第3話 寄道
「本当にありがとうございました」
村長と男達数名がセイジとレナードに対して深々と頭を下げていた。
セイジ達は山から下山し、村長宅にて簡単な料理を振る舞われた。それを綺麗に平らげ、今はこの村特産のハーブティを飲んでいる。
幸いにして村から強奪された女性は全員無事だった。
数名に山賊から『味見』されたような形跡があったものの、怪我をしている者はいなかった。また他の村から連れてこられたと思われる女性もいたのでまとめて救出し、下山した。
金は半分ほど使われてはいたが、物資は手つかずで残っていた。これだけあれば、なんとか冬は乗り越えられるだろうと村長は話している。
山賊達はセイジとレナードに挟み込まれるようにして村まで連行された。今は手足を縛られ村の一室に放り込まれている。
すぐにセシル城からの使者が来て、城に連行していく手はずになっていた。山賊達は命こそ助かったが、王国に連れて行かれれば、数十年もの強制労働に処される。労役中に死ぬ者も多い。
「これが今回のお礼です」
村長はセイジの前に袋を置いた。中からジャラリと音がした。
結ばれている口を開いて中をのぞき込む。報酬は確かにあるようだった。別段枚数を数えることもなくセイジは袋をレナードの前に置いた。
「それで……そのもう一つお願いがあるのですが」
「なんでしょう?」
レナードが袋に伸ばしかけた手を止めて聞いた。セイジも顔を上げる。村長の手にはまた別の袋が握られていた。
「その……セシル城の兵隊の到着が遅れておりまして……お二方には到着までここにいていただきたいと思っている次第でありまして」
「遅れている? 何故ですか?」
「他地域の山賊の連行等に手間取っているとの報告が先ほどありまして……2日はかかるとのことです」
「やれやれ、どこもかしこも人手足らずですね」
レナードは皮肉っぽい笑みを浮かべて首を横に振っている。
セイジも鼻から大きく息を吹き出した。
ここ1年近くのファイナリィにおける山賊や盗賊被害の増え方は以上だった。
これに対し、王都は有効な手段を打てないでいた。
襲撃が起こった村に兵士の派遣、または今回のように傭兵団に依頼する等、後手後手の対応しかできていない。
その為、蛮族達はいっこうに減る様子を見せない。むしろ増えているような感覚もある。
なぜ王都は動けないのか、それは1年前から国中を駆け巡っているある噂が原因だった。
山賊達が減らない理由はドラグーンが送り込んでいるからではないか。
ドラグーンが再び戦争起こそうとして、山賊を送り込んでいるのではないか。
ファイナリィが山賊討伐に兵を割いた瞬間、ドラグーンは一気に攻め込んでくるのではないか。
このまことしやかな噂が、兵を十分に割けない理由になっていた。
そもそも山賊が増えるタイミングが一番多いのは終戦直後だ。
職にあぶれた兵士や傭兵がそのままクラスチェンジ(もしくはデチュ-ン)するパターンだ。
しかし、現在は終戦より15年も経っている。
国内情勢も戦争時とは比べものにならないほど落ち着いているはずだった。
にもかかわらず、増え続ける被害に頭を捻る王都、そこに流れたこの噂。信憑性は十分だった。
数年前から行われていたドラグーンとの交流イベントも、今ではほぼすべてが中止、または凍結状態だった。
現在ドラグーンとファイナリィは緊張状態にあったのだった。
「まあ、しかたねえ」
セイジはマグカップの茶を飲み干すと、立ち上がって体を伸ばした。
「アフターケアってやつだ、仕方ない。だが二人はいらんだろ、レナード頼んだぞ」
「はあ!?」
今度はレナードはテーブルを叩いて立ち上がった。
「残るのは結構。なら言い出しっぺの隊長が残るべきでしょう」
「やだよ、俺はいろいろ忙しいんだ、お前が残れ。金はお前の取り分でいい」
「金の問題ではありません。私には帰りを待つ妻がいます。独身男の隊長こそ残るべきでしょう」
「……言ってくれるじゃねえか」
