四章「いそべんはいかにしてイソゲッペルスに進化するか」
『第一回リコール大作戦本部会議』
『いかにして生徒会を便所に叩き込むか』
『やっつけろ生徒会』
好き勝手に書きなぐった張り紙がホワイトボードに磁石でとめてある。奇変隊のみんなはつくづく張り紙好きだな。他にもマーカーで生徒会の三人らしき適当な似顔絵があってすねたように尖った口から伸びた吹き出しが『やられたー』『ぎゃふん』『便所☆マイホーム』と言っている。
「――さて」
そんな全てを後ろに背負い、ソファに座った時任が言った。
「今後の大まかな方針を決めたいわけだが」
「はいはいはーいはーい!」
「半田、なんか出せ」
元気良く手をあげた佐倉さんを見もせずに時任が言う。半田君はずず、と紅茶カップを湯のみのようにすすりながら
「基本的に、民主主義の原理なんですよね。多数決、多数票。実際の選挙を参考にするのが一番いいと思いますよ」
「んなことはわかってる。それで今回の件に応用できそうなのはなんだと思う?」
「アメリカ大統領選挙とかだと、それこそありとあらゆることをしてますよね。CMに、コンサート、テレビでの討論会、相手陣営のネガティブキャンペーン、経済界の大物とか、芸能人といった著名人に支持を表明してもらうとか……」
「イメージアップと、支持者集め。これに尽きるか」
時任がうなずいて、そして立ち上がる。ホワイトボードに向き直って、落書きを一気に消した。半田君と佐倉さんが同時にああと声をあげるが、クールな男は無視してマーカーをとりあげる。そして大きな丸を二つかいた。
「生徒の大半はこのどっちかにわかれるだろう」
ミーハー層。真面目に考える層。
「それで、これは独断と偏見だが。多分、こっちが、比率としては大きい」
マーカーの尻でミーハー層の丸をかつかつと叩く。俺たちはこくりとうなずいた。なにしろ高校生だ。しかも言っちゃあなんだが、たかだか学校の生徒会選挙。知名度と人気に票が傾くのはしごく当然だろう。
「でも、だからこそ、俺は先にこっちを固めるべきだと思う」
「部長、その心は?」
「向こうの支持はミーハー層が多い。初めから二番煎じを狙ってると見られたら、そこで二流の烙印がおされる。まずは向こうが取り込んでいない層をがっちりとこちらに取り入れるべきだ。人気取りはそこから考える」
ぱちぱち。とりあえず、というように半田君と佐倉さんが手を叩く。
「自分で言うのもちょっとあれだが、俺はこれが他人事だったら真面目に考える層に入る人間だとは思う」
「まあ、そうだろうな」
時任が人気だの知名度だのでこくりと傾くとは到底思えない。
「その視点で考えると、篠原さんはいい代表だと思う。見るからに真面目そうだし、まともそうだ」
「ちょっ、ちょっと待てよ」
思わず俺は声をあげた。
「代表がゆうちゃんって決定事項? そりゃ、ゆうちゃん主体はそうだけどさ、看板になるなら他だっていいわけだし」
思わず俺は視線をめぐらして佐倉さんに目がつく。二年生でなら抜群の知名度を持つ彼女だ。俺の袖をひいてゆうちゃんが何か言いかけたが、その前に時任が首を横に振った。
「確かに、この中で一番知名度が高いのは間違いなく佐倉だ。目立つのもな」
急に自分を俎上にのせられた佐倉さんは、大きな瞳をぱちくりした。小首をかしげると首の細さが目立ち、色白も一目で目を引く。改めてそんな姿を見ると、アイドル並に可愛いというのもわかる。見惚れはしないけど感心していると、「しかしだ」ときつい口調の時任に意識を引き戻された。
「これのどこが真面目層にアピールできるんだ? 佐倉晴喜だぞ。あの! 佐倉晴喜! それが生徒会長? 学校の顔? ――冗談じゃないっ! ワーストよりもワースを選ぶ。俺だったら、間違っても佐倉には投票しない!」
