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第24話 温泉街

「こちらです、セイジ殿、クレア様」


 先行していた兵の一人がセイジ達を案内する。二人は兵士の後に従った。

 クレアはセイジの背から降りていた。町中で背負われているのは流石に嫌だったらしい。


「あんまり人はいないんですね」クレアが辺りを見回しながら呟いた。


「世の中が物騒だからな」


 セイジもクレアに合わせ、ゆっくりと歩きながら、辺りを見渡した。

 観光地ではあるが、今のマイナにはあまり人が見られなかった。ちらほら老人や兵隊がいるだけで、店も閉まっている店舗が大半だった。日が暮れかけているとは言え、閉めるには当然まだ早い。


 これは山賊騒ぎのせいだった。山賊の増加により、客足が遠ざかっているのが原因だ。

 元々マイナは観光地ではなく、戦争中の兵士達の保養地だった。それを戦争終了後に、王都が一般向けの観光地として作り替えたのだ。そのためか、街の入り口付近には旅宿や店屋が多く建ち並ぶが、奥の方には兵の保養所や訓練所がいまだ多く存在し、ファイナリィの兵達が使用している。

 この観光地化作戦が大当たりし、マイナはファイナリィの一大観光地となった。内陸部に存在するため、ドラグーンやイーストからも観光客が多くやってきた。


 しかし、昨今の山賊騒ぎ、ドラグーンとの国交険悪化、イーストの大不況もあって客数は激減した。本来冬の厳しいファイナリィに温泉はもってこいのなのだが、山賊の影響でここマイナまで来るには危険が伴いすぎる状況だ。

 結果、今は最低限の店だけが営業している。ぱっと見る限り、半分以上はしまっている。いるのは長期湯治の老人か、保養に来た兵士達だけだった。


 100m位歩いたところで、兵士が足を止め、こちらです、と手を差し出した。そこには荘厳(そうごん)で格式高そうな旅館があった。ほかの旅館よりも大きく、周りを壁で覆われ、立派な門構えをしている。

 こりゃまた高いんだろうなー、というのがセイジの第一印象だった。


「こちらです。代金は払っておりますので、ご安心下さい」


 まるでセイジの心を読んだかのように、兵士が言った。


「君たちも泊まるのか?」セイジが尋ねると、兵士は首を横に振った。


「私たちは別の旅館に泊まります。こちらにはセイジ殿とクレア様、後は司祭様と副司祭様のご予定です。私達が交代でこの宿を警護致します。ご安心なさって、ごゆっくりおくつろぎ下さい」


「ああ、そうなんだ」呟きつつ、なんか悪い気になってきた。


 いつもと逆なのだ。セイジは警護する立場になる事は多々あっても、警護される立場になるのは初めてだった。


「では、ごゆっくり」兵士は2人に一礼すると、入り口付近に直立した。このまま警護に入るのだろう。他にいた兵士達の姿も見えなくなっている。


 クレアは兵士に頭を下げると、旅館に入っていった。セイジも後に続く。

 門をくぐると、入り口がすぐに見えた。大きな引き戸が開かれており、その奥に3人の着物を着た女性が立っていた。


「ようこそおいで下さいました」


 ピンク色の着物を着た女性が、三つ指を突いて、床に着かんばかりに深々と頭を下げる。後ろに立っている2人の女性も続いて三つ指突いてセイジ達を出迎えた。


「お世話になります」クレアがぺこりと頭を下げた。セイジも軽く頭を下げる。


「女将のシノブと申します。よろしくお願い致します」


 女将が顔を上げた。

 髪の長い、丸顔の少々ふっくらとした女性だった。決して太っている訳では無く、肉付きが良い体型だった。こういう体型の方が着物には良く合う。

 少々トウは立っているようだが、美人であることには間違いなかった。

 女将は、クレアとセイジを数度見回した。そして、セイジに向かってにっこりと怪しい微笑みを浮かべた。


「可愛らしくて、優しそうな奥様ですね」


「はっ!?」


「ぴゃ!?」


 セイジとクレアが、すっとんきょうな声を上げた。


「いや、俺……私は彼女の従者ですので」


「あら、もしかして道ならぬ恋ですか? 愛の逃避行とか」


 女将は着物の袖で口元を隠すようにして、目を細めてセイジを見た。その瞳からは明らかに面白がっている色が出ている。

 どこの世界に兵士連れて逃避行する奴がいる。セイジは言おうかと思ったが、ぐっと堪えた。


「そんな奥様なんて……まだ籍も入れていないのに」


 クレアは顔を赤く染め、頬に手を当ててくねっていた。ある意味いつもの反応だった。


「失礼致しました、お部屋にご案内します。どうぞこちらへ」


 女将がくるりと背を向けて、しずしずと歩き出す。顔を赤くしたクレアと、腕を組んで、難しい顔をしたセイジが付いていった。女将の後ろにいた2人がさっと左右に分かれて、セイジ達をお辞儀したまま見送る。


