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第40話 想い

 セイジは頬杖を付いて、窓の外を流れる景色を見ていた。

 馬車のスピードはそれほど出ていない。ゆっくりと流れる景色を見ながら、セイジはぼーっとしていた。


「ええ、そこでおじさまが……」


「ふふ、そうなんだ、意外だな。レナード様ってもっとしっかりしてると思ったのに」


 セイジの向かいの席にはリムとクレアが並んで座っていた。先程からずっと楽しそうに話をしている。



 多分、お母様に会ってお話しになったら、セイジ様は大変驚かれると思います。それどころか引いちゃうかも知れません。



 先程、クレアが言った言葉が気になってはいた。途中でレナードが来たとの知らせを受け、そこで会話は途切れてしまった。道中聞けば良いかと思い、セイジも深く掘り下げようとはしなかった。

 だが、楽しそうに話すクレアに聞くことはためらわれた。砕けた口調で話すクレアは、とてもリラックスしていて楽しそうだった。それに割り込むのもどうかと思ったのだ。


 まあ、後でどうせ解るからいいか。

 そう思い、セイジはぼーっと風景を眺めていた。




「……ですよね、先生」


「んあ?」リムから急に話を振られ、セイジは視線だけ二人の方に向けた。「なんの話だ? 聞いていなかった」


「もう……先生ったら」


 リムがぷうと頬を膨らませた。それを見てクレアが「ふふっ」と笑う。


「先生も、もっと女心を解ろうとしないと、クレア様に逃げられちゃいますよ? こんなに綺麗で優しい方は二度と現れませんから」


「あのなあ……」


「もう、何言ってるの、リムちゃん」


 セイジはため息をついて、二人の方に向き直った。


「ところでリムちゃん、なんでセイジ様のことを先生、って呼ぶの?」


「セイジ隊長は、私の魔法の先生なんです」


「そういうことだ。リムには魔法の才能が見えたからな」


「なるほど」とうなずき、クレアはリムの頭にそっと触れた。目をつむり、口の中でぶつぶつと呟いた。

 頭にあてたクレアの右手がぼうと光った。リムが不思議そうな顔でそれを見ている。


「……凄い、あの時は気が付きませんでしたが、相当な魔力を持っているのですね」


「そうなのですか? 先生にもそう言われたんですけど、どうにも……」


「お前、俺が言ったこと信用していなかったのか?」


「だって……」と言って視線だけセイジに向けた。




 3年前、初めてレナードにリムを紹介された時、一目見てピンとくるものがあった。

 それは直感だと言っていい。何となく「この娘には魔法の才能があるのでは無いか」と思ったのだ。

 かつて母がセイジの中に潜む魔法の才能を感じたように、セイジもリムの中に眠る魔法の才能を感じ取った。


 魔法学問を教えるのでやってみないか、とリムに言った。始め、リムは困惑の表情を浮かべた。魔法学問とは数学や化学、物理などを総合させた高等理系学問だ。とても自分に出来るわけは無いと思った。

 魔法学問は基本中等部2年から始める。しかし、魔法を学ぶ魔導学部に進むためには初等部と中等部一年で、ある一定以上の成績を取っていなければならない。要は成績優秀者のみが進める学部である。


 リムの成績は全体的に(かんば)しくは無い。これはリムが遊びほうけていた訳でも、勉強嫌いと言う事でも無く、家庭環境が原因だった。母親がだらしなかったため、家事等をやらなければならず、学校へ満足に通うことが出来なかったからだ。

 レナードと共に暮らすようになってからは、学校にも普通に通えるようになった。レナードは非番の時に家庭教師となり、リムに勉強を教えた。遅れていた勉強も何とか取り戻すことは出来たが、成績自体はまだ中の下と言ったところだった。

 出会った時は中等部の1年生だった。リムは今からやったって到底間に合わないと思っている。セイジは厳しいが、教えればまだ間に合うと思ったのだ。


 レナードの進めもあって、セイジに勉強を教えてもらうことになった。

 とは言っても週に二日程度、一回3時間だけだった。セイジとしてはもっと教えたかったし、レナードも家のことはいいから勉強に集中してほしい、と言ったがリムが聞かなかった。

 リムにとっては勉強よりも家庭をおろそかにしてはいけない、と言う思いがあった。こうなるとリムは頑固だった。仕方なしにセイジは限られた時間で出来ることをした。


 3時間を1時間半ずつに分ける。前半に基礎を教え、後半に応用を教える。

 最初の基礎を教える段階で、リムが苦手としている部分を見極める。後半で応用を絡めながら、苦手としているであろう部分の解法を徹底的にたたき込む。多対一を基本とする学校教育では決して出来ない、一対一だからこそ出来る教育法だ。


