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十章「決戦の文化祭」16

  道端には傘の花があちこちに咲いている。

 通常授業の日ならまずありえない時間帯に、傘をさして生徒たちがばらばら門をくぐる。敷地にはすでに登校した生徒たちが、合羽姿で最後の準備にとりかかっている。木で出来た「永誠高校第二十五回文化祭」の看板は昨日のうちにとりつけられていたが、それにもビニール袋がまきつけられる。

 俺たちも六時半に集合して(いつもなら起きてる時間だよ)体育館前に場所を確保したテント事務所「ミッションインポッシプルミッション~生徒会長候補「篠原友子を探せ」を掲げて、立ち見鏡に椅子も用意して結城くんの美容室のセッティングも整った。

 本当は青空美容室だけど、雨が十分予想できたので、ちゃんと屋根ができる業務用テント用意していてよかった。いらない畳を幾枚か敷いた上にカーペットを敷いて地面より数段高い床を作っておいたおかげで雨水の浸食はなさそうだ。テントの屋根端から滴るしずくは構造上仕方あるまい。他のテントよりかはずっと居心地が良さそうなのも確かだし。

 髪にとって湿気は天敵らしいけど、

「雨天時はサービスってことで、ブローと軽いセットもやるよ。困る子多いだろうからこっちの方がお客来るかも」

 我らがスタイリストさまはにっこり笑って事前にそう言ってたし。

 教室で出席だけとってからすぐに部室に行き、覚悟を決めて女装とメイク。色々と凄い女装四体とイメチェンした佐倉さんが出来上がる。結城君もボブのウィッグをかぶったけど、こっちはただのおしゃれな男前にしか見えなかった。なんか違うものを感じるなー。ボブ専門美容院でもさー。

 ただ、イケメンスタイリストさまはちょっと憂い顔で

「京免、今日も来ていないんだ」

「顔は出すと言っていたから、待とう。竹下先生も後で顔を出してくれるそうだし」

 時任の言葉に結城くんも少しほっとしたようにうなずいた。さすが時任。包容力があるぜ。惜しむらくはスカート姿の点だ。時任、男としていい足してるからなあ。ゆうちゃんのスカートが長くてよかった。

「夏には足が涼しいってのだけはいいな」

 180を悠に超すゆうちゃん(…)がけだるげにウィッグをかく。大またで。

 いそべん先輩である。この人はいくら長いスカートでもどうしようもない。180超を想定した女子服はなかなかない。仕事あがりの夜中の変なテンション時に見たときは一同爆笑で鍛えた腹筋を大変試されたけど。改めて日中素面で見てみると。

「先輩、化けようって気になってくださいよ」

「化け物って気にはなってるよ」

 うん…。否定できない。せめても無精ひげだけは剃ってもらっているが、焼け石になんとやらだ。

「諦めちゃダメです! ガラスの仮面をかぶるんですよ」

 恐ろしい子…ッとあゆみさんに白目を剥かれるんです! と手をしならせてポーズをとった半田くんは、言うことは意味わかんないけど結構可愛くまとまっている。

「アイアム篠ちゃーん!」

「お前は絶対口をきくな」

 佐倉さんはもちろん女子なのでふつーに可愛いが、ゆうちゃん率が高いかというととても微妙。言えないけど佐倉さんのスタイルの良さは長いスカートと画一の制服でもどうしても目立ってしまう。

 そんな感じで俺の前の「女子制服・ボブ・眼鏡」の四人はやっていたわけだけど。ふと四人の視線がこっちに向いた。そして、つくづく、と時任は吐息をつき、佐倉さんは穴があくほどじいっと見て、いそべん先輩は肩をすくめ、半田君は手をしならせ白目を剥いてた。

 うーん。困るなリアクションに。隣のゆうちゃんとちらっと視線をあわせた。ゆうちゃんはいつもの表情で申し訳なさそうにはにかむ顔をしてる。

「俺たちはそろそろ配置につくか」

「篠原さん」

 結城君がちょいちょい手招きしてゆうちゃんを呼んだ。

 ゆうちゃんの仕上げを結城君に任せて、俺達はそれぞれいそべん先輩が言う通り各自の仕事に移ろうとしたのだけれど。

「あ、あの」

 控えめな声があがって動きをとめた。

「わたし、みなさんに――」

 必死に呼び止めるゆうちゃんだが、途中で胸がつまったみたいに、頭を下げる。「――伝えたい、ことが……。お礼を」

 そのままうつむきで、ゆうちゃんは胸をぎゅっと抑えていた。肩が震えている。必死にがんばってがんばってゆうちゃんは胸にあるものを出そうとする。でも思いがありすぎて逆に詰まってしまうようだ。待ってあげたい、と思う。ゆうちゃんは口癖のようにすみません、ごめんなさい、を口にする子だけれど。自分の思いを伝えることは本当はとても苦手な子だから。今まで何度も何度も繰り返してきたように人知れず飲み込んでしまわずに、伝えようと身を震わせるその言葉をいくらでも待ってあげたい。

