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十章「決戦の文化祭」15

「見てください!」

 時任と一緒に部室に入って第一声。半田君が満面の笑みで突き出してきたものを目にする。おお…。

「できたんだ」

「はい!」

 半田君が両手で持つのは、枕くらいの大きさのぬいぐるみ人形だ。フェルトと布地で出来ていて、三頭身か二頭身くらいでかなりデフォルメされているけれど一応うちの制服とわかる白い服、ボブの髪に、やや特徴的な眼鏡、ちまっこい両手を前でそっと慎ましくそろえて、頬は少し照れ気味に赤い。胸につけられた大きな名札には「しの」とまるっこい字で書かれている。

 前にちろっと半田君が話していて、アニメ研究会に頼んでデザインしてもらった、うちのイメージキャラクター「しのちゃん」(命名はいちもにもなく佐倉さんである)だ。スケッチブックで見せてもらったときと比べても、再現度は極めて高い。

「凄いね」

「家庭科部の力作ですよ」

 相当嬉しいのか「しのちゃん」を持って半田君はくるくる回って、そして「はい、国枝先輩」と差し出してくる。

「ん? なに」

「今日、一日肌身離さず持っていてくださいね」

「なんで!?」

 受け取ってしまってから、意味不明な要請に声をあげる。半田君はチッチッチッと指をふって(よく考えたらこれどういう由来がある動作なんだろう?)

「このままじゃせっかくできたのに「しのちゃん」不完全でしょう。国枝先輩の愛を注入しないと「しのちゃん」は完成しないんですよ。ラブ注入です」

 え、ええええええええ。

 ゆうちゃんがまだ来ていないからいいものの、凄いあれな言い方に、赤面していいのか置いてけぼりにされたらいいのか。

「愛してあげてくださいね」

「ちょっ、待っ」

 ベルトにねじ込まないで!」

 仕方なく腕にのせるように持つことで妥協してもらった。(俺が妥協したのか…?)二、三頭身なのにちゃんと上半身下半身がわかれているため、俺の腕でちょこんと座るような形になる。女子みたいに可愛いものセンサーとかはないけど、まあ普通に可愛いとは思う。ただ可愛いぬいぐるみを常に腕に抱える男子高校生という立場は普通にいやだなあ。

「文化祭非公認キャラなのは無念ですが、非公認キャラの出世頭も船橋にいますしね」

「あれは嫌だよ!」

 かん高い声で飛び跳ねまくる「しのちゃん」とか、ない。

 思わず声をあげた先、がらっと引き戸が開いていそべん先輩が顔を出した。

「おい――」無造作に戸を押しやって、部屋を見回したいそべん先輩の視線が俺に止まってちょっと目を細める。「行き着いた趣味だな」

 弁解させてクダサイ。

「あ。できたんだ」

 後ろから声をあげたのが、先輩の影で見えなかった結城君だ。いそべん先輩は中のメンツを確かめて

「ちょうどいい」

 ソファに座り「半田、茶ぁ」と言う。態度がでかいいそべん先輩は、はい、と立ち上がる半田君に「生姜入れろ」と無茶な追加をした。

「前、部長が生姜湯ストックしてくれてたんですが、なくなっちゃって……」

「風邪気味でな。この時期、食堂で生姜茶配ってるからわけて貰ってこい」

「はーい」

 結構面倒な要請にも、えらい素直だ半田君。まあ受験生に無茶頼んでいる以上、こういうのは断れまいか。(京免君の時とシチュエーション似てるけど、オチは違いますように。)

 半田君が空のポットを持って部室を出て行くと、急にいそべん先輩は俺の方に向き直った。

「で。国枝、どうする気だ?」

「あ、はい」

 反射的に答えた後に。え? と思った。どうする気って。なにを?

