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第33話 クレイジーロリィ

 ファイナリィの南西にある街、ナロン。

 セイジとレナードが所属しているロウガ傭兵団が存在する街だ。


 ロウガ傭兵団はファイナリィのみならず、大陸最強と名高い傭兵団だ。個人の強さも王宮の近衛騎士団並みと言われ、エミリーナ最強の騎士団グランドナイツよりも強いのでは無いか、との噂すら流れていた。

 その分依頼料もべらぼうに高かった。依頼の相場がそこらの傭兵団の5倍以上が当たり前だった。

 それでも依頼は引きも切らない。依頼の正確さ、丁寧さ、何より成功率は他の傭兵団とは比べものにならない。特に最近は山賊騒ぎもあって依頼は途切れることは無い。

 当然、ロウガ傭兵団員の給料も高い。他の傭兵団はおろか、王宮の騎士達よりも遙かに高い金をもらっていた。


 ナロンの一角には通称『ロウガ横町』なる通りがあった。元々そんな名前では無く、いつの間にか街の人々がそう呼び始めたのだった。

 その横町には酒場や娼館がずらりと立ち並んでいた。元々は傭兵団員の財布を狙って高級酒場や娼館が幾つか建っていた。年々その数は増していき、今では安酒が飲める大衆酒場から、目玉が飛び出るほど高くて綺麗なおねーちゃん達が並ぶ超高級娼館まで存在する、大陸一ピンクな通りとして有名になってしまった。このロウガ横町目当てに他の街から訪れる者まで出る始末だった。

 その事に眉をひそめる街の者も多かったが、目立った批判はなかった。ロウガ傭兵団とこの横町の税収のおかげでナロンはかなりの発展を見せていたからだ。メルドムほどは栄えていないにしろ、まだ他の街には珍しい街灯も幾つかは存在し、街の公共施設も充実している。これも全てロウガ傭兵団のおかげと言っても過言では無い。


 実質、ロウガ傭兵団に依存している街。ナロンとはそう言っても過言では無い街だった。




 街の西側の一角には高級住宅が立ち並んでいた。そこにはロウガ傭兵団の面々や関係者などが多く住んでいる。

 その一角にレナードの家があった。購入した家では無く、借家だった。レナードはロウガ傭兵団に長居するつもりは無かった。目的の金額になれば出て行くつもりなので、家を購入しなかったのだ。もっとも家一軒買える位の金はとうに稼ぎ出している。


 レナードは朝食を取っていた。焼いたトーストにバターとマヨネーズをたっぷりと塗り、目玉焼きをのせ、ちょいと醤油を垂らして食う。カロリーの多そうな朝食だが、レナードのお気に入りだ。

 ドラグーン出身のレナードはパン食が基本であり、米食をあまり好まない。炊きあがった米の、あの立ち上るニオイがどうにも苦手なのだ。セイジに言わせれば、それがいいそうなのだが、レナードには理解出来ない。

 パンを3枚平らげ、レナードはコーヒーを飲みながら、台所で食器を洗っている愛妻(ロリ妻)の小さな背中を眺めていた。


 妻の名前はリム=コーミズ。妻とは言っても今は事実婚の状態だ。彼らが信仰するエミリーナでは結婚は15才以上と定められている。リムはまだその年齢にぎりぎり達してはいなかった。

 その年齢以上にリムは幼く見えた。身長は小さく、手足も細く、胸はかすかに解る程度の凹凸(おうとつ)しか無い。また髪も短くショートカットにしているため、少女と言うより可愛い少年に見える。だが、これでも数年でリムは大きく成長していた。




 リムとの出会いは約5年前になる。


 孤児だったレナードは15才で施設を卒業後、エミリーナ兵科学校に入学する。エミリーナの兵として働きながら、騎士としての様々なことを学ぶ学校だった。

 休みはほとんど存在せず、許される自由は少ない。だが、学費は一切かからず、食費や住むところは教団が用意してくれる。わずかながらの給料もでた。また、5年間学校で学べば、エミリーナの兵として仕事に就くことが出来た。

 そこでレナードはめきめきと頭角を現した。本来5年かかる期間を3年で全て終了させ卒業した。18才にして教団の上位部隊グランナイツに選出され、2年後には副隊長にまで就任する。当時最年少の副隊長だった。


