表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/72

第10話 栄枯盛衰

「あの……すいません」


 クレアがセイジの背中で申し訳なさそうに呟いた。


「かまわん、というかあのペースで歩いていたら夜になる」


「申し訳ありません……」


 クレアは俯き、消えいりそうな声で言った。


 今、二人はメルドムの街に向かって歩いていた。もっとも歩いているのはセイジだけであり、クレアはセイジの背におんぶされていた。

 理由は当然、クレアの足が遅すぎるせいだ。よたよたと酔っ払いの様に歩くクレアを見かねて、セイジが背負ったのだった。

 もっとも昨夜死にかけていることを考えれば、歩けているだけで奇跡に近いのだが。


「重くないですか?」


「別に重くない。というか軽すぎるくらいだな。もう少し肉つけた方が良いぞ」


「は、はい、畏まりました」


 畏まるのか、と思いながらセイジは歩き続ける。


 一人ならばメルドムまでは3時間位の道のりだが、このペースだと倍以上の時間がかかりそうだ。到着は夕方になるだろう。


 メルドムに続く道を歩いているのはセイジ達だけだった。後ろから誰かが来る様子も、向こうから来る様子もない。


 ファイナリィは冬が厳しいため、10月ともなると人の行き来はぐっと減る。さらに最近の賊騒ぎの影響もあり、荷物運びの連中が徒党(ととう)を組んで行動するくらいで、一人歩きするモノなど滅多にいない。

 春から秋口まで働き、冬を乗り越えるほどの食料等をため込む。そして冬はゆっくりと休む。それが冬の厳しいファイナリィの基本だった。


「あの、今更なのですが、お聞きしたことがあるのですが」


「ん、なんだ」


「何故、夜中にあのような場所にいたのですか? まあ、おかげ様で私は助かったのですが」


「ああ、それは……」


 セイジはクレアにニード村での山賊退治の話をした。その仕事が終わり、帰る途中に異変を感じ、あそこに立ち寄ったのだと。

 クレアは黙ってセイジの話を聞いていた。途中一言だけ「山賊……」と呟いたのみだった。

 セイジが一通り話を終えても、クレアはしばらく黙り込んでセイジの背に額を押しつけていた。それが何ともこそばゆい。


「セイジ様、ファイナリィとドラグーンが再び戦争となったとしたら、得をする人間とは誰でしょうか?」


「なんだ? いきなり話が変わったな」


「戦争中より治安は格段に良くなり、税率も大きく下がりました。ドラグーンから良質な食材も手に入れることができ、いろいろな意味で豊かになりました。戦争になれば、これらすべては元に戻ってしまいます。戦争になれば得する者というのが、私にはどうしても見えません」


「優等生の答えだな」


 つい口から嫌みな答えが飛び出た。そんなつもりはなかったのだが、クレアの質問が、少し心を逆なでしたのもあったのだろう。


「逆に考えて見るんだ。戦争が無くなって損をした人間という考え方だ」


「……傭兵達ですか?」少し言いにくそうにクレアは答えた。


「そうだ、傭兵達は戦争が終わっていらなくなった。戦うことしか能の無い連中だからな、飯が食えなくなった奴も多い」



 傭兵達は戦争が終結したと同時に、失職した者が多い。


 仕事はドンドンなくなって、傭兵同士で奪い合いになる。力の無い傭兵グループは次々と職を失い、放浪し始めた。

 戦いに生きてきた男達だった。いざ、まともに働け、と言われたところで難しい。

 王都や大きな街まで行けば何か食えるかもしれないと思い、都市にたむろしだす。なけなしの金は全て酒や女に使う。結果、金が無くなった元傭兵は餓え死や衰弱死する。冬に数千人単位で元傭兵が凍死した都市もあった。

 当然、死にたくないから悪事に手を染める者も多く現れた。

 強請(ゆすり)、たかりはかわいいもので、強盗や殺人に手を染める者も多くなってくる

 飯が食えなくなって山賊に落ちた連中も多かった。その元傭兵の山賊達を、現傭兵達が討つ。ある意味同士討ちとも言えた。


「同じ理由で武器商人達も食えなくなった奴が多い」


 セイジの言葉に、クレアは大きく頷いた。


 武器商人達も戦争が終わり、冷や飯を食わされる羽目となった。

 騎士団や傭兵団と個々に契約を結んでいた者でも厳しい状況に追いやられた。そして、一般の武器屋達は厳しいどころの騒ぎではなかった。


 とにかく武器防具が何も売れない。戦争が終わり、人々が欲しがるのは農耕機具の方であった。仕方なしに剣や鎧を溶かし、(くわ)や鎌などに作り直し販売する。もっともそれは儲けにはならない。赤字を少しでも減らしているにすぎない。