見たことがないほど力強く言い切った時任に、いいのかこれと佐倉さんを見るが、拳をつきあげて「おーいえーい!」と言っている。いいらしい。
「隊長を選ぶ層ってまず間違いなくもっとも不真面目な層ですよね」
「うち<奇変隊>ならそれでいいんだが、生徒会なら問題外だ。佐倉のあれっぷりを相殺する意味でも、篠原さんはいい」
それに、と時任はちょっと言いにくそうな表情でゆうちゃんを見た。「篠原さんなら、話題性も十二分にある。元生徒会のメンバーが離反して対抗勢力を立てた、って。下世話なのはわかる。でも、正直、興味を引く図式だろう?」
「……」
「というか、もうそれで押すしかない。言わなくたって隠したって。どうしたってこれはそういう目で見られる図式だ。それが耐えられないなら、多分、篠原さんのリコール自体が無理だ」
狭間の沈黙。
「お、おれとかダメ!?」
みんなの視線が俺に集まる。驚き、意外、困惑。シャツの後ろに汗をかく。俺はしどろもどろ
「そ、そりゃまあ、俺ただの一般人の二年坊主で知名度とかぜんぜんだけど、やれることなら結構やっちゃうし」
「いや、国枝。お前は結構――……」時任が何か言いかけて「いや。ともかく、篠原さん以外は他人が聞いて納得できる図式じゃない。多くの生徒が、なんでお前が? と思うだろう」
なんでお前が?
あの糞生徒会をぶっ潰すために俺の中には万の理由や思いがあるのに、他人には理解できない、それで消えてしまうのか。なんでお前が? か。
「代表者は私です。初めからそうです」
思わず顔をあげた俺を見て、ゆうちゃんは躊躇いなく笑う。
「何を言うかも大切ですけど、どんな立ち位置で言うのかはもっと大切です。誰かの後ろに隠れて言う人の言葉は、誰も聞いてくれません」
だけど一番前に立たせちまったら、とんでくる石や悪意からどうやってゆうちゃんを守ればいいんだろう?
「国枝」
時任がなだめるように俺を呼んだ。でも、でも、と胃の中で暴れる何かがある。ふと俺の左手に何かが触れた。見るとゆうちゃんの手だった。知らずに掌に爪が食い込んでいた俺の拳をそうっと解いて、爪の跡が残る掌を撫でる。慰めるように大丈夫だよという様に。
「代表決定だ。就任記念に、一言頼めるかな」
はい、とゆうちゃんは立ち上がった。ゆうちゃんの手が離れる。
「篠原友子です。みなさん、私の呼びかけに答えてくれて本当にありがとうございます。力足らずかもしれませんが、全力を尽くします。今後ともよろしくお願いします」
思ったよりずっとスムーズに言って頭を下げるゆうちゃんに、佐倉さんと半田君がぱちぱちと手を叩く。時任はうん、とうなずく。
「良かったよ篠原さん。こういう風に、突然ふられる挨拶にも慣れておいた方がいい」
「はい」
素直な返事に時任は満足そうに少し目元を和らげ
「これで、代表と真面目さを看板に売り込むことが決定した。となると、今後の動きだが、まず表明を出そう」
「表明」
「わかりやすくて、それでいてうんと真面目な奴をな。ちょっと今までの流れでおふざけが過ぎてる感じがあるから、ここでびしっと所信表明をかます」
そういう時任自身がぴしっとしていて、やっぱりそういう方向にむいているな、と思う。
「それと、宣伝かな」
「宣伝」
「昼のあれのおかげでだいぶ広まったけど、ここでしっかり続報を出して俺たちや俺たちの目的を喧伝する。学校全体にしっかり浸透させないと」
「垂れ幕? 張り紙?」
「いや」
わくわくした様子で佐倉さんが言ったが、時任は首を振った。
「それはもうやった。今度は俺たちから発信するんじゃなくて、ここは第三者の機関から発信してもらいたい」
「第三者? 生徒会でも僕らでもないってことですか」
「そうだ。俺たちの存在を客観的に伝えてくれるところ。第三者が言うことで、一般生徒の認識も俺たちだけの道楽じゃないんだ、という感覚が増すだろう。まあ、報道機関とかそういう類のものだな」