 リムと出会ったのは、副隊長就任直後の冬の朝だった。


 グランナイツの副隊長になれば、専用の家が与えられる。その家の前で少女が倒れていた。リムだった。

 体は氷の様に冷たくなっていた。唇は色を無くし、顔にも血の気が無かった。死んでいるのかと思ったが、呼吸はあった。

 部屋に連れて行き、回復魔法をかけてやりながら暖めてやる。やがてリムは気が付いた。温かいスープを作ってやり、食べさせて上げると、血色も戻ってきた。ミルクも温めてあげた。


「お母さんが……マルヴィクスに仕事に行くって言って……10日も戻ってこなくて……」


 落ち着いたところで、どうして倒れていたのか事情を聞くと、リムはぽつりぽつりと話し始めた。

 10日前、母親が出て行ったきり戻ってこなかった。金も食べるものもなくなったリムはマルヴィクスまで探しに来た。だが、夜通し探したが母親は見つからず、疲れと寒さと飢えでリムは倒れてしまったらしい。


 泣きながら話すリムをレナードは悲しみの表情で見ていた。

 この娘は捨てられたのだな、と思った。父親はおらず、母親のみ。話を聞く限り、仕事も娼婦の類いのようだ。男でも出来て、リムが邪魔になったのだろう。

 リムは10才だった。だが、その体はあまりにも小さく、細い。同い年に比べても明らかに小さい。体質もあるのだろうが、幼少時の栄養が足りていないのでは無いか? とレナードは思った。そのため成長が遅れているのだと。


「……同じか」


 ぼそりと呟いた。レナードも母親しかおらず、ある日出かけたきり、家に戻ってこなかった。それきり母とは会っていない。

 泣きながら母親を探し、住んでいた街をさまよい歩いた自分の姿が思い出された。思い出したくは無い、忌まわしき記憶だった。


「しばらくはここにいなさい。お母さんは私が探してきてあげよう」


 レナードは優しくリムに語りかけた。そしてマルヴィクスの役所にリムの母親の捜索願いをだした。

 心の中では無理だろうと思っている。だが、やれることはやらなければならない。レナードは動いた。

 リムのためだけでは無い。これは自分のためでもあった。



 1週間後、レナードは回復したリムを連れ、リムが住んでいたサンラの街に行った。マルヴィクスからほど近い、小さな街だ。リムに案内され、住んでいた集合住宅に向かった。リムは俯き加減で歩いていた。その表情は暗い。

 おそらくリムも母親が自分を置いてどこかに行ってしまったと気が付いているのだろう。気が付いていても、諦めたくは無いのだ。家に戻ったら母がいるのでは無いか。その一縷(いちる)の望みにかけている。


 レナードは自分一人で見に行くつもりだった。リムから場所を聞こうとすると、自分も行く、と言った。

 連れて行きたくは無かった。どう考えても母親がいるとは思えなかった。行けば事実を伝えなくてはいけなくなる。それがどれほど残酷なことか、レナードは誰よりも解っている。

 だが、リムはついていくと言って聞かなかった。だからレナードも覚悟を決めて連れて行くことにした。先延ばしにしてもしょうが無いと考えたのだ。それに母親が戻っている可能性もある。


 小さな家が建ち並んでいる一角に来た。2階建ての家は一つも無かった。平屋の小さな家が所狭しと建っていた。

 リムはそのうちの一軒の前に立った。これがリムが住んでいた家らしい。石の壁は穴とひびだらけになっている。他の家に比べても損傷が激しい。冬はすきま風で凍えるような寒さだろう。


 リムは緊張した面持ちで扉を開けた。錆びて軋んだ音を立てながら、扉がゆっくりと開いていく。

 光が入り込んだ部屋には、誰もいなかった。部屋はリムがマルヴィクスに向かった時から一切動いていない。時が止まったままだった。

 誰もこの部屋に入っていないことは明らかだった。


 リムはふらふらと部屋の中央まで歩いた。そしてその場にぺたんと座り込み、静かに泣きはじめた。半月も戻ってこない状況を見て、全てを察したようだった。心の片隅で信じていたもの全てが裏切られた瞬間だった。

