第41話 グランドナイツ
「さすがの厳戒態勢だな」
セイジは窓の外を見ながら言った。クレアとリムも左右の窓にそれぞれ張り付く様にして外を見ている。
街の様子が昨日とは一変していた。多くの人が行き交い、賑わっていた通りに人の姿が無くなっていた。幸せそうにはねる様に歩いていたカップルも、楽しそうにはしゃぎ回っていた家族連れの子供も、道端で座り込んで、大声を上げ話し込んでいた若者も、全て今日は見当たらない。
代わりに銀色の鎧を纏った兵士が各所を歩き回っていた。皆、鋭い目つきをして、辺りを注意深く見回している。街が雇っている警備兵ではない。エミリーナ教団の兵士、それもかなりに手練れの兵士だ。目つき、体つき、装備、そして動き、全てがそこらの雑兵とは訳が違う。
「本部の兵士達ですね。見覚えのある方もいらっしゃいます」
クレアが外を見ながら言った。
馬車が歩みを止めた。扉がノックされ、開けられる。
「これはクレア様、失礼致しました」
兵士がクレアの姿を見つけるなり、頭を下げた。すぐに扉が閉められる。
馬車が再び歩き始める。が、またすぐ止まる。各所で検問がある様だ。扉がノックされ、クレアの姿を見つけた兵士が慌てて頭を下げ、扉が閉められる。これがホテルにつくまで延々と続けられた。
歩いて行った方が早いのでは無いか? とセイジが思うほど馬車は進まなかった。
「やれやれ、やっと着いたな」
「そうですね、なんだかとても疲れました」
ようやくセラヴィに到着し、馬車から出たセイジは体を伸ばし、腰をとんとんと叩いた。座っているだけなのに妙に疲れた。
止まらず走っている時は何も感じなかったが、街に入ってから何度も止められ、ちっとも進まない馬車がこんなに疲れるとは思わなかった。
隣にいるクレアも体を伸ばしていた。馬車慣れしているクレアも、進まない馬車には相当疲れた様だ。
「お待ちしておりました、クレア様、セイジ殿」
セイジ達の方に騎士が歩み寄ってきた。前に立つと片膝を突いて、恭しく頭を下げる。
丹精な顔つきをしている騎士だった。騎士と言うよりは、まるで舞台役者の主人公の様に男前だ。
一見細身に見えるが、筋肉が付くところにはしっかりと付いている。体つきに対し、腕全体が太く長い。腕もかなり立つ様だ。
体つきはセイジに近いものがある。力を重視する騎士が多い中、スピードを重視する騎士の様だ。
「クラウスさん、貴方もここに?」クレアが驚いた表情で、その騎士を見ていた。
「はい、法皇猊下の付き添いとして同行しています」
「そうですか。でも、ケイトはそろそろでは無いのですか?」
「あと一月くらいと医者から言われています。ですが、私の母も付いていますので心配はいりません。それに初めてでは無いので大丈夫でしょう」
目の前のイケメン騎士はどうやらクレアの知り合いのようだ。クレアは振り向いて、セイジに紹介した。
「セイジ様、こちらはクラウス=マルスティーン様です」
「セイジ殿ですね、クラウス=マルスティーンと申します。以後お見知りおきを」
クラウスは一歩前に出ると、セイジに深々と頭を下げた。
「クラウスさんはグランドナイツの一人なんですよ」
「いまだ未熟者です。末席を汚しております」
「へえ」とセイジは感嘆の声を上げクラウスをじっと見た。
年齢は若そうだ。おそらく20代前半、レナードよりも若く見えた。だが、その動きに風格がある。
足運びがしっかりとしていた。腰がしっかりとしていて、ばたばたと歩くのではなく、擦る様な歩き方をしてる。地に根が張った様な歩き方だ。
戦士が優秀か平凡か、セイジはそれを見極めるのに歩き方を見る。秀でた戦士ほど歩き方に特徴が出てくるものだ。
クラウスもまた顔を上げ、じっとセイジを見ていた。視線だけを動かし、セイジの上から下までをじっくりと眺める。
「素晴らしい」やがてクラウスが呟く様に言った。「私では到底及びません。これほどの方がおられるとは、正直驚きました」
「……そんなことはない」セイジは言った。
だが、心の中では「確かに」と頷いていた。
クラウスが強い戦士であることは解る。この若さでグランドナイツに選出されるほどだ。並大抵ではない。
ただ、セイジと真正面からやり合ったのならば、セイジが勝つ。100回やれば100回セイジが勝つであろう。実際剣を合わせなくとも解る。それほどに二人の実力は離れていた。
体格、足運びでセイジと戦闘スタイルが似ていることが解る。なまじ戦闘スタイルが似ているからこそ、実力の差がはっきりと解ってしまう。
「失礼致しました。それではご案内します」
クラウスは身を翻し、館内の方に手を差しだして歩み始めた。セイジ達も後に続こうとして、ふとリムがいないことに気が付いた。
「ん? リムはどこだ」
「リムちゃんはレナード様の所にいきました」
クレアが振り返って言った。クレアの視線を追う様に振り返ると、レナードの隣にリムはいるのが見えた。
ならばいいか、と思い正面に向き直した。すると、クラウスが歩みを止め、驚きの表情でこちらを見ていた。
