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十章「決戦の文化祭」21

 熱狂に次ぐ熱狂に骨までどろどろに溶かされて。くったりしたその最後に、思いも寄らぬ衝撃に打ちのめされたステージだった。

 いっぱいまで詰められて飽和していた空気がふと揺らいだ。一言いいかなあ、とSealの菖蒲さんがマイクをとったからだ。それまでのハイテンションとは一線を画す落ち着いた、ちょっと掠れた低く甘い声で

「今回の件は、学校内で色々改革があるって聞いてきました」

 そう菖蒲さんが言った瞬間、俺達は顔を見合わせた。最初の段階から来て歌ってはくれるけれど、選挙応援演説みたいなのはしませんよ、と釘を刺されたと聞くのに。実際に今まで、親しげにトークはしてくれてたけど、選挙関係の話はいっさいなかった。

「さっきは高校生いいなー、って言ったけど。正直、あたしたちの高校生活は浮きまくってた。あたしたちは自分たちとは相容れない世界をいいやでドロップアウトした身で。それは別に後悔はないけど」

 運動場の観衆が少しざわめく。

「高校生のとき、あたし達は世界を取り替えた。自分にこの世界は合わないからこっちにしようって。でも、ここにいる高校生は、世界そのものを変えようとしてる。聞いたとき思った。ああ、やべえ、こっちの方が半端なくスケールでけえって。今日、ここに来たのは、あの時した取り替えるじゃなくて、作り変える方にちょっと憧れて。正直言うと、悔しくてって気持ちもあったかもしれない」

 横から見た、菖蒲さんの顔は真剣だった。

「あたしは、歌いたいから歌うけど。願っているから願いもこめて歌ってる。変われ変われって。つまんないが楽しいに変われって。涙が笑顔に変われって。最低が最高に変われって。あたしの歌で、世界が変われって」

 菖蒲さんはちょっと言葉を切った。そして。

「――歌!」

 空に拳をつきあげた瞬間、空間を切り裂くようなギターがかき鳴らされた。同時に地を揺らすよう、ドラムが激しいビートのリズムを刻む。ぎょっと度肝を抜かれて振り向くと、清二さんと順哉さんが今まで並にいや今まで以上の熱をこめて演奏している。予定では京免君の歌がラストソングだったんだけれど。

 ステージ縁にぎりぎりまで駆け寄った菖蒲さんが、観客にむかって拍手を促す。すぐさま巨大な手拍子に変わった。

「ちょっと早いけど、アンコール先取りで! Dont be quiet、永誠高校文化祭バージョン!!」

 アップテンポの音の洪水の中、菖蒲さんがぐぐっと腰をまげ、そして次の瞬間、弾かれたように顔をあげる。おろした髪が鞭みたい跳ね上がった。マイクを喰らうように、くわりと開かれた口。  



 いつしか僕は自分の笑い声を

 聞かなくなって見失ってしまった

 かん高い声ひきつれるような僕の声を

 笑っている誰かの顔を目にしたときから



 わざと度を外す眼鏡の向こう

 わざとピントをあわさない視界で

 クリアをなくした世界を前に

 うすらぼんやり鈍く笑う 声を出さずに



 僕を否定した世界を 僕は丸ごと認めるふりをして

 大物ぶって構えて 顎をそらして足組んで

 裏返した心の中で 怯えてる

 夜が終わらないことに朝が来ることに

 今が行ってしまうことに今が行かないことに



 おさまらない情報の中で流れていく真実

 手を伸ばしても無駄さと安堵しながら呟くけど

 過ぎいく流れの中で身も知らぬ誰かが叫ぶ

 世界を変えたい 世界を変えたいと




 どすさえきいた怒鳴るような歌声、そして嵐のような間奏の中で菖蒲さんがゆうちゃん の手をひいてステージ縁ぎりぎりまで連れていった。

「聞いてよ、あなたに向かって歌ってる」

 肩から手を離し、胸をかきむしるような弦の音、心臓に直接叩き込むドラムのリズムにあわせ、波のように押し寄せる観客に身を投げんばかりにせりだした菖蒲さんは、滅茶苦茶に拳をつきあげ狂ったように髪を振り乱し




 NO とNOとYESの形をしたNOだけの世界で

 見えない検閲が網張ってる

 ひっかかるまいと読みすぎた空気はテンプレ化して

 どんどん薄くなっていく 息ができない



 僕を否定した世界を 僕は丸ごと受け止めるふりをして

 ふんぞり返って腕組んで 斜め45度シニカルに決めて

 自分が笑われる前に急いで何かを笑うけど

 ほんとはただ素直に笑いたい




 打ち付けるように寄せる歌声と手拍子と絶叫と、熱と音が暴力的にまで吹き荒れる世界の中で、その全てを細い細い体限界まで詰めてそして破裂させる菖蒲さんが人間じゃない、何か別の生き物みたいに見える。

 彼女は歌う。そうしなければ今この瞬間にも崩れてしまいそうな恐ろしいまでの切実さと、危うさと紙一重の情熱で。存在をかけて生命をかけて歌っていると、そう言われても納得するしかない一己のエネルギーの塊になって。




 静まらない夜の喧騒から流れてくる倦怠

 かぶった毛布で自分を守りながら唱える安泰



 世界を変えたい 世界を変えたい

 笑うためだけに笑いたい

 変にかん高い僕のキモチワルイ笑い声で

 変にかん高い僕のキモチイイ笑い声で

 目をあわせて君と笑いたい



 誰かを笑う世界、誰かに笑われる世界、誰かを笑う僕、誰かに笑われる僕…



 世界を変えたい 世界を変えて笑いたい

 誰も傷つけず誰にも傷つけられずに

 変にかん高い僕のキモチワルイ笑い声で

 変にかん高い僕のキモチイイ笑い声で

 歌いながら君に大好きだと言いたい

 大好きな君に大好きと言いたい




 もう完全なかすれ声。でも彼女は魂から歌を吐く。髪もメイクも見るも無残な汗だくで。白いスポットライトにくしけずられた赤裸々なその顔は、でも一番魅力的だった




 Don’t be quiet 僕らは黙らない








 音と光と熱との競演。歓声のシャワー。亜熱帯みたいに幻想的で、それでも幻にはなりようがないリアルな息遣い迫る夜に

「貫けよ! 高校生!」

 ぐしゃぐしゃの菖蒲さんのくれた焼き鏝みたいな激励は、記憶の中に焼きついた。







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