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四章「いそべんはいかにしてイソゲッペルスに進化するか」4

「そりゃ、ガチで言った通りなんだろうな。能面会長だから」

 一連をお聞きされ、いそべん先輩は、そのような見解を発表なされた。

 結局。多少細部の当たり障りをなくしたが、大まかな話を吐かされてしまった。もう強引だよいそべん。癖があるって時任が言ってたけど癖が強すぎだよいそべん。でもイソゲッペルスになってくれるかもしれない、と思うと、俺としても強く出れなかった。まあ、ただ単にこのキャラクターに気合負けしたというのが大きいと思うけど。

「そうでしょうかね」

「そうだよ。あいつはガチで変人だからな」

 あんたに言われたくないよ。

「ってかお前ら、なにしにきたんだ、ほんと」

 半田君はその言葉にちょっと首を回して奥の机に重ねてある冊子を目に入れ

「あ、昨日の卒業アルバム。取りに来ました」

「今思い出しただろ。それ」

 半田君はううん、と唸る。俺はいそべんを見た。もう、言ってしまおう。

「生徒会長の痕跡を調べに来たんだ」

「そりゃあれか。奴の真意を探るためか」

「そう」

「なら真意はわかっただろ。ガチで言ったとおりだ」

 はい解散解散、と勝手に言う相手に、俺は初めてむっとした。

「そうだとは限らないだろ」

 語気を強めて言う。半田君がちょっと驚いた顔でこっちを見ている。でもいそべんは俺を見て

「お前、奴が嫌いなんだろ」

 にやっと笑った。

「そんな風に思いたくねえ、絶対にあいつの非を見つけてやるって息巻いて来たんじゃねえのか」

「そうだ」

 磯部先輩、とたしなめていた半田君がこっちを驚いたように見た。俺はいそべんを睨む。

「俺はあいつが、大っ嫌いだ。それが悪いか」

 いそべんはにやにや笑ったまま

「いいんじゃねえの? 誰とでも仲良くしろなんておままごと小学校で卒業だ。世の中には嫌いな奴がいて当たり前。むしろ嫌いな奴の方が圧倒的に多い。俺だって佐倉が大嫌いさ」

「先輩」

「素直に言ったごほうびに、やるよ」

 ふといそべんが、印刷機の上においてあった一枚の紙をとった。上質紙で印刷されたものではない、肉筆の署名と生徒会印の赤い跡がある。

「印刷用紙の一番上においてあった。多分、生徒会長が昨日印刷しにきたものじゃねえか」

 俺は受け取った。癪だが。

「……ありがとう」

「ゴザイマス、だよ。後輩」

 そんな俺たちをきょろきょろ見比べた半田君が嬉しそうに「なんか険悪の後に、条約が結ばれた感じですね。冷戦終了ーって」

「そういう知った風な口はな、ソビエトとアメリカの歴史調べつくしてから言えよ」

「ロシアの前身がソビエトだと言うことは知っています」

「殴られてえのか」

「そういうわけで先輩。先輩もどうですか?」

「はあ?」

「下克上メンバーに。イメージ戦略対策でマスコミとか人心操作の専門家ブレーンに探してるんです。先輩ならぴったりだと思うんですよ」

 するといそべんは、今までの様子を一変させた。もしゃもしゃごしにもわかる険悪さでこちらを睨みつけ轟くような唸り声をあげた。

「ナマ抜かしてんじゃねえよ。お前たちの手助けなんか、死んでもするか!」




「……なにやってんだ」

 昼休みに入って部室に向かう傍ら、手短に事の次第を聞いた時任は頭を抱えんばかりだった。結局、後十五分を残しての途中入室した俺は、当然時任には不審に思われたし、もうこの際、全部話してしまおうと手短に語ったのだが。

「いろいろごめん」

「いやお前が悪いんじゃない。主に半田だ。あいつ、傍目からわからない感じで暴走するからな。勇み足にも程がある」

「俺も態度悪かったと思う」

「いや、そもそも。元から磯部先輩を引き込めるとは思ってない」

 俺はあの先輩の言動を思い出して

「……佐倉さんのことか」

 気後れした俺の様子に気づいたらしい時任は

「ああ。気にするなよ。アンチ佐倉は多いんだ。俺だってたまに首しめたくなるよ」

 さらっと言って

「ただ、あの人はちょっと違ってて。佐倉を利用する周囲とその流れがすっげえ嫌いなんだよ」

「?」

「新聞部に行ったときの見ただろ? あいつらは、ネタがないと、安易に佐倉を使うんだ。またそれが受けるもんだから、やめられない。まあ佐倉はネタに事欠かない奴だから、捏造とかはあんまりしないけど、たいしたことないことや目測を大げさに書きたてたりもする。そういうのって、実際のマスコミにあてはめると何になる?」