セイジ達を見ているのではなかった。クラウスの視線はセイジ達の向こう、レナードとリムを見ている。
「あれは……まさか……申し訳ありません、少々お待ち下さい」
クラウスは言うと、セイジ達の脇を通り過ぎ、レナードの方に足早に歩いて行った。
「何だ?」セイジはクラウスの後を追う様に振り向いた。
「さあ……」クレアも首を傾けていた。「クラウスさん、レナード様とお知り合いなのでしょうか?」
クラウスはレナードの前で深々と頭を下げていた。やはり知り合いの様だ。
「クレアはクラウスと知り合いなのか?」
「はい、友達の旦那様なんです。ケイトって言うんですが、女学校時代の同級生で、一番の仲良しです。いまでも時々家に遊びに行きます」
「ふうん」
「今、お腹に二人目の子がいるんです。そろそろ予定日のはずですので、クラウスさんには側にいて上げてほしいのですが……」
「ああ、そう……だ、な?」
二人目がお腹にいる? クレアと同級生だった娘が?
セイジはクレアを見た。確かクレアはもうすぐ17になると言っていた。その同級生のお腹に子供? しかも臨月間近?
つまり9ヶ月前に子供は出来た。しかも二人目と言う事は、一人目を産んだ時は……。
セイジは頭の中でそろばんをはじく。どう考えてもまだ……。
い、いや、同級生と言うだけで同年齢とは限らない。ケイトはクレアより年上なのだろう。うん、きっとそうだ。
「どうかされましたか? セイジ様」
視線に気が付いたクレアが、セイジの方を向いて聞いた。きょとんした表情で小首をかしげている。
自分の言葉に何も疑問は持っていない様子だった。思えば先程も、リムがレナードの妻となったという話を聞いても、クレアは引くことなく手を叩いて喜んでいた。もっともクレアはリムの過去を知っている様だった。だからかも知れないが……。
「……何でもない」
セイジは誤魔化す様に視線をクラウスの方に戻した。すると、いつの間にかレナード達の姿がなくなっており、クラウスがこちらに戻ってくるところだった。心なしか肩を落として歩いている。
「申し訳ありません、お待たせ致しました」やはり声のトーンが落ちていた。明らかに意気消沈している。
「……? どうかされましたか? セイジ殿」
クラウスが不思議そうな表情で聞いた。セイジが驚きの表情で自分を見ていたからだ。セイジは慌てて首を振った。
「い、いや、君はレナードと知り合いだったのか、と思ってね」
「ええ、レナード副隊長……いえ、元副隊長はかつての上司です。厳しくも優しく、自分を指導してくれました。本来であれば、自分よりももっと早くグランドナイツになってしかるべきお人でしたが……」
そう言って顔を歪ませた。無念さと苦渋に満ち溢れた表情だった。
「……失礼しました、ご案内します」クラウスは一礼して、歩み始めた。セイジ達も後に続く。
それにしても……。
肩を落として歩くクラウスの背中を見ながら、セイジは思った。
教団ってロリコン普通なのかね。やっぱ……。
セラヴィの中も様子が一変していた。
昨日までいた貴族や金持ちの姿が一切なくなっている。他のホテルに移動させられていた。そして教団の兵が各所に配置されていた。今、ホテル内にいるのは教団関係者のみだ。
本来ならばここまでする必要はないのだろう。しかし、次期法皇候補とも言われたライトンが攫われたことにより、いつもよりも慎重を期している様だ。巡回している兵士達の顔つきも皆緊張し、張り詰めた空気がホテル内に漂っている。
そんな中、セイジは通路で壁によりかかって立っていた。すぐ近くに屈強な兵士が二人、通路をふさぐ様にして立っている。
セイジはちらりと兵士達に目を向けた。兵士達は正面を見据えたまま、じっと動かない。セイジは視界に入っているのだろうが、何も反応はない。瞬きすらしていない様に見える。
この通路の奥に法皇の部屋がある。ちなみにセイジ達が泊まっている部屋も、この通路の奥だった。
クラウスはクレアを連れて、奥に行ってしまった。セイジはここでしばらく待つ様に言われた。部屋にまで行かせてくれても良いだろうに、とも思ったが口にはしなかった。
時計もないので、クレア達が行ってから何分経ったのか解らない。おそらく10分くらいなのだろうが、もう1時間位待っているような気分になっていた。何もせず、立っているだけというのは辛いものだ。
と、今までぴくりとも動かなかった兵士達が、わずかにざわめいた感じがした。何かあるのかと、セイジは反対側に顔を向けてみる。
向こうから2m近くもある巨漢の男がのっしのっしと歩いてきた。ワザと威圧感を出す様に歩いているのが見て取れる。その男とセイジの目が合った。
「ああん? なんだてめえは」
開口一番の言葉がそれだった。纏っている鎧から教団の騎士であることは解ったが、おおよそ騎士とは思えない台詞だ。
巨漢の騎士は大きな体をかがませて、下から上へと動かしながらセイジを睨め付ける。まるで地方のチンピラだ。
何なんだ? こいつは?
