表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/72

第42話 栄光の10人

 やって来たクラウスはセイジの横を通り抜け、ロベルトの前に立つ。


「何をしているのですか? ロベルト殿。凄い音が向こうまで聞こえましたよ」


「どけ、クラウス。今はてめえに用はねえ。用があるのはそこの薄汚え傭兵だ」


「セイジ殿が何をされたのですか? 説明して下さい」


「うるせえ、どけっつってんだよ」


「いいえ、どきません。事情を話して下さい」


「……偉そうな口を利くじゃねえじゃねえか、高貴な俺様に下賤な血のお前がよ」


「グランドナイツに身分は関係ありません。貴方と私は同列です」


「はっ! 笑わせんじゃねえ」ロベルトは片手でクラウスを突き飛ばした。クラウスはよろけて2,3歩後ずさる。


「元グランドナイツを父に持つこの俺様と、落ちぶれ貴族が使用人ごときに産ませたお前が同列とはな、笑わせてくれるぜ」


「……お父上が偉大でも、息子がそうとは限らないでしょう?」


「何!」ロベルトが目を剥いてクラウスを睨んだ。「てめえ、今、なんて言った!」


「父上と貴方は違うと言いました」クラウスもロベルトを鋭い目つきで見据えた。「お父上の威光(いこう)を背にするのは結構ですが、貴方自身はたいしたことはないと言ったのです」


「言ってくれるじゃねえか、汚い血ごときが」


 ロベルトとクラウスが睨み合う。二人の間に激しい殺気が弾け合い、空気がぐにゃりと歪んで見えた。

 兵士がゴクリと唾を飲んだ。汗が顔を伝って顎からこぼれ落ちた。暑くはなく、むしろ寒いはずなのに汗が止まらなかった。

 ロベルトはクラウスに近づいた。そして、


「おらあ!」


 いきなり右手で殴りかかる。先程と全く同じだ。クラウスは両手を挙げ、ガードしようとする。

 が、その拳はクラウスに当たる前に止まった。


「まあまあ、ロベルト殿もクラウス殿も落ち着いて下さい」


 いつの間にかセイジが近くに来ていた。

 殴りかかろうとしている右手首を、セイジが掴んで止めていた。クラウスが驚いた表情でセイジを見ている。


「てめえ、離し……いで、いだだだだ!」


 セイジに怒鳴りかかろうとした、ロベルトの顔が苦痛に歪む。握られた右手首に凄まじい激痛が走ったのだ。

 セイジが掴んだ右手に力を込めていた。ものすごい力でロベルトの手首を握りつぶす。


「はな……はな、せ!」


 ロベルトがセイジの手を振りほどこうとする。が、渾身の力を込めても手は外れない。空いている左手でセイジの右手を掴み、剥がそうとする。だが、全力を込めても指一本剥がせない。


 セイジの握力は尋常ではないほど鍛えられている。だからこそ重い胴田貫を2時間振り回してもすっぽ抜けることはない。全体の力ではロベルトの方が上かも知れないが、握力はセイジの方が遙かに上だった。


 さらにセイジは、ロベルトの手首にある出っ張った骨……尺骨に小指を引っかける様にして掴んでいる。

 5指の内、剣術、格闘術で一番要になるのは小指である。拳を作る時、剣柄を握る時、どちらも小指から順に握っていく。それが一番力が入る形だからだ。逆に人差し指などは飾りに過ぎない。

 徹底的に鍛え上げられた小指で、手首の骨を引っかける様にして握る。これで外れなくなる。いかに振り回そうが、ねじろうが外れはしない。


 ロベルトは手首を捕まれたまま、力任せに投げ飛ばそうとする。しかし、セイジの体はびくともしない。まるで足が床に根付いた様に動かない。

 自分よりはるかに細身のセイジの指を外すことも出来ず、投げる事も出来ない。ロベルトの目に困惑の色が濃く出てきた。


「く、このやろ……」


 ロベルトが体を回し、空いている左手で殴りかかってきた。

 セイジは躱しながら、ロベルトの動きに合わせ、後ろに回り込んだ。そのままロベルトを壁側に押し込む。握った右手首を離さず、背中側に引っ張り、上に向かって軽く捻り上げる。


