第17話 会合
次の日、正午頃。
セイジとクレアは馬車に乗っていた。
二人は並んで座っていた。セイジは腕を組んで目をつむっている。クレアは上体をひねって俯いている。たまにセイジの方に顔を向けては、弾かれた様にぱっと戻す。その繰り返しだった。
結局、昨日は最低限の会話をするだけで終わってしまった。夕食中もあまり喋らない二人を、給仕がいぶかしげな目で見ていたのを覚えている。
夕食後、酒を軽く飲んで早めに就寝した。もっともセイジは床で寝た。柔らかすぎるベッドはどうにもセイジには無理だった。
セイジの座る対面には、ガラスのテーブルを挟んで、二人の教会関係者が座っている。右側に座っている、細目で温和そうな白髪の男がバル司祭、メルドムを預かる最高責任者とのことだった。おとといセイジも会っているのだが、部屋疲れしていて全く覚えてはいなかった。
左側に座っているのが副司祭だった。年齢は不明だが、おそらく40前後だろう。頭髪がカリアゲ坊ちゃんヘアーで、髪がまるで傘の様に全方向に広がっていた。顔が細く顎が長い、セイジは心の中で彼を椎茸と名付けていた。
彼は名乗らず、馬車に乗り込んだ時からセイジをじっと見ていた。その目には侮蔑の色がにじみ出ている。馬鹿にしている視線だった。もっとも傭兵というのは下の職業に見られている事が多い。そんな視線はしょっちゅうなので、セイジは気にもとめていない。こんな事で一々怒っていたら傭兵などつとまらない。
セイジ達は例の現場に向かっていた。残したままになっている兵士の遺体の回収と、現場検証の為だ。
本来はもっと早く出かける予定だった。しかし、大雨の復旧作業が予想以上に手間取り、出発が大幅に遅れてしまった。昼食も道中で取るらしい。
セイジ達が乗っている馬車の後ろを、違う馬車がゆっくりと追従していた。後ろの馬車の荷台は空だった。兵士の遺体を乗せる為の馬車だ。
馬車はゆっくりと歩を進める。その周りを50人の兵士が囲む様にして、やや早足で歩いている。メルドムに駐留している教団の兵士だった。メルドムはエミリーナの一大拠点であるため、兵士もかなりの数が駐留していた。
セイジも当初馬車に乗る予定はなく、兵士達とともに歩く予定だったが、バル司祭に、
「過日の事を詳しく伺いたい。馬車に乗って下さい」
と、馬車の扉を開けて促されてしまったので、仕方なく馬車に乗り込んだのだった。
レナードは馬車の御者として、セイジ達の馬車を進めている。別に御者をけちったのではなく、周りに注意を払うためだった。レナードは元グランナイツだけあって、馬の扱いは上手い。ちなみにセイジは馬に乗ることすら出来ない。
「さて、それでは」
馬車が走り始めてから1時間ほどたった頃、バル司祭がぱんと手を叩いて喋り始めた。
「向こうに着く前に、過日の事件をおさらいすることにしましょう。よろしいですね」
「バル司祭、それはかまいませんが、こい……いえ、彼もこの場に同席させるおつもりですか?」
椎茸がセイジの方をちらちらと見ながら言った。ぼそぼそと聞きづらい喋り方だった。外見だけではなく、喋り方も陰湿そのものらしい。
「当然です。彼はクレア殿の護衛者であり、この事件にも大きく関わっています。彼の話と意見も伺わねばなりません」
「そうですか……司祭がそう仰るのなら」
椎茸は腕を組んで席に座り直した。それを見てバル司祭はにこりと微笑んだ。
「それではクレア、事件のことを詳しく話して下さい」
「は、はい、畏まりました、司祭様」
クレアが弾かれたように姿勢を正した。
クレアは事件の事を話し始めた。
セインの街で講釈を行い、一泊してリジェに向かう予定だった。
しかし、急にメルドムに向かうことになり、帯同していた兵士と共に、夜道を走った。
その後、魔物の群れと、謎の黒装束軍団に襲われた。
ライトンに書簡を預けられ、森に逃げるように言われたが、その森で泉に落ちた。
そして、セイジに救出された。
クレアは思い出したのか、時折涙ぐんだり、声を詰まらせながら話した。
セイジ達は黙ってクレアの話に耳を傾けていた。