セイジは巨漢の騎士を見上げながら思った。
「……失礼しました。私はセイジ=アルバトロスと申します」
セイジは驚きを胸に秘めながら自己紹介した。が、巨漢の騎士は、
「誰もテメーの名前なんざ聞いてねえよ。ここで何してんだって聞いてんだ」
唾を飛ばしながら怒鳴る様に言った。
「私はクラウス殿にここで待つ様に言われました。それだけです」
「クラウス~? 何でクラウスがてめえにここで待つ様に言ったんだよ」
「……私は仕事でクレア殿の護衛をしています。今、クレア殿は法皇猊下にお会いしています。その間ここで待機しています」
なんだか話していて頭が痛くなってきた。喋り方といい、動きといい、どう見ても頭が悪いとしか思えない。これが本当に教団の騎士なのだろうか?
「おい、こいつの言ったことは本当かよ」巨漢の騎士はセイジを指さしながら、兵士に問いかける。
「は、はい、その方の言われる通りかと思われます」兵士はうわずった声で答えた。
「ふん、なるほど、てめえが何とか傭兵団の者か」
「……ええ、ロウガ傭兵団です」
「誰もてめえの所属している薄汚え傭兵団の名前なんざ聞いてねえよ」
……こいつはまた凄い奴が現れたな。
セイジは心の中で大きなため息をついた。
かつての戦争の影響もあるのだろうが、傭兵団という仕事は人からあまり良くは思われない。戦いしか出来ない野蛮な連中と思われている節もある。仕事に行った先で、口汚い言葉を浴びせられることもしばしばある。
だが、目の前に騎士は桁が違った。はなからセイジを馬鹿にして、挑発し、さらに上から威圧をかけビビらせようとしているのが丸わかりだ。
兵士の反応から見てそれなりの地位を持った騎士なのだろう。腹が立つどころかあきれてものが言えない状況だ。
「ええと、貴方は教団の方ですよね?」
「ああん、てめえ俺様を知らねえのか!? ふん、まあいい。所詮、下賤の輩には言っても無駄だからな。教えてやるからありがたく思え」
「はあ……」
俺様って言う人、初めて見た。言ってて恥ずかしくないのだろうか?