「ゴシップとか、芸能ニュース……?」

 それだよ、と時任が苦笑しながらうなずいた。

「鳥肌立てるくらいそれが嫌いな人なんだよ。人一倍ポリシーがある分だけ。誰と誰が付き合ってるとか別れようとか、俺も興味がないから気持ちはわかるんだが」

「そりゃ俺もわかるけど」

「あの人はわかるだけじゃなくて、憎むって領域まで来てるんだよ」

 一度、部室で部員が佐倉囲んであの騒ぎ起こしたとき、きれてプリンターを投げて窓ガラスを大破させたんだ、と結構壮絶なことをしみじみと時任が言う。

「それが原因で他の新聞部員とも軋轢があるし、でも実力があるから退部ってのもなんだし、その板ばさみで余計に軋轢ができて」

 いそべんも結構苦労しているのか。まあ半分以上、ご当人の性格から来るものではあるんだろうけど。

 確かに報道にたいして本当に真剣な人から見れば、佐倉さんを囲んでちやほやするあの光景に思うところがないでもないだろう。俺だってちょっとどうかなあ、と思ったし。

「佐倉さんは?」

「佐倉はあの通りの奴だから。基本的に来るもの拒まずなだけなんだが、磯部先輩からしてみればちやほやされて満更でもないように見えるだろうな。元凶ってことでもう毛嫌いだ。佐倉自体は磯部先輩がツボらしいが」

 聞けば聞くほどいそべんがイソゲッペルスに進化することはなさそうだ。

「唯一の救いが半田が結構気に入られてるってことだ。いつの間にか仲良くなってた」

 その状況からよく仲良くなれるなあ、と思うけれど、確かに半田君はそういう得体の知れないところがある。毒気が抜かれるというか。しれっと変なことをする。

 そんなことを話しているうちに部室についた。ゆっくり歩いていたせいだろう。噂の半田君に佐倉さん、ゆうちゃんと残りのメンバーはもうそろっていた。

 今日は机の上にパンとそれぞれのお弁当。ゆうちゃんの特製弁当はそりゃうまいし嬉しいけれど、負担を考えて月曜日のみに決定した。ブルーマンデーをハッピーマンデーにしよう、という結論。ゆうちゃんは最後まで大丈夫と言っていたけど、材料費は自分の分以外お小遣いから出ているのを知っているので、断固としてそれは通させてもらった。

 まだ各自弁当に手をつけていない。おーい、と佐倉さんが手を振った。

「下書きもらったー」

 下書き?

 何かと近寄ってみると、テーブルの上には一枚の手書きをコピーしたような紙が。鉛筆だろうか、全体的に薄い中に、文字と四角くあけられたスペースには「写真」と走り書きがされていたりする。

「新聞部の号外です」

「律儀によこしてきたな」

 時任が座りながら目を落とす。俺もやや読みにくいそれに目を落とす。派手でセンセーショナルな見出しのわりには、ちょっと大人しい文面ではあるけれど、うちに不利なことは書かないように一応気は使っているみたいだ。

「――ま。いいんじゃないか」

「放課後、こっちに写真を撮りに来ますって」

 とんとん話は進んでいるみたいだ。わかった、と時任がそれをテーブルから持ち上げて

「四時半くらいに集合でいいか」

「あ。俺ちょっと遅れるかも。委員会の用で」

 さり気なく聞こえただろうかと思いながら、ゆうちゃんの方を見た。

「先行っててね」

「うん」

 ゆうちゃんが俺を見てうなずいた。もう何の屈託もない笑顔だ。ふと、昨日俺の腕の中で震えていた身体を思い出す。華奢で折れそうなその身体で。それでも目覚ましが鳴る前に起き上がって乱れた制服をなおして家に戻っていった。次の日にはちゃんとひとりで目覚めて用意をして俺との待ち合わせに遅れずにやってくる。また学校に来る。

 どんなときも、あの壊れてしまった翌日だって、ゆうちゃんがここに来なかった日など一度もない。

 それがどういうことなのか。奴らは何も知らないだろう。奴らは思いもしないだろう。人を傷つけるのは、いつだって救いがたい鈍感さだ。なら、なら。

 俺がすることは、ひとつだ。




 三年の校舎は東棟の二階から三階にわたってある。移動教室もないため、滅多に足を踏み入れない区画は、やはりやや気後れする。また制服についたエンブレムを見なくても、この低身長ではすぐに下級生だとわかる俺は一定の注目を浴びる。