 小さな肩をふるわせ泣いていた。だが、声は上げなかった。声も感情もひたすら押し殺し泣いていた。それは激しく泣き叫ぶより、痛々しかった。


 この娘をこのままにしておけない。


 リムの背中を見ながら、レナードは決心した。



「リム、私と一緒に暮らそう。15才まで面倒を見ることを約束しよう。15才になったらエミリーナの学校に入るといい。そうすれば、将来は教団で働くことが出来る。遠慮はいらない。私はグランナイツだから、君一人くらい楽に養っていくことが出来る」


 サンラから戻り、失意に沈むリムにレナードは言った。

 当然、下心がある訳では無い。救ってやりたかった。リムを、そしてあの時の自分を。

 自分と同じような境遇のリムを救うことによって、あの時、泣きながら母を探して街をさまよっていた自分が救われるような気がしたのだ。


 リムは最初迷った。レナードが嫌いな訳では無い。むしろ見ず知らずの自分にここまで親身になってくれるレナードのことが好きだった。だからこそ、これ以上お世話になるのはいけないのでは無いか、と子供ながらに思っていた。


「その……レナードさんにこれ以上迷惑をかける訳には……」


「リム、気にしなくていいと言ったはずだ。私とてグランナイツの端くれ、困った人を救うのも教義の内だ」


 リムは視線をレナードと床とで行ったり来たりさせていた。どうしようか迷っている。


「リムは私のことが嫌いかな? であれば他に里親になってくれそうな人を探すが……」


 その言葉にリムは大きく首を横に振った。


「どうして……レナードさんは……」


 リムはそこまで呟いて、黙った。レナードは優しくリムに微笑んだ。


「リム、子供らしく甘えていいんだ。そこまで顔色を窺わないでいい」


 リムはじっとレナードの目を見た。そして……、


「……お願いします、レナードさん。私も家事とか頑張りますので言って下さい」


「そうだね。出来るところはリムにお願いしよう。じゃあ、これからよろしく」


 レナードは右手を差し出した。リムはにっこりと微笑み、レナードの手を握った。

 助けてから、初めて見たリムの笑顔だった。

 こうしてレナードはリムを正式に引き取り、リムの里親になった。



 あの時、私はリムを救いたいと思った。しかし……、

 レナードは空いたコーヒーカップをテーブルの上に置いた。

 救われたのは私の方だったな。

 今朝の夢のことを思い出しながら、コーヒーカップを指で軽く弾いた。



 リムはその小さい体を駆使して、よく働いた。

 掃除、洗濯、食事、全てに置いて頑張っていた。レナードはそれにほとんど手を貸さなかった。動いている方が忘れられることもある。


 リムと共に過ごした日々はレナードにとって心安まる時だった。


 レナードは今まで一人だった。友人もおらず、恋人もいない。副隊長になってからも上司と部下で親睦を深めるようなことはしなかった。上司から見合いを勧められても断った。ストイックな男だと皆が口にした