セイジは心の中で呟いた。もちろん口にはしない。
「俺様はロベルト=ガラン。誇り高きグランドナイツの一員だ」
「え!!」セイジは驚きの声を上げ、目を見開いた。
こ、こいつがグランドナイツ!? 嘘だろう。
驚きで言葉が出なかった。黙って見上げるセイジを見て、ロベルトは顔をにやけさせた。
「解ったか、本来ならばてめえなんざ口もきけない存在なんだからな。ありがたく思え。さあ、解ったら帰りやがれ」
ロベルトはそう言って反対側……入り口の方をびっと指さした。
「…………え?」正気に返ったセイジが、声を上げた。
「え、じゃねえ。とっととここから出て行けと言っているんだ」
「い、いや、私は仕事の途中です。放り出して出るわけには……」
「てめえの仕事なんざもうねえんだよ。これ以上薄汚え傭兵にいてもらいたくはねえんだ。さあ、出て行け」
「それはロベルト殿が決められる事ではないと思われますが」
「なんだと!」ロベルトが怒鳴った。「てめえ、人が下手に出てればつけあがりやがって」
どこが下手だ!? そう叫びたいのをセイジはぐっと堪えた。
ロベルトはドスドスと足音荒く近づいてくる。そして……、
「おらあ!」いきなりセイジに殴りかかってきた。
寸止めでも、びびらせるためでもない。本気でセイジを殴ろうとしていた。
が、ロベルトが殴りかかってくると同時に、セイジは右側に大きく動いていた。体の動きと気配から殴りかかってくるのは既に解っていた。
予備動作の大きい殴り方……いわゆるテレフォンパンチだ。セイジにとって避けるのは簡単なことだった。
目標を失ったロベルトの右手が空を切った。躱されるとは露も思っていなかったのだろう。腰が浮き、上体がつんのめり、転びそうになるのをたたらを踏んで堪えようとする。
その足にセイジは左足を引っかけ、勢いよく上に跳ね上げた。
「うおおっ!」
悲鳴を上げ、2m近い巨体が空中で一回転し、背中から床に勢いよく落ちた。衝撃で呼吸が出来ないのだろう。その場でもがいてのたうち回る。
セイジは大きく間合いを取る様に下がった。
あ、危なかった。
セイジは額に噴き出た汗を拭った。危なく殴られるところだった、ということではない。危なく腕を切り落とすところだった。
セイジは躱しながら反射的に右腰のダガーに手をかけていた。躱しながら、抜き打ちに斬り飛ばそうとしていた。考えたわけではない、戦士としての反射であり、本能だった。
ロベルトの殺気を持った一撃に体が勝手に反応していた。無防備に殴りかかってきた右腕を本能が斬ろうとしていた。それを必死で押さえ込んだ。
セイジは大きく深呼吸をする。昂ぶった心を静めさせる為に、何度も深呼吸する。ロベルトはまだばたばたとしていた。
「き、きさ・・まっ!」
ようやくロベルトが起き上がって来た。その顔は怒りに満ちていた。目を見開き、歯を剥いて、息荒く起き上がる。
ここまでされても実力の違いに一つも気が付いていない様だ。まだ抜いてはいないが、腰の剣に今にも手をかけそうだ。
「きさま、いま、な、に、をし、たのかわか……」
そこまで言って激しくむせた。呼吸がまだ戻っていないのに喋ろうとするからだ。この状況になっても、悪態を止めない姿勢はある意味立派か。
さてどうするかな……。
一息ついて落ち着きを取り戻したセイジは、どうしようかと顎に手を当てた。
いまだ信じられないが、こいつはこれでもグランドナイツらしい。教団最高の騎士とこれ以上もめ事を起こすのはよろしくない。
悪態をつき、殴りかかってきたのはロベルトだ。兵士達も見ている。もっとも兵達は教団の人間だ。ロベルトの肩を持って口裏を合わせるかも知れない。
……まあ、少しぐらい痛い目に遭わせてもいいか
だが、セイジはそう考えた。ここで何を言っても目の前の暴走だるまは止まらないだろう。言葉で止まらないのであれば、実力行使しかない。
最悪の場合はクレアに頼ることになるかも知れない。一応は現法皇の娘なのだからそれなりの力はあるだろう。あまり権力に頼るというのは好まないが、致し方がない。
ようやく息の整ったロベルトが目を剥き、睨んできた。放たれた殺気に、後ろの兵士達が息を詰まらせ、怯えているのが感じられた。もっともセイジは薄く目をつむり、殺気を受け流している。というより相手にしていない。
少なくともロベルトが素手で襲いかかってくるなら余裕で対応出来る。それだけの自信はあった。面倒なのは剣を抜かれた時だ。相手が素手なら手加減のしようもあるが、抜かれては手加減など出来ない。
法皇もいるこのホテルで、騎士の身分を持つ者……いや、グランドナイツが剣を抜くとは思えない。思えないが……。
こいつはマジでやりそうなんだよな……。
片目を少し開けて、セイジはロベルトを見る。今にも飛びかかってきそうな雰囲気だ。襲いかかってこないのは、どう攻撃するか考えているのか。
一応、正当防衛というお題目がほしい。なのでセイジから仕掛けるわけにはいかない。怒りに震えるロベルトと、あきれ顔でどうしたものかとため息をつきたいセイジ。場は妙な睨み合いになっていた。
「ロベルト殿! どうしたのですか」
すると、後ろから聞き覚えのある声がとんできた。
クラウスがセイジ達の元に走ってきていた。




