したからこその決断です。げい……いや、義母上」


 セイジはあえて言い直してセリアを見た。二人の視線がぶつかり合う。


「私が行くと申しました。クレアもリムちゃんも関係ありません。撤回なさい」


「そうはいかない。義母上はご自分の立場がお解りになっていない。今、義母上に動かれては、勝てる戦いも負けることになりましょう」


 ざわっ、と部屋の空気が変わった。グランドナイツ達のセイジを見る視線に敵意が混じる。セイジの言い方があまりに不遜(ふそん)だからだ。エミリーナの頂点に位置する、神に等しい者に対しての言葉では無かった。


「私の魔力はクレアを上回っています。浄化魔法の扱いにしても私の方が慣れています。クレアにやらせるよりも確実です」


「確実、確実でないは関係ありません。義母上を戦いの場に出し、死なせることになれば取り返しの付かないことになる」


「覚悟の上です。私が命を賭してでもスケルトン達を殲滅(せんめつ)させましょう。メルドム3万の命に比べれば私など……」


「やはりお解りになっていない」セイジは大きく首を横に振った。「義母上を失った時点で我々の負けです。クレアが死のうが、我々が全滅しようが、貴方だけは生き残らなければならない」


「セイジ殿! 不敬であるぞ!」


 たまりかねた侍女の一人、ミリーが叫んだ。それを合図したかの様に他のグランドナイツも一斉に戦闘態勢をとる。

 ミリーは腰のナイフを抜こうとした。が、その手が止まった。


 セイジが目の前にいた。いつの間にか腰の刀を抜き、上段に振りかぶっていた。

 え? と呆然と見上げるミリーの目に、セイジの刀が降りてきた。

 刀は肩口に落とされた。そのまま音を立て垂直に斬り下ろされていく。肉を裂き骨を断ち、心臓を斬り破く。

 一拍おいて鮮血が噴き出した。ミリーはその場にへたり込んだ。



「ミ、ミリー」もう一人の侍女、ナーシャが震える声でミリーを呼んだ。声だけでは無く、足もガクガクと震えている。

 ミリーはその場にしりもちをついてへたり込んでいた。ナーシャの声にはっと気付き、自分の体を触った。体はどこも斬られておらず、つながったままだった。


 い、生きている?


 確かに斬られたはずだった。セイジの刀が自分の体を切り裂き、心臓を切り破いたはずだ。その感覚もはっきりあった。

 ミリーは困惑の表情で顔を上げた。セイジは先程と変わらない場所に立ち、鋭い目つきでくるりと辺りを見回していた。


 何が起きたの? ミリーの頭は激しく混乱していた。

 それは他の者も同じだった。同僚のナーシャも、戦闘態勢をとろうとしていたグランドナイツ達も、はっきりとミリーが斬られる様を見ていた。


 セイジは一歩も動いてはいない。魔法でも無く、セイジの殺気が起こした幻覚だった。

 セイジはミリー達に凄まじいまでの殺気を叩き付けた。刀を振り下ろし、肩口に叩き付け、そのまま真っ二つにする、そんなイメージを全員にぶつけたのだ。

 事実、セイジは向かってきたら全員斬り捨てるつもりだった。左手で刀の鯉口を切っている。すぐにでも抜ける体制だ。銃で言えば撃鉄を落としていた。後は引き金を引くだけ、そんな状況だった。


 四の五の抜かすな、全員叩き斬るぞ。


 セイジはそんな本気の殺気をぶつけた。全員腕が立つ、だからこそセイジの殺気は形を成し、ミリーが真っ二つに斬られる幻影をはっきりと見せたのだ。


「非礼は後で詫びよう。今はいかにここを勝利するかが重要だ」


 セイジは低い声で言った。決して大きな声では無いにもかかわらず、しんと静まりかえった部屋によく響いた。


「義母上、今は貴方の命が何よりも重要視される。クレアよりも、ここにいる面々よりも、メルドム3万の命よりもだ」


「……貴方は……私に何もかも見捨てて、逃げろと言うのですか?」


 セリアの声も震えていた。


「今、貴方はクレアの母では無い。教団の最高位に位置する法皇……いわば神の代弁者だ。そんな法皇が殺されたとなれば教団はどうする? 必ず犯人に報復をするはずだ」


 セイジの言葉からは完全に敬語が抜け落ちていた。しかし、それを咎める者は既にいなかった。


「今回の件、全てにイーストの関与が疑われる。疑われるだけで明確な証拠はない。だが、貴方が殺される様なことになれば、教団は全力を持ってイーストに報復するはずだ。証拠など必要ない、もしくはでっち上げてまでもイーストを攻め滅ぼすだろう。そしてそれに必ずファイナリィも巻き込まれることになる。

 ドラグーンとファイナリィは今、危ういバランスでたっている。終戦後、15年しかたっていない。両国にも戦争再開を求める声は少なからずある。そんな中でイースト攻めにファイナリィが付き合わされたらどうなるか? 微妙なミリタリーバランスは崩壊し、ドラグーンはファイナリィに攻め込むだろう。戦争は再開されるかも知れない」


 セリアの目が震えだした。セイジは話を続ける。


「この戦いの勝利とは敵を倒す事では無い。貴方が無事生き延びることが出来れば、この戦いはこちらの勝ちだ。例えこの場にいる者が全員死のうが、メルドム3万の住民が犠牲になろうが、貴方が生き残ればいい。これはそういう戦いだ。

