死を書く
「何か怖い話は無いかって?」
私の問いに、目の前の老人は目を細めて笑った。
老人はやおら立ち上がり、奥へと消える。私はその間に、ゆっくりと部屋を見回した。
若い頃は新聞記者をしていたという老人。壁には彼が書いた記事だろうか、切り抜きが貼られ、床にもスクラップブックが積まれている。
その内の一冊をそっとめくってみる。数十年前、魔女だと言われて国を騒がせたR公爵夫人の事件、はたまた、これも話題になった毒殺魔、Y・Gの事件。
「待たせたね」
老人が戻って来た。その手には、古びた万年筆が握られている。
「それは?」
「私が記者として働いていた間、ずっと使っていたものだよ。これを持って取材に行き、これを使って記事の原稿を書いたものさ」
老人の顔に懐かしそうな笑みが浮かぶ。
「はあ、しかしとても怖いものには見えませんが」
「そう思うかね。しかしこの万年筆は、これまでに何人もの人を殺しているのだよ。例えば……、そう、そのスクラップブックのR公爵夫人の事件だ。彼女は魔女だとされた。けれど彼女が魔女である証拠など、何一つなかったのだ。しかし当時、新聞や雑誌は彼女が魔女だと書きたてた。今だから言えるが、どれも根拠のない、あってもとても根拠とは言えないようなものだったよ。私もそんな記事を書いたのだ、この万年筆でね。そして結局、R公爵夫人は火刑にされたよ」
赤い軸に、銀の装飾が施された万年筆をじっと見ながら、老人は語る。
「それから、K・Tという男がいた。地方の議員でね。まじめな人柄だと評判だった。けれどあるとき、彼が脱税していることが明らかになった。当然彼は否定したが、このときはちゃんとした証拠があった。このときの記事も私が書いたのだよ。これを使って。そして其の記事が新聞に載った次の日、K・Tは死んだよ」
「死んだ!?」
「ああ、自分の家で、首を吊って。遺書もあった。『E・Bが私を陥れた』と書かれていたそうだ」
「その、E・Bというのは?」
「K・Tと敵対していた男だ。確か、金持ちのボンボンだった。そのE・Bも何年か後に失脚した。どこかでひっそりと死んだとも、精神を病んで病院送りになったとも言われている」
改めて万年筆を見る。赤い軸は、まるで血の赤のよう。
「この万年筆で書く記事は、必ずどこかで死人と関わりあうのさ。M・Fの事件、通り魔I・Rの事件、財産めあてに家族はおろか、親戚まで手をかけた、N・Dの事件。他にもたくさんある。どうだい、少しばかり、ぞっとしないかい?」
そっと手を伸ばし、万年筆に触れてみる。ひんやりとした感覚。
恐る恐るキャップを取ると、金のペン先が現れる。
そこには、長年使われ続ける間に染み付いたインクが、まるで血のようにこびりついていた。
Twitterで風白狼(@soshuan)さんより「曰くつきの万年筆」でリクエストをいただきました。