第1話 傭兵
この世界には3つの大陸がある。
ドラグーン、ファイナリィ、イーストの3つ。
ドラグーンとファイナリィは面積もほぼ同じであり、土地も隣接している。
長方形の半分の所に縦線を引き、左がドラグーン、右がファイナリィといった感じである。
イーストはファイナリィに接しているが、右下隅に僅かに接しているだけである。大陸の面積もファイナリィの3分の1にすぎない。
ドラグーンは、一年を通して暖かな気候である。また恵まれた肥沃な大地を持ち、豊かな農作物と豊富な水源を有している。
その為か、大陸の面積はファイナリィとほぼ同じだが、人口はドラグーンの方が2倍多い。
対してファイナリィはドラグーンに比べて大地が痩せている。農作物は作られるモノが限られ、決して豊かとは言えない。気候的にも寒さが強い。
ただし、ファイナリィには鉱物資源が多く存在している。その総量はドラグーンの5倍とも言われている。
そのドラグーンとファイナリィは、戦争を繰り返していた。
有史と言われる1000年前から、常に戦争中と言っても過言ではない状況だった。
最初のきっかけはファイナリィだったと言われている。
ドラグーンの肥沃な大地を手に入れるために仕掛けたのだと。
豊富な鉱物資源の一つである鉄鉱石等を加工して鉄や鋼を作り出した。それで武器と防具を作り、ドラグーンへと侵攻した。
対してドラグーンは当初圧倒されていた。ファイナリィの武器があまりにも優秀だったからだ。農耕民族だったドラグーンは、木や石等の農耕機具に毛が生えたような武器しか持っていなかった。鉄や鋼にはとても太刀打ちできなかったのだ。
その後、ドラグーンは大量の兵員を投入する。人海戦術だ。被害も大きかったが戦線の押し返しに成功した。
その後の1000年、両国は常に戦い続けた。
たまに休戦するが、ものの数ヶ月でまたどこかで戦いが起きる。
その歴史の繰り返しであった。
歴史が大きく動いたのは18年前。
大陸最大の宗教組織、エミリーナ教の64代目法王ティルト=ウェインが両国の停戦調停に乗り出した。
エミリーナ教は有史以前より存在する宗教組織であり、信者数はファイナリィでも約半数、ドラグーンに至っては80%以上といわれている。
戦争介入に関しては否定的だった。この問題は互いの国家間で解決することである、といい両国のどちらにも付かない中立を貫いていた。
教団は豊富な資金と軍事力を持っていた。それはドラグーン、ファイナリィと同レベルの戦力といわれている。
どちらかに付けば、付かなかった方が滅ぶ。そう言って教団は戦争不介入の形を1000年間崩さなかったのだった。
しかし、それはティルト法王が就任時の第一声で大きく変わることとなった。
「ドラグーンとファイナリィはこの愚かなる戦争を即座に止めよ」
就任時の第一声がそれだったという。
法王の声は教団すべての声である。すぐさま教団は両国を停戦させようと動き出した。いままでの戦争不介入の声など無かったかのように。
1年後には休戦状態に入った。そして2年後には両国の無期限停戦合意が出された。
1000年続いていた両国の戦争は、教団が介入してから僅か3年で終戦を迎えたのだった。
15年の時が流れた。
両国の停戦は未だ続き、改善の一途をたどっていた。戦争中はあり得なかった貿易や技術提供の交流等、両国の溝はかなり埋まっていった。
ファイナリィはドラグーン産の豊富な農作物を輸入することができた。また、農耕技術も手に入れることができたため、ファイナリィの土地でも作ることのできる農作物の種類も格段に増えた。
ドラグーンもファイナリィの鉱物資源を輸入した。鉄や鋼の有効利用によりあらたな耕作の幅も広がっていった。
戦争を知らない子供達も多く生まれ、わだかまりも少しずつ解けていく。
そんな両国の蜜月状態に一つの影が落ちる。
法王の任期は20年だった。基本は一期のみで再選はない。
だが、64代法王ティルト=ウェインは2年の任期を残して急逝した。
多くの人々はその偉大なる法王の早すぎる逝去に跪き、涙した。
そして一部の人々は不安を覚えた。
法王の死によりまた戦争が再開されるのではないかと……。