クレアの話が終わった後はセイジの番だった。
夜半、道を歩いていたら強烈な血の臭いをかいだ。
現場に向かってみると、5人の黒装束に襲われた。
4人を倒し、1人は右腕を斬り飛ばしたが、逃げられた。
戦闘後、馬車を発見。中には焼け爛れた法衣のみしか残っていなかった。
奥の森に行ってみると、泉にクレアが落ちていたので救出した。
セイジは淡々と話した。司祭達も黙って聞いていた。
「よくわかりました、ありがとうクレア、セイジ殿」
セイジが喋り終えたのを見て、バル司祭が言った。
「セイジ殿がやってきたのは、クレアが泉に落ちた後となりますか?」バル司祭はセイジに視線を向け聞いた。
「時間軸から言って、おそらくはそうかと思います。兵士の死体に触れましたが、まだほのかに体温を残しておりましたので」
「そもそも何故そのような時間にお前は歩いていたんだ?」今度は椎茸が聞いてきた。
「ニード村にて山賊退治の依頼を受けていました。それが終了し、戻る途中に異変を感じまして現場に向かったところ、謎の黒装束の軍団と遭遇したのです」
「異変……ねえ」椎茸はうさんくさそうな顔で、セイジを見ている。
「クレアの話にもあった黒装束ですが、セイジ殿はどう思われました?」
「……夜盗ではないでしょう。傭兵とも少し違うような感じも受けました」
「ほう……どうして」バル司祭の目が鋭くなった。
「夜盗や山賊というのは所詮『個』の連中です。連携は苦手です。傭兵も戦争が終わった今、かつての『組織』から『個』に移りつつあります。しかし、あの黒装束達は明らかに連携を重視した『組織』の部隊でした。しかも、かなりの戦闘訓練を受けている、そう感じました」
「黒装束達に思い当たる点はありますか?」
セイジは黙って懐をごそごそと漁り始めた。そして紙に包まれた長細い物を取り出した。
紙を剥くと、一本の棒が出てきた。それを中央のテーブルに転がす。
長さ15cm程の鉄の棒だった。鉛筆を太くしたような六角形になっており、尖端が鋭く尖っている。
「これは?」
「黒装束の一人が投げてきた物です。尖っていますのでお気をつけて」
あの戦闘の時、黒装束が投げてきた物だった。セイジがかわし、背後の木に刺さっていた。次の日の朝、付近を調べている時発見し、確保していたのだった。
椎茸が手を伸ばしてつまみ上げようとする。だが、持ち上がらない。
「な、重いな」
「そう、重いです。普通の人ならば、指でつまみ上げるのも困難かもしれません。これがまともに命中すれば、どんな部位でも破壊できます。急所ならば一撃必殺となるでしょう」
「確かに……そうですな」
言いながらバル司祭は、右手の親指と人差し指で難なく持ち上げた。
この司祭、かなり筋肉をつけている。そうセイジは思った。
教会の司祭というのは、普通椎茸のようにひょろっとしているか、ぽっちゃり系かの、どちらかのことが多い。
だが、バル司祭は違った。棒を持ち上げている指は丸く太く、また皮も厚く、ささくれ立っている。つまみ上げた右手に、拳ダコが出来ているのも見えた。明らかに司祭の指ではない。打撃系の指だった。
「この武器に覚えはありますか?」
「私はかつてドラグーン、ファイナリィと渡り歩きました。ですが、このような武器は初めてです。強いて言えば投槍に似ていますが、明らかに長さが違います」
「とすれば第3国、と言うことになりますか」
第3国とはもちろんイーストのことだ。バル司祭は棒をテーブルに置いて、深く息をついた。
「セイジ殿、他に何か気が付いた点はありますか?」
再びバル司祭がセイジを見て訪ねた。セイジは視線を下げ、顎をつまむようにして撫でていた。
「質問に質問でお返しするようで、申し訳ありませんが……」
「かまいません、どうぞ」バル司祭は右手を差し出し、促した。
「……今回の事件、ライトン司祭の誘拐を目的として行われたのでしょうか?」
クレアがびくりと体を震わせ、セイジを見た。椎茸も腕を組んだまま、セイジを下から睨めつけるように見ていた。
バル司祭は目をつむり、額に人差し指をあてていた。考えているのだろうか?
