表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/72

第30話 刺客

 辺りは闇に包まれていた。

 明かりとなるものは、空に浮かぶ少し雲がかかった下弦の月のみだった。普通の人では満足に歩けはしない暗闇の海。

 そんな中を巨大な熊のような男が、のっそりと歩いている。


 男は腰の巾着に入っている焼米を無造作につかみ取り、口の中に放り込む。噛み砕きながら、左手に持っていた竹の水筒をぐいと煽った。水筒の中身は水では無く、酒だった。空になった竹筒を道端に放り投げる。

 気温は既に10度を下回っている。にもかかわらず男は額に汗を浮かべ、頭から湯気を上げていた。

 男……カツタダの目的としているサボイの町までは、あと5kmと言ったところまで来ていた。




 法皇、ティルト=ウェインは不治の病にかかっている、余命半年。


 ある日届いた一つの伝書が、カツタダ達の計画を大きく変えることになった。

 法皇はまだ2年以上の任期を残していた。法皇は任期途中で死ぬこととなる。つまりエミリーナの喪が発生する。

 エミリーナの喪が発生すれば、教団の行動はごく限定となる。最低限の行動しか起こさない。今は精力的にドラグーンのガガンボ退治や、ファイナリィの山賊退治を行っているが、それらが全てストップとなる。


 今や両国とも兵士を大きく削っている。戦争が終わり、和平が結ばれ、二国間に国交が生まれたことにより、戦争が再開される確率は大幅に減った。兵達に裂いている人件費が惜しくなり、次々と馘首(かくしゅ)していった。

 この状態でエミリーナの喪に突入すればどうなるか、両国とも以前より遙かに少ない兵力で、問題の解決に当たらなければならない。さらに戦争終結より10年以上経過している。戦闘を経験したことの無い兵も多く出てきている。


 思いもよらぬチャンスが転がり込んできたのだ。




 数ヶ月後、カツタダは行動を開始した。


 まずはイーストより密偵を大量に呼び寄せ、エミリーナと両国の状況を逐一報告させた。万が一ガセだった時は大変なことになる。

 法皇の身辺は警護が厳重になり、うかつには近寄れない状況になっていた。放った密偵も殺されたのか捕らわれたのか、半数と連絡が取れなくなった。だが、それでも法皇の病気は回復せず、もはや死は目前に迫ってきていることは判明した。

 そして、その事にドラグーンもファイナリィも気が付いていない。法皇が病魔に犯されている事は両国には伏せられていた。


 また、外部にも漏れてはいなかった。一般信徒はもちろん、本部でもごく一部のみに伝えられていた。法皇は公務などはさすがに止めていたが、月に一度、総本山マルヴィクスでの説法は欠かさず行っていた。そのため、皆、法皇が病に伏せっていることに気が付かなかった。

 当初、余命半年と言われていた法皇は1年間生きた。法皇が病に伏せていることが公になったのは、死の1ヶ月前の事だった。



 その間にカツタダはイーストに戻り、上司である殿の元に行った。

 アベ=アキタダ。ミツイエを補佐するロウジュウと呼ばれる一人であり、その中でも最高権力を握っている男でもあった。

 アキタダは今回の作戦の立案者でもあった。カツタダは法皇の状況等を説明する。


「是非もなし!」


 全てを聞いたアキタダは持っていた扇子を畳に叩き付け、叫ぶように言った。


「ドラグーンのガガンボと、ファイナリィの山賊を増やすのだ。ただし、一気にはするな。徐々に数を増やしていき、喪に入ってから1ヶ月後に一気に増やせ。諜報員の数も増やし、噂を拡散させると同時に、状況を逐一報告させよ。判断は貴殿に一任する。ミツイエ様には私が言っておく、金も増額させる。

 カツタダよ、これは最初で最後のチャンスかも知れない。イーストを救い、エミリーナに一泡吹かせるのだ」


「はっ! 仰せのままに」


 カツタダは畳にすりつけんばかりに頭を下げた。



 その後は予想以上に上手くいった。

 法皇の死後、一気にガガンボと山賊の量を増やす。ただし、ファイナリィの山賊は西側、つまりドラグーン側を主に増やした。大陸の東側はイーストとの交流も深い。そちらにダメージを与えず、ドラグーンに近い方に集中させた。


 予想通り、兵力を削っていた両国は対応に四苦八苦していた。頼りにしていたエミリーナは喪中であることを理由に動けない。被害は徐々に増していく。

 密偵の数も倍増させた。各地に送り込み、一気に噂を流布(るふ)させる。


 ドラグーンがファイナリィに仕掛けるため、山賊達を送り込んできている。

 ファイナリィがドラグーンに仕掛けるため、ガガンボを増殖させ、襲わせている。


 初めは取るに足らないと思われていた噂が、治安の悪化に伴い、真実味を帯びた噂となり拡散されていった。着実に友好を深めていた二国間に、徐々に亀裂が入っていき、次々と交流は絶たれていく。