くるりとセイジはレナードの方に向き直った。
対してレナードは顎に手を当て、いやらしい笑みを浮かべてセイジを見ていた。
二人の間に妙な緊張感が走る。村長は目を見開き、つばを飲み込んだ。部屋にいた他の男達も泣き出しそうな顔になっている。
「それに忙しいと言ってもどうせ隊長は街の商売女相手に乱痴気騒ぎするだけでしょう。そんな事、別に後回しでも良いでしょう?」
「するとお前は何か? あのロリ妻と2,3日合わなかっただけで小児愛好狂の血が騒いで仕方ないってか。ああ、そりゃいけない。せっかく助かった村の娘達の危険が危ない」
セイジは大げさに首を横に振った。
レナードがグランナイツを止め傭兵になった理由と思われるもの……それが彼の妻だった。
彼の妻は若かった。……というか若すぎた。
小さい身長、薄すぎる体、か細い手足、どこをどう見ても少女にしか見えないのだ。
グレーゾーンではない、レッドゾーンだ。
そしてついたあだ名は「クレイジーロリィ」。もっとも表だってこのあだ名で呼ぶ人間はセイジしかいない。
かつて一人このあだ名を使ってからかっていた者がいたが、ある日突然荷物を持って街から逃げ出したのだ。
やつはほんとにクレイジーだ……という書き置きを残して。
それ以来、この一件をからかうのはセイジ以外いなくなった。腐ってもグランナイツという言葉が一時期街の流行語になった。
ビキン!
と音を立てたかのように、レナードのこめかみに大きな青筋が浮かび上がった。
顔には笑みを浮かべたままだが、その笑みはかなり崩れ、全身をぷるぷると怒りにふるわせている。
「言ってくれますね……」
「お互い様だ」
ははは、と二人は笑った。とても乾いた笑い声だった。
その時の様子を村長のザコバ氏(62)は後にこう語った。
「ええ、二人の間にすさまじい殺気がぶつかり合っていました。気のせいか二人の間に合った空間がゆがんで見えたような感じでした。その、なんといいましょうか……こうぐにゃりとした感じとでも言いましょうか……。私は自分の言った言葉に心底後悔をしました。このまま二人はここで戦いを始めてしまうのではないか、と。こう言っては何ですが、その山賊が襲ってきたとき以上の恐怖を感じました。
逃げなかったのか? いやお二人はドアの付近にいたのでそれもかなわなかったのです。それに足もすくんで動きませんでした。その場にいた者は皆泡を吹いて倒れたり、失禁したまま体を震わせていました。……ええ、私も例外になく……その、ええ、いろいろ漏らしてしまいました」
しばらく笑い続けていた二人が、ぴたりと笑いをほぼ同時に止めた。
そして間合いをとるかのように少し離れた。互いに右手をわきわきとしきりに動かしている。
「やるか」
「ええ」
「恨みっこなしだぜ」
「仕方ありませんね」
「行くぞ!!」
セイジの掛け声とともに、二人が右足をどんっと一歩前に出す。そして……
「じゃんけんほいぃ!!!」
再び村長のザコバ氏(62)はこう語った。
「すさまじいじゃんけんでした。二人の手が光ったかと思うと衝撃波が来たのです。あれが伝説のシャイニングジャンケンなのですね。私も含め、数名は壁際まで吹き飛ばされました。死人が出なかったのが不思議なくらいです。
え? じゃんけんで死人は出ない? それはあなた、あの場に居ないからそういうことが言えるのです。あのときその場に居た者は皆、死を覚悟しました。じゃんけんが終わった後、自らの体を触り、無事を確認し合ったものです」
「よっっしゃあぁぁぁぁ!」
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
セイジはグーを天高く上げ雄叫びを上げた。
後ろにいた村人から「世紀末覇者だ」という声が聞こえたような気がした。
一方のレナードはチョキの手を押さえるようにしてうずくまって唸っていた。
「じゃあ、そういうわけで村長俺は帰るから……ってなにしてんの?」
