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十章「決戦の文化祭」7

 無念は飲み込んで、とりあえず大々的に反論することにした。その日程変更ではSealがこれません。中止になったのはあんたらのせいですよ、と声高に言わせてもらった。

 別に生徒会に向けたわけじゃない。周囲の学生にたいしてだ。ともかく最大限の矛先を向けさせてもらう。んなもの屁でもないかもしれないが。最後っ屁という言葉だってあるのだ。

 それにたいして生徒会の見解はこう。日程には数日の変更の余地があると申請されていた、と。

 そんな事実なんかねえよ!と唸っても仕方ないので、いそべん先輩と新聞部で記事にしてもらった。ずいぶん杜撰であり、企画の素人がやるような手落ちだって記事で、コラムでも裏があるとしか考えざるをえない、とも書いてもらった。

 威力の程はわかんないけど、ともかく斬られたって時代劇の悪役みたいにあっさり倒れちゃやんねえ。猫の爪程度でも引っかかせてもらう。

 そんな反撃しつつも、ともかく代替案も同時に検討。

「ステージやるとしたら、人目をひくのは隊長ですがー……」

「さすがに芸能人が来れなくなった舞台の後釜任せるのはきついだろ。というか商品は変更しなくていい。来れなくなっただけでツテが切れたわけじゃないから、サインとか商品は依然として手に入るわけだ」

「あ、そうか」

「何枚かコンサートチケットとかを譲ってもらってだな」

「一瞬だけかぶった帽子にサイン入れてレア商品にしましょうよ! 証明の生写真を添えればばっちりです。ファンじゃない人向けに、ヤフオクで売れば高値がつくって噂も流して!」

「……そういう話は教師のいないところでするように」

 ぎりぎりアウトの発言に、竹下先生も最近見ざる聞かざる方針だ。半田君、自分の企画がぽしゃったところから見事立ち直ってくれたのはいいけど、なんかえぐさに拍車がかかっている気がしないでもない最近。

「ま。緊急時ってことで」

 いそべん先輩も壁際で素知らぬ顔。何も言わないけど、いそべん先輩や竹下先生は、最近、さらによく顔を出してくれるようになった。

「篠原ゲームはこれでいけそうですね」

「問題は最後だな。派手な盛り上がり」

 いまだにSealの件が腹立たしすぎてそれ以上は口にしなかったけれど。確かに目を向けなきゃいけないところではある。

 学園祭の最後を彩るのは、校庭でのファイヤーストームと花火だ。

 その合図を出すために運動場の野外ステージに実行委員が全員顔を出す。つまりそれまでは裏方に徹しざるをえない生徒会連中が出てきちゃうわけだ。

 もちろん進行するだけで、たいしたことをするわけじゃないけど。いるだけでインパクトがある連中にくわえて、真上もきっとくるだろうし。もしかしたらそこで持っていかれるかもしれない。学園祭の締めくくりの夜。くそう。印象にもっとも残る場の設定だ。

「ステージの予約だけど、まだ解約してないよな」

「はい」

「じゃあ、交渉して解約のかわりに少し遅くにしよう。プレゼントの引渡しをそこでする」

「あ! じゃあせめてライブ中継とかで電話無理ですかね。こちら会場と繋がってまーす、的な」

「そこは京免に聞かないとわからんが」

「ダメならディスクにメッセージ吹き込んでもらいましょう。プロジェクターでSealの三方の姿とメッセージをでかでか映し出すんです。ついでに歌も一曲やってもらいましょう。そうだ、プレゼントのグッズも身に着けてです。そのDVDを流した後、その場で突然じゃんけん大会開いて勝った人にプレゼント! ライブ感満載ですよ!」

 口を挟む隙もない、半田君の怒涛のアイディア連発だ。意気込みが半端ない。ショックの反動なんだろうな、と思う。

「知らなかったけど僕、敵愾心で燃えるタイプでした」

「う、うん」

「マリオカートでもバナナの数が多いほどスピード出します!」

 それはなんか違う気がするけど。

「そうだな。それでステージの格好はつく。見劣り……したと思わせないくらい、派手に飾るぞ」

 時任の横顔が、挑むように引き締まる。

 見劣りしない、か。確かに全国知名度の芸能人の代役じゃ、佐倉さんですらきついだろう。京免くんは腕は確かだろうけど、インパクトにはかけてしまうだろうし、なによりクラシックではちょっと硬すぎる。まあトリでなくてもいいから、舞台に少しでも華がそえれるというか、インパクトを残せるもの……。

