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第19話 ガガンボ

 到着すると、早速調査が行われた。

 現場は昨日の大雨でぬかるんでいるところが多い以外は変わらず、魔物の死体と兵士の死体がそのままで転がっていた。


 が、やはりというか、予想通り黒装束の死体は跡形もなく消え失せていた。セイジも加わり、辺りを調査したが、黒装束の死体も何もかも、全てなくなっている。

 椎茸が声を荒げて何か怒っていたが、セイジは我関せずといった感じで無視をしていた。周りにいる兵士達が代わりに怒鳴られていた。いい迷惑である。


 2時間近くの調査の後、作業は死体の処理へと移っていた。


 50人の兵士の内、10人ほどが魔物の死体を片付けていた。地面に大きな穴を掘り、次々とそこに魔物の死体を投げ入れていく。まとめて土葬にするらしい。


 20名が兵士達の遺体を片づけていた。地面に大きな白いシーツを敷き、その上に兵士の遺体を置いていく。鎧を脱がして上半身と顔を綺麗に濡れタオルで拭き、清めていた。

 そのシーツの回りをバル司祭、クレア、椎茸の3人が囲むように立ち、死んだ兵士に祈りを捧げていた。祈り、清められた兵士の遺体は、白いローブを着させられ、馬車の荷台に納められていく。

 作業をしている周りを、残りの20名の兵士が輪になって囲んでいた。全員が真剣な表情で周りに注意を払っている。気を抜いている者は一人もいない。


 セイジとレナードは、その輪から少し外れた場所で、並んで作業を見守っていた。


「機嫌が悪そうだな、レナード」


 セイジが作業を見ながら言った。


「そう見えますか?」


 レナードも腕を組んだ格好で、作業を見たまま言った。確かに表情はぶすっとしていて、全身からいらいらしてますオーラがにじみ出ていた。

 最もセイジは、何故レナードがいらいらしているのか見当は付いている。


「いいじゃないか、依頼主は教団だ。金の払いはいい。目標にまた一歩近づいただろう」


「まあ、そうですがね……」


 用は帰って奥さん(ロリ妻)といちゃいちゃしたいだけなのだ。それをセイジが無理矢理巻き込むようにして依頼を受けてしまった。帰れなくなっていらいらしている。

 とはいえ、レナードにとってもこの仕事はおいしくもある。レナードも傭兵の仕事を長く続ける気は無かった。ある程度の金を稼いだら、傭兵を辞め、他の仕事を始めようと思っている。長くても30までには辞めると、常々(つねづね)口に出している。

 教団の仕事はかなり実入りがいい。傭兵達にとっては上客でもあった。今回の仕事だって改めて確認したところ、かなりの金をもらえる事になっている。ニード村からもらった額の10倍以上だった。

 解ってはいるが、レナードはいらいらしている。きっと彼の中のロリニウム成分が足りなくなっているのだろう。


「ところでお前、ライトン司祭って知ってるか?」


「は?」話が急に変わって驚いたのか、レナードがセイジの方に振り返った。


「ライトン司祭だ。エミリーナでは有名な司祭だと聞いた。違うのか?」


「まあ、違いません。エミリーナ教徒では知らない人はほぼいないでしょう。特にこのファイナリィではね。ファイナリィの星と言われていますから」


「ファイナリィの星?」


「エミリーナ教はドラグーンで始まった宗教と言われています。その為か、歴代法皇は全てドラグーン出身でしめられています。ドラグーンの方が、信徒数が圧倒的に多いのも関係していますが。

 ライトン司祭はファイナリィ出身です。それでいて、ドラグーンの人達にも支持を得ています。今度の法皇選で、初のファイナリィ出身法皇が出るか、と言われていますから」


「へえ、そうなのか」


「何故、そんな事を急に?」


「……レナード、このことは内密に頼む」


 少し迷ったが、セイジは今回の事をレナードに伝えた。近くにいる兵士に聞こえないように小声で話した。


「これは、また……驚きました」レナードは呟いた。驚いたという割には、その表情はちっとも変わっていない。


「お前の話を聞いて思ったんだが、法皇選での足の引っ張り合いってあるのかな?」


「対抗勢力がライトン司祭を攫ったと?」


「もしもの話だが、あると思うか?」


「無いです」あっさりとレナードは言い切った。


「そんな事をしても意味が無い。もし攫われて行方不明となったとしたら、ライトン司祭に近い人が弔い合戦として出馬するだけです。民衆はそういった展開に弱いですからね。そしたら今以上に勝ち目は無いですよ。超ハイリスク、ノーリターンです」


