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第11話 要塞都市

 要塞都市メルドム。


 5km×5kmの正方形の形をした街である。その街を高さ15mの鉄の壁が、ぐるりと覆っている。

 街の東西に高さ10mの大きな扉があり、出入り口はその2カ所だけだ。


 数百年前、ドラグーンにこの地まで攻め込まれたことがあった。メルドムは互いがぶつかり合った主戦場となり、街は壊滅状態となった

 メルドムは今に負けじと劣らず華やかで美しい都市であったが、戦争により見るも無惨な廃墟と化した。

 建物は壊され、土地は焼き払われ、道には死体が転がり、死臭が街を覆っていた。


 生き残った者達は、街を必死に再建した。死体を埋葬し、がれきを片付け。建物を再建した。

 数年かけてメルドムは復興した。かつての華やかさには及ばなかったが、街は徐々にかつての賑やかさを取り戻していった。

 しかし、かつての壊滅状態を知る者達は、再びメルドムが燃やされ、破壊されるのではないか、と心のどこかにおびえを持っていた。


 当時の市長も同じ思いだった。2度とメルドムを廃墟にさせはしないと。

 そして、街全体を巨大な鉄壁で覆い始めた。それも普通の石壁ではなかった。高さ10以上の巨大で強固な鉄の壁だ。

 反対意見もあった。が、それを押しきり、市長は巨大鉄壁で街を覆った。巨大な防壁で街を覆い、見張りを立たせる高台も設立した。

 数十年にわたる工事の末、鉄壁は完成した。完成を見届けた市長は満足そうに頷いたと言われている。


 市長の死後、壁はさらに厚く覆い固められ、厚みも2倍となり、高さは5m近く増した。

 もっとも、幸か不幸かメルドムはその後ドラグーンの侵攻を受けることはなかったが。

 今は観光名所と、ファイナリィにおけるエミリーナ教の一大拠点として、メルドムはファイナリィ有数の一大都市となっていたのだった。




 日は暮れているが、街を歩く人達に急いでいる気配は無い。路上に座り込み、話し込んでいる若者達も多く見られた。

 他の街であれば、日が暮れれば皆、己の家に足早に帰宅するものだ。だが、メルドムにそれは当てはまらない。


 近年発見された『ガス』という天然エネルギーを使用している、ガス灯なる物が街の各所に配置されていた。メルドムは鉄の壁に覆われているため、日が当たらない部分が多く存在する。それを補うための措置であったが、今では街のあちこちに配置され、夜でも明かりなしで街を歩ける様になった。メルドムの街は夜中まで営業する店が多く存在し、眠らない街とまで言われている。

 セイジは窓縁に肘をかけて、右手の琥珀色の液体が入ったグラスを(あお)りつつ、そんな眠らない街を眺めていた。


 ここはメルドム1の呼び名も高いセラヴィという名のホテル。その最上階に存在するプレミアルームの一室だった。

 本来は国賓(こくひん)級や超金持ちなどが泊まる超高級ホテルの超高級ルーム、そんな傭兵とは縁遠いはずの一室で、セイジは上機嫌で酒を飲んでいた。




 メルドムに着くと、クレアはセイジの背から降りた。これからどうするのか? とセイジが聞くと、何かを探す様に、きょろきょろと辺りを見回した。


「セイジ様、ここまでありがとうございました。お疲れでしょう、私が宿の手配をして参りますので、少々お待ちください」


 そう言うと、クレアはぺこりと頭を下げ、すぐ目の前の建物に小走りしていった。宿等を手配している案内所だ。


 大丈夫か? と心配したがクレアの足取りはしっかりしていた。とても昨日死にかけていたとは思えない。

 シスターの一部には回復力が異常に高い者がいるというのは聞いた事があった。これは自動回復(リカバリー)がかかっているからだろうと言われている。高い魔力を持つ者が、回復魔法を扱える様になると起きる現象の様だ。あふれた回復魔法が体を覆い、少しの傷ならば勝手に直ってしまうらしい。


 ともあれ、セイジはここで待つことにした。メルドムに来たことはあったが、立ち寄った程度で、泊まったことなど一度もなかった。

 もっともその理由は高いからだった。今や観光名所として名高いメルドムは、他の町に比べて全ての価格が高い。普通の宿でも一泊が、他の街の2倍近くする。

 確かに綺麗でサービスも行き届いているらしいが、そんなものは求めてはいない。だからセイジはこの街で宿を取ったことはなかった。



 かれこれ10分が経過しようとしていた。


 セイジはクレアが入った建物を見ながら、体を左右に揺らしていた。あまりにも遅いからだ。

 宿の手配は普通簡単に終わるはずだ。空いている宿の一覧から選ぶだけ、混んでいたとしても5分程度で終わるはずだ。


 なにかやっかいな客が揉めているのだろうか? まさか中で倒れているなんて事は。


 様子を見てこようかと思った時、正面から馬車がゆっくりと走ってきた。避けようと道の端によると、馬車はセイジの真横で止まった。御者(ぎょしゃ)が降りてきてセイジに(うやうや)しく一礼すると、馬車の扉を開けた。


