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第43話 法皇代理

 法皇、セリア=ウェインは小首をかしげる様な仕草で、にこやかにセイジに笑いかけていた。


 法皇の格好はセイジが考えていたものとは全く違った。ごてごてした装飾がまぶされた厚い法衣を身に纏い、まばゆいばかりの王冠を被っている……そんな王様の様な姿を想像していた。

 今目の前にいる法皇は、言ってみれば少し派手なシスターといった感じだった。首から金色の十字架(クロス)の付いたネックレスを付けており、髪に同じく金色のティアラを乗せている。


 大きく違うのは、法皇は白い修道衣を纏っていた。本来、白は男性の色だ。エミリーナの女性は蒼い色の修道衣を着るのが常だ。

 後にクレアから、法皇は性別に関係なく、白い専用の衣類を纏う決まりがあると聞かされた。もっとも今回の様な緊急時を覗いて、女性が法皇に付いた例は過去無いそうだが。

 手には銀色の長い杖を持っていた。上に女神像と思われる彫り物がしてあり、こちらには各種華々しい装飾が付いている。杖の事など一切解らないセイジにも、価値のあるものと解った。



 セイジは呆然と立ったまま、法皇を見つめていた。


 本来ならば「無礼である!」と叱責の声が飛ぶところだが、この場にセイジを叱りつける者はいなかった。

 クレアは元より、左右を固める侍女も、鋭い目でセイジを見据えているだけだった。現法皇セリアはこうした礼儀をとやかく言うのを嫌っている。二人はその事をよく知っていた。だから見ているだけで一切口は出さない。


 よく似ている、と思った。


 腰まで伸びている透き通るほど美しい金色の髪。ほっそりとした体つき。雪の様に白い肌、白魚のような指。

 女神の彫刻を思わせる様な美しい顔立ち。当然、若さ溢れる美では無いが、熟年の暖かさを感じられる穏やかな美だった。

 背はクレアより頭一つも高かった。だが、クレアが年を取ればこうなるのだろう、と思った。それほど二人はよく似ていた。



「どうされたのですか? セイジ殿。そんなところに立っていないで、こちらにいらして下さい」


 法皇……セリアがおいでおいでする様に手を動かした。セイジははっと我に返る。何も言わず、ずっと法皇を見つめていた自分に気が付いた。

 慌てて数歩前に出て、片膝を突いて、頭を下げた。セイジの動きに合わせ、二人の侍女が一歩前に出た。もしセイジが襲いかかっていた場合、身を(てい)して法皇を守るためだ。

 もっともセイジはレナードの見よう見まねをしてみただけだった。それからどうしていいのか解らず、膝を突いたまましばらく固まった。


「こ、この度はお招きに預かり、光栄至極……」


 あ、合ってんのか? と思いつつセイジは言葉を紡ぐ。

 礼儀作法など何も知らない。セイジはただの一傭兵だ。これほどの地位の人物と謁見(えっけん)した経験など皆無だ。


「わ、私はロウガ傭兵団に所属しています、セイジ=アルバトロスと申します。……この度は法皇猊下のご息女、クレア様の警護を……承っている次第でありまして……」


 しどろもどろになって必死に言葉を紡ぐセイジを見て、セリアが「ふふっ」と笑った。


「セイジ殿、そのような堅っ苦しいことは止めましょう。さあお立ちになって、お顔を私に良く見せて下さい」


「は……はい」セイジは顔を上げ、その場に立ち上がった。


 正直、助かったと息を吐いた。セイジのボキャブラリーでは既に限界に達していた。

 すると、セリアがすっとセイジの方に歩み寄った。慌てて侍女達が止めようとするのを手で制した。

 セイジはぎょっとして固まった。どうすればいいのか解らず、その場に棒立ちになる。


 すぐ目の前にセリアが立った。そのすぐ後ろには侍女が二人、立ってセイジを睨み付けている。

 一方は右手を後ろに回し、もう一方は胸元に入れている。おそらく武器を握っている。セイジが不審な動きをすればいつでも斬りつける、そういったオーラが二人からびんびん漂っている。


 セリアが手を伸ばし、セイジの頬を撫でた。どきんと心臓が跳ね上がった。撫でられて驚いたのと同時に、後ろの二人のオーラが一気に強くなったからだ。

 もっともセイジは何もしていない。ただ、法皇に顔を撫でられているだけだ。それなのに後ろの二人の目は、完全にセイジを敵として見ていた。気持ちは痛いほど解るが、理不尽さに少し泣きそうになる。


「手を……」


「え?」


「手を開いて、私に見せて頂けませんか?」


 セリアが下から覗き込む様な格好で呟いた。セイジは半歩退いて、掌を上に向けて、セリアに差し出した。

 セリアは差し出された掌を、白魚の様な細い指先でなで始めた。また、後ろの侍女達が緊張を強くする。

 今、手を握れば簡単に法皇を捕まえられる。セイジの力があれば、そのまま一瞬で自分の方に引き寄せ、その細い首をへし折ることが出来る。その事を侍女達は考えているのだろう。

