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第26話 魔物

 辺りがオレンジ色の夕焼けに包まれている。日暮れは近い

 日中、ほのかに汗ばむほど暖かかった気温は、夜が近づくにつれ、ドンドン下がっていく。ファイナリィに厳しい冬の到来を予期させる季節だった。


 そんな中、一人の男が歩いていた。


 四角い岩が歩いていた。2mの巨体に、分厚い岩のような筋肉が、余すこと無く付いている。体中が筋肉でぱんぱんに張っている。前から見ても、横から見ても、上半身の厚みに差が無い。

 信じられないことに、男は上に半袖のシャツ、下はぶかぶかのズボン、履き物は靴では無く草履だった。

 この季節には自殺行為に等しい格好だ。


 確かに今日の日中は、この季節にしては暖かすぎるほどの陽気だった。この格好でいても問題は無かったかもしれない。

 しかし、夜になれば、気温は10度を下回ることも多い。防寒を全くしていない格好では凍えてしまう。今でさえ気温は12、3度ほどだった。半袖で耐えられる気温では無い。


 そんな中、男は寒がっている様子も無く、黙々と歩いている。むしろ額には汗を浮かべていた。冷たい風が男に吹きかかると、ぶつかった風が生ぬるくなる。そんな熱い体温を持った男だった。

 男……ホンダ=ヘイハチロウ=カツタダは、のっそりとした歩き方でサボイの町に向かって歩いていた。



 ドラグーンのガガンボ大量発生。ファイナリィの山賊被害の横行。

 この2つの事件は、カツタダ達の手によって引き起こされた。


 ファイナリィの山賊は簡単だった。ファイナリィには戦争終結により仕事を失った元兵士や傭兵達が大量にいた。戦いに生きてきた男達だった、いまさらまともに働くことなど出来ない不器用な連中。

 そんな金も無く、飯もまともに食えないごろつきを集め、飯を食わせてやる。錆びていたり、売ってしまった武器も与えてやった。


「あんた達をこんな風に(おとし)めたのは誰だ? ファイナリィだろう? 戦争が終わったと同時に、何の補償も無く放りだした。王都はあんたらに死ねと言ったも同然さ。そんな奴らの思う通りになっていいのかい?」


 カツタダ達は元兵士達を焚き付ける。そう言っても、大半の兵士達はぐずっている。確かに王都への不満はある。だが、王都に逆らっても勝ち目など無い。反乱を起こしても無駄死にするだけだ。

 そこをカツタダ達はたたみかける。


「誰が王都を襲えって言ったんだ。あんた達は村や町を襲えばいいのさ。村や町を襲って、兵士が来る前にとんずらしてしまえばいい。村を襲えば、税を納められなくなる。王都の収入は減るし、部隊出動にも金がかかる。間接的に王都にダメージを与えればいいのさ。

 それに金や食料、酒や女だって手に入る。あんた、女なんてもう何年も抱いてないんだろう? 飢えてるんだろう? 大丈夫、一人じゃ無いんだ。みんなでかかればやれるさ」


 ここまで言えば大概の兵士達は頷く。ここで頷かない奴は追い出し、途中で始末する。王都などに駆け込まれでもしたらやっかいだからだ。

 もっともそんな奴は滅多にいなかった。追い出されそうになったら態度を変える奴も多かった。ここを追い出されたらまた飯が食えなくなる。飢えの恐怖が体に染みついている。飢えるほど辛い事は無い。


 そうして元兵士達は山賊に身を(やつ)し、村や町を襲う。一度成功すれば味を占める。今まで飯も食えなかった奴らが酒にありつき、若い女を抱けるのだ。これほど天国な事は無い。

 こうなると、もう戻れない。山賊行為にどこか後ろめたさを感じていた者も、考えをコロリと変える。全員が飢えて死ぬ位なら、山賊になった方がいいと考える。


 こういった山賊達を、カツタダ達は作っていった。ファイナリィの各地に、こうした食うに困ったごろつき達はうろうろしている。最初に金を渡して、一度山賊行為に走らせれば、あとは勝手にやってくれる。

 仕掛けているカツタダ達が拍子抜けするほど、簡単に元兵士達は堕ちていった。ファイナリィの厳しい冬への恐怖が、元兵士達を山賊へと走らせる。ごろつき達にとって冬の寒さは恐怖でしか無い。そこに飢えも重なればなおさらだった。




 ガガンボの方は偶然の産物だった。

 ガガンボ……人間と非常に酷似した魔物。だが、どのような魔物使いでも彼らを手なずけることは出来なかった。魔物とは呼ばれているが、人間の突然変異体では無いかと言われているのはその所為だった。