「まあ、そうだよな」セイジは顔を背けて息をついた。そのくらいはセイジにも解ってはいた。そうなると、やはりイーストの犯行でしかあり得ないか。


「……まあ、もしそうなったらとしたら、出馬するのはバル司祭でしょうね」


「え?」セイジが顔を戻した。


「バル司祭はライトン司祭の一番弟子です。ライトン司祭に何かあったら、弔い合戦としてバル司祭が出てくるのは間違いないでしょう。バル司祭は民衆に人気も高いですからね」


 セイジは思わずバル司祭の方に顔を向けた。バル司祭は目をつむり、手を組んで兵士の遺体に祈りを捧げている。


 私はライトン司祭の直弟子でもあります。今回の予定についても知らされておりました。


 確かにバル司祭は馬車の中でそう言っていた。

 ライトン司祭が見つからなければ、代わりに出馬するのはバル司祭……。

 今回の予定について知らされていた。

 漏れていたと思われる情報


 まさかな、とセイジは思う。だが、一回思った事は喉に刺さった小骨のようにセイジの心にひっかった。


 ふと、気配を感じて、顔を向けた。クレアを発見した森だった。その森の茂みがわずかにごそごそと揺れていた。

 セイジはレナードの腰の辺りをはたいた。作業を見ていたレナードがセイジの方を向いた。セイジは何も言わず、じっと森の方を見たまま顎をしゃくる。レナードも体をひねるようにして、森の方を見た。

 次いでセイジは反対側に顔を向けた。レナードも同じ方向を向く。兵達が輪を組み、その中でクレア達が祈りを捧げている。そのさらに向こう側をセイジは見ていた。


 レナードは担いでいた槍を手にすると、槍鞘を外してセイジから離れていった。そのまま森を正面に見据え、槍を構える。兵士の数名がレナードに気づき、怪訝(けげん)そうな顔をしていた。

 セイジもその場から離れ、兵士の輪に向かって歩いて行く。


「どういたしました? セイジ殿」近づいて来たセイジに、兵士の一人が尋ねた。


「来るぞ」呟くように答えると、セイジは兵士の輪を抜け、クレア達の方に歩み寄っていく。


「は?」兵士がセイジを目で追いながら、聞き直した。


 その時だった。


「ヒイァァァァァ!!」


 森の奥から、悲鳴の様な雄叫びが上がった。その場に居た全員が森の方に視線を向けた。


「ガガンボだ!」兵士の一人が叫んだ。


 ガガンボ……緑色の肌を持つ、人間そっくりの容貌を持つ魔物、それが森からばらばらと現れた。雄叫びを上げながら駆けてくる。

 手には短い槍を持っていた。ガガンボが使用する、(やじり)が石で出来ている原始的な手槍だった。


 ……全部で5体か。


 レナードがガガンボに向かって走った。走りながら槍を一閃する。

 ボウ! という重い音が兵の所まで響いた。レナードの槍が空気を叩く音だ。

 音と共に、2体のガガンボの首が飛んだ。緑色の血を噴き出して、体がその場に転がり倒れた。


「ギャアアア!!」


 ガガンボの一体が、走りながら持っていた槍をレナード向けて投げつけた。

 レナードはその場に倒れるようにして横に転がりながら、槍を手元に引き戻す。頭上を手槍が飛んでいった。

 ガガンボは武器がなくなっているにもかかわらず、突っ込んできた。転がる勢いそのままレナードは片膝立ちの体勢になると、ガガンボの顔面を槍穂で突き刺した。すぐにひねって引っこ抜く。ガガンボは顔面を手で覆って転げ回った。