それから半年が過ぎた。ここから物語は始まる。
森の中を10人ほどの集団が一列になって進んでいた。
全員男であり、その顔は一様に思い詰めた顔をしている。
そんな中で、2番目にいる黒髪の男と3番目の赤髪の男のみ様子が違った。
黒髪は干し肉をかじりながら歩いていた。目がトロンとしており若干眠そうに見える。
赤髪の男は腕を組んで歩いている。視線は下を向いており、何か気にくわないことがあるのか、むっつりと口を真一文字に閉めている。
不意に先頭を歩いていた背の低い男が立ち止まった。彼は道案内を頼まれた山師だった。全員の足も同時に止まる。
「あそこです、あの洞窟です」
山師が指さした方向には小高い山があり、そこの斜面に穴蔵が見える。赤髪の男が腰につけていた遠眼鏡を使い、穴蔵の方を見る。
「ご丁寧に見張りがいますね」
「何人?」黒髪が噛んでいた干し肉を飲み込みながら聞いた。
「二人、片方は剣、もう一人は斧」
「連中は全員中にいるのか?」
「30分ほど前に確認しました」
山師が答えた。黒髪が頷く。
「荷はまだ出荷されてないかな」
「おそらくは。昨日も食料と酒が大量に運ばれていました」
「よーしじゃあいくとするべか。あんた達はここで待機しててくれ、終わったら呼ぶ」
黒髪は振り返り、男達を見ていった。男達は緊張した面持ちで頷いた。
「行くぞ」
黒髪が身を屈める様にして進んでいく。赤髪も後に続いた。
「大丈夫なんか? 二人しかおらんし、一人は寝間着みたいな格好やぞ。鎧も着てへん」
二人の後ろ姿が見えなくなると同時に一人の男が呟いた。
「大丈夫だと信じるしかない」
一番年上の爺さんが自慢の顎髭をさすりながら言った。
「奴らはロウガ傭兵団だ、ただではやられんじゃろ」
ロウガ傭兵団。
2人が所属している傭兵団の名前だ。
かつてファイナリィ王国に所属していた、ロウガという戦士が起こした傭兵団である。
数々の戦功を有し、ドラグーン兵に、戦場でその姿を見た者は生きて戻ることは出来ない、と恐れられた、伝説とも呼ばれた戦士だった。
戦争終結後、ファイナリィ王都に近衛騎士団長の地位を提示されるも固辞し、野に下だった。
その後、ナロンという街で傭兵団を起こした。現在は時代に合わせ、山賊退治や要人護衛、モンスター退治などをするギルドとなっている。
黒髪の男の名をセイジ=アルバトロスという。年齢は29歳、独身。
現在のロウガ傭兵団のナンバーワンと謳われている男だ。
身長180cmほどだが、飛び抜けて高い訳ではない。
筋肉はマッチョタイプではなく、細くしまっているタイプである。傭兵によく見られる筋肉が厚く太いタイプに比べると弱そうに感じる。
彼は兵士がよく着ている鎧を身につけていなかった。厚目の固い布地の衣服を着ているだけで防具は何もまとっていない。
まるで近所の酒場へ飲みに出かけるような格好にも見える。
武器もまた異質だった。彼は2種類の刀剣を左右の腰にぶら下げていた。
一つは腰の右側にぶら下がっている刃渡り30cm程のダガーだった。こちらは別に珍しいことではない。問題は左側にぶら下がっているもう一つだ。
刀……玉鋼といわれる鋼の一種から作り出される刀剣である。
砂鉄をたたら吹きすることにより生成される鋼の一種であり、製法がかなり特殊である事と生成量が少ないため、一般的な兵士や騎士が使用する剣に比べて、3倍から数10倍の値段がする。
切れ味は剣よりも遙かに高いのだが、鎧等を切りつけたり、剣を受けたりするとすぐに刃こぼれをしたり、折れてしまう。刃こぼれした刀はもう使えない。切った際衣服などに引っかかってしまい危険だからだ。
その為兵士達はみな剣を使う。剣は切るのではなく、いわば殴り切るものだ。多少受けても折れはしないし、刃こぼれしても殴るには支障がないからだ。
大陸でも滅多に使用する者がいない、そんな武器をセイジは腰にぶら下げていた。
赤髪の男はレナード=ヘイルマン。
年齢は25歳。傭兵には珍しいすっきりとした男前であり、街では女性から熱い視線を受けることはしょっちゅうである。
もっとも彼は既婚者であり、妻以外に興味ないと豪語してはばからない。