「例の、国枝の出し物だよ」

「あ、ああ!」

 ごめん、話すのダメだった? といそべん先輩に話したらしい結城君が小声で呟く。

「いや、大丈夫だけど」

「学園祭の舞台でやる気か?」

「は、はい。Sealが生で出て来れないので……」

 言ってて顔が赤くなる。はからずも代役ポジションに立候補とは。しかし謙遜している場合じゃない。

「服は持ってるのをちょっと改造してもらうように、結城君にお願いしてます」

「前、やってたときは、髪、黒く染めてた?」ふと結城君が口を挟んだ。

「うん。先輩に言われてたから。やっぱ染めた方がいい?」

「いや。服が黒いから髪はそのままのが目立っていいと思う。今のそれ、地毛だよね」

 ほぼ確信に近い声で言う結城君に、やっぱりわかるのかと感心しながらうなずく。横で時任が

「出来たら京免に演奏を頼みたかったんですが。前、音楽室で聞いたとき見事だったので。ただ、京免はいま手が離せないようなのでそこは保留です」

 俺達のやりとりも含む説明を、いそべん先輩は一言も口を挟まずに背もたれに肘をついて聞いていた。そして。

「結論から言うと。国枝、お前が腹くくったのは結構だ。持ち札を出し惜しみしてる立場じゃねえ」

「は、はい」

「が。学園祭でやるのは反対まではしねえが、賛成はしねえな」

「!」

 わかるか、結城、といそべん先輩は横の結城君にふる。結城君はちょっと驚いた顔をしたけど、その後で眉を下げた。

「……俺も、反対はしません。悪くはないと思います。でも、諸手で賛成もできないんです。あの舞台だと」

「そうか」

 時任も腕を組む。そして。

「学園祭の後日に行われる、再選投票の直前。少しだけ時間があります。本来は本人の演説ですが。厳格化されてるとも思えないし、ねじこめるでしょう」時任の目の奥がきらり光る。「場所は、講堂です」

 結城君といそべん先輩が同意するようにうなずいた。

「それでいいか、国枝」

「あ、はい」

 ここまで来ると三人が言わんとしていることも、だいたいわかった。昔から、部屋の中ではやるな、と言われ続けてきた身だし。それに結果的に少し延期というのは都合がいいじゃないか。家では練習してるけど、まだ勘を取り戻しきっているとは言えないし、別にやらないってわけじゃないし。うん。

「……」

 でも。なんで俺、すぐ出来ないことに少しがっかりしてるんだろう?

 不可解な心の動きをじっくり探る暇もなく、不意に部室の戸が開いた。

 たのもー! と元気な声で入ってくるのは佐倉さん。途中で合流したのか後ろに、ゆうちゃんがいる。ゆうちゃんは中を見回しておずおずと

「お話の最中でしたか?」

「もう終わった」

 いそべん先輩がソファを立つ。

「しのちゃん!」

 佐倉さんがゆうちゃんを呼んだ。はい、とゆうちゃんが顔をあげるが、佐倉さんの視線は俺に集中している。ん?

「しのちゃん!」

 あ。

 佐倉さんの視線が右腕に抱える「しのちゃん」に固定されているのに気づいた。ちょっ、もう…。真面目な話で忘れてたのに。(しかしさっきの話の間、はたから見た俺は人形を抱いて真面目な話をする高校生だったのか…)

「は、半田君が持ってろって聞かなくて」

「篠ちゃんのはーんぶんは国ちゃんの愛と優しさでーできてるぅー」

 一半田去ってまた一佐倉!

 歌う佐倉さん、をこづく時任。それを見ながら、俺はいろいろ諦めてゆうちゃんに向かって苦笑した。

「半田君も似たようなこと言って持っててってさ。意味わかんないよ」

 ゆうちゃんは横髪を少し揺らして人形を見た後。ほのかに笑った。

「でも、その子。とっても幸せそう」

 数拍後に、がらっと部室の戸をあけた生姜茶持った半田君が。

「あ! なんか不思議な空気が漂ってます!」

 そう叫んで相殺してくれた。ちょっと熱い頬にぱたぱた風を送り、俺は生姜茶をすすった。喉にぴりっとする刺激。右腕には「しのちゃん」がいて、その反対側にはゆうちゃんが座るというよくわかんないサンドのまま