 でも、隣の結城君が少し困ったような顔をした。あまり時間がないのだろう。この中でゆうちゃんだけがセットしていない。

「篠原」

 不意にいそべん先輩が呼んだ。

「落ち着いて俺を見てみろ」

 思いがけない言葉にゆうちゃんがちょっと顔をあげる。

「お前の謝辞を受け取るのは吝かじゃねえが、お前、今この状況でそれ言ってもコントにしかなんねえだろ」

 せめてこれ外すまで待たせろよ、とウィッグの付け根が痒いのか、かりかり指で額をひっかきながらいそべん先輩@ゆうちゃんは

「文化祭の後からだって、十分、間に合うだろ。今日が終わっても解散するわけでも関係が変わるわけでもねえんだからよ」

 最後の付け足しにゆうちゃんの顔がハッとする。

 ……化け物でも女装姿でもいそべん先輩、男前に見えるなあ。くそ、悔しい。

「そうですね。それに篠原さん、多分、本番はこれからだよ。なにもかも」

「ですよ! 今日から始まるわけですからね。新生生徒会!」

「も、もちろん。サポートは今後もずっと続けるよ」

「スタートのスタート!」

 奇変隊面々と結城君が笑う。ゆうちゃんはそれを見回して最後に俺を見た。俺はうなずいた。

「大丈夫」

 ゆうちゃんは肩をひとつ震わした。じゃあ篠原さん、と結城君の言葉に、ゆうちゃんは衝立の向こうに行く。

「がんばりましょう!」

 半田君の威勢のいい声に、ごつんと拳をつきあわせて、部室を出る。

 そして各々配置についた30分後。ピンポンパンポン、よく晴れた秋空に放送部から文化祭開始の合図が流れた。





 外の屋台も雨に負けず、なかなかの盛況を誇っている。が、やはり校舎の廊下には人が集中している。場所によってはすれ違うのも苦労する人ごみの中で、誰かが「あ。」と呟く。

 そのまま流されていく視線もあれば、人目など気にせず揺れるボブの前に回り込む。あからさまに違う相手には「絶対にあれは違うよ」と囁くが、中には配られた参加券を差し出しながら「生徒会長候補の篠原友子さんですか?」と緊張しつつ問いかける相手もいる。周囲の眼が集まって。一拍の沈黙の後。

「残念賞です~」

 うつむきがちの相手が笑った。その声にぎょっとしたように「男ぉ! ?」と響く。

「残念賞ですが、このウィッグかぶって鬼になってくれましたら、抽選で二名様にプレゼント券があたりますよ」

 この申し出に際し、とる態度は様々だ。覚悟を決めた顔で「やる!」と即答する者もいれば首を振る相手もいる。友人ときゃいきゃい言いながら「やってもいいんじゃない?」と面白半分に手にとる相手もいる。

「篠原友子さんですか」

「残念!」

 別の廊下で四方に散るような元気な声が弾ける。佐倉だ、と在校生は囁く。

 参加券を配布している本部では、その横にすえられた美容室が盛況だ。設備や美容師が高校生とあって不安そうな眼を向ける生徒もいるが、かけられた小さな黒板に書かれた『雨で乱れた髪をセットしなおします』の文句にはかなりの女子が心ひかれるようだ。

 中をのぞきこむと見える、美容師のスタイリッシュな立ち姿には、見物客も少なからずいる。白い麻シャツと黒のスラックスを無造作に着こなし、目があうとにっこり笑いかける彼につられて整理券を貰いにくる客もいる。腕をふるうのを見ているうちに、カットを頼む客もちらほら現れてきた。

「盛況だな」

「午前に想定していた整理券の枚数はほぼはけましたね」

 ぶらっと顔を出して近くの椅子に勝手に座った磯部に、客がきれた結城が呟いた。パイプ机に置いた時計を見て、次の整理券に記載された時間から十数分はあると確認して、机の脇においてあった棒をつかむ。

 雨の音が屋根にぽつぽつと落ちる、水が溜まり垂れ下がっているテント屋根の部分を、結城は棒でつきあげた。端からざあっと雨水が勢いよく流れ出し、ぶわっと雨の匂いが充満した。

 布のたるみに雨が溜まり放っておくとその重みで傾いてしまうので、周囲の店でも流す音が定期的に聞こえる。

「やっぱり面倒だな。雨は」

「けど、ブローとかセットへの食いつきは凄くいいです。今年最後のイベントだし、気合入れてた女の子も多いんでしょうね。そこへこの雨ですから」自分の作戦があたったことに少なからず満足感をにじませた結城は磯部に問いかける。「企画の方はどうですか」