 残り2体のガガンボがレナードに向かってくる。左側のガガンボが、手槍を投げようと腕を振り上げた。


「しっ!」


 それよりも早く、レナードは槍を手元に引き寄せ、左足を一歩踏み出したかと思うと、2mの鉄の槍をガガンボめがけ投げつけた。重い風切り音と共に、槍が一直線にガガンボへと飛んでいく。

 左側のガガンボの胸に、レナードの槍が突き刺さった。槍穂が体を突き破り、背中から刃を覗かせた。手槍を投げる事も出来ず、握ったままガガンボは後ろにひっくり返る。


 レナードは槍を投げた後、すぐに右側のガガンボへと間合いを詰めていた。走りながら腰のショートソードを抜いた。


「キャアアァ!」


 最後の一体が手槍を突いてきた。単純な動きだった。レナードはその場で、くるりと回るようにして突きをかわすと、回転の勢いのまま、ショートソードをガガンボの側頭部に叩き付けた。

 ゴスッ、と音を立て、ガガンボは横に吹っ飛び、倒れ込んだ。わずかにぴくぴくと動いていたが、すぐに止まって動かなくなる。


 レナードはショートソードに付いた血を軽くぬぐうと、鞘に収めた。次に槍を胸に刺したままひっくり返っているガガンボの元に向かい、こじるようにして槍を引き抜いた。こちらは丁寧に緑色の血をぬぐい、セイジと同じように槍穂をマスラーのなめし革で磨いている。


 兵士達は呆然とその様子を眺めていた。無理もなかった。いきなりガガンボが現れたかと思ったら、一瞬にしてレナードが流れる様に倒してしまった。兵士達が陣形を組み直す前に、全ては終わっていたのだ。

 もっともレナードにとってこの程度は余裕だった。ガガンボが5体いっぺんに迫ってきたならともかく、ばらばらと歩調も合わせず出てきた。一体一体相手にすればよかっただけだ。


 セイジはその光景を一切見ていなかった。クレアの側まで歩み寄ると、戦いに背を向け、反対側の方をじっと見ていた。


「クレア、危ないからここを動くなよ」


 セイジはクレアの肩をポンと軽く叩いた。クレアが驚いた様にセイジを見上げた。ガガンボに注意が行っていたため、セイジが近くに来た事も気が付いていなかった。


「バル司祭、危険ですので私の前には出ないようお願いします」


「む?」バル司祭が片眉を上げてセイジを見た。セイジはそのまま歩き出し、輪の反対側に抜ける。


「あれは何だ!?」セイジの動きを目で追っていた兵士が叫んだ。ガガンボ騒ぎに向いていた視線が反対側に一斉に向けられた。

 声を上げた兵が指さす方向に、大量の人影が見えた。


「ガガンボだ! ものすごい数だぞ!」


 人では無かった。ガガンボだった。100体、いやそれ以上だった。ものすごい数のガガンボが泥濘(ぬかるみ)の中、こちらに向かって走ってきている。


「全員集結しろ! 司祭様達をお守りするんだ」


 兵長おぼしき男が声を上げた。兵達が即座に動き、陣形を整える。だが、兵達の顔には明らかな戸惑いが浮かんでいた。

 ファイナリィに勤務している兵士には、ガガンボとの交戦経験がほとんど無い。ドラグーンに多く生息している魔物だからだ。

 戦闘経験が無い魔物が100体以上……兵達は戸惑いを隠せず、浮き足立っている。

 