もっとも、答えてはくれないだろうな、とセイジは思っている。
明らかに突っ込みすぎた質問だった。普通ならば、雇われ傭兵程度が聞いて良い質問ではない。調査を依頼されているならまだしも、依頼はクレアの護衛だ。
ただ、クレアから事件の概要を聞いた時、ふと頭をよぎったことがあった。
だから、聞いてみた。けんもほろろにあしらわれるかと思ったが、バル司祭は考え込んで、黙っている。
「何故そう思われたのですか?」
バル司祭は目をつむったまま、セイジに聞いた。
「クレアの話にもあった通り、現場には4種類の魔物の死体がありました。オーク、ゴブリン、マスラー、ガガンボ……魔物に横のつながりなどありません。しかもガガンボはドラグーンに多く生息しています。ファイナリィでは滅多に見ることなどありません。
と言うことは、あの黒装束軍団の中に魔物を操れる者がいて、兵士達を襲わせたと思われます。そして兵士達を引きつけた隙に、黒装束達はライトン司祭とクレアの乗った馬車を急襲した……つまり、馬車は偶然襲われたのではなく、計画的に襲われたのだと思いました」
「しかし、ガガンボを操った、などという話は聞いたことないぞ?」
椎茸が言った。それはセイジも引っかかったことだった。
先の3つの魔物を操る人間がいるのは知られている。特にマスラーなどは食肉用として飼育しているところもある。マスラーの肉は高級食材でもあった。
だが、ガガンボを操ったと言う報告は今まで存在しない。ガガンボは操れない魔物と言われていた。
「私も聞いた事はありません、しかし、状況から見るに、ただ襲ってきたと考えるのは無理があるかと思います」
「むう……」椎茸は唸ると、腕を組んで黙った。セイジは話を続ける。
「さらに馬車の中に焼け爛れた法衣を発見しました。私は翌朝、付近を見回りましたが、ライトン司祭と思われる遺体は発見できませんでした。おそらく攫われたのでしょう。では、何故法衣を残していったのでしょう?」
「え?」下を向いていたクレアがセイジを見た。「法衣を残したことの意味があるのですか?」
「法衣も一緒に持っていけばいいだろう? 重い物ではないんだから。さらに言えば、わざわざ馬車に置いていくことはないだろう。その辺に放り投げてもいいはずだ。じゃあ、何故馬車に置いていったか」
「……見つけてほしかったから、ですか?」
「そうだ、敵はライトン神父を攫った、と言うことを教団に伝えるために法衣を残した。俺はそう思った」
「私もそう思いました」バル司祭が目を開いた。「失礼ですが、セイジ殿はエミリーナの信者ではありませんね?」
「ええ、私は無神論者です」
「ではご存じないでしょうが、ライトン司祭は前法皇ウェイン様の右腕と呼ばれたお人です。そして、次期法皇候補の一人でもあります」
な! セイジは心の中で驚きの声を上げた。話が突然でかくなった。
最もこれはセイジが知らないだけで、エミリーナ教徒の間では周知の事だが。
「そして、私はライトン司祭の直弟子でもあります。今回の予定についても知らされておりました。地方を回り講演していたとのことですが、これは表向きであり、本当はとある調査をしていたのです」
「バル司祭!」椎茸が声を荒げた。ちらちらとセイジに視線を送りながら、バル司祭の肩に手を置いた。
バル司祭は何も言わず、じっと椎茸を見た。その視線は冷たく、重い。椎茸は小刻みに震えだすと、手を肩から離し、椅子に座り直した。膝に手を置いて、視線を下げ、小さく縮こまっている。
「ファイナリィの山賊と、ドラグーンのガガンボ大量発生。これにイーストが何らかの形で関わっているのではないか? その調査ですか?」
セイジは思い切って核心を突いてみた。クレアは横から、じっとセイジを見つめていた。
「ほう……ご存じでしたか」バルがセイジを見て、わずかに口を歪ませた。
「推測でしたが、どうやら当たりのようですね」
セイジはにやりと笑った。だが、内心では驚いている。
以前、メルドムに向かう道中、クレアはセイジの背で言った。
イーストがドラグーンとファイナリィを再び険悪状態にさせることによって、経済再生をさせようとしているとは考えられませんか? と。
セイジはそれを一蹴した。そんなことをするにはリスクがでかすぎるし、金がかかりすぎる。その時はそう思った。
だが、クレアの話を聞き、状況を整理していくと、イーストの仕業である確率が極めて高く感じられた。
最大のポイントはライトン司祭の拉致だった。次期法皇候補を攫う……こんな大それた事を山賊達や夜盗がやるはずはない。第一、彼らはエミリーナの姿を見れば逃げていく。関わり合いになったが最後だからだ。
当然、ファイナリィもドラグーンもやるはずがない。エミリーナを敵に回したら、もう一方の国と手を組み、聖戦と称して攻めてくるだろう。そんなことになったら終わりだ。だから両国とも、エミリーナの顔色を必死に窺っている。