セイジは村長の方に顔を向けると、不思議そうに首を捻った。
その場にはひっくり返って泡を吹いている者、壁に大の字に張り付いて動かない者、ひっくり返ったテーブルの下でもがいている者、としっちゃかめっちゃかな状況だった。
しかも全員の股間部分がしっとりと濡れていて、アンモニアくさい。
「お、お帰りってもう夜ですが……」
村長がようやく我に返って言った。
「ああ、いや今日は晴れて月も出てるし大丈夫。それじゃ。レナードあとよろしくな」
「……夜道には十分お気をつけくださいね」
「ははは、じゃなー」
悔しがるレナードと呆然としたままの村人を尻目に、セイジは満面の笑顔を浮かべて去っていった。
一人セイジは夜道を歩いていた。
既に村を出て3時間あまりが経とうとしていた。ロウガ傭兵団のあるナロンの街まではまだ3分の2ほどはある。到着は朝方になるだろう。
帰って一休みした後、今夜は酒場でパーティーだ。セイジは一人ほくそ笑んだ。
雲一つ無い夜空だった。月が煌々と辺りを照らしている。とはいえ、普通の人ならばこれでも明かりなしではまともに歩けはしない。足下が黒い霧の中に覆われたかのように何も見えない。
道は馬車が通れるように整備されているが、それでも時折大きな石ころが転がっている。
だがそんな中でもセイジは普段通りのスピードで歩き、石ころなどを普通によけていく。
セイジは夜目を鍛えるため夜の山を登頂するなどの修行をしている。だからこそ普通と全く変わらない速度で歩けるのだった。
敵に追いかけられている時に、明かりなどを持っていれば場所を教えているのも同然。夜でも常に明かりなしで普段通り歩けるようにするべし。
これが、セイジの師の教えだった。それをセイジは実直に守っている。
不意に強い風が吹いた。その風にセイジはふと足を止める。
……血の臭い?
かすかにしたその臭いに、セイジは辺りをぐるりと見渡すと、また歩き始めた。
商人の連中が襲われたか? と思った。彼らは「時は金なり」と時折無茶をする。ろくな護衛をつけず夜に出かけては、盗賊や魔物の餌食になることも少なくはない。
歩を進めるほどに血の臭いはきつくなっていった。それもまだ新しい、鉄錆の濃い血の臭いだ。しかも一人二人の量の臭いではない、まるでここで戦争が起こったかの様な血のニオイがだんだんと辺りを覆い始めている。
セイジは道を外れ、畦道へと入っていった。血の臭いはこちらから強く漂っている。やがて何か倒れているものが見えた。
オーク……魔物の一種で豚のような顔面を持つ獣人だ。特徴であるでっぷりとした腹を上に向け倒れていた。既に死んでいる。
それだけではなかった。オオカミのような容貌を持つ魔犬マスラー、醜い顔面をした獣人コボルト、人間そっくりの容姿を持ち、緑色の肌をしている魔人ガガンボ等々、様々な魔物の死体が転がっていた。
なんだこれは? 何故これほどの種類の死体が?
従来あり得ない構成だった。魔物というモノは横のつながりはない。つまり同じ種族でつるんで行動する。多種族とつるむなどと言うケースは聞いたことがない。
魔物同士が戦ったのなら2種族の死体があるだけのはず。しかしここには少なくとも4種族の死体が転がっている。
死体の隙間を踏みながらセイジは進んでいく。すると銀色の胸当てを着けた人間の死体が転がっていた。手に剣を持ったまま事切れていた。首元に大きな刀傷が見えた。
高級そうな剣だった。どこぞの王宮兵士辺りが使用する剣に見える。
セイジは手を伸ばして傷口にふれる。もう血は流れてはいないが、乾いてはいない。跪き、死体に触れてみると、かすかにだが体温が感じられた。まだ死んで間もない。
顔を上げると、奥に小さな光源が見えた。セイジはさらに歩を進める。
魔物の死体の中に、兵士の死体の数がが多くなってきた。皆同じ鎧と同じ剣だった。
セイジは歩みながら、目を左に寄せた。
……つけてきている者がいやがる。
背後に強烈な気配を放つ者達が迫ってきた。