 戦争時に乱立していた店は次々と潰れていった。残ったのはがらくたとなった武器防具と借金だけだった。戦争が終わった後、首を吊る羽目となった武器商人たちは枚挙に(いとま)がない。

 山賊達と手を組む者達も出てきた。結果、山賊達がどんどん強化されていく。負の連鎖だった。




「後はイーストですか? ファイナリィとの貿易が減り、財政が厳しくなっていると聞きます」

「そうだな、イーストも戦争が無くなって損をしている」


 イーストとはファイナリィに面している第3の国だ。


 面しているとはいえ四角形の形をしているファイナリィの右隅を僅かに面しているだけだ。後は海に囲まれている。

 国土面積はファイナリィやドラグーンの4分の1程度しかないが、人口はファイナリィよりやや少ない程度だ。

 その為、狭い面積に人がぎゅうぎゅうに押し込められている。家も小さくまとめられた物が多く、ファイナリィの人々から見ると「ウサギ小屋」らしい。


 イーストは長年にわたったドラグーンとファイナリィの戦争において中立の立場を取った。


 もっともイーストは長年の大名と呼ばれる地域権力者が、全土統一を目指し戦いを繰り広げていた。いわば内乱状態が常態化しており、おおよそ300年前にミカワコクのヤスイエ=トクワガが全土統一を果たすまで700年近く内乱が続いていたという。


 統一後、ヤスイエは政府を設立し、自ら初代セイイタイショウグンとなり、内乱の続いていたイーストを平定させた。また、かつての敵だった大名達も政府の主要ポストに配し、国家の運営を(にな)わせた。これは画期的な手法であった。負けた敵将は数々の拷問の上で打ち首となるのが普通で、一族は男は打ち首か流罪、女は慰み者にされるか出家させられるかのどちらかだった。

 それをヤスイエは全て水に流した。そしてイーストの発展と平定を、共に誓わせたという。

 その上で、敵将の姉妹や、正室との間に生まれた未婚の女性を自分に一人差し出させた。名だたる武将の娘達を自らの側室に迎え、その全てに子供を産ませたという。そして敵将に


「これで貴方と私も家族ですな」


 と、笑って言ってのけた。元敵将はその笑みに震え上がったという。

 (よわい)64まで子供を作り続けたヤスイエの剛胆さと、自らの娘や、側室とは言え嫁を平然と人質に取る残虐さと狡猾(こうかつ)さをしめすエピソードだ。



 その後、イーストで大きな内乱が起きることはなかった。

 しばらくすると、隣国であるファイナリィに食料品や衣類を輸出し始めた。戦争中で、兵器の生産に人手を割いていたファイナリィにとっては渡りに船であり、イーストとしては格好の儲け話だった。


 輸出事業は軌道に乗り、貿易黒字でイーストは潤っていった、税金は安くなっていき、かつての内乱で荒れ果てた街は、夜一人で歩いていても問題ないほどに治安は良くなっていった。

 平和の国として、イーストはみるみるうちに発展をし、300年間の安息の刻を得ることができたのだ。


 戦争に疲れたドラグーンやファイナリィから逃れてくる人もおり、人口は増える一方だった。

 もっともそれほど2カ国から逃れてくる人は多くなかった。それには宗教の問題がある。


 イーストにはオウル教という古来からの宗教があり、エミリーナ教を邪教と言い放った。

ヤスイエは熱心なオウル教の信者であり、国内でのエミリーナ教の信仰を認めなかった。 そしてエミリーナ教の人間はいかなる理由があっても入国を許可しないと宣言したのだ。

 数年後隠れエミリーナだったシロウ=アマクサが信徒を集め反乱を起こすも、これを圧倒的な武力で鎮圧し、参加者の一族郎党を問答無用で貼り付けの刑に処した。女子供も一切容赦しない徹底ぶりだった。

