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第18話 暗躍

 ……時間は少しさかのぼり、昨日の夜中。


 一人の男が静かに酒を飲んでいた。

 2mを越える大男だった。ぼさぼさの金髪に、半開きの目、潰れた鼻に厚い唇、腕は常人の2倍以上はあろうかという太さをしていた。首も異常に太く、大きな顔と同じ太さを誇っている。足も胴も太い。人間と言うよりはまるで熊だった。


 熊はテーブルの上に置かれた銚子を、手酌で飲んでいた。丸椅子に座っているが、尻の大部分がはみ出ている。大きな体を縮こませるようにして飲んでいた。

 もっとも熊が飲んでいたのは酒場ではなく、泊まっている宿の自室だった。宿の者に金を払い、自室に酒を運んでもらった。肴はなく、酒だけだ。


 ここはサランという町だった。ニード村から北西に2時間ほどの距離にある町だ。

 とは言っても、メルドムとは比べものにならないほどしけている。宿や飯屋、雑貨屋等が数件あるだけの、必要最低限だけがそろっている宿場町だった。普通、こういった所にあるはずの歓楽街的なものはなく、酒が飲めるところもこぢんまりしたところが数店あるだけだ。

 とはいえ、一応は宿場街なので人の行き来は多い。様々な人間がやってくる。こそこそと人に会うには好都合と言える場所だった。


 熊はここで人を待っていた。とうに時間は過ぎている。

 が、熊は静かに淡々と酒を飲んでいる。まるでゼンマイ仕掛けの人形のように無表情で、決まった動きで飲んでいた。空の徳利がいくつも足下に転がっている。

 

 開けたままになっている窓から一陣の風が入ってきて、カーテンがバサリと揺れた。

 熊は杯をおくと、ゆっくりと立ち上がり窓の方に歩いて行く。


「遅れまして申し訳ありません、カツタダ様」


 いつの間にか黒装束の男がテーブルの脇に跪いていた。


「かまわん。首尾はどうだ」


 カツタダと呼ばれた熊は、窓を閉めながら聞いた。部屋はランプのぼんやりした明かりに包まれた。


「ライトンの拉致には成功いたしました。ですが、クレア=ヴィンテージの方は失敗いたしました」


「ライトンは成功したが、クレアはだめだったと申すか? コタロー」


「申し訳ございません」


 黒装束の男……コタローは平伏(へいふく)した。




 熊の名をホンダ=ヘイハチロウ=カツタダ。

 300年前、イーストを平定したトクワガ=ヤスイエの家臣、ホンダ=ヘイハチロウ=タタカツの子孫である。

 タタカツは勇猛(ゆうもう)の士として知られている。身の丈以上の豪槍を振り回し、敵陣に先陣をきって斬り込む。斬り込まれた隊が二つに割れるほど、恐れられた豪将だった。

 カツタダはその血をよく引いていた。熊のような体格は、かつてのタタカツそっくりだという。

 もっとも、カツタダはもはやこの世にはいない事になっている。イーストでは死亡した事となっており、家禄(かろく)は弟が継いでいる。計画のために死人となったのだ。


 黒装束の名をコタロー。

 トクワガ家が抱える『シノビ』と呼ばれる集団の現頭領だった。そして優秀な魔物使いでもあった。


 シノビとは戦闘、暗殺、諜報を得意とするトクワガ家特有の戦闘集団であり、諜報部隊でもあった。

 かつてヤスイエがイーストを統一することが出来たのは、このシノビの働きだったとも言われている。

 各地に放ったシノビが情報を収集し、ヤスイエに伝える。そしてヤスイエは集まった情報を精査し、次の一手を考える。

 他の武将は、ただ己を、そして兵を鍛え、増やし、大軍を作る事に尽力した。

 しかし、ヤスイエは情報を手に入れる事に尽力した。集まってくる大量の情報は、数が決して多くはないヤスイエの軍隊を、何十倍にする力を持っていた。

 情報は力である。このことに気が付かなかった武将は、次々とヤスイエに敗れた。そうしてヤスイエはイーストを統一したのだ。



 カツタダとシノビ衆は主君からの命を受け、数年前からファイナリィにいた。

 

 彼らの主君の名は、ミツイエ=トクワガ。

 現トクワガ家の頭首であり、現セイイタイショウグンである。

 ヤスイエは大量の子を産ませた。だが、そのうちの一人、タダヒデのみにトクワガ姓を名乗る事を許し、その他には一切名乗る事を許さなかったという。その正当たる後継者の血筋がこのミツイエだった。