 カツタダ達の思うように事態は進行しているかのように見えた。



 そこに一つの不安要素が伝えられる。

 エミリーナの最高司祭の一人、ライトンが調査に動き始めた、との報告がカツタダに伝えられた。


 ライトンは次期法皇候補の最有力者だった。カツタダが一番注視していた男だと言ってもいい。エミリーナ最高部隊であるグランドナイツ出身の武闘派司祭。格闘術に長け、素手で武装した部隊を、たった一人で制圧したこともあると言われている。

 ライトンが動いたとの報告に、カツタダはまさかと思った。次期法皇候補にとって喪中というのは票固めに動く時期でもあった。本部の人間と信徒の票を集めるために動く時期でもある。

 それを蹴ってライトンが動き始めた。表向きは領内の票固めのため、各地で説法を説いているとみられていたが、実際は両国を動き回り、事件の調査に当たっていたことが解ったのだ。


 予想外のことにカツタダは唸った。しかも、報告によれば、ライトンはかなり深部まで調査を進めているとのことだった。まだ喪が始まって半年しか経っていない。これからもう一段階進めようとしている。その前につまずく訳にはいかなかった。

 カツタダはライトンの拉致及び暗殺を計画した。また、ライトンと共にクレアがいることが解った。拉致の対象にクレアも加わった。


 ライトンは元より、クレアを捉えることが出来れば、思わぬ者を釣り上げることも可能かも知れない。餌となり得る人物だった。たとえ死体であっても利用価値はある。

 カツタダはコタロー以下戦闘部隊を集め、命じたのだった。

「クレア及びライトンの拉致または暗殺。両者とも出来れば生かして捉えよ。無理ならば殺してもかまわない。しかし、必ず死体は持ち帰れ。よいな」

「はっ!」12人の黒装束達が一斉に低い声を上げた。

 それは静かで、力強く、そしてどこか獰猛な声だった。




 カツタダは足を止めた。そしてぐるりと首を回す。懐に手を突っ込み、ごそごそと漁り始めた。

 歩いている道は林道だった。この林道を抜けるとサボイが見えてくる。木が覆い茂っていて、月の光も僅かしか届かない。


 木の陰からわらわらと人が出てきて、カツタダの行く手をふさいだ。10人ほどの白い頭巾をかぶった者達が横一列に並んだ。目の部分が四角に切り取られていた。格好は黒色の動きやすい衣服に皮鎧を纏っている。

 後ろからもばたばたと足音が聞こえた。カツタダを挟み撃ちにするつもりだ。


「ホンダ=ヘイハチロウ=カツタダだな」白頭巾の内、一人が歩み出て尋ねた。


「何用だ?」


「恨みは無い。が、斬る!」


 白頭巾の口上と共に、全員が一斉に剣柄に手をかける。

 その瞬間、カツタダの右手が閃いた。闇の中を弧を描いて、何かが飛んでいく。


「むおっ!!」


 口上を述べた白頭巾の額に、棒が突き刺さっていた。柄に手をかけたまま、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。びくりびくりと体を震わせている。

 投げつけたのは棒手裏剣、黒装束達がセイジを襲った時に使用した投擲(とうてき)武器だ。カツタダも3本持っていた。


「あっ!」残りの白頭巾達が一斉に倒れた者を見る。倒れた白頭巾は目を見開き、天を睨んだまま事切れていた。額に刺さった棒の周りに、じわりと血が滲んでいく。


 素人どもめ!


 カツタダは動いていた。くるりと反転し、今まで来た道を猛然と駆ける。

 カツタダを挟み込もうと走り込んできた白頭巾達が慌てて止まって、剣を抜こうとする。だが、急なことにうまく剣が抜けない。

 背後の白頭巾は5人だった。迫り来るカツタダと、腰の剣を交互に見ながら抜こうとしている。が、抜けない。


 敵に襲いかかるのならば、剣は抜いていなければならなかった。抜いて走ってくればいいだけだ。しかし、白頭巾達は誰一人として抜いていなかった。結果、いきなりカツタダの逆襲にあい、慌てて抜こうとしている。落ち着けば簡単に抜ける剣も、慌ててしまっては意外と抜けない。その事を理解していなかった。


 敵を目の前にして口上を述べるのも解らない。襲いかかるのならば黙って襲いかかればいい。いきなり背後から切りつければいいのだ。全員で取り囲み、問答無用でなます斬りにすればいいだけだ。


 さらに顔にかぶっている白頭巾だ。夜襲するならば黒頭巾で無くてはいけない。僅かな光でも、白は闇夜によく目立つ。カツタダの棒手裏剣も、目立つ白い標的めがけ投げれば良かっただけだ。これが黒頭巾だったら、当てられたかどうか解らない。

 実は白頭巾は同士討ちを防ぐための措置だった。襲いかかろうとしていた林道は、うっそうと生い茂る葉に隠れて光が届きづらい。そこで味方を解りやすくするために、黒では無く白頭巾にしたのだった。その事により、敵からも見えやすくなる、と言う思考は抜け落ちていた。

