第2話 山賊
本格的に血がブシャーとなります
セイジとレナードは洞窟入り口付近までやってくると、茂みに身を隠した。
相変わらず見張りが二人立っているが、こちらに気がついている様子は一切見られない。一人は大口開けてあくびをし、一人は鼻をほじっている。周囲に気を配っている様子は一切無かった。
「隊長、お願いしますよ」
レナードがセイジの耳に口を寄せて呟いた。
セイジはこくりと頷くと、右手の掌を上に向けた。そして右側の鼻をほじっている男を見つめ呟いた。
「影拘束」
小指から薬指、中指人差し指へと握りしめるようにして指を倒していく。その動きを数回繰り返す。
掌から黒い靄が発生してきていた。大きく手を広げ、その靄を握りつぶす。
右側の男の体がびくりと大きく震えた。目を大きく見開き、鼻に小指を突っ込んだまま動かなくなる。
次に大きなあくびをしていた左の男にも同じ動きをする。
びくりと大きく震えると、左の男も目を見開いて動かなくなった。
「かかった。行くぞ」
「お見事、お見事」
セイジが茂みから立ち上がる。レナードもぽんぽんと手を叩きながら立ち上がった。
見張り二人は目を見開いたまま動かない。目玉だけがせわしなく動いている。
二人は固まっている二人を尻目に洞窟の中へと入っていった。
中からはすえたような香ばしい臭いと、強烈なアルコールの臭いに混じって、下卑た笑い声が聞こえてくる。
思った以上に明るかった。至る所にランプが灯されている。ずいぶんと金を持っていやがるな、とセイジは思った。
ひらけたところに出ると同時に、鞘から刀を抜いた。
特注品の重ねの厚い刀だ。右手にぶら下げるようにして進んでいく。レナードも槍を手にセイジと離れ、左側へと進んでいく。
奥で酒を飲んでいた天辺ハゲの男がセイジ達に気づき、酒を吹き出した。
「なんだぁ! あいつらは!」
ハゲ男の声に、その場に居た男達がセイジ達の方に振り返った。
刀を抜いているのを見ると、慌てて武器を手に立ち上がる。
「なんだぁ、お前ら」
「カチコミか!?」
「見張りの奴は何してんだよ!」
騒ぐ山賊達。セイジはゆっくりと刀柄を両手で握り直し、右肩に担ぐようにして、剣先をまっすぐ上に立てる。
八相と呼ばれる構え方だ。
「俺はロウガ傭兵団、セイジ=アルバトロス。お前らが攫った村の女を取り返せとの仕事を受けた」
ロウガ傭兵団、ときいて山賊達がざわめいた。
「一応聞いてやる。女を返すのであれば……」
「たたっ殺せ!」
男達の後方にいた男から野太い声が上がった。周りの山賊達を一際大きくしたような男だ。飲んでいた酒の飛沫を口から飛ばしながら怒鳴っている。
それを合図にしたかのように、前方にいた6人が一斉にセイジに襲いかかってきた。
「交渉決裂だな」
呟くと、セイジは左斜めに滑るようにして間合いを詰めた。
まるで氷の盤面を滑るかのような動きで、一気に左端の剣を持った男の前に立った。
あっ、と男が目を見開く。一瞬の内にセイジが自分の目の前に現れたのだ。慌てて剣を振り上げる。
が、遅すぎた。
セイジの刀が男の左肩口に叩き付けられる。刀は重みですぶずぶと斜めに肉を切り裂いていく。そこを一気に引き斬った。右脇腹近くまで刀は走っていた。切りながらセイジの体はその場に留まらず、流れる様に動く。血を噴き出しながら、男はその場にぶっ倒れた。
刀は引いて斬るものだ。肉に叩き付けても、以外と弾かれてしまう。
人を斬るのは、膂力、刀そして足と腰と言われる。一番重要なのが足と腰、引き斬るためにはこの二点が最重要だった。
最もセイジの刀は非常に重い。叩き付ければある程度は食い込んではくれた。
切られた男の隣にいた男が慌ててセイジの方に方向転換する。斧を持った太った男だ。
既にセイジは男に向き直っていた。手首を回すようにして切り下げた刀を回す。間合いを一歩だけつめ、右手一本で一気に刀を左から右へと横に薙いだ。
山賊の腹を真一文字に切り裂いていく。刀の重みに引きずられるような動きで、今度は体が右に動いた。切る動きに合わせて無理なく動く。
