十章「決戦の文化祭」3
NO とNOとYESの皮かぶったNOだけの世界で
見えない検閲が網張ってる
ひっかかるまいと読みすぎた空気はテンプレ化して
どんどん薄くなっていく 息ができない
耳に入れたイヤホンから軽快な音楽が流れ出ている。Sealのアルバムに入っている「Don't be quiet」だ。
いくら今まで興味がなかったとは言え、メインに呼ぶ企画側という立場で知らない聴いたことない、というのは許されないだろう。
そう思って、京免くんにSealの曲をウォークマンに入れてもらい毎日聴くようにし始めた。友達の中ではほとんど四六時中音楽漬け、なんて奴もいるけれど、俺はそう聞くほうではないので、昔三味線に凝ってたときに使っていたというお父さんのお古のウォークマンを借りて、今まで出しているアルバム五枚とシングル数枚は一応網羅した。
そして、俺は音楽に関しては基本的に単純らしい。義務的にでも繰り返し聞いているうちに耳に馴染んで、いくつかのお気に入りもできた。
こうして聞く前は紅白にも出てるくらいだし、爽やかな正統派な曲なんだろーなと思っていたけど、いろいろ聴いてみると結構癖があるというかあくがあるというか、変なことをテーマに歌っているのもあって面白い。
納豆ご飯が食べたくてたまらなくなる男の人の歌は、男性ギターの清二さんってお兄さんが、無駄に渋いいい声で「見ろ納豆だ腐っているそれがいい混ぜろ箸で一心に混ぜろねばねばだそれがいい熱々ご飯だ」と歌う後ろで菖蒲さんという女性ボーカルが「ぶちかけろーっ!」とやたらハイテンションなかけ声をあげる。佐倉さんのお気に入りらしい。納得。
今聴いてる「Don't be quiet」は、自分の笑い声にコンプレックスがあってうまく笑えない「ぼく」が自分に自信を持ち堂々と笑いたいって気持ちをうたう歌だ。
最初は変な歌、と思ってたけど、気づいたらよく再生している。明るく軽快なテンポで切ない現実をつきつけて、最後にアップテンポで巻き返すところが好きだ。
イヤホンして鼻歌まじりに歩いていると、いまどきの高校生みたい、とお母さんに言わたりもした。俺はいたってふつーの高校生だと思うけど(髪も生まれつきちょっと明るいのをそのままにしてるし)、お父さんお母さんに言わせると他の子と比べてちょっと渋い、らしい。まあ結城君みたいにはいかないけどさ。
それに四六時中音楽を手放さない奴の気持ちも少しわかった。音楽の中に身を浸していると、なんか、いろいろ気がまぎれる。
わざと度を外す眼鏡の向こう
わざとピントをあわさない視界で
クリアをなくした世界を前に
うすらぼんやり鈍く笑う 声を出さずに
新生生徒会的にはもちろんのこと、個人的にもそんな風に思い入れもできていたので、ライブ実現に関してはすごくやきもきしていた。
竹下先生に任せるしかない、とわかっているけど、齢十七歳で寝て果報を待てる奴は大物だ。
部室でもその空気は顕著で、このところ定番の「Seal」のアルバムをBGМに、佐倉さんはぽんぽんひたすら畳の上で跳ねてるし、ゆうちゃんは周囲の空気に同調しておろおろ。
中でも特に半田君。いつも素直そうに見せてどこか演技かかってる(とよく知るうちに気づける)彼が、やきもきしている心を隠そうともせずに、Sealの曲を吐き出すラジカセのそばでじっとうずくまっていたり、かと言えば部室をぐるぐる回っていたり。内心がだだ漏れの半田君は新鮮というか、こっちにも緊張移るよーと言うか。はらはらそわそわの半田君が両手を胸の前で組み合わせて
「我が子の誕生を待つ病院廊下の父親ってこんな気持ちなんですかねえ!」
「誰も知らねえよ」
冷たいツッコミを入れる時任は、この中で唯一平静顔で課題をやっていたりしたが、奴なりに落ち着かないのだろうなあ、とはなんとなく雰囲気でわかった。