 セイジは体を完全に固まらせていた。撫でられている掌に汗が浮かび上がってくるのを感じていた。


「懐かしい手」セリアは掌を撫でながら呟いた。「お父さんと同じ手だわ」


「お父上……とですか?」


「ああ、違う違う。私の主人、法皇様よ」


 ああ、とセイジは頷く。セリアが言っているのが元法皇(ティルト=ウェイン)だと理解した。

 魔導士寄りの人物と聞いていたが、剣も扱ったのだろう。法皇になるには魔法力も必要だが、それなりに武も出来ないといけない様だ。


「剣だけじゃない。魔法もかなり扱われるのね。お若いのに凄いわ」


「いえ、それほどでも……」


「ふふ、謙遜(けんそん)ですか? (おご)らない方なのですね」


 セリアは数歩ひいてセイジから離れた。思わずセイジはほっと息をつく。


「ごめんなさい、申し遅れました。私はセリア=ウェインです」


 セリアは胸元で両手を合わせ、セイジにお辞儀をした。セイジも慌てて頭を下げる。


「クレア=ウェインの母であり、現在は亡き夫に変わって法皇代理をつとめています」


「はい、クレア様より伺っております」


「んー」とセリアは頬に人差し指をあてて、視線を上げた。「固いなー」


「は?」セイジは頭を上げた。


「セイジ殿の話し方。もっと砕けた感じでお話ししましょ?」


「は、はあ……」


 そう言われましても、と心の中で呟いた。

 セリアが何を言いたいのかがさっぱり解らない。まさか法皇に対してため口で話すわけには行かない。


「セイジ殿は御家族とお話しになる時でもそのような話し方をされますか?」


「いえ、それは……」


「セイジ殿はクレアの婿になるのでしょう? それならば近い将来、私の息子になるのですから。母と息子でそのような他人行儀の話し方は嫌です」


「しかし、法皇猊下に対し……」


「ストップ」とセリアは頬にあてていた指をセイジに向けて突きだした。「これから法皇猊下はなしにしましょう」


「……それではなんとお呼びすれば」


 セリア様だろうか? それもどうかとは思うが。まさかセリアさんと呼ぶわけには行くまい。

 セリアはセイジに満面の笑みを浮かべ、言った。


「お・か・あ・さ・ん」


「………………」


「お・か・あ・さ・ん。さあ、セイジ殿」


「………………」


「恥ずかしがらなくていいのよ?」


 ……無理です、と心の中で唸った。

 どう返していいか解らず、セイジは凄く微妙な表情のまま固まった。目だけを動かしクレアの方を見る。


 ……すまん、助けて。

 セイジはクレアを見つめ、目で訴えた。


「あの、お母様、セイジ様が困ってますから」


 セイジの視線に気が付いたクレアがセリアに駆け寄り、袖を掴んだ。


「困る事なんてありませんよ、クレア。貴方の婿様と言う事は私の息子でもあるのですから。これは親子のスキンシップです」


「いえ、だとしても……その早急すぎるかと」


「んー、そうねえ」セリアはクレアと二人の侍女を見回した。「あなたたち、ちょっと隣の部屋に行っていなさい。あなたたちがいるとセイジ殿が恥ずかしがるから」


「「「「は?」」」」その場に居た、セリア以外の4人の声が重なった。


「それは……」左側にいた侍女が驚いた表情でセリアを見ていた。


「私たちはセリア様のおそばを離れるわけには参りません。御身に万が一のことがあっては……」右側にいた赤髪の侍女が後を引き取る様に言った。


「あら、万が一の事って何ですか?」


「それは……」侍女はちらとセイジを見た。


「セイジ殿が私に何かすると言う事ですか?」


「いえ、そのようなことは……」


「では問題ありませんね。ナーシャ、ミリー、クレアと共に隣の部屋に少しの間、いて下さい。私はセイジ殿と大事なお話がありますので」


「………………」


「あなたたちがいると、セイジ殿が緊張して上手く話せないみたいだから。ね、お願い」


 セリアは片目をつぶり、侍女二人に両手を合わせた。が、侍女二人は口を真一文字に結び、動こうとはしなかった。

 当然だろう。セリアは法皇……1500万人の頂点なのだ。その法皇を警護する身としては、どこの馬の骨とも解らない傭兵と二人きりにさせられるわけは無かった。それが例え法皇自身の命令だとしても。

 だが、二人も知っている。この法皇が一度言い出したら聞かない性格だと言う事も。


「ミリー、ナーシャ。少しの間だけですから。10分でいいの。ね?」


「……ではせめて、セイジ殿の武器をお預かりして」


「なりません」セリアが今までとは違う、強い口調で言った。


「猊下……」赤髪の侍女が震える瞳でセリアを見ている。その顔は今にも泣き出しそうだった。


「ミリー、貴方は相手と親睦を深める時に、剣を突きつけて友好を結ぶのですか?」


「え?」


「今、このホテルはエミリーナの兵がたくさんいます。兵達の中にはセイジ殿達を良く思わない者もいます。そんな中、セイジ殿は私の願いに応じてここに来てくれたのです。そのセイジ殿から武器を奪って話すというのは、こちらが武器を突きつけて話しているのと変わりません。違いますか?」


「それは……」ミリーと呼ばれた赤髪の侍女は視線を下げ、黙った。


「私は法皇としてではなく、セリア=ウェインとして、クレアの母として、お話ししたいのです。セイジ殿には気負うこと無く、自然にお話し頂きたいだけです」


「………………」


 ミリーは俯き、黙っていた。


「ミリー、貴方が心配することなど何もありませんよ。セイジ殿が間違いを犯すことなどあり得ませんから」


 セリアはミリーの頭に手を置き、優しく諭す様に言った。


「さあ、三人とも隣の部屋で待っていて下さいな。すぐに済みますから」


「はい……」


 ミリーは俯いたまま立ち上がると、もう一人の侍女……ナーシャとクレアの肩を抱いて、隣の部屋に向かった。


「セイジ様……」


 隣の部屋とつながる扉が閉じられる瞬間、心配そうな瞳でセイジを見ていたクレアと目が合った。

 セイジもまた、困惑と混乱の瞳でクレアを見つめていた。

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