「あええええっ!」
悲鳴を上げて男が腹を押さえてうつぶせに倒れる。でっぷりとした脇腹からいろんなモノがはみ出していた。
3人目の胸元に刀を突き出した。男は動けなかった。胸にずぶずぶと剣先が埋まっていく。セイジは刀を捻って抜いた。めきりと骨のきしむ音がして、刀が抜き出た場所から血が噴き出した。
捻ったのはとどめを刺すと言うより、抜きやすくするためだ。刺された際に筋肉が収縮して、刀が抜けなくなるというのはよくあった。抜きやすくするために刃を回した。
4人目は固まっていた。剣を正面に構えたまま体を小刻みに震わせていた。
あっという間に3人が壮絶に斬られ、驚きと恐怖で何をして良いか解らなくなっていたのだ。
目の前にセイジが現れると「ひっ」と喉の奥で声を上げた。
それが彼の最後の言葉となった。
セイジの刀が山賊の首元に閃いた。山賊は一度びくんと大きく震えた。ぐらぐらと首元が揺れている。
揺れていた山賊の頭が飛んだ。同時に首から噴水のように血が吹き出た。血の勢いが頭部を吹き飛ばしたのだった。頭のない死体は倒れることなく、全身を黒い血で染め、立ちつくしていた。
後ろにいた二人が、吹き上がった血の噴水を浴びて真っ赤になった。首がコロコロと足下に転がってきた。それを見て野太い悲鳴を上げ、仲間の元へ逃げていく。
これがセイジの技だった。
刀で相手を一気に切り裂く、そのままよどみなく動き、相手を翻弄しつつ、自らの間合いへと持ち込む。
スピードが必要になる。だから必要最低限の防具しか着ない。
目の前で人が切られれば、他の者達の足は止まる。血が降りかかることになれば正気ではいられない。
人の恐怖の心すら利用する。それがセイジの戦法だ。
もっともセイジがロウガ傭兵団でナンバーワンと謳われる理由はこれだけではないのだが。
「さあ、どうしたのですか? かかってこないのですか」
一方、レナードは2m近い槍の中央を持ち、頭上で回転させていた。中はかなり広い作りだったので、槍は十分に使えた。周りにいる4人の山賊達は、どれも腰が引けて、3m以上離れている。槍などと戦ったことはなく、どうしていいか解らない。
レナードの足下には既に3人の死体が転がっていた。最初に斬り込んでいった山賊達の無残な末路だった。
一人は槍穂で喉をかき斬られた。勢いそのままレナードはくるりと体ごと槍を回し、残りの二人を槍の尻部分……石突きと呼ばれる場所で殴り飛ばした。二人とも頭部に直撃し、見るも無惨な形となってレナードの足下に転がっている。遠心力の加わった鉄芯の槍だ。ただで済むはずはなかった。
槍だから突いてくるのかと思ったら、横薙ぎで斬られ、殴り飛ばされた。完全に腰が引け、誰もレナードに近寄れない。ずるずると後ろに下がる。その行為が、さらに槍の射程に入っていると解ってはいない。レナードは回すのを止め、こんこんと石突きで地を叩いている。
「来ないのですか? じゃあ私から!」
ふっとレナードが前に詰めた。左にいた山賊の喉に槍穂が埋まった。一瞬すぎて誰も反応できない。他の者が気が付いた時には、槍もレナードも元の位置に戻っている。男は血が吹き出る喉を押さえ、膝を突き倒れた。
さらに山賊達が後ろに下がる。槍なのだから、手元につけ込むか、柄を押さえればいい、と解っていても出来ない。近寄ろうにも仲間の死体が邪魔になっている。槍もどこから出てくるか解らない。完全にレナードの術中に落ちていた。
二人の戦い様に、奥にいた山賊達は皆一様に顔をひくつかせ、震え上がった。
「このやろぃ!」
奥にいた一際大きい男が、仲間達を押しのけセイジに飛びかかろうとしていた。
酒臭い息を吐き、顔は真っ赤になっている。顔面にはいくつもの青筋が浮かんでいた。
セイジはその場から動かない。静かに左腕を前に出した。
男が斧を振りかぶりながら迫ってくる。他の山賊が使用している鉄製の斧ではなく、銀の装飾が施された両刃の斧だ。山賊風情が使用するには不釣り合いな高級品だ。おそらくどこかからの強奪品だろう。
