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十章「決戦の文化祭」14

 日はまだ高く、朝の空気の澄みはまだ消えていない。みどり園に集まったメンバーは、若い女子大生が中心だ。みなジャージ姿に髪をたばねて、各自の名前がひらがなで大きく書かれた簡易の名札を胸につけている。

「真上さん、準備できた?」

「ええ。持ち物は今のところタオルと水筒だけでいいのかしら」

「うん」

 少ない荷物を手に取り、他のメンバーと一緒に廊下に出た。

「最初に園長先生に挨拶しに行くの」

 説明にうなずきながら歩くうち、廊下の突き当たりにプレートがかかった部屋を先頭の女子がノックする。が返答はない。

「あれ、園長先生は?」

「おかしいなあ」

 ノックをしておそるおそる開いてみる。

 開いた先に繋がったのは、五畳あるかないかという小さな部屋だ。奥に事務机、手前にソファといった配置は校長室のようだが、あまりいかめしい感じはない。トロフィーや賞状、歴代の園長の写真などというものはいっさい飾っていない。そのかわりに。

「凄い」

 壁一面を埋め尽くしているのは、写真、写真、写真だ。三列ほどに並んだ大判の集合写真が多いが、中には一人だけスナップにとっているのもある。興味深そうに真上は眺めた。

「凄い数の写真ね」

「今までここに在籍していた子どもたちですよ」

 答えたのは彼女達のものではない声だった。横を見ると、別の部屋に通じる扉が開いて、こじんまりとした祖母ほどの年の女性が入ってきていた。

「お待たせしてすみません」

「い、いえ。こちらこそ」

 ふっくらした丸顔に丸い眼鏡をかけていて、厳粛さや権威と言ったものはほとんどなく、日干しした布団のよう暖かな慈愛に満ち満ちている。

「みなさん、今日は本当にありがとうございます。子どもたちも楽しみにしていました」

「こちらこそ、お世話になります」

 微笑んだ目がやがて端にいる真上にとまった。

「あら、新しい方?」

「はい。今回から参加させていただきました。真上美奈子と言います」

「ありがとうございます。わざわざ足を運んでいただいて」

「いえ。ぜひ参加させて欲しいと無理を言ったのです。来れて嬉しいです。今日はよろしくお願いいたします」

 綺麗に身を折って頭をさげた相手に、みどり園の園長は笑い皺が寄る目元を穏やかに和ませて。

「ここでの体験が少しでもあなたにとって有意義なものになれば、と思います」





 朝の教室で、自分の席に腰掛けて机の中を整理する時任大介の姿から、普段との違いなど見出しようがない。いつもと同じ理性的で落ち着き払った顔だ。

 ノートと教科書を取り出していると、生徒達の喧騒の中、国枝がやってきた。おはよ、と笑う顔から異変は見つけられない。同じように挨拶を返すと、国枝は自分の席に腰掛けて

「一限目、なんだったっけ?」

「英Gだ。小テストがあるぞ」

「マジ?」

 見とこ、と鞄から教科書を引き抜いてぱらぱらめくる。範囲を教えながら、ふと面白いことを思い出したように国枝が笑った。

「なんだ?」

「昇降口に半田君がいてさ。俺のクラスの靴箱じっと見てたんだよね」

「……」

「俺見たらおはよーございます今日も素敵ですね先輩きゃっ言っちゃった! って言い逃げみたいに行っちゃったけど」

「……」

 国枝は愉快そうに笑う。

「あと階段歩いてたら、上から佐倉さんが走ってきて」

