十二章「〇〇〇」3
部室の戸を開いて入ると、ソファの磯部は、顔をあげて参考書を閉じた。その動作も、変わらぬ部屋の様子も合わせて、まるで先ほどの映像を再生したかのようだ。
ただ一つだけ先ほどとは明確に変わっていることがある。磯部の向かいのソファに竹下が座っていることだ。二人はこちらを見ても、矢継ぎ早に何かをたずねるようなことはなく座れ、と磯部が一言かける。半田と時任はソファにのろのろと動き、佐倉はソファを通り過ぎて端に敷かれた畳の上にごろりと横たわった。
「茶を入れるよ」
竹下が腰を浮かせた。程なくして部屋の中空にやかんの口からあがる蒸気が舞い、とぽとぽと急須にお湯が注がれる独特の水音が響く。
「意外に、センセの入れる茶うまいぜ」
「意外は余計だ」と苦笑しながら、磯部の言葉どおりかなり手際よく入れた茶と「腹が減ってるだろうと思って」と小ぶりのアンパンがいっぱいに詰まった紙袋をテーブルに置く。
手を出そうとしない半田と時任に向かい竹下は微笑んだ。
「ダイエットも必要かもしれないが、学生には糖分も必要だ」
「……」
「佐倉、お前も食べなさい」
のろのろと時任が茶碗に手を伸ばしたのを見届け、アンパンと茶碗をお盆にのせて、竹下は畳に横たわる佐倉の肩に触れた。揺さぶられるままごろりと仰向けになる、物憂げな丸い瞳が竹下を見上げる。
ほら、と竹下がひとつ差し出す。
突如佐倉の身体が跳ね上がった。釣堀の魚のように、竹下の手のアンパンにぱくりと食いつきもぎとると、そのまま沈み倒れた先でごくりと飲むように嚥下する。ひどく動物的な動きだったが、竹下は一瞬驚いた後に笑う。
「その姿勢だと喉につまる」
竹下の手で背中を支えられ、佐倉はゆっくりと上半身を起こした。渡された茶碗は掌の中で白い湯気をあげ、上にある顔にぶつかる。
「佐倉」
白いすべらかな頬を珠のような雫が伝っていく。佐倉晴喜のつぶらな瞳は前を向いて開いたまま。ぽろり、ぽろりと、涙が頬を滑る。それが茶碗に落ちる。茶碗に降る雫はとまらない。初めて竹下の顔が曇った。
不意にソファで半田が跳ねた。と思った瞬間、テーブルの上のアンパンを両手にひとつずつわしづかみ、まるで親の敵のような勢いで交互に食らいかみつく。がつがつとむさぼり飲みくだす際の圧迫感のまま涙ぐみ、目じりを腕で乱暴にぬぐってなおも口の中に押し込めてそれを繰り返して。
猛烈な暴食は、何個目かで喉につまりぶはっと盛大に欠片を撒き散らしてうずくまったことで終わった。
おい生きてるか、とアンパンの欠片まみれの半田に一応声をかけて小さくうなずくのを見た後、磯部は微動だにしない時任に目を向けた。
「お前はいいのか」
「俺は薄情な人間ですから」
そう呟いた時任は、ずっと持ったままだった茶を思い出したように一口飲んで
「国枝のことは、これがあるまで、ただのクラスメイトだと思っていました。温厚で人当たりがいい奴だけど、それだけで。篠原さんは生真面目な生徒だってくらいで。二人は頼ってきたけど。俺は面白ければいいだけで、自分の主張がたまたま合致しただけで。でも、国枝はいい奴で、篠原さんは凄く一生懸命で、ひたむきで。付き合えば付き合うほど二人が、いじらしくて」
茶碗をテーブルに置いて、湯気で白くレンズが曇った眼鏡を外す。
「あいつら、ほんとうに、信じられない」
シャープな輪郭の眼鏡を外すと、ほんの少し幼くなる顔で鼻と目元を指で握ってぎゅっと寄せる。そのまま動かない後輩に、磯部は軽く握った拳でその頭頂部をとんと叩いた。
「――よく耐えた」
「……」
やがて佐倉が竹下に手を引かれるまま、ソファに来た。半田もやがてのろのろと動き出し、ティッシュを何枚もとって周囲に散らばった欠片を集めて最後に勢いよく鼻をかんだ後、かんだあとのティッシュを見つめて鼻から餡が…と沈んで呟く。
「食おうぜ。戦うにも勉強するにも糖分は必要だからな。茶冷めちまったから、竹先入れなおしてくれよ」
「教師使いが荒いな」