「お待たせいたしました。どうぞお乗りください」


 そこにはクレアの姿があった。え? とセイジは御者とクレアの顔を交互に見る。


「馬車って……お前さん、宿を取りに行ったんじゃなかったのか?」


「そうですよ。この馬車がホテルまで運んでくださるそうです」


 御者が「どうぞお乗りください」とセイジに手を差し出した。狐につままれた様な表情で、セイジは馬車に乗り込んで、クレアの向かいに座った。


「10分くらいで着くそうです」


 クレアがにこやかにセイジに話しかけた。と同時に馬車が走り出す。


「どこの宿を取ったんだ?」


「セラヴィと言うところです。あ、宿の払いは教会の方で持ちますのでご安心下さい」


「ああ、それは助かる……が」


 何か言おうかと思ったが、止めることにした。馬車を町中で乗り回すのは金持ちくらいのものだが、払うのは向こうだし、金持ち教団にはこのくらいは屁でもないのだろう。

 馬車が徐々にスピードを落とし、やがて止まった。御者が扉を開け、到着しましたといった。10分もかかっていなかった。




 馬車から降り立ったセイジは、目の前にある建物を見て、呆然と口を開けたまま立っていた。


 そこには城があった。所狭しと建物がある街の中央に、どんと強大な城がそびえ立っていた。

 その建物のみが煉瓦の壁で囲われている。入り口の門には兵士らしき者が2名、入り口をふさぐ様に立ち、じっと周りを睨め付けている。


「行きましょう、セイジ様」


 クレアが呆然としているセイジの手を取り、中に入ろうとする。


「お、おいクレア、ここに入るのか? セラヴィって宿に行くんだろう」


「はい、ですからここがセラヴィですよ?」


「はあ!?」


 セイジは声を上げてもう一度建物を見上げた。



 セイジは無駄に豪華なソファーに身を埋め、ぼーっと天井を見ていた。

 疲れたのだ。メルドムに着くまでクレアはずっとおぶっていたからではない。この豪華な建物に疲れたのだ。いわば精神的な疲れだ。


 無駄に豪華な庭園を抜け、無駄に豪華な建物の中に入り、無駄に豪華な格好をしているボーイに案内され、後をついて行く。そんな様子を、無駄に豪華な出で立ちをしている貴族の連中達が、明らかに奇異(きい)の目でセイジを見ていた。


 正直、場違いこの上なかった。セイジの格好は地の厚い戦闘服だが、一見すればただの作業着に見える。朝一度新しいものに着替えているとは言え、所々破れたり色落ちしているその格好は、どう見てもみすぼらしい。雑多な飯屋にいるなら普通だが、貴族達が集まるこの場所では異端(いたん)に他ならない。ついでに言えば、帯刀している客もセイジ一人だけだった。


 クレアは乾いた修道服を身に纏い直していた。エミリーナにとって修道衣はいわば制服であり、どのような場所でもこの格好なので別に気にしたふうはないし、周りの目も普通である。また慣れたふうに案内役の男と話し、悠々と歩いている。

 対してセイジはおっかなびっくり、びくびくこそこそ歩いている。その歩き方がさらに周りの奇異な視線を誘っているのだが、本人はそれどころではない。


「こちらがお部屋になります」


 言いながらボーイが扉を開ける。そこは無駄に豪華で馬鹿でかい部屋だった。

 セイジはナロンの街に自分の家を持っている。3年前に購入した、その家の3倍の大きさがあった。セイジの家が狭いというよりは、この部屋が広すぎるのだ。


 正面には10人くらいで囲める程の、大きい真っ白なテーブルがあった。木ではなく石を彫りだして作ったものだ。4つの足それぞれに違う動物の彫り物がしてあるのが解る。

 左側には大きな天蓋(てんがい)付きのベッドが2つ見える。一つのベッドで大の大人が3人くらい寝られるほど大きい。さらに左奥が浴室の様だった。もっとも、一面のすりガラスになっていて何があるかは解らない。

 高そうな調度品があちこちに置かれ、壁にはこのホテルの庭園を描いた絵が飾られている。それら全て価値が高いのだろう。だが、セイジには目の前に置かれている壺と、雑貨屋で売られている壺との違いが全くわからない。むしろこの部屋に置かれている壺の方が機能的では無い分、彼の中での価値は低い。


 セイジはふらふらと左奥にあった、これまた高そうなソファーに倒れ込んだ。ソファーは気持ち悪いほど良く沈み込んだ。

 きらびやかな部屋に心はちっとも安まらない。だが、周りの視線からようやく逃れられることができた。ふうと大きく息をつく。

 クレアは「教会に報告がありますので30分ほど出てきます」と言って部屋を出て行った。付いていった方がよかったのだろうが、今あの視線を受けたらぶっ倒れると思ったので、部屋で待っていることにした。

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