 結果、半年足らずでリムの成績は爆発的に上昇した。特に魔法学問に必要となる理系学問の上昇は凄まじかった。クラスの平均やや下だったリムの成績が、一気にトップまで跳ね上がった。

 セイジの教え方が上手いと言うのもあったが、リムの秘められた才能の面が大きかった。乾いたスポンジに水が染みこむがごとく、リムはセイジの教えたことを瞬時に吸収し、自分のものにしてしまう。教えていたセイジが内心で舌を巻くほど、リムの飲み込みは早かった。


 無事、2年時には魔法学部に入ることが出来た。現在ではクラスでトップの成績を誇っている。

 そして、セイジは今も暇があれば教え続けている。わずか1年半で、高等部の魔法学問の内容をほぼ終了させていた。今は簡単な基礎魔法を扱えるようになる程、リムは成長していた。




「へえ……凄いね、リムちゃん」話を聞いたクレアが感嘆の声を上げた。


「そんなことありません。先生の教え方が上手いんです。傭兵なんかやめて学校の先生になればいいのに」


「じゃあ来年からは高等部の魔法学部に行くんだね」


 クレアの言葉に、リムは首を横に振った。


「いえ、高等部には行きません。おじさまの妻として家庭を支えていきたいと思います」


「え……」とクレアは言葉を詰まらせた。「そ、そうなんだ。なんだかもったいない気がするけど」


 聞いていたセイジが、ふうとため息をついた。




 これがセイジとレナードの悩みだった。

 リムは高等部には進学せず、エミリーナの喪明けに結婚し、レナードの子を産むことを望んでいた。


 幼少期に親に愛されず、捨てられた事をセイジも聞かされていた。そのためか、リムは家族に強いあこがれを持っていた。

 リムの望みは、愛するレナードの子供を産み、温かい家庭を作ること、その事だけだった。魔法のことなど、それに比べればどうでも良いことだった。


 セイジは才能があるのにもったいないとリムを諭し、進学する様進めたが、リムは困った笑いを浮かべるだけで決して頷かない。

 このまま学問を積んでいけば、間違いなく自分を上回る魔導士になる、そうセイジは思っている。だが、リムは魔法に関してこれ以上望んでいなかった。悪かった成績が上位になって、基礎魔法が使える様になった。それだけで十分だった。


 レナードもまた進学を望んでいる。籍は入れ、夫婦となるにしても、子供はまだ先でもいい。それよりも才能があるならば、それを伸ばす方向に進んでほしかった。

 だが、それを強く言えなかった。レナードにはリムの気持ちが痛いほど解った。同じ親に捨てられた同士なのだ。

 レナードがリムを救うことによって過去の自分を慰めようとした様に、リムはレナードと温かい家族を作ることによって過去の自分を慰めようとしている。それが解っているからこそ言えなかった。


 リムの才能がここで閉ざされるのは非常に惜しい。だが、これはレナードとリムの夫婦の問題だ。セイジは深く首を突っ込むつもりは無かった。せいぜいリムに進学を促してみるだけだ。




「ところでリム、なんでお前さんはレナードに付いてきたんだ?」


 セイジは先程からの疑問をリムに尋ねてみた。

 何故、リムがレナードと一緒にマイナに来たのか。この馬車に乗っていると言う事は、共にメルドムまで行くのだろう。

 レナードはリムを誰よりも大切に思っている。当然ながら、今まで仕事に同行させたことなど一度も無い。

 レナードは理由を後で話す、と言った。セイジ達が時間を過ぎてしまったこともあって、その辺の理由をまだレナードには聞けていなかった。


「ええ……その……」リムの返事は歯切れ悪い。


「言えないことなら無理に言う事は無いが、仕事の邪魔にはならないのだろうな」


「はい、仕事のお邪魔はいたしません」


「ならいい」と言ってセイジは視線を窓の外に向けた。後でレナードに詳しい事を聞けばいい。



「……おじさまが原隊復帰するかも知れないんです」


 しばらくの沈黙の後、リムがおずおずと喋り始めた。


「原隊復帰? ってまさかグランナイツにか?」セイジは驚いて、再びリムの方を向いた。


「ええ……おそらくは」


「だが、レナードは自分からグランナイツを辞めたんだろう? 再び戻れるとは思えんが」


「………………」


 リムは黙って俯いた。隣に座っているクレアが心配そうにリムを見ていた。


「……先生はグランドナイツのゼオ=ドーガン様という方をご存じですか?」


「ん? ああ、知っているぞ。グランドナイツの実質的団長の立場にいる騎士だろう? この仕事をやっていて、ゼオ殿を知らない者はいないだろう」


「ゼオ様が昨日、ナロンにいらっしゃいました。ロウガ傭兵団に仕事を依頼しにいらしたそうです」


「依頼? グランドナイツがロウガ傭兵団に依頼だって?」


「あ!」とクレアが声を上げた。「もしかしてライトン様の捜索依頼……」


「ああ、成程」とセイジも頷く。エミリーナの喪で兵隊をあまり動かせない教団が、ロウガ傭兵団にその捜索を依頼した。それならば頷ける。


「私はその事については知りません。今朝、私とおじさまはゼオ様に呼ばれました。そして喪明けに教団に戻ってこないか、とのお誘いを受けたのです。教団の騎士に再び付かないか、と」