そんなわけで俺たちの関心のど真ん中にどっしり居座った学園祭だが、校内の雰囲気も、徐々に祭モードに移行している気がした。俺たちほど本腰入れて初めているわけではないけど、そろそろ構想は練るかー、という感じに各団体も動き出している。
うちの学校の学園祭は、クラスの出し物とクラブの出し物を両方やる。そんで元々そうだったのか、だんだん変わってきたのかは知らないが、その比重は圧倒的に後者に傾く。
クラスはなんというか、お堅いのしか認められないことが多いせいか、あまり熱が入らない。何かの発表とか展示とか、それも真面目なクラスがこなすだけで、去年俺のクラスはひどいことに机を寄せて椅子を並べただけの休憩所だった。
反面、クラブはみな伝統的に趣向をこらす。いちおう自由参加でしなくてもいいんだけど、弱小でもなにかしらの企画はたてる。いまひとつ盛り上がらない体育祭と比べると文化祭の熱気は強い。三年生もこれが最後という感慨があるんだろうな。
移動教室の最中にばったり会って挨拶したバスケ部の藤田さんともその話になった。
「なんか、すげえの組んでるって噂だけど」
「あ、はい」
「お前らの企画って面白そうだもんな。なんだっけ。変な企画、大量に貼ったりしてるだろ? 二階の廊下で。あれも毎回笑わせてもらってる。よくあんなばっかばかしいの考えられる」
褒め言葉と受け止めておこう。
「バスケ部は焼きそばですか」
「おう。体育館そばで出店。毎年恒例なんだが、一個付け加えた。フリースロー勝負に勝てたらただ券一枚~佐倉晴喜はお断り~」
「……あ、マジで店名それにするんですか」
「お前らは金払えよ」
と藤田さんは笑った。そして
「で、勝てそうなのか?」
ちょっと意外だったことに、こちらのことを気に入ってくれるのはわかってたけどリコールに関しては今までほとんど口にしなかった藤田さんが、自分からその話題をふってきた。
「がんばってます」
藤田さんは腕を組んでじっと俺を見下ろした。(さすがにバスケマン。身長たけえ)
「お前って、国枝だよな」
「? は、はあ。そうですけど。なにか?」
「部長会議でちょっと他の部の奴と話しててお前の話が出たんだよ」
「……」
「野球部と――前、お前が入ってた部とさ」
心臓が跳ねた。思わずうつむく俺の上から藤田さんの声。
「ま。俺たちはあんまそういうのは関係ねえけどな。基本、あれって野球部専門みたいなところがあるしな」
移動教室までの短い廊下を、イヤホンを取り出してスイッチをいれた。
僕を否定した世界を 僕は丸ごと受け止めるふりをして
ふんぞり返って腕組んで 斜め45度シニカルに決めて
自分が笑われる前に急いで何かを笑うけど
ほんとはただ素直に笑いたい
「――許可がおりた」
竹下先生が言ったのは、連日の緊張もピークに達した放課後だった。一瞬の沈黙の後。歓声は本当に自然にあがった。ゆうちゃんと俺はどっちかと言うと安心して気が抜けた感じで、半田君と佐倉さんは派手な歓声をあげつづけ飛び跳ねている。時任は二人に渋い目を向けつつ、ほんの少し眉と眉の間を緩めた。
喜ぶ俺たちに、竹下先生もほっとしたよう顔を和ませる。
やったやったやった、と拳を握って半田君が
「前祝いに今度カラオケ行きましょう。ぼく、ぼく、Sealの曲、全部マスターしたんですよ!」
うれしさに頬を紅潮させた半田くんがなんかとっても良かった。可愛いなあ、とほんわかする。
「行くのはいいが、後祝いだ。これから本気で忙しくなるぞ。覚悟しとけ」
おおう。時任はさすがに現実的だ。そこで奴はふと気づいたように「――佐倉? どうした?」
時任の言葉に視線を向けると、佐倉さんがソファの上でうずくまっていた。いや、めりこんでいる? 膝に顔を突っ込んで変な壺みたいな恰好で、不自然なほど身を縮めていた彼女が、ぐぐぐ、と揺れて。そして。ぽんっと音を立てそうな元気ではじけた。空中ではねて髪やスカートの裾や全部を揺らして両手を突き出す全開の笑顔で
「納豆ー!!」
と叫ぶ。首をひねる竹下先生の前で、俺たちも負けずに元気よく「ぶちかけろー!」と叫んだ。