「あだだっ! だだっだだ!!」


 ロベルトが奇妙な叫び声を上げ、つま先立ちになる。

 ハンマーロックと呼ばれる関節技の一種だ。相手の背中に腕を引っ張り、自らの腕を絡め、捻り上げることによって腕と肩関節を極める。捕縛術にも使われるワザだ。

 もっとも今回は腕は極めていない。肩の方もそれほど強くは捻り上げなかった。強く捻ると簡単に肩が外れてしまう。相手がこれ以上暴れる様なら離すつもりだった。


「落ち着かれましたか? ロベルト殿」


「解った! 落ち着いた! 落ち着いたから離してくれ!」


 セイジはぱっと手を離した。ロベルトは、手首をさすりながらセイジを睨んだ。その手首には真っ赤なセイジの手形がくっきりと付いていた。


「て、てめえ……」


 呻くが、先程までの気迫は全て消え失せていた。睨んでいる目にも戸惑いが強く浮かんでいる。


「貴様ら! 何をしている!」


 廊下の奥から鋭い声が飛んできた。とたんにロベルトとクラウスがびくりと体を震わせた。声のした方を向き、姿勢を正す。

 セイジも顔を向ける。向こうから白髪の男性がやってきた。纏っている鎧から教団の騎士であることは解る。


 彼は、まさか?


 白髪の騎士が悠然とこちらに歩いてくる。ただそれだけなのに威圧感が半端ではない。まるで向こうから強烈な熱風が吹き付けてきた様な気がした。先程のロベルトの子供だましな威圧とは大違いだ。


 白髪の騎士が兵達の間をすり抜け、クラウスの前に立った。


 パアン!


 そのまま、問答無用でクラウスの頬を張った。乾いた音が廊下に響き渡る。クラウスが衝撃に1歩後ろに下がって、姿勢をもどした。その口元に血が滲んでいる。


「なにか言う事はあるか」白髪の騎士がギョロリと目を動かし、クラウスを見た。


「いえ! ありません!」


「そうか、ではお前は元の持ち場に戻れ。セイジ殿の案内は私がする」


「はい! クラウス=マルスティーン、任務に戻ります」


 白髪の騎士に大きく敬礼し、クラウスは去って行った。去り際にセイジにも一礼していった。

 続いて白髪の騎士はロベルトに目を向ける。ロベルトがぶるりと大きく震え上がった。


「ロベルト、お前の持ち場はここでは無いはずだ」


「い、いえ、私はこの不審者を……」


「不審者?」白髪の騎士はロベルトを鋭く睨んだ。「お前は法皇猊下のご子息を不審者扱いするのか?」


「へ?」


「こちらのセイジ=アルバトロス殿は猊下の第三息女(そくじょ)、クレア様の婚約者に当たるお方だ。いわば猊下の義理の息子になる」


「こい……いえ、こちらの方が!?」


 ロベルトは目を丸くして、視線をセイジと白髪の騎士の間で行ったり来たりさせた。


「……もうよい、貴様も任務に戻れ」


「は、はい。直ちに任務に戻ります」


 ロベルトは巨体を揺らしながら一目散に逃げていった。

 白髪の騎士はロベルトの後ろ姿を目で追いながら、ふん、と一度鼻を鳴らした。ロベルトが見えなくなると、セイジの方を向き、頭を下げる。


「部下が失礼した。お詫びする」


「いえ、私はなにも……ところで貴方は」


「ゼオ=ドーガンという。ワシもグランドナイツの一人だ」


 やはりか、とセイジは心の中で唸る。

 ゼオは微笑しながら、右手を差し出してきた。セイジも手を伸ばし、握手をする。


 ゼオ=ドーガン。グランドナイツ100名の中で、特に優秀な10名に与えられる、栄光の10人(グローリエス)の一人だ。おそらく、全グランドナイツの中で一番有名な男であろう。

 年齢は50過ぎ。戦士としてはとっくに盛りを過ぎている年齢のはずだ。しかし、差し出された腕はしっかりとした筋肉が詰まっており、年齢を一切感じさせない。冬に向かおうというのに浅く日焼けした肌が、いまだ一線で戦い続けていることを語っている。

 本来、グランドナイツに団長たる人間はいない。が、年齢、実力、風格等から、実質的団長の立場にいる男だった。


「うむ」とゼオが唸った。「素晴らしい手だ。剣士の手はこう出なくてはいかん」


 ゼオが握手した手に力を込めた。セイジも笑って握り返す。

 セイジの手の内側は皮が厚く、堅くなっている。そして皮膚が所々盛り上がったり、へこんだりとぼこぼこになっている。マメが潰れたり、皮が破れた跡だった。ゼオの手もセイジと同じだった。