もっともその妻がいろいろあれで問題が多少……というか大いにある奥さんなのだが。
身長はセイジよりやや低いが、筋肉はセイジよりも厚い。特に腕の筋肉はセイジの1.5倍はある。
彼もまた珍しい武器を持っていた。自分の身長よりも高い、2mほどもある黒い槍だった。
もっとも槍が珍しいと言うより、今の時分に、傭兵が槍を持っているのが珍しかった。
槍は戦争中は多く使用された。だが、今は槍を使用する者などほとんどいない。理由は簡単、大きくてかさばって目立つからだった。
槍は基本、広い場所ではないと真価を発揮できない。戦争ならば広い場所で行われる事が多く、間合いの長い槍は役に立った。しかし、傭兵業は別だ。広い場所だけとは限らないし、大きく、目立つ槍は携帯に不向きだった。だから、普通傭兵は剣を使う。オールマイティーに使用できるからだ。
しかし、レナードは傭兵に不向きな槍を、こだわりのように使用していた。
尖端が30cm程の両刃になっている。今は鞘をかぶせている。普通の槍に比べて柄が太い。また芯の部分は鉄だった。鉄の槍をマスラーという魔物のなめした皮で覆っている。握りやすさと、暑さ寒さ対策だった。腰には別にショートソードを差している。
いつもは鉄製の鎧を身にまとっているが、山中と言うこともあり、動きやすさを重点として皮鎧を着ていた。
彼は元グランナイツという異色の経歴を持つ。
グランナイツというのはエミリーナ教が有する騎士団である。50名を一部隊とする20部隊が存在する、精鋭の1000名だ。
ちなみにその上にはグランドナイツなる部隊も存在する。これは法皇を警護する超精鋭の100名である。
レナードはそのグランナイツの12部隊副隊長を務めた経歴の持ち主だった。当時最年少の20歳での副隊長であり、将来のグランドナイツが確実視されていた男でもあった。
だが、彼は22歳の時にグランナイツを止め、ナロンに渡りロウガ傭兵団に入団する。
グランナイツといえば誰もがうらやむ超一流の部隊である。給料、待遇、その他諸々一般庶民とは比べものにならない生活であると言われる。
そのすべてを蹴って彼は傭兵へと身を窶した。仲間達は誰もが首を捻った。
彼らの今回の依頼は山賊退治と人質の救出だ。
3日ほど前、ニード村という人口200人足らずの小さな村が10数名の山賊に急襲された。
今まで山賊の襲撃など受けたこと無い平和な村だった。その為戦える者など皆無だった。
一部の人間が果敢にも山賊に立ち向かったが、2名を仕留めただけで村の死者は10余名、けが人多数の壊滅的状況だった。
山賊達は金品や物資、そして村中の幼児と老婆以外の女性を強奪し、去っていった。
すぐに村長と無傷の数名で、この地域を納めるセシル城に陳情に向かった。
だが、城に着いた彼らに担当となった政務官から絶望の言葉が知らされる。
「事情は解った。だが、貴公らの村以外にも山賊に襲撃された村が多数あるのだ。動ける兵は皆、出払ってしまっている」
政務官の残酷な言葉に、村長達は言葉を失った。
今、ファイナリィは深刻な山賊被害に悩まされていた。1年ほど前から急激に増え始め、村々を襲い始めた。
そして、金品と女を強奪していく。救出に向かっても既に逃げ出していたり、山賊自体は退治しても女性はいなくなっている場合も多い。
いなくなった女性達の足取りは杳としてつかめなかった。かなりの組織的ルートが展開されているらしいが、山賊退治に人手を取られすぎて、調査にまで手が回らないのが実情だった。
「そんな……では妻や娘達は諦めよとおっしゃるのですか?」
「話は最後まで聞かれよ、これで傭兵を雇うのだ」
政務官は袋を差し出した。村長が中を確認すると、金貨が数10枚入っていた。政務官は地図を広げ、とある街を指した。
「貴公らの村から西へ行ったところにナロンという街がある。そこにあるロウガ傭兵団に依頼するのだ。優秀な傭兵団だがその分料金が高い。足りない分は村で出してもらうほか無い」
「わ、解りました。すぐに」
「急がれよ、時間との勝負になるであろう」
そうして、村長達はナロンまで向かい、ロウガ傭兵団に依頼したのであった。