両国にも反エミリーナの組織は存在する。が、ごくごく少数の泡沫組織だ。金も無ければ人員もそろってはいない。さらに要注意として、両国とエミリーナに首根っこを押さえられている状況だ。行動を起こす確率はゼロではないが、きわめて低い。
イーストはエミリーナと宗教的対立を繰り広げている。動機は十分であり、また、金と組織は持っているだろう。大不況に苦しんでいるとは言え、一国なのだから。
さらにはドラグーン、ファイナリィでは見た事のない武器。イーストの犯行である確率は一気に跳ね上がった。
「セイジ殿の仰る通り、ライトン司祭はファイナリィ、ドラグーン両国の異常事態について極秘で調査していました。そしてある程度の真相にたどり着いたようです。その事を書簡にしたためておりました」
「あの手紙が読めたのですか?」クレアが驚きの声を上げた。あの修道衣に入っていたびしょ濡れの手紙か、とセイジは思った。
「読めたのは一部です。ですが、その部分だけでも、ある程度は解りました」
「イーストが関わっていると言う決定的な証拠を、司祭は掴んでいたと言う事ですか?」
「申し訳ありませんが、そこはお答えできません」
セイジの質問に、バル司祭はゆっくりと首を振った。
「ライトン司祭とクレアを襲った間者は、イーストの者とみて間違いないでしょう。喪中と言う事もあり、お忍びで動いていたのが仇となりました」
「教団はイーストになにか行動を起こすのですか?」
「今の状況では無理ですね……明確な証拠がありません。ご存じかとは思いますが、エミリーナとイーストは敵対状態にあります。証拠もなしに下手なことをすれば、それがきっかけで戦争ともなりかねません」
「だから、これから現場に向かうのだろう? その黒装束達をあらためれば、何か決定的な証拠が出るかも知れないだろう?」
久しぶりに椎茸が発言した。しかし、セイジは
「おそらく無理でしょう。というか、もう黒装束達の死体はないでしょう」
と言い、首を横に振った。
「何故だ!? ライトン司祭とお前で倒したのだろう?」
「もう始末されているでしょう。少なくとも、私が黒装束の長ならばそうします」
「ならば何故、黒装束達の死体の一つでも持ってこなかった!」
椎茸は声を荒げた。
死体を持ってこい、とはね。自分が荒唐無稽な事を言っていることには気が付いていないようだ。
「自体がそれほど逼迫したものとは思っても見ませんでした。それにクレアが怪我をしておりましたので、メルドムに向かうことを優先と致しました」
「申し訳ありません……」クレアが呟くように謝った。
「あ、いえ……クレア殿のせいではなく……私が言いたいのは……」
「ともかく」バル司祭が椎茸のいいわけを遮るように声を出した。「後は現場に着いてからにしましょう。よろしいですね」
バル神父は馬車内を大きく見回した。クレアはうなずき、椎茸はさらに小さくなった。
セイジは何も言わず、首を縦にも横にも振らず、バル司祭をじっと見ていた。
それで話し合いは終わった。昼食となり、クレアが後ろに置かれていたバスケットからサンドウィッチを出し、配り始める。よく売られている食パンタイプの物ではなく、バゲットタイプのパンを使った厚いサンドウィッチだった。胡椒をきかせたチキンを、レタスとトマトで挟み込んでいる。
セイジの所には4つ置かれていた。厚く、でかいタイプなので食い応えがあった。他の面々は1つしか置かれてはいない。もちろん、セイジには4つでも余裕だった。
「セイジ様、どうぞ」クレアが冷たいお茶を入れたグラスを差し出した。
「ありがとう」セイジは受け取り、飲みながら考える。
聞けていないことがもう一つあった。
何故、黒装束達がメルドムに向かう馬車を襲えたのか、と言う事だ。
クレアは言った。
本来は次の日にセインからリジェにむかう予定だった。だが、急にメルドムに変更となり、慌ただしくセインを出た。
予定は急に変わった。しかし、その馬車を襲った、計画性を持って。
考えられる事は一つだった。
情報が漏れている。それしかなかった。
エミリーナの兵士達が漏らした、と言う考え方も出来るが、確率は低い。彼らは教道のために殉ずる事も厭わない者達だ。家族を人質に取られても、教道に悖る行動を起こすとはあまり考えられなかった。
何かの手段を使って、情報を手に入れたと考えるのが自然だった。
セイジはバル司祭に視線を向けた。クレアからもらった茶を飲みながら、窓の外に目を向けている。
気が付いていないはずはない、と思う。
バル司祭も情報が漏れている事に気が付いているはず。だが、その類いの話は一切無かった。話す必要は無いと言う事なのか? 一傭兵にあそこまで話しておいて。
情報が漏れていても、もうイーストの連中には何も出来はしないと高をくくっているのか? それとも……。
セイジは手の中で空のグラスを回しながら、じっとバル司祭を見た。
バル司祭はセイジを無視するかのように、外に視線を向けたまま、微動だにしなかった。
馬車が現場に着いたのは、それから1時間後の事だった。