 コタローはこのガガンボをなんとか手なずけることが出来ないか研究していた。


 ドラグーンの兵士はほとんどが半農半兵だ。兵士と農家を掛け持っている。そのため戦争が終わっても農業に戻ればいいだけで、職にあぶれることが無かった。ファイナリィのように金を渡して山賊を作るのが不可能だった。

 ガガンボはドラグーンに大量に生息している。何故かファイナリィにはいない。このガガンボを操って、ドラグーンを襲わせる事は出来ないか? そう考えたのだった。


 コタロー達はガガンボを捕らえ、日夜研究していた。様々な方法でガガンボを従わせることが出来ないか実験していた。

 ところが、意外な形でガガンボの従属の成功したのだ。


 イーストに生息しているスズランという花。このスズランは美しく、鑑賞用として各地で栽培されていた。

 しかし、その美しい見た目とは裏腹に、花や根に毒性を持っていた。即死ほどの効果が無いため、弱らせる時や拷問等に使用された。ちなみに即死させたい時にはトリカブトを使用する。


 ガガンボを捕らえる際、このスズランの毒を使用した者がいた。殺さずに弱らせるため吹き矢に塗り使用したのだが、刺さったガガンボがすぐさま倒れ込み、激しく体を痙攣させたのだった。それほど即効性のある毒でもないし、薄めてあるにもかかわらずだ。

 しばらく痙攣をした後、ガガンボは立ち上がり、トロンとした表情になっていた。その後、シノビを見たガガンボは、その場で膝を抱え丸くなった。これは己よりも強い強者に服従するという行為だった。もっともガガンボ間の行為であり、人間に対してこの行為をすることはない。

 このシノビは魔物使いでは無い。にもかかわらず、ガガンボを従属させることが出来たのだ。


 スズランの毒が、ガガンボに何らかの効果を示したと思われる。詳しいことは全く解ってはいない。

 コタローはおそらくスズランの毒がガガンボの脳を破壊し、その後初めて見た物を親だと思う刷り込みが起こったのでは無いか? と言っていた。正確なことは今でも解らない。

 ともあれ、ガガンボの従属化に成功したのだった。


 スズランはイースト各地に生息している。毒を作り出すのは簡単だった。ガガンボの洗脳用毒素を大量に作り出し、ドラグーンのガガンボを洗脳させ、各地を襲わせた。

 同時に、ファイナリィの山賊が奪ってきた女達を買い取った。その女達をドラグーンに送り込み、ガガンボの苗床として使用する。ガガンボは一気に10体以上生まれ、5cm足らずの幼体から、わずか半年で成人化する。人間の女さえあれば、いくらでも作り出すことは可能だった。




 ドラグーンでは大量にガガンボを洗脳させ、各地を襲わせる。

 ファイナリィでは山賊を作り出し、治安を悪化させる。


 そして両国に、互いが狙っているとの噂を流す。密偵を各地に流し、商人等に化けさせ、各地を行商させながら噂を流させた。

 長年の戦争が終結し、1000年ぶりの平和を甘受(かんじゅ)している2国を混乱させる。そして国交回復させた両国を険悪状態にさせる。その目的で動いていた。


 再び戦争にさせよ、とミツイエは言った。だが、そんなことは無理なのだ。戦争に持ち込むには最大の壁がある。エミリーナ教だ。


 エミリーナは戦争終結の立役者だ。戦争に疲れ、お互いに止めるタイミングを失っていた両国に手をさしのべ、間に立ち戦争を終わらせた。

 これにより、エミリーナはファイナリィに深く入り込んだ。元々エミリーナ教はドラグーンで興った宗教だと言われている。ドラグーンの8割強が信仰しているのに対し、ファイナリィは2割弱程度だった。別の信仰があった訳では無く、無宗教者が多かっただけだ。

 そこに戦争終結と共に深く入り込んだ。戦争に疲れていたファイナリィの人々は、終戦の立役者であるエミリーナを歓迎したのだ。


 わずか10年足らずでファイナリィの信仰者は2割弱から5割に倍増した。同時にファイナリィの政治にも深く入り込んでいった。今や両国ともエミリーナの顔色を窺いながら政治をしている。


 そんな両国を戦争に持ち込むことなど、不可能だった。少なくともこの平穏は100年以上続くだろうとカツタダは思っていた。両国ともエミリーナの顔色を窺っている。少し揺さぶった所で、エミリーナを無視して戦争再開など考えられなかった。