「……」

「『国ちゃぁーん!』って叫んで横を凄い勢いで降りてって」

「……」

「何かと思ったら今度は駆け上がってきて『国ちゃぁーん!』ってまた登って過ぎてって」

 ビブラートが凄かった、と笑う。額に手をあてて時任が「……悪い」とうめく。

「はっよー!」

 どさっと横腕が絡まって宗二の身体が横に揺れる。近くの席の伊藤だ。

「なあ、一限目、Gのテストってマジ?」

「そうだよ」

「うそおおおおっ!」

 大げさにわめく伊藤に、やれやれと教科書を指し示す。

「ん? 時任。それ英Aじゃねえ」

「……」

 委員長めっずらしいボケー、とけらけら笑う伊藤に、範囲を無言で示しなおす。勉強勉強と伊藤が戻ったとき、ふと国枝が正面に向くように座りなおした。

「今朝、夢見たんだ」

「……?」

「ちっちゃい頃いた施設の部屋にいてさ。自分もまだ、ちっちゃくてさ。一人でいたら、机の引き出しから時任たち三人が詰まって出てきて、三人とも凄く色々まくし立ててよくわかんなかったけど、起きたらなんか嬉しかった」

「……」

「俺、もっとうまく言えないけど。――三人が大好きだ」

「……国枝」

「ん?」

「お互い言葉は不器用だから、四の五のは言わない。この勝負、勝とう」

 真顔になった国枝宗二は、じっと見返して。

「ああ」 





「おーべーんーとー……」

 Uh!

 と佐倉さんが高らかにシャウトする。

「篠原先輩の快気祝いもかねましてー盛大に祝いましょー!」

 お茶を並べて半田君もいそいそ横に座る。

「そのわりには本人に昼食を作らせているという事態だぞ」

「あ、あの大丈夫でしたから。ほんと。寝てたらすぐに治って」

 というわけで月曜恒例のゆうちゃん弁当会の時間。ちなみに負担が大きくなるので、二回目からはしっかり経費はみんなからとることにした。ゆうちゃんは最後まで遠慮してたけど、時任がちゃんとレシート受け取ってそれを元に各自から徴収して管理している。(ちょっと言葉が苦手だー、的なことを最近言い出したけど、お前の有能さは天をつくよ)

 ババババババッとヘリでも飛ぶような派手な音出しそうな勢いで佐倉さんがかきこんで、立ち回り(箸まわり?)上手に半田君がそれを避けながら巧妙におかずをとっていき、時任は容赦なくぐーっと佐倉さんを押しのけこづいて俺達の分もとってくれる。

 まあ基本いつもと変わらない光景なんだけれど。

「はい、先輩。どうぞ」

「あ、ありがとう」

「国ちゃーん明太」

「どうも」

「国枝」

 すっごい俺の皿に卵焼き集まるんですけど。

 いや、気持ちはとても嬉しい。卵焼きも好物だ。しかし俺の今日は、おにぎりと(今日は茸とニンジンの炊き込みご飯おにぎりだ)卵焼きオンリーなんだろうか。

 肉欲しい、と素直に胸が呟いたとき、じっと見てるゆうちゃんの視線に気づいた。ほとんど反射的に箸が一切れつまんで口の中に入れる。

「美味しいよ」

 ほっとしたようにゆうちゃんが笑う。俺も返す。ああ、ただそのやりとりの間に、やめて卵焼きこれ以上集めないで。積み重なってきたから!

「正直、ゆうちゃんのお弁当、俺全部好物だからね」

 なぜか全力で宣言することになりつつも、飯食ってみんなでお弁当箱洗って(これもゆうちゃんが遠慮――以下略)放課後になったら仕事に取り掛かり。

「盗聴器が出なかったんだよな」

 ドラえもんはいないけど、いるぜんえもんがやってきてそんな風に顎をさする。(無精ひげまた生えてる)