再び湯気がたった湯飲みをみなで手に取り、半田がすいません僕一時的にアンパンマンなんで…と断った以外はみながアンパンを口にした。皮が薄いが十分ふわっとした触感と、極端に甘くない餡のバランスがちょうどいい。アンパンを黙々と腹に収めて。満腹と茶の温かさと共有する沈黙が、空気を少し人心地がついたものへと変える。
「もう大丈夫か?」
「はい。……ありがとうございます」
「礼はいい。俺達も初めて聞いたときは似たようなもんだった。――手紙の内容はわかったか」
「……なにも、なかったって。なにも、されていないって書いてあったみたいです」
そんなわけないのにどうして、と半田が言葉を詰まらせる。磯部はじっと時任を見て
「奴らはそれを見たときどうした」
「ひどく怒っていました」
「逆ギレですよ。どの顔さげてそっちがキレるんだって、こっちも――」
半田が途中で言葉を切る。磯部の顔に浮かんだ薄い笑みに気づいたからだ。
「なら、いい」
「?」
「ああいう奴らは、百の恨み言をぶつけるより、「お前なんか眼中にない」って言われるのが何より堪えんだよ。今まで奴らはご満悦だったと思うぜ。篠原が向かってくればくるほど、自分たちがつけた傷が深いんだと悦に入れたからな。だけどそんな奴らに篠原ははっきり言ったんだよ”私はお前達なんかに傷つけられちゃいない”って」
「……」
「お前ら、今回はきつかったな。当事者じゃねえ俺達ですらきつかった。本人はその比じゃねえだろう。けど篠原は”可哀想”だけの奴じゃなかった。本心か狙ってやったのかはわからねえけど、どちらでも誇ってやろうぜ篠原を」
あがった三人の顔を順に眺めながら。瞳が灯した確信を、また別のキャンドルの芯に分け与えていくように、磯部は温かく微笑む。竹下も力強くうなずいた。
「篠原は自分で一矢報いたんだ」
半田が顔をおずおず向ける。今度こそは意識して作ったそれではない、捨てられた子犬のようなすがる目に、竹下が肩を力強く叩いた。
「篠原は、誰かに守られているだけの生徒じゃ決してない。そうだろう」
「……はい。篠原先輩なら、絶対に、やってくれるって思ってました」
「篠ちゃん、かっこいい」
ずっと黙っていた佐倉もぽつりと言って微笑んだ。
「そうだ、奴らなんぞ篠原見習って鼻紙に包んですてりゃいい。問題は、だ」磯部が急に声音を落とした。「北原だ。聞けたか?」
少し穏やかなものを漂わせていた時任の顔に、一気に緊張が戻る。
「それが……」
「そちらの、北原、に、二三聞きたいことがある」
感情を抑えこみ、ことさら事務的に。居心地の悪い空間で、しづらい呼吸を意識的に行って、時任が口火をきったとき、窓のそばに腰掛けた透明な男は、ゆっくりと顔を向けた。
その顔を正面から見て、今までやりとりでこの男はどんな顔をしていたのか、とふと気になった。だがすぐに打ち消す。答えはいつもここにある顔でしかないのだろう。
気を削がれるところはあれど引き下がれない。とめに来た真上にも増して、あの崩壊した講堂の舞台で、あの男が口にした言葉。まるで二人の間だけに、共通の言語があるような謎めいた言葉。
「あの舞台でなぜ、篠原さんにあんなことを?」
北原は瞬きひとつせずに口を開いた。
「篠原は初めから国枝宗二を見ていた。そしてあの時の国枝宗二の関心はすべて、篠原に向けられていた。だから、言ったまでだ」
まるでマニュアルだ、と思った。時任はおそらく自分自身が気づかぬほど鋭敏な察知力で彼の表面さを感じ取る。
「あんな風になった原因は?」
「わからない」
即答に近い返答に、時任は一瞬続ける言葉を飲み込んで。そしてさらに力を込めて北原を睨み、凝視し、探る。なんのためにここに来たか。目にも入れたくない連中と怒鳴りあいにきたわけではない。他にはない糸を、ほんのわずかでも繋がりを、答えへの可能性を求めてきたのだ。そしてもはや地獄に下ろされた糸の可能性は、この男にしかない。
「あんたは、何かを知っている気がする」
「篠原の国枝への好意を知っていた」