「Sealはなんとか都合がつきそうなんで、ライブ映像を流す」

 やった、と半田君。確かに録画したDVDを流すよりずっといい。

「ただ可能な時間帯は遅い。向こうの指定だとステージの最終になる」

「生徒会の直前…ですか」

「どうせ奴らを前座にはできねえし、下手に離すよりぶつけたほうがいいかもな」

「そうですね。前座でお客さんとっちゃいましょう」

 ね、部長、と半田君が目を向けると、時任はうつむきがちで何かを考え込んでいる風だった。半田君が眉を寄せて

「もしかして、その時間帯もまたですか?」

「ん? いや。そこはもう確保した。竹下先生がかなり助力してくれたからな。今度は手を出させない」

 時任が顔をあげてきっぱりと首を振る。じゃあなんだったんだろう、と思う前で独り言めいた口調で「これだとやっぱり、舞台スタッフが必要になる。忙しくなるぞ」

「だが、指針ははっきり決まったわけだろ」

「はい。ゴールまでの道は見えました」

 時任の顔が引き締まる。でもその後に口元がつりあがる。挑むことを楽しむように。

「最後の追い込みだ」





 近づけば近づくほど、時間はさらに加速するようだった。

「天気予報だと当日、雨がぶつかるかもしれないです」

「雨天の場合の案をもっと詰めといた方がいいな。客足はどうしても校舎に集中するだろうし」

「タイムテーブルも雨天バージョン修正版を出しましょう」

 フルで働くのは時任とゆうちゃんだ。ぽんぽんアイディアが浮かぶ半田君も凄いと思ったけど、それを実現するのってほんとに緻密でありとあらゆること考えなきゃいけないんだなあ、と改めて思い知らされる。

「雨かー」

「雨ですかー」

 佐倉さんと半田君が何もわからない顔で座っている横で、俺も正直ついていくのがしんどい内容を時任とゆうちゃんはガンガン詰めていく。素人目から見ても二人は進行のノウハウがよくわかっているんだなあ、と思った。よく顔を出してくれる竹下先生も二人が詰めていく進行表にはあまり付け加えることがなさそうだ。

 勝った後のことなんて、今まで全然考えてこなかったけれど。この二人が柱になって生徒会をまわすのは確実だろう。

「じゃあ、印刷してきます」

「それ配ってきマッス」

 手伝えることは即座にとびついて。俺も必要な分だけの準備係の仕事を仕上げて。「しのちゃん」ステッカーや絵も印刷してありとあらゆるところに貼り組み込んだ。

 文化祭一週間前には、結城君が部室にウィッグを持ってきた。ずらっと並んだウィッグの様はどこのお化け屋敷? と思う。紙パックにつっこまれた眼鏡眼鏡眼鏡の山。そして人数分の女子制服。

 その頃には大道具も相当数できあがっていたから、奇変隊部室はえらく雑多でカオスな空間に様変わりしていた。廊下にも遠慮なく溢れる大道具小道具の数々はパッと見なんなんのかわからないものが多数で、それらを潜り抜けてたどりついた部屋はでろでろの髪の毛が干された異空間。まあそんな有様でも奇変隊の部室だなあ、と思えるところは不思議だけれど。(前にも後ろにもウィッグつけて毛だけになってけらけらしてた佐倉さんの存在が大きいかもしれない)

 竹下先生も自分の受け持ちで相当忙しいだろうに頻繁に顔を出してくれて「藤田にバスケ部のことはいーですから、と送り出されたよ」と笑いながら生徒では面倒な雑務を持っていってくれる。いそべん先輩も「借りは返す」と不敵に一言、受験勉強が心配になるぐらい生徒会の動向チェックと宣伝に力を尽くしてつくれる。京免くんだけは全然顔を見せなくて、結城くんがずいぶん気がかりそうだったけど、時任と連絡をとっている様を聞くと少しは安心した様子で。

 そんなみんなと一緒の、時任の言うところの最後の追い込みは、先に味わった、テンションとはちょっと違ってた。

 それよりもっと落ち着いた充足があった。太い何かで繋がっているなって思った。先のあれはほんときつかったけど、多分、俺達の自信になったんだと思う。こんなことがあってもばらばらにならなかった。乗り越えられたって。また進めたって。

 ――大丈夫。

 失敗があったとき、挫折があったとき、そしてそれを越えたときに。言葉は少し重みを増す。大丈夫。大丈夫。乗り越えた記憶が、思い出が、胸の途中で詰まってしまった言葉もおしてくれる。

 大丈夫。言える。言える。きっと。

 その先の言葉も。






 そうして迎えた、文化祭当日。前夜の天気予報は雨のち晴れ。

 目覚ましを一歩はやく制して飛び起きた。起きていの一番に開けたカーテンの先で。曇り空からすでに雨はパラパラ落ちていた。







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