「本当に設置されていたんですか?」

「そこは間違いねえよ」

「職員室に、盗聴器…」

 ほんとあの人通報とかした方がいいんじゃないですか? と半田くんが呆れたような感じで言う。半田君にこうまで言われるのもある意味凄いのか屈辱なのか。

「ありゃ一種の病気だからな。どうせやめられねえで繰り返す。二十歳すぎたらすっぱ抜いてぶち込んでやるよ」

 悪い顔でにやりといそべん先輩。でも言ってる内容素敵だから全面支持しよ。

「こんにちはー」

 結城君も顔を出してくれた。

「衣装とかウィッグ置かせてくれるって聞いたんだけど」

 ああ、と時任。

「すごくありがたいけど、衣装はとにかくウィッグは結構あるし難しいよ。風通しとかも考えるし」

 話す前に結城君が俺の方をちょっと見て「国枝、また後で」と言うのでうん、と返す。ゆうちゃんが見ていたので

「衣装のことでちょっと。サイズが微妙にあわなかったみたいで」

 まあどの衣装かは詳しく言わないけど。

「結城先輩のキャラクター化にヒントを得て、いまマスコットキャラクター作ってるんですよ。アニ研にキャラデザイン頼んで」

「へえ。すごいね。ご当地キャラみたいなの?」

「はい。着ぐるみとかステージ着れたらいいでしょうけど、まあそれは無理でも家庭科部に人形くらいは頼めないかなあと」

「家庭科部ならちょっとツテあるよ」

「ほんとですか、ぜひ!」

 そんな感じで普段と変わらず、仕事をばたばたこなして。それでも、ゆうちゃんの身体を慮って今日も早目に帰された。気遣いがわかったので、俺もそうは反対しなかった。みんなに向かって遠慮するゆうちゃんに「帰ろうよ」と声をかけるとゆうちゃんは少しびっくりした顔をして、みんなに頭を下げてついてきた。

 歩き始めるとまた気になってしまうらしいゆうちゃんに、今日はみんなの好意を受け取ってさ、と続ける。

「明日からまたがんばろ」

「……うん」

 ちょっと間をあけてゆうちゃんがうなずいた。行く先の夕暮れは、自分の部屋で時任たちを待つ窓から見下ろしていた二日前よりかはもう少し明るい感じがした。考えて驚く。二日前か。そうかたった二日前の出来事なのか。

 なんだか凄く前のように感じられる。日常って不思議だな。それを挟むと気持ちや感覚が驚くほど入れ替わる。そういうのには救われる面が多い。もちろん救われているのはもっと別のものの要素が大半しめるけど。

「みんな、本当にいい人たちだよね」

「うん」

 俺達は孤児だけど、家族がそろっている人より、人のありがたみや温かさを知らない、ってわけじゃないと思う。どころか、これまでの人生ではしみじみ感じるばかりだった。無償で見知らぬ誰かに手を差し伸べる人の存在は、きっと世間で考えられているよりずっと多い。優しさは案外どこにでもある。

 ただ、やっぱりちょっとつっぱりというか、独立独歩というか、自分のことは自分でしよう、みたいな意識は他の子よりかは強いと思う。だから、身体が特に弱いとかでなければ基本、健康管理には気をつける。ゆうちゃんも無理するタイプだけれど、重病重傷にいたれば迷惑度は半端ない、というのは何度かの苦い経験でわかっているので、今回みたいに大っぴらになるのは珍しい。

 俺は横を歩きながら何気なく

「体、ほんとにもう大丈夫?」

 ゆうちゃんはちょっと驚いたように目を開いた。

「どうしたの?」

「そうちゃんの大丈夫、久しぶりに聞いた」

 あ。

「ほんとだ」

「うん。もう何年かぶりじゃないかな。言わなくなって」

「だってゆうちゃん、絶対に大丈夫じゃなくても大丈夫って言うから」

 言いながら俺は不思議な気がした。そんな言葉を、君に言えていることに。

 ゆうちゃんはまたちょっと目を開いて

「今はいいの?」

 俺はすぐには言葉が出なくて。そしてちょっと時間をおいた。

 ――大丈夫?