「篠原さんはあの日からずっと学校に来ていない」
「知っている」
舌打ちしたい気持ちをかんで、時任は切り込んだ。
「他の奴らが言ったように、あんたは、篠原さんに好意があったのか」
初めて返答は間を置いた。そしてほんのかすかに首肯した。その際に一瞬伏せられた瞳だけに、かすかな心の動きを読み取れたが、次の瞬間に元の無感情に戻る。
「好意があったのに、何もしなかったのか?」
「そうだ」
「急に態度が変わったのは」
「彼らと同じ理由だ」
何一つも変わらぬ調子を前に、うめくように時任は最後の言葉をかけた。
「あんたは、篠原さんを見殺しにした。それで、間違いはないか」
最後の言葉も即答だった。
「ああ」
「それだけの場でも、鉄面皮かよ。あの野郎」
ソファの背に肘をついて磯部が毒づく。
「あの人、ほんと、なんなんですかね。話の内容はすっごく腹立つんですけど、全部棒読みって言うか、他の三人とも全然反応が違うし。先生達は何か知ってますか」
竹下と磯部が顔を見合わせた。互いの答えを探り合うような視線の交換の後。磯部が向き直り口を開いた。
「奴はな、なんでも出来るんだよ。それで、なんにも出来ねえんだよ」
「……?」
「奴はやれと言われた大半のことができる。だが、やろう、という意思はほとんど見えない。物真似小猿、ってんでもないな。猿は自分の悪戯心で物真似してんだろうし。強いて言うなら、鏡か。そこにあったら前に立ってるものを全部コピーする、だけど鏡がやろうと思ってそれをしてんじゃねえ。ただ鏡だからそうなだけってことさ」
「意思がない……って。生徒会長にまでなった人が?」
「なったのも、自分の意思じゃねえよ。なれと言われたからなった。それだけだろ」
そういう奴なんだよ、と淡々と言う磯部に、半田、時任が顔を見合わせて
「会長どころか真っ先にパシリにされそうなタイプに聞こえますけど」
「だからじゃねえか? 真上が生徒会に取り込んで会長に据えたのは」
「真上会長が?」
「一二年の頃は影で「会長のお人形」って陰口叩かれてたからな。ま、そのお陰で他の奴に便利に使われることはなかったが」
真上専用ってわけだ、と磯部が素っ気なく揶揄する。そこに竹下が補足した。
「真上は、あれで危惧していたんだ。自分の庇護がなくなった後、北原がどうなるか。能力が高い分、余計に。下手に隠すよりも、逆に長に立たせた方が北原のためにいいと主張した。急な任命には教師も驚いたが、真上の言うことは一理ある、という意見も強かった。特に過去の担任からはな」
「まるで保護者ですね」
「俺は噂通り二人が交際しているのかと思ってましたよ」
半田は呆れ半分に、時任は当時を思い返すようにつぶやく。磯部が鼻を鳴らした。
「竹下先生自身は、会長をどのような生徒だと思っているんですか?」
顔をあげた時任の質問に竹下は少し言いよどみ
「とても、掴みづらい生徒だと言うのは確かだと思う。能力は高い。でも、何もかも素通りというか、何をやらしても同じ反応しかない。何を感じているのか、どんなことを思っているのか、手ごたえというものがまるでない」
言葉をきり少し考え込むように鼻をこすり
「……あと。北原に接していると、不思議な感覚にとらわれる。この子はどうしてここにいるのかと。いま自分の前に立っていることが、何故かひどく不思議に思える。それは、北原本人も思っているような気がするんだ。俺が唯一感じた彼の気持ちは、自分はどうしてここにいるのかと、ぼんやりとだが不思議に思っている、そんな感じだ」
「……」
「ともかく、奴が何を考えてるのかはわからん。わかる奴がいるかすらわからん。ただ篠原関係ではちょくちょく突飛なことをしてるのは確かだ。――奴だけは、まだ、つついて何か出る可能性はある」
ちょっと調べてみるか、と磯部が呟く。
「俺は篠原のお母さんにまた電話をしてみる。手紙の件を言ってみよう。少しは話が進むかもしれない」と竹下も腰をあげる。
「お前らは、今日は帰ってやすめ」
「……いえ」