 両国の仲を少しでも悪化させ、イーストとファイナリィの仲を深化させる。遠回りだが、そういう計画にせざるを得なかった。



 その計画が大きく変わることになったのは、およそ1年前の事だ。


 ある日、カツタダの元に伝令が届いた。エミリーナの拠点、マルヴィクスに潜入させたシノビからだった。

 定例の伝書だと思って何気なく目を通した。が、見た瞬間、カツタダの細い目が大きく見開かれた。


 伝書に書かれていたのはたった1行だけだった。



 法皇、ティルト=ウェインは不治の病にかかっている、余命半年。




 セイジは旅館の部屋で、酒を飲んでいた。


 酒は銚子では無く、平べったい皿のような容器に注がれている。中身は米酒では無く、焼酎だった。焼酎のお湯割りだ。さらりとした味わいだった。

 寒くなる季節には丁度いい酒だった。飲むとほんのり体温が上がっていくのがわかる。

 目の前には肴として、小鉢が5個置かれていた。それぞれ小アジの唐揚げ、烏賊(いか)明太(めんたい)和え、タコの燻製を刻んだもの、甘藷(さつまいも)の甘煮、小松菜のおひたしが入っている。

 酒を飲みながら、肴を口に運ぶ。セイジは食いながら飲むのが常だった。



 部屋はセイジが飲んでいる8畳間の和室と、奥が6畳の寝室となっていた。もちろんまだ布団は敷かれておらず、がらんとしている。そして、和室の隣にかなり大きい内風呂部屋があった。


 部屋は外と違い、温かかった。最近作られたガスヒーターが設置されており、暖かい空気を出し続けている。セイジは寒いのは平気な方なので、このヒーターは嫌いなのだが、クレアのことを考え我慢していた。

 メルドムのホテル、セラヴィに比べると半分以下の大きさだが、これでも大きい方だと思う。セラヴィの部屋が異常な大きさなだけだ。


 セイジが飲んでいるテーブルの向こうで、クレアが座布団を枕に眠っていた。くうくうと吐息が聞こえてくる。セイジは起こさないように静かに飲んでいた。



 爺さんの所から部屋に戻り、2人はのんびりしていた。バル司祭はまだ到着していなかった。クレアが入れてくれたお茶を飲んで、ふうと息をついた。

 そのうち、クレアがうつらうつらと船をこぎ出した。目が半分以上閉じかけていた。今日の疲れと、部屋の暖かさに眠気が襲ってきたのだろう。頭がだんだんと下がってくる。


「クレア、眠いなら寝てていいぞ。バル司祭が来たら起こしてやる」


「い…え………だい……じょ……」


 といいながら、クレアの体は沈んでいく。そして机に突っ伏すように寝てしまった。セイジは苦笑しつつ、クレアを横にしてやる。枕が無かったので、少々はしたないが座布団を枕にしてやった。その後、廊下に出て仲居に毛布を持ってきてくれ、と伝えた。

 仲居はすぐに毛布を持ってきた。受け取った毛布をクレアに掛けてやる。


「お食事は何時になさいますか?」


 その際に仲居が聞いてきた。ちらりと時計を見ると、もう7時を回っていた。飯時の時間になっていた。


「申し訳ないが、まだ仲間達が到着していない。私たちが先に済ますのはどうかと思うので、9時までは待って頂けないだろうか」


 本音を言えば、セイジは腹が減っていた。先程爺さんの所で食った漬け物がいい感じに腹を刺激したようで、かなり腹減り状態だった。

 しかし、バル司祭も到着していない状況では飯も食いづらい。それに耐えられないほどの空腹では無い。9時までは待つことにした。


「畏まりました。そう、お伝えします」


 そう言って仲居は帰ろうとした。が、何かに気が付いたように振り返った。


「お酒をお持ちしましょうか?」


 う、とセイジは言葉を詰まらせた。断るには惜しすぎる問いかけだった。



 結局、悩んで悩んで悩みまくって、セイジはもらうことにした。悩みすぎて、仲居に苦笑いされた。


 今、飲んでしまっては飯を断った意味は無い。解ってはいる。解っているが止められなかった。

 酔うほどに飲む気は無かったが、空きっ腹に焼酎は良く効いた。駄目だと解っているが、出された肴の美味さも相まって、箸と手が止まらない。


 いいよね? 俺今日頑張ったし、兵士が潰れている中、ミノタウロスだって倒したし、待ってる間に酒飲んでも罰当たらないよね?


 セイジは心の中で、誰かに問いかけるかのような言い訳しながら飲んでいた。

 既に3杯目に入っている。お湯で割っている分、飲み口が軽くなるせいですいすい入っていった。小アジの唐揚げを頭から丸ごと食べる。上にポン酢がかかっていて、さっぱりとした味わいだった。さらに焼酎が進む。


 1杯のつもりが2杯目に行き、これで終わり、と決めた2杯目が3杯目になる。このままでは確実に4杯目に行ってしまう。

 焼酎は魔物だ、と思いながらやめられない、とまらない。

 酒のせいか、ヒーターのせいか、はたまた焦りのせいか。セイジは大汗掻きながら酒を飲み、小鉢をつまむ。


 烏賊の明太和えもとても美味かった。

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