 母に裏切られた事がトラウマになっていた。仲が深まらなければ裏切られる事は無い。そう思い、レナードは極力、人と付き合うことを避けていた。


 しかし、リムと暮らすようになって考え方は少し変わった。やはり笑いあえる人がいると言うことはいいことなんだ、と考えるようになっていた。

 10数年の孤独から解き放たれたような気分だった。

 普段のレナードの方にもそれが出てくるようになった。物腰が柔らかくなり、部下に気を使う一面が出てきた。


「副隊長、最近変わったよな。なんかあったんかね」


「女でも出来たんじゃないか? ……もしかすると男かも知れないけど」


「ああ……やっぱ副隊長モーホーなのかね」


 部下達はそう口にした。



 そんな平穏を打ち砕く事件は3年前に起こった。


 レナードの部隊が罠に嵌められ、全滅したのだ。しかも、嵌めたのは教団最高部隊のグランドナイツだった。

 レナードは怒った。もしかすると人生初めての怒りだったのかもしれない。

 槍一本で並み居る山賊をなぎ倒し、蹴散らした。そして、罠に嵌めたグランドナイツを殺そうとした。


 それを止めてくれた老騎士とリムだった。リムは危険を顧みず、命がけで激情に駆られ、荒ぶるレナードを止め、救ってくれた。

 いくら罠に嵌められたとして、グランドナイツを殺してはレナードも罪に問われただろう。それを老騎士とリムは救ってくれた。どれほど感謝しても足りない。

 服が血で汚れることも厭わず、レナードを優しく抱きしめてくれたリムを感じ、思った。


 失いたくは無い。リムとずっと一緒にいたい。


 レナード22才。初めての恋だった。



 事件の後、レナードはグランナイツを辞めた。

 事件の真相が判明した以上、辞めることは無いと周りに説得されたが、レナードはそれを固辞した。


 部下を巻き添えで10名以上死なせ、民間人にも被害が出ている。それに上があれほど腐っているとは思わなかった。一気に冷めてしまったのだ。

 エミリーナの兵は教義のためならば死ぬことも厭わない。そういう考えがもう持てなくなってしまった。今のエミリーナのために死ぬ気にならなくなっていた。エミリーナの兵として戦うことはもう出来なかった。


「リム、私はグランナイツを辞めてきた」


「……そうですか」リムは困ったように笑った。そうなるだろうなと予想はしていた。


「私はファイナリィのナロンという街にある傭兵団に行くつもりだ。一騎当千の兵達がいる最強の傭兵団だという。君はどうする? マルヴィクスでこれからも学びたいなら……」


「おじさまについていってもいいですか?」


「……いいのか?」


「私はおじさまへの恩を返し切れてはいません。お世話係がいた方がおじさまも便利でしょう?」


 レナードは黙った。大きく息を飲み込み、気合いを入れる。

 そして、運命の言葉を吐きだした。


「リム、好きだ。愛している。世話係では無くてずっと私の側にいてほしい」


 言って、ばっと目をそらした。怖くてリムの顔を見ることが出来なかった。

 リムが自分の方に歩いてくる音を聞いた。すぐ前に立ってるとは解っているが汗をだらだら流しながら、直立不動の体勢で、顔をそらしている。

 すっとリムがレナードに抱きついた。


「嬉しいです。これからもずっと一緒ですね、おじさま」


 リムは泣いていた。

 リムも優しいレナードに保護者以上の気持ちを持っていた。だが、それを口に出すのは(はばか)られた。この思いを口に出すことは無いだろうとずっと思っていた。

 それが今叶った。リムの心は幸せで満ちあふれていた。


「リム……」


 レナードようやく顔を戻し、抱きついているリムの頭をなで続けた。

 レナードの心もまた、幸せで満ちていた。同時に思う。

 あの時、グランドナイツの裏切りが無ければ、こんな事にはならなかったのでは無いかと思っていた。だとすればなんとも皮肉なことだろう。

 レナードは優しく撫でながら、運命の不思議を考えていた。

 

 

 レナードはリムを連れ、ナロンにやってきた。

 ロウガ傭兵団に入団し、家も借りた。まだ、グランナイツ時代の金は幾ばくか残って居た。


 レナードに手を引かれるようにやってきた少女を、近所の人達はレナードの妹か、子供だと思った。

 その質問をされると、レナードは、


「いえ、彼女は私と将来を誓い合った妻です」


 悪びれる風も一切無く、こう言ってのけた。

 リムを見ながらにこにことしていた近所のおばちゃん達が、一瞬にして真顔になる程、どん引きだったという。


 どう見ても初等部にしか見えない少女を満面の笑みを浮かべ、衆人の前で「俺の嫁」宣言したマッチョ体型の赤髪男。しかも話によれば元エミリーナのエリート騎士団、グランナイツ所属だったという。

 ああ、これが原因で追い出されたんだ。と全員が思った。もちろん口に出す者はいなかった。


 おばちゃん達の井戸端会議を経て、レナードの噂は光の速さで街中に伝わっていった。


 曰くどこからか少女を拐かし、自分の妻にすえている悪鬼羅刹。

 曰く傭兵とは仮の姿で、ナロンの地下で少女を売り買いしている奴隷商人。

 他にも借金の形に奪ってきた子供等々いろいろな噂が飛び交った。


 そしてついた呼び名がクレイジーロリィ。誰が言い始めたかは解らなかったが、それを聞いた誰しもが、腕を組みながらうなずき合った。

 一時期、街ではこの危険なカップル(危険なのはレナードの方だけだが)の噂で持ちきりになっていた。

 クレイジーロリィ伝説の幕開けだった

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