 全員が夜襲慣れはおろか、襲撃慣れしていないことは一瞬で解った。


 カツタダは勢いそのまま、真ん中にいた白頭巾にタックルをぶちかました。巨大な岩のような肩を突きだした、掬いあげるようなショルダータックル。


「ぐええっ!」


 ぶちかました白頭巾をそのまま背後の大木に叩き付ける。叩き付けられた木が大きくざわめき、葉がばさばさと舞い落ちた。

 白頭巾はうめき声を上げ、圧死していた。猛烈なスピードで迫ってきた、カツタダの岩のような肉体と大木に挟まれては、着けていた皮鎧も何の役にもたたない。


 カツタダは押しつぶした白頭巾の剣を抜いて、それを振り向きざまに投げた。あてるためでは無く、牽制のために投げたのだが、幸か不幸かそれは一人の白頭巾の腹を皮鎧ごと刺し貫いた。剣先が体を貫き、背中から突き出ていた。

 貫かれた白頭巾はそのまま後ろに倒れ込んだ。突き出ていた剣先が地面に刺さり、立ち上がれなくなってその場でばたばたともがいている。その様は昆虫採集でピンに突き刺されている虫のようだった。


 その様をすぐ隣の白頭巾が呆然とみていた。はっと気が付いて前を向いた時には、自分の目の前に岩がすっ飛んできていた。

 拳。成人男性の頭部ほどもあるカツタダの強大な拳が、白頭巾の顔面を打ち貫く。畦道の方まで勢いよく吹っ飛んでいき、大の字で倒れた。そのままぴくりとも動かない。


 カツタダは止まらない。くるりと残りの二人へと振り向いた。さすがに二人は剣を抜いて正面に構えている。

 カツタダが動いた。その動きは巨体と反して素早かった。慌てて左の白頭巾が剣を振りかぶった時には懐に入り込んでいた。大木の様な腕がにゅっと伸び、白頭巾の首を右手で鷲掴みにしていた。そのまま上に持ち上げる。

 体重7~80kgはありそうな白頭巾が、右腕一本で高々と持ち上げられる。白頭巾は剣を振り下ろすことも出来ずに、足をばたばたさせてもがいていた。握りつぶされている首からめきめきと乾いた音が鳴った。


「ギャアアア!!」


 最後の一人が悲鳴の様な雄叫びを上げて、剣を振りかぶりながら走り込んできた。間合いに入ると、勢いよく斬り込んでくる。スピードの乗った鋭い打ち込みだった。


 だが、それがカツタダに届くことは無かった。

 カツタダは持ち上げていた白頭巾を、盾のように剣の軌道上へと突きだした。剣はカツタダでは無く、仲間の白頭巾の背中を大きく斬りつけ、肉に食い込んだ。斬りつけられた白頭巾がびくんと大きく震えた。


「あっ!」


 仲間を斬りつけたと知った白頭巾は、慌てて後ろに下がる。

 カツタダは持っていた白頭巾を横に放り投げた。前に出ると、左手で腰に据え付けていたナイフを抜く。そのまま白頭巾の右胸元の下に突き刺した。皮鎧を突き抜け、刃渡り20cm程のナイフがずぶずぶと埋まっていく。

 人体急所の一つ、肝臓をナイフが突き破った。ナイフを少し下に引き下ろすと、黒い血液が傷口から勢いよく溢れてきた。白頭巾は剣を取り落とし、呆然とした眼差しのまま、くたくたと地面に崩れ落ちる。そのまま土下座の様な格好になり、動かなくなった。


 カツタダは後ろを向いた。最初に立ちはだかった者達は、呆然と事の成り行きを見ていた。驚いたことに、いまだ剣すら抜いていない者までいた。

 すぐさま駆けつけなくてはいけなかった。挟み撃ちにしなければならなかった。だが、彼らは動けなかった。カツタダの動きが素早く、あっという間に終わってしまったこともあるが、そのほとんどはカツタダの強烈な動きに気圧(けお)されていた。


 カツタダは落ちていたロングソードを手に取り、ゆっくりと残った9人の元に歩み寄る。これ以上の戦闘をする気は無かった。逃がしてやるつもりで、ゆっくりと近寄る。

 しかし、9人は逃げなかった。足を震わせながら、その場で剣を構える。だが、完全にへっぴり腰になり、体は後ろに下がっている。

 愚かなことだ。カツタダは大きく首を横に振った。そして大きく息を吸い込むと、


「オオオオオォォォォォ!!!」


 吠えた。凄まじいまでの咆吼だった。びりびりと空気が震え、木がざわざわと揺れた。

 あのミノタウロスに負けじと劣らぬ威力の咆吼が、9人にぶつかった。


「!!!!!」


 数名が後ろにひっくり返った。残りは目を見開いてその場に立ちつくしている。全員が声も上げることも出来ずに固まっていた。完全にカツタダの咆吼に飲み込まれたのだ。

 カツタダはゆっくりと歩み寄る。震えながら、9人はじっと怯えた目でカツタダを見ているだけだった。


 既に勝負は決していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