 ……。

 いや。

 いやいやいや。まさか。

 どっと汗がわいた。いま一瞬でも頭によぎったものに。は、ははは、鏡見ようよ。俺は国枝宗二だよ。凄い人と最近一緒にいるから、なんか変に気が大きくなって勘違いしちゃったのか。まさかだよ。ほんとまさか――

 突然、ぶらっと視界いっぱいに佐倉さんの顔が降ってきて俺は飛び上がりそうになった。横向きの佐倉さんは、じいっと長い睫に覆われた大きな瞳で俺を見て、

「国ちゃん?」 

「な、なんでもないよ!」

 慌てて首を振った先。ゆうちゃんの顔が見えた。汗はひいた。かわりに胃の奥に、ずしりと重く冷たいものが転がり落ちた気がした。





 とりあえず方向性は定まった。

 だから、止まっていられない。動き出さなくちゃ。

 実際、することは山のようにあった。いろいろひっくりかえっちゃったから、1からはじめなきゃいけないのが多すぎて。物品の手配も大幅にかわったので、それの変更を関係者に伝えなきゃいけないし、新たに加わった備品も手配しなきゃいけないし。

 だから、そっちをしなくっちゃ。

 そう俺は自分を奮い立たせるふりをして。見えてない知らないふりをした。胃の奥で冷たく固まっている何かをふりきって日々を流す気で――。

「……」

 そんな浅はかな逃げや自分の小ささが、目の前に立つその人を前にして、赤裸々にあぶりだされたよう感じてた。

「――」

 俺は見上げている。ただでさえ、伸び盛りの身としては若干寂しい背丈の俺だ。かなり首を高くあげなければいけないのに、長時間維持はしんどいくらい間近に来られた。

 俺の前に立つその人は、誰であろう前に廊下で出会ったバスケ部主将藤田さんだ。今度だって廊下を歩いていて、たまたま会ったのも前と同じだけど。

 フレンドリーだった前にはない、藤田さんの顔に浮かんだ、ちょっと睨みつけるような険に。俺はなすすべもなくすくみあがってだらだら冷や汗をかく。

「国枝」

「は、はい」

「元気か」

「はい」

 これはいったいなんのやり取りなんだろう、とはたから誰かが見てたら思うだろう。

「前に、おまえと話したときさ」

「はい」

「あんときは、ずけずけ聞いて悪かったな」

「い、――いいえ!」

 思わぬ話の流れに、俺は思わず飛び上がりそうになりながら首を横に振った。藤田さんはちょっと鼻を鳴らした。

「俺はさ、お前とあんまり親しくねえだろ。名前もうろ覚えだったし」

「は、はい」

 話の先が見えなくてびくびくしながら見上げた藤田さんは、微妙に俺から視線を外していて。

「そういうぐらいが話しやすいってこともあったら言えよ」

 時間ぐらい作ろうと思ったらいくらでも作れるからな。

 ぽんと言い残して藤田さんは去っていった。

 俺は廊下で残っていた。

 しばらくの間は何が起こったのか、藤田さんの残した言葉がなんだったのか、まるでわからず呆けていた。やがて鈍い頭がようやく動き出して理解していく。

 藤田さんは大きな人だから、俺はずっと気圧されていた。「この人にはとても敵わない」と思う人の敵意とか威圧は怖い。とても怖い。

 俺は怯えていた。そんな人に攻撃されるんじゃないかって。睨まれているのは怖くてたまらないって。でも大きくて豊かな象はねずみをじっと見守ってただけ。到底おしはかれなかった、その心は広くて広すぎて、去ったあとに残った自分の小ささが、たまらなくて。

 無理に開いた口から、ひゅっと息だけが出た。

 昔、どこかで読んだ話。百足がその百本もの足をどうやって絡まらずに動かし歩いているのと聞かれて、はたと考え込んで、そこで急に歩けなくなってしまった。

 今まで自然にできたことが、急にできなくなってしまったら、幾度も聞かれた。どうして。どうしてできなくなったの。違うよ。どうしてできていたのか、わからなくなったんだ。どうして。どうして。あんなことができていたの。できなくって、あたりまえなのに――……

 気づくと、その時の気持ちに引きずられそうになっていた。また知らないふり見てないふり。小さな自分がまた小さくなってそれでもまだ分不相応なようにさらにぎゅうっと身を縮めて縮めて。あなたのそれは小さくなろうとしてるんじゃない。消えようとしているんだと、言ったのは誰だったろう。

 顔を覆って震える息を吐き出して。

「――……っ」

 強くなりたいと思った。勇気が欲しいと思った。

 本当に、欲しかった。

 




 俺は色々なところが姑息なのだと思う。

 なんでもないよ、と笑うのが実は凄く得意だとか、あれだけ痛感した出来事も時間が過ぎればどこか別の場所に置いて他の事に専念できるところとか。

 そんなことをどこか傍観者みたいな気持ちで思いながら、放課後、部室で練り直した計画を元に仕事を詰めている最中。

 新聞部の件でやってきたいそべん先輩が、終わった後にそういえば、と言い出した。

「結城が、ピアノ坊やが学校に来なくなったって言ってたぞ」

 え、と思わず顔をあげた。その際に部室の全員の顔が見えた。俺と同じように顔をあげた面々に、同じ部屋にいたのに顔をあわせてなかったんだな、とふと気づきながらも、先輩の言がより気になった。ピアノ坊やって京免くんだよな。まさかの不登校再発?

