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第36話 再会

 ロウガ=プリスベン。

 元ファイナリィの兵長だった男だ。かつての戦争で数々の武功をたて、ドラグーンの兵士達に「ファイナリィの死神」と呼ばれ、恐れられた男だった。


 作戦立案、指揮能力に優れ、彼が指揮を執った戦いはかなりの勝率を誇っていた。また彼自身も突出した強さを誇り、戦場では常に前線を駆け抜け、数々の敵を倒した

 個人も強い、指揮を執らせても負け知らず、そんな彼をファイナリィの兵士達は「軍神」と呼んでいたという。


 戦争終結後、次々と必要がなくなった兵士達が馘首(くび)になる中、彼は王宮近衛師団団長の地位を提示される。破格の待遇であったが、ロウガはそれを固辞し、ファイナリィの兵を辞した。

 その後、首になった兵士仲間数名と共にナロンにてロウガ傭兵団を設立、数年で超一級の傭兵達を揃えた大陸最強の傭兵団を作り上げた。

 その強さはエミリーナの誇る最強師団、グランドナイツに匹敵するとも噂されている。



 ロウガの正確な年齢は不明である。本人は「俺は永遠の30才」と豪語し、年齢を言おうとしない。戦争時代から逆算し、50は越えていると思われる。

 妻を持たず、複数の愛人を抱え、様々な浮き名をいまだ流しているその様は「下半身は30代」と周りに揶揄(やゆ)されている。


 全身は引き締まった筋肉で覆われており、ゆるんだ部分など一つも確認出来ない。いまもロウガは半袖短パンという非常にラフな格好でいるが、覗かせている腕は丸太の方に太く、中に詰め物をしているかのように、肉でぱんぱんになっている。

 机の上に投げ出された足もぱんぱんに肉が詰まっている。首も顔の横幅と同じ太さを誇り、体の厚みも半端ない。普通の人間がこの肉体を殴りつけたなら、殴った手の方が確実に負傷する。そんな壁のような肉体を持っている。


 もっとも、ロウガ自身は現在、傭兵としての仕事は行っていない。今はロウガ傭兵団の社長として、依頼の受付などをしている。

 依頼は基本的にロウガを通して受ける物だけだ。ロウガが依頼人から直に話を聞き、受けても良い、と判断したもののみが仕事になる。犯罪すれすれの仕事もたまには来るようだが、ロウガは決して受けはしない。古くさいスタイルを決して崩さない。それがロウガの、そしてロウガ傭兵団のスタイルだった。




「まったくよう、元グランナイツのくせしやがって、礼儀のなってねえ野郎だな」


「朝っぱらから酒かっくらってる親父に言われたくありませんね」


 レナードは肩をすくめると、目の前にあったソファーにどっかと腰を下ろして、足を組んだ。


「社長さん、おはようございます」


「おう、おはよう。リムちゃんは相変わらずしっかりしとるなあ。レナードに爪の垢でも煎じて飲ませてやってくれ」


 リムは微笑みながら、レナードの隣に腰を下ろした。


「で、用件は? 私はともかく、リムを呼んだ理由は何ですか?」


「んー、なんだレナード、機嫌悪そうじゃ無いか? 朝っぱらから」


「機嫌悪くさせているのは誰でしょうか?」


「ははあ……さては朝からリムちゃんを襲おうとしていたところに邪魔が入った。それで機嫌が悪い。図星だろう」


「……アホな事言っていないで早く用件を言って下さい。私は酔っ払いと違って、忙しい身ですから」


「あはは」と隣でリムが乾いた笑い声を上げた。


「俺だって忙しいんだぞ、今日中にメルドムに行かないといかんしな……」


「大口の仕事がはいったそうですね」


「おう、もう聞いたか。兵隊100人持ってかれちまった。流石に断れねえしよお、俺も行く羽目になっちまった」


 ロウガは空になったボトルをテーブルの上に転がした。氷の入ったバケツを傾けて、底に溜まった水をグラスに注ぎ、ちびちびと酒を飲むように飲み始める。


「めんどくせえ事だ。俺は今週末からマイナでも行って、しっぽり温泉を楽しもうと思ったのによう……」


「エミリーナ教からの依頼ですか」


「ほう」ロウガは手に持っていたグラスを振ってカラカラと鳴らした。「流石は元グランナイツだ。教団の事はよくわかってるじゃねえか」


「状況を整理すれば、自然と解りますよ」


 レナードは足を組み直して、ソファーに大きく寄りかかった。


 依頼料の高い団員を一気に100人、そして期間は1週間以上、依頼料はとんでもない額になる。個人の依頼はほぼあり得ない。街や組織の依頼だとしても、それだけの金額が出せるとは思えない。