学校の報道と言うと……。
「新聞部とか放送委員会とかか?」
あげた二つはどれも結構盛んに活動している。新聞部は定期的に新聞を発行しているし、部活で誰かがいい成績を出せば速報を出したりする。放送委員もビデオカメラでドキュメンタリーを作ったり、昼休みにDJみたいに流したりしている。
「そうだな。学校の報道機関と言ったらそれくらいだろう。新聞部は俺が知り合いいるから、少しあたってみる」
半田君がんー、とまだ少し考え込んでいる。
「なんだ? 何か問題がありそうか」
「いえ、部長の案凄くいいと思うんですけど、それ以外でも。さっきの協力者に立ち戻るんですけど、報道機関とか以外にも、そういう宣伝が得意な人が仲間になってくれたらいいなあ、って思って」
「仲間?」
「例えがちょっと悪いんですけど、ドイツのヒトラーがあんなに絶対的に国を掌握できたのって、ヨーゼフ・ゲッペルスって宣伝大臣の力が大きいんです。報道機関に頼るだけじゃなくて、そういうのが得意な人が仲間にいたら有利に働くんじゃないかと」
どうでしょう、と半田君が言った。ゆうちゃんが
「書記の西崎は、その手のことに詳しいです。だから、彼への対抗の意味も考えて、いいと思います」
時任はうなずいて、佐倉さんにマーカーを投げる。佐倉さんがホワイトボードに書き始めた。
『・所信表明の作成
・新聞部、放送委員会への働きかけ
・宣伝相の引き抜き、あだ名はゲッペルス』
二つ目まではまともだったのに。
時任が無言でマーカーを奪って『あだ名はゲッペルス』に大きくバツした。そしてホワイトボードから一歩さがって改めたように見直し
「結構、仕事が多いな」
「三つ目はさ、現段階ではめぼしをつける程度でいいんじゃないか。まだ誰を、とも決まってないし、そんな人材が見つかるかもわからないしさ」
すると時任はちょっと間をおいて俺を見返した。若干不審な間だったけれど、そうだな、とうなずいてホワイトボードに向き直り『宣伝相の引き抜き』を括弧で囲んだ。
「それでも全員であたるほどでもないのもあるし、ちょっと仕事をわけるか。新聞部、放送委員会への働きかけは俺が主体でやろう。篠原さんはやっぱり所信表明かな」
「僕、手伝います」
うなずくゆうちゃんに半田君が手をあげる。ちょっと考えたけれど、多分、所信表明って文章だろうな。本好きなゆうちゃんと違って、俺はあんまり文字が得意と言えない。まだ人と話したり、ツテを使って頼みこむとかの方が向いてる。
「俺は時任側かな」
お、と時任がちょっと片眉をあげた。意外そうな様子に、そんなに俺はゆうちゃん過保護に見えてるのかよ、と小さく思う。口に出しては言わないが。
時任はそれから佐倉さんに目を向けて
「お前はこっちな」
「らじゃー」
佐倉さんこっち側か。まあ、所信表明を彼女に任せておくと、真面目とは程遠いものができあがりそうだ。悪いけど。
「こいつ、新聞部とか放送委員会にはウケがいいんだよ」
「へえ」
「『ネタに困ったときは二のAに』ってのがまんざら冗談じゃなく通用してるらしいからな」
「あー……」
わかる気がする。ニュースが学校内に限定されるなら、そんな定期的に記事になるようなことも見つけられないだろう彼らにとって、佐倉さんはありがたい存在かもしれない。そもそも彼女がこれだけ有名なのは振る舞いもそうだけれど、そこでよくとりあげられているせいかもな。
「そうちゃん」
一緒に腰を浮かせたとき、呼ばれて振り向くと、がんばってね、とゆうちゃんが手を振っている。振りかえして部屋を出ると、半ば感心したように時任が
「ほんとに仲いいよな」
俺は何気ないふりをしつつ
「まあ、幼馴染だし」
幼馴染ねえ、と時任が肩をすくめ、「なかよしー」と佐倉さんが笑った。