「携帯も通じなくて。中止になるって電話したみたいだが、結城がそんときに八つ当たりしちまった、ってうじうじ悩んでた」

「結城君が京免君に?」

 そんな事態、天地がひっくりかえってもないと思ってたよ。結城君も心配だが、京免君もどうしたんだろう。彼のことだから心配するのも無駄な気もしつつも――やっぱり心配だ。

「とりあえず、明日教室に行ってみます」

「ああ」

 俺は珍獣の扱いはわかりかねるから、とあっさり投げるいそべん先輩。まあ京免くんは確かに珍獣みたいだけど。でも、先輩に言われると、なんか動物園の動物お互いが顔あわせて、なにあの生き物、って思ってるみたい――とは口に出しちゃいけないんだろうけどさ。

 ゆうちゃんのクラスは移動教室だったので、俺と時任、佐倉さん、クラスの前でひとり待っていた半田君と合流して、業間の時間、訪れてみた二-B教室。席に座っていた結城君は一目見て落ち込んでいるなあとわかる沈んだ様子だった。

 クラスの連中も俺たちを見て、彼を招くように連れ出してくれた。見送る心配そうな顔が印象的だ。結城君、クラスで人望ありそうだな。

「喧嘩したって?」

「喧嘩じゃないよ。――八つ当たり」

「八つ当たり?」

「急に日程が変更になって、呼べなくなったってことで電話かけてきたんだけどさ。そこでなんとかなんないか、って俺、責めちゃった」

「京免くんを責めたの!?」

 す、すげえな、結城君。なんか一番ふりまわされているイメージがあったけど、強くも言えたんだ。

「京免先輩怒りませんでしたか?」

「黙った後……切られた」

 ああ、やりそう。

 結城君は顔を覆って深い深いため息を吐いた。

「……ほんと、ダメだ、俺」

「そんなことないですよ!」

 半田君があわてて声をあげる。

「俺さ、正直、これまで京免のことそんなに好きじゃなかったんだ」

「さすがの僕でも京免先輩大好き! って心から言われたら引きますよ」

「めんめん大好き!」

「隊長以外で」

 半田君のフォロー、をすかさず台無しにした佐倉さん、を時任がごつんとやる前で、結城君はますます縮こまる。

「俺、京免のあれ、素直に祝えなかった」

「あれ?」

「京免の作曲したのが認められたって奴」

「あ。あれですか」

「ジャンルは違うけどさ、あいつの仕事はもう業界で通じるレベルなんだって思ったら、なんか素直に祝ってやれる気持ちじゃなくなって。心の中じゃ、やっぱ才能だよなとか親の血筋あるよなとかいろいろぐちゃぐちゃ難癖つけてさ、でも当たり前みたいに血反吐が出るほど練習してる京免知ったらもうほんとに自分がちっちゃく思えて。も、へたれなのはなんとか受け入れられたけど、卑屈とか妬みがましさとか、俺のそういうやましいところが出てあたっちまったんじゃないかって考えるともう」

 結城君が髪をつかむ。指の間から綺麗に整えられていた髪が飛び出る。

 そんな結城君に、半田君と佐倉さんが「元気出してくださいよ、結城先輩。京免先輩に僕らも話してみますから」「りんりんりんりん」と口々に言っている。その光景を目にして俺は初めて、彼らを見て少しだけ、胸にひんやりした風が吹き抜けた気がした。こんな気持ちを抱くのは嫌だ、と思った。でもとめようもなく真実だった。時任がふとこちらを見たので、少し目をそらしてしまった。

 結城君はぐうっと髪を根元からひどく強くつかんだ後、少しだけ顔をあげて、ありがとう、と言ったけれど。弱々しい笑みだ。その横で鐘の音が響く。

「予鈴、なったから、ごめん。わざわざありがとう」 

 ふっと、体育祭で見下ろしてきた彼の顔を思い出した。勝てるよ、信じているよ、とイケメンをきめた彼の顔を。そして思った。女子が言うようにイケメンってやっぱり貴重なんだ。それがいいイケメンなら、なおさら。


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