 それ以来、イーストではエミリーナ教は最大のタブーとなったのだった。エミリーナ側もイーストを蛮族の国といい、互いに絶縁状態となった。



 順風満帆だったイースト経済が崩壊し始めたのは、皮肉なことに休戦後だった。


 休戦により、両国の戦争に回されていた人員が、農業等に回される様になったのだ。自国生産量が爆発的に増え、当然イーストからの輸入量は大幅に減ることとなった。

 さらにその数年後には、ファイナリィとドラグーンの貿易が開始される。イーストの入り込む隙間はさらに減ることとなる。

 肥沃な大地で生産される芳醇な作物は、イースト産とは質、値段共に比較にならなかったのだ。

 この時点で、ファイナリィとイーストの総取引は最盛期の10分の1程度まで落ち込むこととなっていた。


 300年の間に、イースト経済の大半はファイナリィへの輸出に頼る様になっていた。

 その要だった輸出が激減したことにより、イースト経済は空前絶後の不況に陥ったのだ。


 対ファイナリィ輸出を担っていた店の多くが倒産や閉店に追い込まれた。多額の負債を抱えている店が殆どだったので、従業員達は退職金も出ずにいきなり解雇となった。

 失業者が増えたことにより、経済は急激に冷え込んでいった。各所で次々とドミノ倒しの様に倒産していく。

 かつて1%台だった失業率はわずか10年で10%を越えた。そして今日も増え続けている失業者を、イーストは止められずにいる。

 戦争が終わり豊かになっていくドラグーンやファイナリィを尻目に、イーストは坂を転がり落ちるかの様に貧しくなっていく。




「セイジ様は、今ドラグーンとファイナリィの関係が悪くなっていると聞いた事はありますか?」


「ああ、そういう話は聞いたことがある。両国の交流イベントがそこかしこでやっていたのに、今ではとんと見なくなったからな」


 傭兵をやっているとこういった噂話は良く聞こえてくる。

 傭兵団の長、ロウガはこういった情報収集に余念が無い。これからの傭兵家業は情報戦になるというのがロウガの口癖だった。


「イーストがドラグーンとファイナリィを再び険悪状態にさせることによって、激減したファイナリィとの貿易を復活させ、経済再生をさせようとしているとは考えられませんか?」


「確かにそういう考え方もできるだろう。でも、それはあくまで机上の空論だ」


「そうですか?」


「リスクがでかすぎる。考えても見ろ、それだけのことをするには金がかかりすぎる。完全に戦争状態に持って行けるなら別だが、結局今のところいざこざも起きず、ドラグーンとファイナリィの腹の探り合いだ。費用対効率が悪すぎる。今のイーストにそんな余分な金があるとは思えない。

 それにイーストが二国に再び戦争させようと関わってると仮定した場合、ばれたら今度はイーストとファイナリィの戦争になる。ドラグーンも乗っかってくるかもしれない。イーストに勝ち目は到底無いぞ」


「なるほど」とクレアは呟いた。


「確かにイーストのファイナリィ貿易量は格段に減っている。だが、イーストに近い地域ではいまだ活発に取引は行われている。大陸の東側は、ドラグーンと貿易するには足代がかかりすぎるからな。多少品質は落ちてもイーストと貿易する方が儲かる。ファイナリィといざこざを起こせばそれも全てパーだ。違うか?」


 クレアはセイジの答えに何も答えず、黙り込んだ。セイジの背中で何事か呟いているのは解ったが、何を言っているのかは解らない。

 クレアの質問も終わった様なので、再びセイジは黙って歩き始めた。


 ……今の質問は言いたいどういう意味があるんだ?


 そう聞いてみたい気持ちはあったが、やめておいた。あの質問は思いつきで言ったとは思えなかった。おそらく昨夜の事件に多かれ少なかれ、関わっているのだろうと思った。


 だいたい昨日の黒装束達は何なのか? 明らかに素人ではなかった。夜盗とも違う。奴らは部隊の連携力があった。個で戦う山賊や傭兵達とは戦い方が違った。訓練を受けた部隊の様に感じた。

 だが、教団の事に一傭兵が深く首を突っ込んでも良いことはない。それに今は聞ける立場でもない。根掘り葉掘り聞こうとする傭兵などいない。傭兵はただ黙って、余計な詮索はせず、依頼者の望むように動くものだ。




 それからは無言で二人は歩き続けた。いつの間にかクレアはセイジの背で眠っていた。気にすることもなく、セイジはペースを緩めることもなく、歩き続ける。


 やがて西に沈もうとしている日の光が、オレンジ色に変わろうとしている頃、一面に広がる黒い壁が見えてきた。

 平原にそびえる高さ15mの鉄の壁。見渡しても切れ目の見えない鉄の壁は、ぐるりと街全てを覆い尽くしている。

 難攻不落の要塞都市と呼ばれる街、メルドムに到着したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