時任は半田、佐倉と顔を見合わせて
「国枝の家に行ってみます」
磯部が片眉をあげる。時任が言葉をにごらせて
「その、ちょっと、確かめたいことがありまして。国枝のご両親でもいいので」
「……わかった」
磯部と竹下は時任の煮えきらぬ態度に何かを読み取ったらしい。けれど追求はせず
「あまり根を詰めるなよ」
とだけ言った。
土曜の街角は世間では休日なので勤め人の姿は少ない。言葉少なに、ゆっくりと歩を進める。なんの変哲もない住宅街、先には二軒の家がある。
何度か行った。初めは思わぬ成り行きからの訪問。次は鞄を届けに行き思わぬ暗さにぶつかった訪問。そのすぐ直後にまた向かった訪問。
まるで出口のない迷路のように、永遠に行き来している錯覚すら覚える。今いる通りからは見えなくとも、十分近い位置にある二軒の家。それが偶然や運命でないことは、もう知っている。
――佐々木友子と、佐々木宗二。篠原さんと国枝君は――兄妹なのよ。双子の。
どんなに受け入れられても、磯部と竹下に話せなかった言葉が胸をぐるぐると回っている。
偶然でも運命でもない距離にある二軒のうち、篠原のものより新しく少し大きな一軒家が見えてきた。
その門扉に立ち、しばし呼吸を整えてから、時任はチャイムを鳴らした。
響き渡る音の繰り返しが消えるまで、ほとんど息を詰めて待っていたが、返答はない。
「……」
しばらく置いてまた一度鳴らす。十二分に待ってから時任は「ごめんください」と声を張り上げた。だが返答がないまま、その残滓も消える。
「車がないです」
ふと、斜め前にあるガレージに背伸びしてのぞきこんだ半田が言った。
「どこかに出かけたのか?」
呟いて時任は喉の奥につまりを感じた。車がないということは両親があるいはどちらかが出かけたのだろう。そして中には誰もいない。
退職したが色々やることがあるみたいだ、といつかの折に宗二は言っていた。
だが、あの物静かだが芯の強さを持った二人が、この状態の宗二を置いて他の用で出かけるだろうか。このガレージで親になりたい、と痛切に語った二人。
不意に背筋が冷たくなる。
友子とは違って、国枝宗二はずっと学校に来ていた。だが、本当にそれだけだった。
時任は宗二と同じクラスであり、席は前後という近さだ。なのに、ほとんどの接点を持てなかった。何にも反応しない、薄く青く表情をなくした顔。目立たないが、社交的な面もある宗二の変貌に、時任以外の何人ものクラスメイトが心配して声をかけたが、大丈夫、と目もあわせず呟くのが唯一の返答で、抜け殻のような身体は事務的に学校生活を終えると消えていった。
それでも彼は学校に来ていたから、本当のところはなす術もなく途方に暮れていたのだけれど、いつか手は伸ばせると言い聞かせていた。だって彼は友子とは違った。それでも欠かさずに学校には来ていたから。けれど。
突然、時任が叩くようにチャイムを鳴らす。鳴り終わるのなど待てずに何度も連打する。
「部長!?」
半田がぎょっと声をあげる。直後に佐倉が門を軽々と飛び越えた。着地した佐倉はドアを叩く。がんがんと容赦なく。
半田は一瞬立ちすくんで二人を見比べたが、覚悟を決めた顔でその場で「国枝せんぱーい!」と叫び始めた。
数分たったのか数十分たったのかわからない。けれどガチャリ、とドアが開く音がした。が、佐倉が張り付く扉はそのままだ。隣接した家の中から、中年の女性がおそるおそる顔をのぞかせている。
「な、なんですか?」
「お騒がせしてすみません。僕らは、国枝さんの家の宗二君の同じ学校のクラスメイトです。学校のお知らせを届けにきました。お留守のようなのですが、どこに行かれたかご存知ありませんか?」
ただならぬ物音に怯えて顔を出してみた直後、時任のまっとうな対応を受けて中年女性はちょっと言葉を失ったようだ。やがて三人を見回しておずおずと
「ほんの一時間、二時間前かしら。お車でどこかに行かれたようですが」
「宗二君もですか」
「ええ、三人で」
「どこへ!?」