「昔ながらの手だ。回復魔法や薬を使ってはこうはならん」


「師の教えです。薬は使うなと」


「なるほど、そうか。良い師に教えられた様だ」


 ゼオは大きな声で笑った。


 修行中、マメが潰れてもセイジは決して薬を塗らなかった。傷口に塩をのせ、そこに焼いた鉄を押し当てる。これで殺菌消毒になり、膿むことはない。もちろんとんでもなく痛いが、次第に慣れていった。

 基本薬は塗らず、自然治癒させる。薬を塗るのは治りが悪い時だけだ。結果、手の皮が厚くなり、ちょっとやそっとでは破れない強い手が出来上がる。


「ウチの若いのが済まなかったな」


「いえ、そちらは気にしていません。出来れば物陰で見ていずに、もっと早く出てきて欲しかったですね」


「なんだ気が付いていたか。君がどう捌くか、興味があったんだ」ゼオは再び笑った。


 先程から曲がり角でこちらを伺っている人間がいる事に、セイジは気が付いていた。まさかゼオ=ドーガンだとは思いもしなかったが。


「クラウス殿は何もしていませんよ」


「いや、奴はロベルトの安い挑発に乗った。あの程度の挑発に乗ってはいけない。騎士たる者、いかなる時でも冷静出ないといかん」ゼオは大きく首を振った。


「では、何故ロベルト殿は叩かなかったのです?」


「聞かずとも解っているのではないかな?」


 握手を解き、拳を作るとセイジの腹を軽く叩いた。


 叩く価値もない、と言うことか。

 セイジは鼻で笑った。ゼオもにやりと口を歪ませた。


「ったく、だらしねえ連中だな」


 ゼオの後ろから見覚えのある男が、頭を掻きむしりながら、だるそうに歩いてきた。


「ロウガ……お前もここに来ていたんだな」


 ロウガ傭兵団社長、ロウガ=プリスベンだった。


「ああ? レナードに聞いてないのかよ」


「聞いてない。別に言う必要もないってことだろ」


「やれやれ……ウチの兵隊(しゃいん)どもはどいつもこいつも社長を敬わねえ」


 ロウガは下を向いて大仰に首を振った。そして顔を上げると、びっとセイジの前に太い指を突き出す。


「おめえもよお、あんなデカいだけの木偶の坊に、なに好き放題に言わせてるんだよ。あんな奴は一発顔面殴って、キン○マ蹴り上げて黙らせてやりゃあいいんだよ」


「おいおい」とゼオが苦笑いしてロウガを見た。


「まあ、いいや。で、噂の姫様はどこよ」


「姫様?」


「おいおい、隠してんじゃねえよ。お前、依頼相手のシスターを上手いことだまくらかして、婚約したんだろう? 女遊びもそこそこの淡泊な男だと思っていたが、まさか仕事中に口説くとはな。考えもしなかったぜ」


 ロウガは嬉しそうに笑いながら、セイジの肩を叩いた。


「やっぱあれか? 30になる前に所帯持ちたかったのか? 結婚は人生の墓場だってのによお」


「あのな……ロウガ……」


 セイジは何か言おうとしてやめた。このナチュラル酔っ払いには何言っても無駄だと思った。

 大体、さっきから息に酒のニオイを感じる。昼間から飲んでいることも珍しくはない男だが、教団からの依頼にもかかわらず飲んでいるとは……。

 頭痛がしてきた頭を押さえて、セイジは俯いた。ロウガは相変わらず辺りをきょろきょろと見渡している。


「で、どこにいるんだ? 目も(くら)むほどのすげえ美人と聞いたが」


「ここにはいない。今は法皇猊下に会われている」


 答えたのはセイジでは無く、ゼオだった。


「なんだよつまんねえなあ……せっかく待ってたのによー」


 ロウガは両手を挙げると、そのままどこかへと歩いて行く。


「おい、どこに行くんだ」


「姫様いないんなら用はねえな。街をうろうろ散歩……じゃない見回りしてくる」


「……見回りしている兵達の邪魔するんじゃ無いぞ」


 セイジの嫌みに手を振りながら、ロウガは行ってしまった。


「やれやれ、年を食ってもあいつは変わらないな」


 ロウガの去っていた方を見ながら、ゼオが大きくため息をついた。


「ゼオ殿はロウガと知り合いなのですか?」


「20年以上前、教団の兵とファイナリィの兵とで模擬戦を行った。その時以来の仲だ。奴の戦闘指揮は天才的だったな。机上で戦闘するのでは無く、その場の判断で的確に兵を動かす。簡単そうに見えて誰もまね出来ない能力を奴は持っていた。さらに個人技能も高い。当時の教団幹部があまりの見事さに獲得に動いたって話もある」