「へえ、名誉なことじゃないか。辞めた人間がゼオ殿にそこまで言ってもらえるとは」


「…………ええ」


「リム達はゼオ殿とは知り合いなのか?」


「はい、かつて私とおじさまはゼオ様に大変お世話になりました。いえ、お世話なんて言葉じゃ足りません、大恩を受けたと言っても過言ではないです。私もその時にゼオ様から大変可愛がってもらいました」


「で、レナードはゼオ殿の誘いになんて答えたんだ?」


「考えさせて下さい、と……そうお答えしました」


 そう言って、またリムは黙った。視線を下げ、目を合わせようとしない。


「リムはレナードが教団の騎士に戻るのが嫌なんだな?」


 セイジの言葉にクレアが「え?」と声を漏らした。リムは返事をせずに俯いたままだった。


「お前達はエミリーナ教徒だろう? 何が嫌なんだ? 教団ならば今の傭兵稼業よりずっと安全だぞ。それにゼオ殿の紹介もあると言う事はグランナイツどころかその上のグランドナイツの確率だってある。教団の騎士としてはこれ以上の名誉は無いだろう」


「……そんなことはありません」


 リムが俯いたまま、ぼそりと呟く。


「安全なんて事はありません。グランナイツに戻れば、おじさまにまた……また……あのようなことが……」


 リムは膝の上に置いていた手を握りしめ、震えだした。


 あのようなこと? 何のことだ?

 セイジは思ったが、聞けなかった。リムが泣いていたからだ。

 俯いているリムの顔を涙が伝い、ぎゅっと握りしめた手にぽたりぽたりと落ちた。


「リムちゃん……」クレアは内ポケットからハンカチを取り出し、リムの涙を拭ってやる。


「教団に……いえ、教団の騎士に戻らなくても良いんです。傭兵稼業がいいというわけでは無いです。出来れば危険なことは辞めてほしい。お金なんていっぱいいりません。私はおじさまと、いずれ生まれてくる子供達と、(つつ)ましくても幸せな家族が作れればいいんです」


 しゃくり上げながら、リムが言葉を吐きだす様に言った。涙は止まること泣く溢れ続け、クレアのハンカチに染みこんでいった。


「……リムはそれをレナードに言ったのか?」


「え?」リムは涙に濡れた顔を上げた。


「今の言葉だ。教団の騎士に戻ってほしくないならそう伝えればいい。今のリムの想いをそのままレナードにぶつければいい」


「そんな……そんなことはとても……」


「出来ないでは無い、やらなければならない」セイジは強い口調で言った。


「お前達が互いを、誰よりも深く想い合っているのは解る。だが、大切に想うがあまり、言いたいことがはっきりと言えなくなっている。俺はそう思う。リムだけじゃ無い、レナードにもだ」


「おじさまにも……ですか」


「そうだ、レナードにもだ。リムに思うところがあっても口に出さない。だが、それではダメだ。お前達は形はどうあれ、もう立派な夫婦だ。互いのこと、不満なこととかを一度洗いざらいぶちまけた方が良い」


「………………」


「お互いに遠慮し合い、想いを心の中にしまっているだけではダメだ。さっき俺たちに言った様に、素直な想いをレナードに伝えればいい。難しいのは解る。だが、奴はその想いを無視する様な男じゃ無い。リムの気持ちを、考えを解った上で動いてくれるだろう」


 喋った後、ちっ、と舌打ちしてセイジは顔を背けた。


「俺もじじいになったな。他人に説教する様に言うとは」


「……じじいって……まだ30前じゃ無いですか」


 リムが笑いながら言った。もう泣いてはいなかった。


「あと1年で30だ。それに他人に偉そうに説教する様になれば、もうじじいだ」


「やっぱり、セイジ隊長は傭兵より、学校の先生とかの方が合ってますよ」


「……勘弁してくれ」セイジは顔を背けたまま、額に皺を寄せた。




 窓から平原にそびえ立つ鉄の壁が見えた。そして馬車が歩みを止めた。重い鉄の扉が開く音が馬車の中まで聞こえる。

 馬車は要塞都市メルドムに到着したのだった。

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