 いつもうつむきがちな顔を、かがんでそっと見上げていた。でも今、その顔はそこにあった。俺がまっすぐに見つめた先に。かがまなくても見える顔。いつの頃か封じていた言葉。

「ゆうちゃん、大丈夫?」

「大丈夫」

 すぐ呟いてうつむくボブの髪。昔と同じ。

「でも。あの」

 口ごもったゆうちゃんは、顔をあげた。少し緊張したような顔。

「大丈夫、じゃなくなったら、そう言う、から。きっと、言うから」だから、と声が少し震えて。「そうちゃん、また聞いてくれる?」

 一瞬、胸が潰れるかと思った。

 慌てて、顔を下に向けて、うん、とうなずいた。うん。とうなずいた。

「そうちゃん」

「な、なに」

 顔をあげた俺にゆうちゃんが何か言いかけたとき、ふとゆうちゃんの手提げから振動音が聞こえた。

「……」

 振動音は本来、宛先も何も告げないのに。わかってしまう。目でとっていいよ、と伝えたけれど、ゆうちゃんは首を横に振った。俺もそれ以上は何も告げなかった。振動音はやがて止んだ。

 何かを言いかけていたゆうちゃんは、結局口を開かなかった。

 いつもの分かれ道より先に、俺は立ち止まって先に行くゆうちゃんを見送ることにした。振り向いたらダメだよ、と言っているのに、ゆうちゃんは振り向くから。

 前を向きなよ、と小さくなっていく姿に笑いかけて。いつもの曲がり角にその背中が消える。すぐには進まずに俺は、夜を見上げて息をはく。まだ息は白くない。

 同じ道を帰るのに、こうして立ち止まって見送る。歪な。歪な形。

 俺がもっと大きかったら、俺がもっと頼りになったら、説得できるんだろうか。お父さんとお母さんにあんな嫌な思いをさせてなくてすんだんだろうか。

 大丈夫、と聞けなかった。いろんなことが言えなくなった。いつも何かを封じていく在り方で。

「――ゆうちゃん」

 ぽつんとひとり出した、呟きはそんなに大きくなかったと思う。

 でも。

 まるで魔法みたいにゆうちゃんの姿を消した角から、ひょいとゆうちゃんが取り出された。

「……」

 まき戻しみたいに、ゆうちゃんが戻ってきた。スローモーションもかかってるみたい、と息を吐きながら思った。ゆうちゃんは俺の手にそっと触れた。

「大丈夫」

 一拍おいて俺はうなずいた。うん。とうなずいた。

 大丈夫、と聞けなかった。いろんなことが言えなくなった。いつも何かを封じていく在り方で。だけど。君は言った。助けてと。君は言えた。俺も言う。封じていた、大丈夫は戻ってきた。他も取り戻す。きっと取り戻す。

 うん。と握り返した。君の手が言ってくれる。

 小さくても、生きていけるよ。





 にぎやかな女子大生達と別れた後で、彼女達にふるまったケーキの載った皿を片付けに部屋を離れた。ティーカップと皿を洗い終わり自室もかねた園長室に戻ったとき、無人のはずの部屋に人がいた。

 園長はぱちりと目を瞬かせる。戸に背を向けて立っていたのは、職員ではない女性だったからだ。先ほどの女子大生の一人だ。今はくくっていない、艶やかな黒髪が揺れて、彼女は振り向きざま少し慌てたように。

「すみません。さっき、ここで落し物をしたみたいで」

「まあ大変。どんなものかしら?」

「ピアスなんですけど」

「探しましょう」

 座っていた場所にあたりをつけて、腰を曲げる。自分のとった格好に、大丈夫ですから、と焦ったような声を聞きながらさらにのぞきこんでみると、ソファの下の方にきらりと光る小さな丸いピアスを見つけた。