 セイジはその陣形の5m程前に立ち、右手を前に差し出していた。目をつむって何かを呟いている。


「おい、傭兵! 下がれ! そこでは邪魔になる」


 兵長が声を上げた。しかし、セイジはぴくりとも反応をしない。聞こえていないかのように、呟き続けている。兵長はもう一度叫んだが、セイジはまたもや反応しなかった。

 業を煮やした兵長が前に出ようとする。その肩をバル司祭が掴んだ。


「司祭様」


「かまいません、彼の好きなようにやらせなさい」


 兵長は何か言いたげではあったが、そのまま上げていた腕を下げた。司祭の命令とあれば逆らう訳に行かない。

 そのすぐ側で、クレアは息を飲んでセイジを見つめていた。


 信じられない……。


 驚きで声も出なかった。目の前にいるセイジから立ち上る魔力に驚嘆していた。


 セイジが魔法も使えると言う事は解っていた。魔法を扱える者は独特のオーラを持っている。一種の特殊なニオイとも言っていい。

 クレアはそれを感じていた。セイジが魔法剣士だと言う事には気が付いていた。だが、まさかここまでの魔力を持っているとは思わなかった。


 剣と魔法は並び立たないと言われている。剣は力であり、魔法は知であるからだ。修行の仕方がまるで違う。だから魔法剣士は多くはない。せいぜい基本魔法を扱う程度だった。

 だがセイジは違った。立ち上る魔力でわかる。今セイジが唱えようとしている魔法は解らない。だが、詠唱し、練り上げている魔力は凄まじいまでのものだった。


「むう……」


 隣にいたバル司祭が唸る。彼もまた、セイジの魔法力に感嘆(かんたん)の声を上げていた。

 ガガンボの大群が迫る。セイジは目を開け、唱えた。


暗黒暴嵐(ブラックストーム)


 セイジの突きだしていた右手から黒い球体が出現した。直径2mはあろうかという黒い巨大な球体。そこから30cm位の小さな黒い球体がいくつも生まれ、次々と弧を描き、ガガンボめがけ飛んでいく。

 そして……、


「キャア!」


 クレアは思わず悲鳴を上げ、顔の前を手で覆った。

 飛んでいったいくつもの黒い球体が、各所で爆発し、ものすごい轟音と爆風を巻き起こした。昨日の雨を巻き上げ、水分を含んだ砂埃と爆風がクレア達を襲った。

 巻き起こる砂埃で、前はまったく見えない。兵達も声を上げ、顔を覆っている。


 永遠に続くかと思った爆発がようやく終わった。クレアは手をどけて、おそるおそる目を開けた。もうもうとしている砂埃が少しずつ晴れていく。

 そこには何もなかった。あれだけいたガガンボは、姿形のかけらさえなかった。大地の各所が爆風によってえぐれている事を除けば、元の静けさを取り戻していた。



 暗黒暴嵐(ブラックストーム)

 追尾能力のある暗黒球体(ブラックスフィア)を無数に発射し、あたり一面に大爆発を起こす最強の暗黒魔法だ。

 暗黒球体自体が、鎧を着た重装兵を粉々にするほどの威力を持つ。それを無数に発射させるのだ。当然、何も残らない。町中で使えば、辺り一面は灰燼(かいじん)と化す、それほどの威力を誇っている。

 使いどころを間違えれば、味方もろとも大爆発となる、恐ろしい魔法だった。


「すげえ……」


 誰かが呟いた声が聞こえた。おそらくこの場にいた全員の心を代弁した声だっただろう。

 クレアも同様に驚嘆していた。まさか剣士でありながらこれほどの魔法を扱うとは思わなかった。


 見た事もない魔法だった。あれは一体何なのだろう。


 クレアはセイジの方に歩み寄った。呼びかけようと手を伸ばしたところで足を止めた。

 セイジは前をじっと見据えたまま、刀を抜いた。魔力に変わり、今度は殺気が体から立ち上っていた。


 何故刀を? 終わってはいないのだろうか?


 クレアは辺りを見回した。もう周りにガガンボは残っていない様に見えるが……。


「エルダークレア、まだ前に出ないで下さいね」


 きょろきょろと見回すクレアにレナードが語りかけ、通り過ぎていった。そのままセイジの横に並ぶ。


「なんだ、あれは?」セイジは隣に来たレナードを見ずに、前を見たまま言った。


「……やばそうですね」


 レナードも槍を構え、正面を見据えている。

 砂埃が完全になくなった。その奥に巨大な影が見えた。

 何? とクレアは目をこらす。4mくらいある巨大な人間が立っている様に見える。しかし、そんな人間はいる訳はない。


「なんと……」


 バル司祭が、目を見開き、手を固く握りしめ呻いた。


「ミノタウロスだ……ミノタウロスだ!」


 悲鳴のような叫び声が聞こえた。兵達が一斉に声を上げる。

 砂埃の晴れた向こうから、身長4m程のミノタウロスがこちらを睨み付けていた。

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