セイジは左手を前に突き出したまま何やらぶつぶつと呟いている。すると掌の前に回転している小さな黒い球体が出現した。
「暗黒球体」
掌を前に少し突き出した。黒い球体が掌から離れると、回転しながら周りのモノを吸い込むようにして大きくなっていく。
「な、なんだぁ」
男が驚き止まろうとする。だが勢いづいて止まれない。既に黒い球体は直径1メートルの大きさになっていた。
男と黒い球体が正面衝突する。
とたんに大爆発が起こる。轟音が洞窟内にとどろき、すさまじい砂埃が爆発地点に渦巻いた。
山賊達が「ヒイイイッ」と女の様な悲鳴を上げた。
やがて砂埃が薄れていく。
そこには何もなかった。爆発の影響で丸く抉れた地面が存在するだけだった。
男の姿形も高級そうな斧のひとかけらも存在しなかった。
爆発で何も残らず、跡形もなく吹き飛んだのだ。
セイジのもう一つの特技がこの「暗黒魔法」だった。セイジは魔法剣士だった。
先ほどの見張りに使用した影拘束も暗黒魔法と呼ばれるモノの一つ。対象の相手一人を金縛りにする魔術だ。
ただし、一人ずつしか、かけることは不可能であり、相手が強いとあっさり金縛りをとかれてしまう事も多い。
ちなみにレナードも魔法剣士である。もっとも彼が使うのは回復魔法ではあるが。
暗黒魔法は有史以前、人類が魔族に支配されていた頃、その頭領たる魔王が使用していた魔術と言われている。
もっとも正確な歴史かどうかは怪しい。魔王がいたという一切の証拠はない。
伝聞と絵巻物の話しでは無いかとも言われている。
この暗黒魔法は現代でもごく僅かな人間が使用することのできる、いわばレアスキルだった。
他の魔法は学んで使用するのに対し、暗黒魔法だけはどれほど学ぼうと素質がない者には使用することができない。
その為、魔王が人間に産ませた子孫のみが使えるともいわれていた。
かつては禁忌魔法として使用する者が差別されたり、時には処刑されていたようだが、現代では正式に認められた魔術の一つだ。
レア刀術とレア魔術を高レベルで扱う剣士、最強傭兵団と名高いロウガ傭兵団でセイジがナンバーワンと謳われる理由である。
「もう一度忠告してやる」
低く、冷たい声に山賊達はびくりとセイジの方に向き直る。
「降伏する気があるなら武器を捨て、女どもを解放しろ」
山賊達は一斉に武器を投げ捨て、両手を上に上げた。抵抗する気はもはや毛ほども残ってはいなかった。
「レナード」
「はいはい、解りましたよ」
セイジはレナードに言いながらポケットから一枚の懐紙を取り出した。それを四つ折りにして、紙の折り目で刀を挟み込むようにして根本から上に上げる。紙に血がしみこんでいった。
レナードは槍をその場に置くと、手前で震え上がっている男の前に立った。
男の目が恐怖で震え上がっているのがわかる。レナードは満面の笑みを浮かべると、肩に手を置いた。
「そんなにおびえなくても大丈夫ですよ。女性の元に案内してください」
「へ、へい」
「あ、余計な動きはしないでくださいね。したら容赦なく殴り飛ばしますから」
「へ、へいっ!!」
男は両手を挙げたまま、ぎくしゃくとした動きで歩き出した。レナードも後ろをついて行く。
セイジはレナードの方を見つつ、黙って紙で刀をぬぐっていた。やがて紙を投げ捨てると、腰に据え付けていた茶色の革手袋のようなモノを取り出す。
マスラーという魔物の皮をなめしたモノだ。それで刀を磨くように拭いていく。
刀に付いた血をぬぐい、血脂をとっている。紙だけでは血は取れても脂は取れはしない。なめし革を使うと脂は綺麗に取れた。これをしないで鞘に戻せば切れ味は悪くなり、あっという間に錆びたり、刃こぼれする。そうなったら刀は終わりだ。
山賊達は両手を挙げ、怯えた表情で、刀の手入れを見ているしかなかった。
重ね……刀の厚みのことです。
重ねの厚い刀ほど折れにくく、重くなります。
膂力……腕力と同意です