「これかしら」

「それです。ありがとうございます」

「すぐ見つかってよかったですね」

 頭を下げてあげたとき、唇と目の端に微笑が浮かんでいる。ひどく、美しい子だと園長は思った。

「他の方々を待たせては?」

「先に行ってくださいと言っておきました」

 そう言いながらその視線が流れた。つられて追うとスナップに埋め尽くされそうな壁にたどり着く。

「ここの写真、在籍した子のものが、すべて?」

「短い期間の子もスナップだけでも残しておこうと思って。色々タイミングがあわなくて撮れずじまいの子もいますけれど」

「施設創立当初からなんですね」

「代々の方針なんです。歴代園長の額縁写真なんかより、子どもの写真を飾ってあげようってね。あの端の壁の子達なんて私よりちょっと下くらいの年齢でしょうけど」

「本当。年代別になっているんですね」

 壁を軽く眺めた彼女はすっと向き直る。小さな動作でよくわかる。美しいだけではない。聡明な子だ。そこでふと思い出した。朝の挨拶の時に一言交わした、新人の子だ。

「今日のここでの活動は、どうでしたか?」

「とても興味深かったです。はい、とても」壁を眺めながら彼女は呟いて。「お仕事は、大変ですか」

「肉体的にはそう言えるかもしれないけれど、でも、好きなことを仕事にしている身ですからね」

「とても意義のあるお仕事だと思います。でも、辛いことや傷つくこともあるのではないかと」

「痛みは、覚えなければいけません」

 聞く彼女の瞳に少し怪訝な色が現れた。

「ここには、いろいろな境遇の子どもたちがやってきて去っていきます。その子たちが背負っているものや味わってきたもの。それに触れたとき、それが日々の中で現れたとき、大人の私たちもたやすく傷つきます。大人だから、余計に傷つくかもしれない。その痛みのあまり、知らなければよかったと思うこともあります。でも、結局、その事実が存在していることは紛れもない本当で。知らなければ泣いている子どもが消えるわけではありません。泣いている子どもの存在を「なかったこと」にしてしまうことはできるでしょうけれど」

「……」

「気づいて、傷つくことが仕事です」

 穏やかに目を伏せた園長は、その先でふふ、と笑った。

「なんだか暗い話になってしまいましたね。でも、傷より強さを貰うことの方が多いんですよ。自分だったらとても耐えられないようなことも、子どもたちは耐えてきている。そしてその果てに笑える子もいる。人に優しくできる子もいる。この仕事には、悲しみも傷も一気に報われるときがあります。ああ、このために私は仕事をしているんだって生きているんだって思えるときがきっとあるんです。あなた。人は、素晴らしいわ」

 はい、とうなずいた、壁際に立った彼女は、真っ直ぐに見つめ返していた。黒目がちな瞳がじっと定まって。表情豊かのようにも思えるが、本当の所とても考えが読みにくい子だ。やがてすっと彼女の視線が壁に添った。

「ここの壁の子どもたちは私たちとほぼ同年代ですね」

「あら、あなたなら……そこより少しは前かしら。多分その子たちはまだ高校生ぐらいでしょう」

「すぐわかるんですね」

「死んだ子の年を数えるのは不毛でも、離れた子の年なら数えるたびに嬉しく楽しいものです」

 美しい彼女は眺めたままだ。視線は少し遠くて、他の誰かが目にしていたなら、彼女は自分と年近くそれでいて家族を持たない誰かに思いはせている、と何の迷いもなく考えるだろう風情で。

「……ここの子どもたちは、みんな家族を?」

「いいえ。様々な事情があります。最近は特に。両親がそろっていてもここに来る子もいます。外から見たらなんの問題もないような家の子達も。それこそ、子どもの数だけの事情があります」

「最近は特に多種多様で複雑な家庭環境があるとニュースでも聞きます。私の子どもの頃、いえ、この写真の子達の頃は、あまりなかったように思いますが」

「そうですね。この頃は、園内にいたのはただ単純に家族がいなくなってしまった子が多かったでしょうか」

「でも、家族がまったくいなくなってしまったわけではない子もいるんですね」

 ……で来ることもあるんですね。

 ひとつの写真に向かい合った彼女の呟きを拾って園長はその写真を見る。指差された二人の子ども。集合して並ぶみんなの端にいて、並ぶ他の子達より二人の間の距離が少し近い。幼い男の子と女の子だ。他の者と同じように彼らも細いマジックで名前が描かれている。白い指は少女の下に書かれた「佐々木」の名前に下線を引くよう撫ぜる。

 そんな壁際の彼女を見返した、園長の頬に不思議な微笑が漂った。

「そうですね。その子たちみたいに。結局、色々な事情の子どもたちがいます。今も昔も」




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