「へえ……」


「ま、もっとも奴に宮仕えは無理だな。ファイナリィ王宮の誘いも蹴ったらしいが、堅っ苦しいことが嫌なんだろう。妙ないい方だが、傭兵団の親分というのが一番似合っている男だ」


「まあ……そうですね」


 二人はロウガの去っていた方向を見たまま頷いた。


「おっと、こんな事話している場合では無かったな。セイジ殿、法皇様がお待ちだ」


 ついに来たか、とセイジは頷き、気合いを入れた。


「そんなに気負うことは無い。取って食うわけじゃ無いんだから」セイジの様子を見ていたゼオが口を歪ませ、歩き出した。セイジもその後に付いていった。




「奥が猊下の部屋になる」


 ゼオが手を差した方向に、二人の騎士が立っているのが見えた。そこが法皇の部屋らしい。

 もっとも、セイジはここの場所はよく知っていた。自分たちがいた部屋のすぐ隣だったからだ。


「ワシの部屋はここになる。申し訳ないが謁見が終わったら来てくれ。明日からの打ち合わせをしよう」


「打ち合わせ……ですか」


「なあに、難しい話じゃない。簡単な確認と言ったところか」


 ゼオが再び歩き始めた。セイジも付いていく。

 入り口に立っていた兵が、ゼオの方を向いて頭を下げる。


「こちらがセイジ殿だ。後は頼む」


 ゼオはそれだけ言うと、セイジの肩を叩き、


「じゃあ、がんばれよ」


 と言って自分の部屋に戻って行ってしまった。

 セイジは上半身だけ動かし、ぽかんとゼオを見送っていた。てっきりゼオが同席すると思っていたが、違うらしい。


「セイジ殿、猊下がお待ちです」


 騎士の声にセイジは前をむき直した。腰に携えている武器を外そうとする。

 すると、騎士がそれを手で制した。


「そのままで結構です」


「は?」外しかけたダガーを手にしたまま、セイジは兵士の方を見た。


「武器は持ったままで結構です、と法皇猊下からの(おお)せです」


 セイジは目の前の若い騎士が言った言葉を理解出来なかった。


 法皇……1500万人の頂点に君臨する神の代弁者だ。ドラグーンとファイナリィの国王だって頭は上がらない。いわばエミリーナ信徒にとっては神と同様の存在だ。

 その神と会うのに武器を携えたままでいい、そう騎士は言っている様にしか聞こえない。というかそう言っている。

 セイジの困惑の表情を読み取ったのか、若い騎士も困った様な顔をしていた。


「その……よろしいのですか?」


「私もどうかと思うのですが……猊下のお言葉となれば……」


 こちらも困惑を隠せない、といった感じで騎士は言った。


 どういう事だ? セイジの頭は激しく混乱した。

 こちらが武器を持っていたとしてもかまわない、という事なのだろうか? 中には先程のゼオよりも遙かに強いグランドナイツがいる。そういうことなのだろうか?

 まさか法皇自体がセイジより強い、などという事は無いだろう。元グランドナイツだった前法皇ならまだしも、今の法皇代理は全法皇の妻、女性だ。武器を携えた自分が負けるはずは無いと思う。


「どうぞ、お入り下さい」


 もう一人の騎士が扉を開け、セイジに一礼する。

 いまだ困惑がぬぐい去れないまま、セイジは開けられた扉をくぐった。セイジが中に入ると扉はすぐに閉められた。あの二人の騎士も中には入ってこないらしい。


 部屋の中には4人の女性が横並びで立っていた。


 両端にいる女性は法皇を守る女性兵士なのだろう。思わず見惚れるほどの美人であるが、目つきが尋常ではなかった。

 鋭い目つきでセイジをじっと見据えている。並大抵の男ならこれだけで震え上がり、動けなくなるだろう。それほど強い眼光を持った女性だ。


 その女性のすぐ隣にクレアがいた。困った顔をして、じっとセイジを見つめている。

 そしてクレアのすぐ隣に、にこにこと笑っている女性がいた。

 

「ようこそ、婿殿」

 

 その女性は笑みを絶やすこと無く、セイジに語りかけた。

 クレアの母であり、現法皇代理、セリア=ウェインだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