 ヤスイエ、そしてその後継者と認められたタダヒデは、セイイタイショウグンになる事は出来た。

 しかし、優秀すぎたヤスイエの死後、後を継いでセイイタイショウグンとなったタダヒデは、愚行(ぐこう)としか言えない政治しか取れなかった。あわやイーストは再び内乱状態になるか、と言うところまでいったという。

 タダヒデの死後は、様々な者達がセイイタイショウグンをつとめた。だが、その後トクワガ家からセイイタイショウグンは生まれていない。

 ヤスイエが心血注いで上げたトクワガの名は、タダヒデで地に落ちてしまった。たった一代しか持たなかった。


 その後、トクワガ家はイーストの政治には参加出来たものの、他の一政務官と変わらない立場だった。それはトクワガ家にとって恥辱の歴史だった。

 ミツイエは最後の手段を使い、セイイタイショウグンになろうとしていた。

 最後の手段。かつてヤスイエが作り出していたという隠し財産、俗に言うトクワガ埋蔵金だった。


 ヤスイエが平定後、領地を民に分担した。各地を納めていたダイミョウを政務官にし、イーストの政治を担わせた。


「諸君らが統治するのは自らの領地ではない。皆でイーストを統治するのだ」


 といい、領地という存在を無くした。逆らうものは重要なポストから外し、言いがかりに等しい理由をつけ財産を没収し、逆らう力を無くした上で更迭(こうてつ)した。


 そして、口ではそう言いつつ、こっそりと自らはイワミ銀山を自らの管轄とし、銀を採掘し、ため込んだ。

 その総量は金貨1200万枚分。ちなみにファイナリィの平均年収は金貨25枚~40枚である。それをヤスイエはどこかに隠したと言われていた。そして誰にも場所を明かさず死んだという。

 その隠し財産をミツイエは20年かけ、探し当てた。そしてそれを用い、イーストのセイイタイショウグンになったのだった。


 そして、ミツイエはカツタダ達に命じたのだった。

 再びドラグーンとファイナリィを戦争に持ち込むのだ、と

 イーストのガガンボ大量発生。ファイナリィの山賊被害の横行。

 それらは全てカツタダ達に仕業であった。



 ミツイエは、イーストの大不況はドラグーンとファイナリィの戦争が終わった事によって起きていると信じていた。

 それはある意味、間違いでは無い。だが、それ以外にも要因は多々あった。


 60才以上に払われるネンキンの手厚さ。多すぎるコウムインの給料の良さ。無駄とも言える設備投資の数々。

 また商売に置いては脱税が横行していた。税をまともに払うよりも、公務員と知り合いになり、税務管理員に袖の下を渡して脱税した方が遙かに安く済んでしまう。その為、税収は足りていなかった。

 それでも戦争中の好景気には何とかなっていた。それが戦争終結と共に、一気にぼろが出たのだ。


 ミツイエはこの問題に対して、ほとんど何もしていない。


 ネンキンを削ったり、税率を上げれば自分の人気が落ちる。

 コウムインを削れば自分が恨まれ、寝首をかかれるかも知れない。


 そう思い、いまだ手をつけていない。

 やっている事はエミリーナの強烈な批判展開だ。エミリーナが戦争を止めた事により、イーストは凋落(ちょうらく)の一途をたどっている。これはエミリーナが仕掛けてきた戦争なのだ。そう国内を回り、民衆に訴えている。