「私、この道20年ですの。どんなに秘密の恋でも解ってしまいますのよ」


「そんな……秘密の恋だなんて」


 女将の言葉に、クレアは顔を赤くしたまま左右に振っていた。

 いや、この道20年なら客のプライバシー漁っちゃだめだろ。

 と、セイジは突っ込みたかったが、何も言わず、黙っていた。この手のタイプは何を言っても聞かないし、下手な事を言うと、言葉尻を取って揚げ足を取られる事が多い。

 セイジが黙っていると、前の2人はゆっくり歩きながら、ガールズトーク(?)に華を咲かせている。


「お嬢様が羨ましいですわ、あんなお優しそうな旦那様で」


「そんな……確かにセイジ様は優しくて、素敵な方ですが」


「あら、おのろけですか? 妬けちゃいますわ」


「おのろけなんて……そんな」


 女将は歩きながら、そっとクレアの耳元に口を寄せた。


「お部屋には内湯がありますから……今夜はたっぷり甘えても大丈夫ですよ」


 女将は呟いたのかも知れないが、後に続いているセイジにもまる聞こえだった。


「甘える……セイジ様に……いっぱい」


「ふふ、楽しんで下さいね」


 クレアはもはや茹で蛸のように顔を真っ赤にして、俯きながら歩いていた。女将はそんなクレアを面白そうに見ている。


 そして、セイジは額に指を押し当てながら、必死に堪えていた。もはや頭痛までしてきた。額を人差し指でぐりぐりと押す。

 同時に刀が折れていて良かった、とも思う。

 刀がまともなら、何かの拍子に女将を斬っていたかも知れない……そう本気で思っていた。




 セイジはクレアを連れて、武器屋に来ていた。


 折れた刀の代替がないか、探しに来た。明日まで待てば替えは届くが、もしここで良いのがあれば購入してしまおうと思ったのだ。斬馬刀に勝る刀があるとは思えないが、替えの刀よりは良いのがあるかもしれない。

 マイナはファイナリィ兵士達の保養地兼訓練所でもある。そのため、大きい武器屋が3件連なっていた。セイジは1軒1軒覗いてみる。

 クレアは出かけると言ったら付いてきた。兵士がいる以上、旅館に置いてきても良かったが、これ以上女将にあれこれ焚き付けられても困るので、付いてきてくれるのはありがたかった。



 1軒、2軒と周り、最後の3軒目にはいる。

 店内は所狭しと様々な武器防具が並んでいた。店内は明るく、武器防具1個1個が綺麗に磨かれており、つややかな光沢を放っている。床も塵1つなく綺麗に掃除されている。


 クレアは物珍しげに顔を動かしている。こういう場所に入った事が無いだろう。見る物全てが珍しいと言った感じだ。

 店内には数名の兵士おぼしき男がいた。保養に来た兵士なのだろうが、修道衣を着たクレアを見て、不思議そうな表情をしていた。こんな所にシスターが何故? といった表情だった。


 セイジはぐるりと店内を見渡して、大きく息を吐いた。

 入った瞬間、違うな、と感じる店だった。先の2件よりさらに違う。今はやりのファショナブルな店屋だった。


 戦争が無くなった今、武器防具は一種のおしゃれ道具にもなっていた。意味も無く腰や肩に剣を装備した若者を見かける。彼らにとっては、それがおしゃれなのだ。セイジにはその気持ちは全くわからない。

 いらっしゃいませ、とお辞儀する店員に目もくれず、セイジは刀が置いておるコーナーへと向かう。クレアも小走りで付いて来た。


 刀は客に見えやすくするためか、半透明の鞘に入っていた。透けて見える刀身を見た瞬間に、だめだ、と解る。抜くまでも無かった。

 重ねが薄すぎる。ぺらぺらの刀だった。


 刀は最近、とみにおしゃれ道具として使用されるようになった。大きな街などに行くと、腰に刀を差して、悠々闊歩(かっぽ)している者を見るのも珍しくは無い。

 そういった人間にとって、重ねの厚い重い刀など必要ない。刀を腰に差す事に意味がある。斬るために使う訳では無いから刀身を削り、少しでも軽くする。それでぺらぺらの刀がよく売れるのだ。