「さあ……。荷物を持ってらっしゃったから、旅行かしらと思いましたけど」
なんだか声をかけれる雰囲気じゃなくて、と言う。時任は食い入るように相手を見たが、それ以上の情報は引き出せそうにないと苦味と共に悟る。
「そうですか。お騒がせして本当にすみませんでした。ありがとうございます」
時任が頭を下げると最後まで戸惑い顔で「静かにして、ね」と付け足して扉が閉まる。
そうして、呆然がやってきた。
突然、何もかも失ってしまった人のように、三人は立ち尽くす。
「部長……」
喘ぐような半田の呟きに、時任が突如鞄を乱暴にあけて携帯を取り出す。響くコール音。 何度も何度も。すがるように聞く。電波の糸がつながれ、つながれ、と。必死に祈る。いつまでも響くコール音。
するりと肩から紐が抜けて、地面に誰かの鞄が転がる。
音はいつまでも鳴り止まない。
とっぷりと夜もふけた。カーテンレールの脇で机の上に軽く腰掛けた真上は闇を見つめている。
「あなたは、あの場でも人形だったわね」
「……」
「ちっとも話さなかった」
闇空の低い位置に淡い星がいくつか見える。それを眺めた。
「ねえ、透」
私が――、と静かに紡がれて。
「私がいじめられていたことがあるって言ったら、信じる?」
こくりとうなずいた頭に、真上は予想していたように弱く息を吐き出す。
「意外ではないでしょうね。私みたいな人間は一番上に行く覚悟を早々に決めないと、あとは最下層につき落されるだけよ。まだそこまで頭が回らない年頃なら余計にね。胸が悪いけれど、西崎たちは本質をついていたわ。あの手の問題で、何が一番堪えると思う? 暴力、暴言、差別? いいえ。――傍観がたまらないのよ。何もせずに黙って。黙殺する。世界に見捨てられたような気分になる。私が一番覚えているのは、私から目をそらしたり、何もしようとしないのにすまなそうにこちらを見る目よ」
「……」
「だから、透。最低なのは、あなたよ」
「……」
「なのに、あの子たちすら罪を認めたあの場で、あなただけはそうじゃない。どうして? 篠原さんが好きなのに。取り返しもつかないのに。お人形さんだから? 違うわ。私は、少しはあなたを知っているもの」
真上は疲れたようにため息を吐いた。
「私もいくつか気になる点を残しているの。あの子達に罪を認めさせるにはと、このストーリーを押し通したけれど。今日の態度を見て確信した。透、あなただけは多分、今日私達が紡いだストーリーと違うものを見ている」
「……」
「透、だんまりはなし。私は、あなたが人形だとしたなら、どこのボタンをおしたらおしゃべりを始めるのかも知っている」
北原の顔は揺るがない。
「それで?」
「あなたと篠原さんの関係は、他の人が考えているようなものとは、まったく違うものじゃないかしら」
「どういうものだと?」
「……あなたは、篠原さん側の人間だって気がするのよ」
「どうして」
珍しく芯の強さといったものを感じさせる言葉に真上は少し口ごもった。
「境遇が同じだから?」
「それだけ、とは言わないけれど……。あなたは叔父の家に入ったのだし、篠原さんとはまた勝手が違うわ」
「同じことだ」
不意に北原が携帯を取り出した。片手でボタンを操作する。何かのメールを送ったらしい。ピッと設定初期の着信音が鳴る。また返信をした。自分の前である意味堂々となされる通信。片手でメールを送る姿は、まるで普通の高校生のようだ、と真上は思う。
「メールなの?」
「メールしか通じなくなった」
ぼうとしながらその意味を気づいていた。だが、それでも、信じられなかった。動く指をただただ黙って見つめる。ピッとまた返信を告げる電信音。それを最後に北原が顔をあげた。
「気づかれると思っていたと」
「……透」
パイプ机の上に、証拠のように携帯が差し出された。画面に刻まれている、日付、発信時、そして――宛先。
「僕は、彼女の共犯者だ」
篠原友子、とデジタルの文字で現れた携帯を手に、何も映さない瞳が真上を見返した。
十二章「共犯者」