 問いかけた後、返事のなさにあれ、と結城が見返すと磯部は少し考え事をしているようだ。やがてぼそっと

「やることはやった。待つしかねえな」

「待つ、ですか?」

「ん。ああ。お前が問いかけてる方じゃねえよ。大きい声じゃ言えねえが時任辺りがちょいと仕込んでる」

「仕込み?」

「話が進んだら教えてやるよ。ま、進むかどうかこればっかりは運を天にって奴だ」

 それで磯部がその話題を切ったことを、結城は読み取り食い下がらなかった。

「この篠原ごっこなら浸透はしてる」

 小休止なのかクーラーボックスからペットボトルを取り出して磯部が付け加える。

「さすがに俺には誰も声をかけねえけどな」

「時任と先輩は看板か笑い要因ですよ」

 コップを咥えてキャップをひねる磯部が、苦笑いする結城を横目で見た。

「お前もなかなか言うようになったな」

「耐性つきました」

「ま、いいことじゃねえの」

 コップの中身を一気に煽ったとき、ふとウィッグの前髪向こうに見えた姿に眼が薄まる。気づいた結城もぎょっとしたようだ。

「……」

 店の前に銀の柄の傘をさし、細く優美な手足を持った麗人、真上美奈子が立っている。まっすぐにこちらを見た、この雨でも広がりなどとは無縁な黒い艶やかなストレートに包まれる白い顔は引きつっていた。くしゃりと紙コップを潰してつまらなそうに磯部が

「敵情視察か」

「後悔してるところよ」

 苦々しくそらされる視線に、ムリはないと思う。190近い男の女子制服姿だ。恥じ入るところもなく堂々としているあたりは健康的だが、いくら敵でもいや敵だからこそ目にしたくないものもあるだろう。

「素人美容室なんてよく許可が出たと思って見に来たけれど。不快だわ。帰る」

「来てくれとも言われてねえのにのこのこ来てよくんな口きけるな」

 くるりと艶やかな髪を翻して真上は無言で去った。それを見送って結城は恐る恐る

「……先輩、いいんですか?」

 はぐらかすかと思ったが、磯部はへえ、と面白そうに眉をあげた。

「お前、知ってるのか」

「……まあ」

「腐っても情報が集まる美容師だな。だが、広める方には回るなよ」

 潰したコップを、パイプ机にセロハンテープでとめたゴミ袋に放り込み、もう一回り看板してくる、と磯部が背を向けた。ちょうど整理券を手に持った少女がきたので、結城もそれ以上は追求できなかった。




 磯部ほどでもないが、ちょっと眼にした瞬間に「あ、違うわ」という空気を漂わされる。一度どちらとも行き会った半田は大量の参加券を、佐倉ですらそれなりに稼いでいたのに、もちろん理由はわかるがなんとなく釈然としない。

 仕方ないかとわりきりにかかったところで、ふと携帯の呼び出し音に気づき、時任大介はバッグから携帯を取り出した。こちらも不自然なバランスの女装男子だが、変にしなをつくったりこびをしない辺り、気色悪さは少ない。

「ああ。時任だ。……ああ。ああ。……――そうか」

 受け答えする顔に緊張が走る。

「わかった。すぐにとりかかる。お前は? そうか。助かる。わかった。難しいがなんとかしよう」

 じゃあな、と言いかけてふとかわりに付け足した。「結城が心配していたぞ」

 携帯からの反応に一つだけ苦笑して、きって歩き出す。その足取りは速い。歩きながらどこかにかけようとしたところで、ふと立ち止まる。前方にボブの眼鏡少女を見つけたからだ。

 確実にだが、行きかう人々の中にボブは増えている。残念賞を狙うべく眼鏡も。それにスタッフ希望の少女たちの中で背格好が似ている何人かも篠原友子役になっている。彼女たちの方が半田たちより似ているだろう。だが、所詮は付け焼刃と見え隠れする中で、相手は本物だった。

 どうして、と一瞬思ってしまった。そうじゃない。あれは、違う。言い聞かせてもそばに来てもなかなか疑惑はとれなかった。近づいてきたこちらに相手は気づいたように首を少しかしげる。その動作すらも完全には押し殺せなかった迷いを増幅させた。理性が語る。そうじゃない。これは。

「悪い。ちょっと本部で用ができたから、一旦抜ける」

「了解」

 声を聞いてようやく全ての疑惑から抜けた。手をふって別れる。あれじゃない、そうよ、あれ。周囲からそんな囁く声が聞こえる。見せてもらわなかったが、何枚の参加券を手に入れたのか。検討もつかない。

 なんだか心臓に悪い、と思いながら本部に戻った。結城は忙しそうに鋏を動かしていて、本部のスタッフにいつものメンバーはいない。ウィッグをはぎとり、店番をしていたボランティアスタッフに声をかけた。

「ここにいるメンバー、全員を集めてくれ」



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