 さあ、義母上、クレアは覚悟を決めた。貴方にも覚悟を決めて頂く」


 セイジはセリアを見据えた。セリアの瞳が揺れ、震えている。

 やがて一筋の涙が零れた。それを皮切りにぼろぼろと涙が零れていく。


「私は……私は死ぬことも許されないのですか?」


 セリアはその場に崩れる様にへたり込んだ。うつろな目から涙が零れ、床を濡らす。


「罪も無い住民を見殺しにして……娘を犠牲にしてまで、私は生き延びなければならないですか? そのような……そのような……」


 後は言葉にならなかった。セリアは自らを抱きしめ、肩を震わせ続けていた。

 セイジも辛そうに顔を歪ませた。セリアの気持ちが痛いほど解った。住民やクレアを犠牲にして生き延びるよりも、死んだ方が遙かに楽だからだ。

 例えスケルトンに殺されようとも、娘達を守る為に犠牲になったと思えば、心安らかに死んでいけるだろう。しかし、自分が生き延びるために娘が犠牲になったとあれば、生きている限りその罪悪感に捕らわれることになる。生きることがそのまま地獄となるのだ。


 今すぐ駆け寄って慰めてやりたかった。だが、それは出来ない。セイジは悪役(ヒール)に徹しなければならない。セリアに覚悟させるために悪役となったのだ。セイジも苦しかったが、悪役を離れるわけにはいかない。

 部屋にいた誰もが動けなかった。どうしたらいいのか解らなかった。どう言葉をかけていいのかも解らない。

 そんな中、クレアは母にそっと歩み寄った。泣き続ける母の前で膝を折った。


「お母様、どうか泣き止んで下さい。あとはクレアにお任せ下さい、きっと大任をはたしてみせます」


「クレア……」セリアは涙に濡れた顔を上げた。


「セイジ様は私と一緒に死んで下さると仰ってくれました。それだけでクレアは何も怖くはありません。むしろ今、クレアは幸せで一杯です」


「でも……貴方はようやく……花嫁に」


 セリアが言いかけた言葉に、クレアは首を横に振り、にっこりと微笑んだ。


「心配ありませんお母様、生きて帰った暁にはお母様に花嫁姿を見てもらえればいいこと、共に散ることとなっても、天国のお父様に見て頂ければいいだけのこと。クレアはどちらでも幸せです」


「クレア……貴方……」


 セリアは言葉も無く、目を大きくしてクレアを見つめていた。

 セイジの隣で、ロウガがひゅう、と口笛を吹いた。


「可愛い顔してたいしたタマだな、お前の嫁さんは。なあセイジ」


 セイジはちらりとロウガを見ただけで、何も答えなかった。

 ……俺もそう思う、と心の中では大きく頷いていた。




 あれだけ人がいた部屋が、今はしんと静まりかえっていた。

 部屋にはセイジ、クレア、セリアの3人しかいなかった。グランドナイツ達とロウガは準備のため早々と部屋を出て行った。レナードもリムを連れ部屋に戻った。

 セリアが人払いを命じたため、侍女達も隣の部屋に下がっていた。今回は侍女は素直に下がっていった。セリアの命令だからと言うより、明らかにセイジを恐れて、逃げる様に去って行った。

 すっかり悪者だな、と思う。自分でそうなるよう仕向けたのだが、いい気分では無かった。


「クレア……これをお持ちなさい」


 セリアは壁に掛けていた杖を手に取り、クレアに差し出した。それはセイジが初めて出会った時に持っていた銀色の杖だった。


「これは……法皇の杖、私が持つべき物では」


「いいからお持ちなさい。これは歴代法王の魂が宿った杖、貴方のお父様の魂が宿った杖でもあります。きっと貴方の力となり、守ってくれるでしょう」


「でも……もし……」


「いいですかクレア、差し上げるのではありません、貴方に貸すのです。必ず貴方の手で私に返しにいらっしゃい。借り逃げなど私は許しませんよ」


「……はい、解りました。お母様」


 生きて帰ってきなさい、セリアはそう言っている。だからクレアも笑顔で頷いた。

 セリアもまた微笑んで頷いた。そして顔をセイジの方に向ける。


「猊下、先程はもうしわけ……」


 手を突いて謝ろうとしたセイジを、セリアは手で制した。


「謝罪は後でお伺いします。戻ってきた際に両頬が腫れるまでビンタしてさしあげますので、楽しみにしていて下さいね」


 セリアはセイジにも優しく微笑みかけた。セイジは苦笑いで答えるしか無かった。


「婿殿、クレアをお願いしますね」


「はい……私の命に代えましても」


「なりませんよ、婿殿」セリアは大きく首を横に振った。「あなたももう、私の息子です。子が親より先に逝くなど、私は許しません。あなた方二人、必ず生きて戻りなさい。いいですね」


 セリアの言葉に、セイジは頷きもせず、黙っていた。

 セイジは戦う時に生き残ることなど考えていない。ただ目の前の目標をこなすだけだった。生きる、死ぬはその結果にすぎない。

 嘘でも頷くべきなのだろう。解りました、と言うべきなのだろう。だが、セイジはそれが出来ない。生きて戻る、そう考えることはセイジにとって邪念でしかない。少しでもそんな感情を入れるわけにはいかなかった。

 セリアは僅かに悲しそうな顔をした。セイジは困った顔で笑いかけるだけだった。


「それではお母様、行って参ります」


「……あなたたちにエミリーナの加護があらんことを」


 クレアとセイジは一礼し、部屋を出て行く。それを見送った後、セリアは椅子に崩れる様に座った。


「私は祈ることしか出来ない……なんと無力なのでしょう」


 呟きは、誰もいなくなった部屋に悲しく響くだけだった。

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