 ミツイエは問題の根幹(こんかん)に手をつけず、戦争を起こす事によって景気回復させようとしていた。



 そして、今回のライトン司祭の拉致も、作戦の一つだった。

 カツタダはコタローにライトンとクレアの拉致を命じたのだ。


 本来、コタロー達はライトン一行をリジェの街に向かう途中で襲撃する予定だった。

 リジェの街付近で部隊を張り、待ち構えていた。

 しかし、ライトンに付かせていた諜報員より隼伝令が届いた。普通伝令には鳩を使った。隼を伝令にする時はよほど急ぎの時だけだった。

 急ぎコタローが中を改めると、


 ライトンが急にメルドムに向かう。急がれし


 とだけ書かれていた。

 コタローは焦った。メルドムは要塞都市である。入られたらライトンを拉致するのは不可能に近かった。


 メルドムに向かう道中を狙うしかない。


 コタロー達は急ぎ向かったのだった。急ぎだったので部隊の一部しか連れて行けなかった。それが被害を甚大にさせたと言っても過言ではなかった。




「生き残りは?」カツタダが聞いた。


「戦闘部隊で生き残ったのは拙者だけにござる。後は皆果てました。拙者も右腕を失いました」


 カツタダは目を大きく見開くと、ゆっくりと振り返った。

 コタローの右袖口は固結びにされていた。

 12人いた戦闘部隊はコタローを残し、全滅した。11人はライトンとセイジに全てやられていた。

 コタローはセイジに右腕を斬り落とされ、逃亡した後、血止めをして治療し、ここサランに来たのだった。


「それほど教団にやられたか」


「教団に……いや、ライトンにやられた者は7名でした。残りの4名は謎の男に斬られました。諜報部隊に、現在追跡させています」


「なに? どういうことだコタロー、詳しく話せ」


 コタローは昨夜のことをカツタダに話し始めた。


 ライトンは想像以上の強さだった。黒装束はおろか配下の魔物すら次々となぎ倒していった。結局、7名を犠牲にし、黒装束の雷撃魔法で相打ちに取り、ようやく止まった。

 その後、ライトンを諜報部隊に預け、クレアの捜索を開始したところにセイジがやってきた。そして、残りの4名とコタローの右腕はセイジに斬られたのだった。


 カツタダは黙ってコタローの話を聞いていた。やがてゆっくりと目を開けると、


「……その男、強いな」ぼそりと呟いた。


「剣では拙者達など足下にも及びませんでした」


「その男は教団の者か?」


「解りません、が、諜報員からの情報ですと、その後クレアと合流し、メルドムに向かったとのことです。格好は教団の者とは思えませんが、出てきたタイミング等から察するに、教団が雇った傭兵と考えて間違いないでしょう」


「むう」とカツタダは唸り、考え込むようにして無精髭だらけの顎をなでた。


 もちろんこれは勘違いだった。

 セイジがあの場に来たのは全くの偶然であり、クレアを助けたのも偶然だ。

 もっとも今現在セイジは教団との契約を結び、クレアの護衛に付いている。結果的にはコタローの言う通りになっていた。


「諜報員には後を追わせているのか?」


「はい。ただしいかなる場合でも一切手出しするなと命じてあります。特にあの傭兵には細心の注意を払い、決して近づくなと厳命してあります」


 カツタダは大きく頷いた。


「ライトンが手に入っただけ良しとしよう。ともあれご苦労であった。お前が無事だっただけでも僥倖(ぎょうこう)だ。戻ったら死んだ者達の墓を建ててやろう」


「ありがたきお言葉、散っていった者達も喜びましょう……して、御大はこれからどうされますか?」


 コタローは顔を上げ、聞いた。


「サボイに向かう。そこで明日の夜、殿にお会いする予定だ」


「クレアの拉致はおあきらめになりますか?」


「仕方あるまい、これ以上は兵がおらん。殺すならまだしも、生かして捉えることは不可能だろう」


「ならば、始末してもかまいませぬか?」


「何が言いたい」


「拙者にカタキを討たせてはいただけまいか?」


「カタキ、だと」カツタダは眉をしかめ、左目だけを見開いた。 


「仲間達と拙者の右腕のカタキを討ちとうござる」


「手はあるのか?」


「諜報員より伝書が届きました。奴らは明日、兵達の死体引き上げと現場調査のために襲撃場所に向かうとのことです。クレアとあの傭兵も同行する様です。リジェの町付近に手付かずの部隊が残っています。それらを使い襲撃します」


「成程……手駒はどれだけ残っている」


(ストレングス)とボウフラが約200程」


 カツタダは目をつむり、黙って顎をなで続けている。

 リジェ付近にはまだ大量の部隊が手付かずで残っていた。コタローはそれをぶつけようという腹だった。


「クレアが死んでも引き出せるかも知れんな」カツタダが呟くように言った。「よかろう、やってみるがよい」


「ありがとうございます」


「ただし、コタロー自身の手出しはまかりならん。例えどのような結果になろうが、生きて帰ることだ。お前の命を捨てる場所はワシが決める。よいな」


「御意」コタローは深々と頭を下げた。


「よし、では明日の夜サボイにて会おう」


 閉めたはずの窓が再び開いた、するとコタローは音もなく消えた。

 カツタダは窓を閉めることもなく、再び椅子に座り、静かに酒を飲み始めたのだった。

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