 そうなるとさらに大きい単位……国家単位となる。だが、ファイナリィはそれほどの金を出すとは思えない。ファイナリィ王宮はけちで有名だ。人件費を削ることを至上主義としている王宮が、山賊被害に悩まされているとは言え、大金を出すほど、切羽詰まった状態ではないだろう。

 かつて散々苦汁を飲まされたドラグーンがロウガ傭兵団に依頼することは無い。だとすれば残っているのはエミリーナ教しかいない。


 エミリーナだとすれば、ロウガが「流石に断れない」と言ったのも、自らが出向くのも頷ける。それに教団は豊富な資金力を持つ。ロウガ傭兵団100人を1週間雇っても、屁でもないだろう。

 おそらくはライトン司祭の捜索だな、とレナードは思った。本来ならば教団の兵士を使えば良いだけだが、今は「エミリーナの喪」の最中だ。おおっぴらに兵士を動かす訳には行かないのだろう。


「で、私が呼ばれた理由は解りましたが、リムに何の用があるのですか?」


「そいつは外れだな」ロウガはグラスに再び水を注ぎながら言った。


「は? 外れ?」


「昨日のこと、事件のことを詳しく聞きたいから自分が呼ばれたと思ったんだろう? だが、そっちの方はもう詳しく聞いている。お前さんから聞きたいことは特にないよ」


「……では何故? いたずらにリムを呼んだ訳では無いでしょう」


「お前さん達に用があるって奴がいるんだよ。だがら呼びに行かせたまでだ」


「私たちに用……ですか?」リムがソファーから身を乗り出しながら、ロウガに聞いた。


「ああ、だがさっき朝飯食いに出かけたまま1時間近く帰ってこねえな。何やってんだ? あいつ。まあ、とりあえず待っててくれ。なんか飲むか?」


 ロウガが立ち上がり、飲み物を探し始めた時だった。

 扉が開き、白髪の浅黒い肌をした初老の男性が、頭を掻きながら入ってきた。


「いやあ、参った、参った。道に迷って全く逆方向行ってたわ。この街はごちゃごちゃして解りづらいのお」


 わっはっは、と豪快に笑いながら入ってきた男性を見て、レナードは目を大きく見開き、リムはぽかんと大きく口を開けた。そして……


「「ゼオ様!!」」


 二人同時に、男性……ゼオの名前を呼んだ。


「おーう、レナード、リム、久しぶりだな。元気にしておったか?」


 ゼオはにかりと白い歯を出して、二人に笑いかけた。




 ゼオ=ドーガン。

 エミリーナ教団の超精鋭部隊「グランドナイツ」に所属している男だ。


 年齢は52才であり、現在はおろか、過去の歴史から(かえり)みても最年長の、現役グランドナイツだった。

 100名いるグランドナイツの中で、優れた10名に与えられる称号「栄光の10人(グローリエス)」に選ばれ続けている歴戦の猛者でもある。


 髪は白髪であり、顔には深い皺が刻み込まれている。一見実年齢よりも老けて見える。

 が、その体に衰えは見られない。常に前線で戦い続けた肌は真っ黒に日焼けしていて、全身もしっかりとした筋肉に覆われている。その体は52才の年齢を感じさせるものでは無い。

 グランドナイツには長たる者はいない。しかし、教団の上層部、下部組織のグランナイツ、一般兵まで絶大な信頼を寄せられており、実質的な団長的立場にいる男だった。




「わあ、ゼオ様、お久しぶりです」


 リムは手を叩き、ソファーから飛び上がるとゼオの元に駆け寄った。


「おうおう、リム。しばらく見ないうちにデカくなったなあ」


 嬉しそうに目を細め、駆け寄ってきたリムの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。リムも微笑みながらゼオを見上げていた。