 上級生たちのぶしつけな視線は萎縮するに十分。なるだけ気にしないようにクラス表示だけを見て進んだ。

 目当ての場所は廊下の一番奥にあった。「三-E」の看板を目に入れたとき、端のトイレからふらっと出てきたでっかい影に俺は顔をしかめてしまった。

 相手は俺より早く気づいたらしい。ハンカチを持っていないのか当然のように裾になすりつけていた青蝿こと東堂は一瞬無表情になった後、ほうっと笑った。

「誰かと思えば、友子のお付きのチワワじゃねえか」

「どうもコンチワ」

 面倒なのに会ってしまった、と思ったけど、ふとちょうどいいことに気づいた。こいつにこれ以上絡まれないし先手を打てるし一石二鳥だ。

「確か三のEでしたよね」

 何か言いかけた一歩早く俺が言うと、ああ? と青蝿は唸る。一年二年は関係ないけど三年でのE組は特進クラスだ。これで学年一の成績というのが実に不思議な青蝿君に

「ちょっと用があるので呼んできてくれませんか」

「ああ?」

 相変わらず唸ったけれど、好奇心が先行したらしい。

「誰だって?」

「北原透――そちらの会長さんです」

 教室の後ろの入り口から、北原が顔を出した。青蝿は立ち去らず横に立っている。ちょっと邪魔だ、と目をやったが、気にもとめない。大して生徒会長さんは、一応自分の片腕のはずの副会長を空気のように無視している。

「授業、大丈夫でしたか?」

「ホームルームだ。担任もいない」

 俺は持っていたファイルから、いそべん先輩にもらった紙を取り出した。

「これ、そちらのじゃないですか」

 青蝿くんと会長がちょっと目を見開いた。

「そうだ。どこでこれを?」

「印刷室においてありました」

「朝に探しに行ったがなかった」

「見つけにくいところにあったんでしょうね」

 受け取って紙から目をあげた会長はすでに、少しだけ見えた感情をまた透明な無表情に戻している。

「ありがとう」

「礼はいいです。届けにきたのは、これが元で万一うちの篠原に近づかれちゃ困ると思っただけなんで」

 青蝿くんがちょっと肩を動かした。反して会長はまったく表情を動かさない。

「彼女に近づこうとしたんじゃない。印刷室に用が――」

「黙れ」

 北原のガラス玉のような目をぐいっと睨む。

「お前の屁理屈なんか聞きにきたんじゃない。どんな理由でも絶対に許さない。二度と同じ部屋に入ろうとするな。廊下ですれ違うな。気づかれる範囲にいるな。声が届く場所にいるな」

 言葉を切った。より気持ちを込められるように。

「北原透、今後いっさいお前が、篠原友子の人生に関わることを認めない」

 昨日のいそべん先輩の言葉。世の中には嫌いな奴の方が多い。俺はそうじゃない。世界は案外、親切なことを知っているから。でもきっと他の人の百人の嫌いな奴全部を合わせたより、強くこいつが嫌いだ。大嫌いだ。だからそのすべてをこめて。こいつを憎む。

「てめえ、なにふざけたこと抜かしてんだ」

 青蝿が横でほざいているが、俺はあくまで北原をにらみあげたまま。何もないガラス玉のような瞳に、念を叩きこむ。そうすると、ふと、チリ、とそこに揺れたものが見えた。胸でぐらぐら煮えるありったけの憎しみの湯気に煽られる中で、俺は少しだけ愉快になった。悪役が笑うときってこんな気持ちかな。あれ、俺は悪役かな。どうでもいい。ゆうちゃんのためなら、俺はなんにだってなる。なんだってする。あのときに、そう決めた。

「さっきの礼は、返します。あんたからは何も受け取らない」

 俺は背を向けた。

「てめえっ、おいっ、北原! 黙ってんじゃねえよ!」

 背後で青蝿の声が聞こえるけれど、無視。そうして数瞬。背後ですさまじい音がした。何かが跳ねる音と細かいものが砕ける音。俺は脚をとめてゆっくり振り向いた。騒然とする教室が見える。その中心に北原はいてこちらを見ていた。固めたこぶしが横のドアに打ち付けられて、血が伝っているのが見える。下には細かなガラスが光っている。横の青蝿が何か言っているけれど、時にマネキンのようだ、とも言われる生徒会長様は打ち付けた体勢のまま、こちらをにらんでいた。俺はふんっ、と鼻を鳴らして何事かと驚き顔でよってくる生徒の波に逆流して部室に向かった。

 部室に着くと、もう新聞部が着ていて、みんなソファに座っていた。

「あ、最後のお一人さんですね。ちょうどよかった。今、写真の配置を考えていたんです。来てください」

 手招きされて、指示通りにソファの後ろに立つ。

「彼はここでいいですか?」

 ソファの真ん中にはゆうちゃん、その左右に佐倉さんと時任。俺と同じソファの後ろには半田君。

「なるべく顔を大きめにとろうということで、時任さんには座ってもらったんですが」

 確かに時任が立ってしまうと、フレームが上に伸びる。いいですよ、と言うとじゃあこれで、とカメラを構えた。ふと、俺を見上げているゆうちゃんと目が合った。

「もう、仕事終わったの?」

 はーい、じゃあとります、と新聞部が言ったので、視線を戻した。当たり障りない笑顔を吸い込んで、デジカメがカシャっと鳴った。

「うん」



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