 だめか、と首を横に振った。大人しくレナードを待つとしよう。

 側にいるクレアに、戻るか、と言おうとした時だった。


「刀をお探しかね?」


 後ろから声が聞こえた。セイジは振り向いたが、誰もいなかった。


「こっちじゃ」と下から声が聞こえた。視線を下げると、そこには背中を丸めた白髪の老人が、後ろ手を組んでセイジを見上げていた。

 背の小さい老人だった。白髪の髪を、後ろで束ねている。もともと小さい身長が、背が曲がった事により、クレアよりも小さくなっていた。


「刀をお探しかね?」老人は同じセリフを繰り返した。


「爺さんは?」


「ワシはここのオーナーじゃ。店自体は息子に譲ったがの」


 そう言って爺さんは店内をぐるりと見渡した。


「つまらん店じゃ。派手なだけで、中身が無い」自分の息子の店だろうに、酷い言い様だった。


「で、お前さんは刀がほしいんだろう?」


「ああ、使っていた刀が折れてしまって……だが俺のほしい物は無かった。そろそろ帰ろうかと……」


 セイジが喋っている途中で、爺さんはずいと手を差し出した。


差料(さしりょう)を見せてくれんかの」


「さしりょう?」クレアが小首をかしげた。差料とは腰に差してある刀の事だ。


「今、腰にある刀は折れている」


「かまわん、見せてくれんかの」


「別に良いが……折れた刃が中で暴れている。気をつけてくれよ」


 セイジは鞘ごと刀を外すと、爺さんに差し出した。

 爺さんはその場に正座すると、刀の刃を上にして、鯉口を切った。鍔元3寸で折れた刀が出てくる。少し傾けると、折れた刃が音を立てて床に転がった。


「むう!」爺さんは唸ると、転がっている刃を手に取り、驚いた表情で眺めていた。すぐに鞘の中に戻すと、セイジに刀を返した。


「お主、その刀で何人斬った。50人か、60人か、そんなところだろう?」


 これにはセイジが驚いた。正確には数えていた訳では無いが、大体その位の数になるはずだ。

 爺さんはじっと刃を見ていた。刃に薄く積もった曇りを見ていたのだろう。手入れを完璧にしても、なお消えない人の脂や血の曇り。それで何人斬ったかを言い当てたのだ。


「まさに人斬り包丁。それほどの業物(わざもの)を使っていては、ここにある物など玩具同然だろう」


「いや……まあ……」セイジは言葉を濁した。奥に立っている、ぴしっとした服を着ている男が、苦虫をかみつぶしたような顔で、こちらを忌々しそうに見ていた。おそらく、これが店長であり、爺さんの息子なのだろう。


「良い刀がある。お前さんが望みそうな刀が」


「えっ?」


 聞き直すセイジを無視するかのように、爺さんはくるりと背を向けた。


「付いて参れ」爺さんはそう言うと振り向きもせず、歩き出した。奥の扉を開け、中に入った。その扉には従業員専用と書かれている。

 セイジはそれを呆然と見ていた。クレアも同様に隣でぽかんとしている。爺さんが戻ってきて、


「ぼけっとしとらんで、早く来い」


 と言って再び引っ込んだ。

 セイジはちらりと店長兼息子の方を見た。息子は苦笑いしながら、「どうぞ」とでも言うように、手を扉の方に差し出した。


「どうなさいますか? セイジ様」クレアがセイジの顔を覗く。


「行ってみようか」セイジはそう言い、扉に向かって歩き出した。クレアも後に従う。


 興味が出てきた。あの爺さんは刀の心得があった。刀の抜き方や、刃を見て斬った人数を言い当てるなどただ者ではないと感じた。

 その爺さんが言った「良い刀がある」と。

 どんな刀なのか興味がわいたのだ。もしかしたら偽の銘をうった刀を、名刀として売りつけようとしているのかも知れないが、セイジも刀の良し悪しは解る。だまされるほど愚かでは無い。

 扉をくぐると、爺さんはそこに立っていた。顎をしゃくると、再び歩き出す。セイジ達は黙って従った。

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