「レナードも久しぶりだな」


 ゼオはソファーに座ったまま呆然としていたレナードに顔を向けた。

 瞬間、はっとしたレナードがソファーから飛び上がった。そのまま後ろに下がり、その場に平伏した。額を床にすりつけ、土下座スタイルのまま細かく震えている。


「おいおい……」それを見ていたロウガが、にやけながら呟いた。


「こら、レナード何をやっている。そんなことをせんでいい、頭を上げろ」


「お、恐れ多い……」レナードは頭を下げたまま、呟くように言った。


 全身から汗が噴き出るのを感じていた。顔中に汗が吹き上がり、鼻の伝って滴となり、落ちていくのを感じた。


「こんなレナード初めて見たな」グラスを傾けながら、ロウガが面白がるように言った。「ゼオ、お前、レナードに何かしたのか」


「たいしたことでは無い。ちょっと昔に本気でやり合っただけだ」


 ゼオの言葉に、レナードの体からまた汗が噴き出た。着ている衣服が汗を吸い、ぐっしょりと重くなっていく。


「へえ……お前、レナードとやり合って良く無事だったな」


「なあに、運が良かっただけだ。後はリムのおかげかな。なあレナード」


「め、滅相もありません……」


 あ、朝の夢はこのことを予知していたのか……。

 流れ続ける汗を感じながら、レナードは小刻みに震え、ただただ平伏していた。




 レナードが世界で頭が上がらない人間は二人しかいない。

 一人は妻でもあるリム。そしてもう一人がこのゼオだった。


 このゼオこそが3年前、修羅に堕ちかけたレナードを止めてくれた老騎士だった。

 ゼオはレナードの槍を括りつけていた右腕を切り落とし、レナードを止めた。その後すぐに自ら回復魔法にて治療を施した。そのおかげで、レナードの右腕は今も何の問題も無く豪槍を振り回すことが出来る。


 さらにゼオは自らが殺されそうになったにもかかわらず、レナードを庇った。


 いくら罠に嵌められたとはいえ、部下を10名失い、民間人にも多数の被害者が出ている。本来であればレナードは何らかの罰に問われる可能性が高かった。レナードも申し開きはせずに、下った罰を甘んじて受けようと覚悟していた。

 ゼオは教団の上層部に事件の真相を報告、真犯人であるグランドナイツを引き渡した。また、そのグランドナイツが山賊に通じていた証拠も見つけ出し、提出した。

 教団の最高騎士であるグランドナイツの犯行と言うことで、上層部は慌てふためいた。数日の議論の上、事件の隠蔽(いんぺい)を決定。ゼオの口添えもあり、レナードに「この事件の事を絶対に他言しないこと」を条件に無罪とし、被害者には教団から多額の見舞金を出し、解決させた。


 犯行に及んだグランドナイツがどうなったのかはレナードは解らない。が、本部勤めだった彼の父親とその親類一同が、全員降格の上、ファイナリィの外れにある僻地に左遷(させん)となった。ただでは済まなかったのだろう。

 ともあれ、こうしてリムとの生活を続けていられるのも、ゼオのおかげだった。本気でやり合い、殺そうとしたにもかかわらず、それを水に流し、罪に問われるところを救ってくれた恩師。


 レナードにとって決して足を向けて寝られない人物……それがゼオだった。




「ゼオ様、どうぞ」


 リムが茶の入った湯飲みをテーブルの上に置いた。ゼオがにこりと微笑みながら礼を言い、茶をすすった。続いてレナードの所にも湯飲みを置いたが、レナードは何も言わず、ソファーに座ったまま固まっていた。


「レナード、茶は熱いうちに飲まないと。冷めると不味いぞ」


「はっ……」レナードは返事をし、湯飲みを取った。その手が小刻みに震え、茶が細かく波打っていた。


 リムはそんなレナードをみてクスリと笑った。こんな緊張しているレナード()を見たのは初めてだった。

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)。その言葉がレナードに対する他人の評価だった。同じ団員は元より、年上であるセイジや、倍以上離れているであろうロウガに対してもその慇懃無礼な態度は変わらない。

 そんなレナードが緊張で萎縮し、体が細かく震えている。笑ってはいけないと思いつつ、リムは小さく笑いながら、レナードの隣に再び腰を下ろした。


「その……ゼオ様、お話というのは今回の事件に関してでしょうか」


 レナードは茶を一口すすり、湯飲みをテーブルに置くと、ゼオに尋ねた。


「いや、そうでは無い。このナロンを訪れたのはその件に関してだが、お前達を呼んだのはまた、別の話だ」


「はあ……」レナードは曖昧な相槌を打ちながら、ちらりとリムに視線を向けた。部外者であるリムがいるから、込み入った話が出来ないのではないか、と思ったのだ。


「あ、私、少し席を外します」レナードの視線を受け、察したリムが席を立とうとする。それをゼオが手を出して制した。


「こらこら、勘違いしてはならん。リムがいてまずい話であれば、最初からレナードだけを呼ぶだろう? ワシはレナードとリム、二人に話があるのだ。座りなさい」


「はい……」リムは再びソファーに腰掛けた。


「なあに、そう難しい話では無い。お前達の都合が悪ければ断ってもかまわない話だ」


 そう言ってゼオは再び茶をすすった。


「まあ、でも悪い話では無いと思うぞ。二人にとってな」


 すっかり空になった湯飲みを手でもてあそびながら、ゼオは顔を出すように前傾姿勢になり、二人を見回した。


 一体何の話なのだろう……。

 レナードとリムはそう思い、顔を見合わせた。


「まあ、そのなんだ、様はな……」


 ゼオはパンと手を叩き、本題を話し始めた。

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