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九章「大運動会」7

 始まったら本当にあれよあれよと言う間だった。

 クラブ対抗リレーは二回に分けて行われるらしくて、ゆうちゃん達は二回戦になった。

 一回戦はバスケ部、テニス部、バレー部、野球部、ハンドボール部、卓球部と球技系が主に。混じっている剣道部、弓道部、柔道部はご愛嬌。

 基本的に男女両方がある部は男子の方が制約が多い。バスケ部女子はドリブルしなくてもボール持って走ればいい、とか、テニス部はラケットに載せるボールが一つと二つで違いがあるとか。

 おかげで競り合うのは、比較的走るのが楽そうな女子バスケ部と、ドリブルでも善戦する男子バスケ部。一人抜かした藤田さんがかっこいい。少し遅れて女子テニス部、ボールを掌に十個ためて走る卓球部、束ねられたバッドを薪のように担ぐハンドボール部と野球部、重い胴着つけてはふはふ走る剣道部、少し遅れて懸命にトスをあげながらいくバレー部、そして安定の柔道部はほんとに畳かついでる。

 時たま地面に転がしながら最下位で奮闘する柔道部を後目に、藤田さん投入で(部長は必ず入らなきゃいけないってルールらしい)男子バスケ部は善戦したものの、女子バスケ部が一位。やんや、と喝采を浴びていた。

 柔道部も最後の熊みたいな上級生がゴールする。彼はゴールで持ち上げた畳を、まるで熟練のピッツァ職人みたいにくるくる回したもんだから、負けずに歓声があがった。確かに勝ち負けというよりパフォーマンスかな。

『クラブ対抗リレー、二回戦が始まります』

 頭上から流れる落ち着いた放送部の声。

 本当は俺たちもゴールにいたり、跳び箱の準備とかもしたりしたかったんだけれど、実行委員さんにあっさりいりません、と言われてしまったので、俺の座席の近くで見守ることに。時任の席に当たり前のように座る半田君と、何故か京免君もいる。

『二回戦は第一レーン吹奏楽部、第二レーン陸上部女子、第三レーン陸上部男子、第四レーン水泳部女子、第五レーン水泳部男子、第六レーン山岳部、第七レーン長州風俗研究会こと新生生徒会&奇変隊です』

 放送部は無我の境地かと思われるほどさらりと言ったが、周囲はざわりとした。まあ当たり前か。レーンに出てきた姿にもっとざわざわする。

 一応、さっきの試合では同じ袴仲間の弓道部と剣道部も走っていたけれど、やはり根本的にわけが違う。あと、さっきより二回戦レースの人たちは恰好が地味だ。

 吹奏楽部は凄く小さなラッパ?(後で吹き口だと教えてもらった)を持っただけの普通の体操着だし、陸上部もランニング、水泳部もさすがに水着はNGということでせいぜい頭にゴーグルつけてビート版持ってるぐらい、山岳部だけが山登りのスタイルなのかチェックの上着にごつい登山靴とリュックと少し目立つが、まあ少しだ。そんな中で幕末の志士は異質で冗談のように思える。

 ああしかし!

 ゆうちゃんがトップバッターとか! はらはらしてそれだけで息切れがする。

 横がザック担いだ山男風(いそべん先輩に負けず劣らず老けている)のせいもあるけど、ゆうちゃんが小柄に見える。半分以上男だし、大幅に遅れて悪目立ちしたらどうしよう。陸上部もいるしな。(ただ短距離や長距離走メンツではないようで、第一走者は鉄球を持っている) 

『第一走者、いっせいに位置につき。――今、スタートしました』

 パアンと鳴り響く音と共に走り出す。

 陸上部がまず飛び出した。鉄球と言っても片手で持てるくらいだし。次にビート板を持った水泳部女子。男子はビート板の数が増えているので走りにくそうだ。山岳部が意外と速い。吹奏楽部は吹き出し口をぴーぴー言わせながらなので、足は遅い。けれど離されるほどではない。

 そんな混戦の中で引き離されないように、ゆうちゃんが走る。右肩に芯棒に巻いた旗を担いで、足を動かす。一生懸命、ただ動かす。前を向いて。ゆうちゃんが走る。ゆうちゃん。ゆうちゃん。ゆうちゃん。いつもは胸で唱えるだけど。わあわあ騒がしいこの場なら。

「――がんばれっ!」

 気づくと一声言ってしまったみたいだ。半田君と京免君が俺を見ていた。京免君は顔をしかめて半田君は思わず耳に手をあてて。

「あ、ごめん」

 謝ってでも先が気になってすぐに顔を戻す。陸上部が次の走者にバトンタッチした。続いて水泳部が入る。山岳部。四番手がゆうちゃんだ。待ち構えるのは、第二走者の結城君。

 結城君が差し出す手のひらに、ゆうちゃんの手からバトンが渡った。とたんゆうちゃんの身体からくたくた張りが消えたけど、邪魔にならないようにコーナーの中へ。がんばった。俺もくたくたしそうになった。

「がんばってくださぁーい! 結城先輩」

「が、がんばれー」

 なんと京免くんが応援してるよ、と驚きつつも、結城くんの走りも目が離せなかった。

 走るのはわりと得意、と言ったとおりに、走り方が綺麗だ。もちろん普段着慣れない服へのハンデはあるけれど、ゆうちゃんから受け継いだ旗を担ぐ手とは反対の手をぐんぐん振って走りは伸びていって一人抜いた。

 ゆうちゃんにはなかったその力強い快走、後ろにたなびく長髪に着物の裾。文句なしにかっこいい。歓声の中に女の子の黄色い声も聞こえる。

 とはいえ、第一戦より走りやすい条件が集まったクラブだ。結城君は現在三位。陸上部はちょっとずるいよな。ユニフォームも元々もっとも走りやすい服なわけなんだし。

「いそべん先輩です」

「社会人だ」

「先輩っ!! ファイトっ!!」

 また京免くんと半田君が耳を押さえた。ごめんごめん。

 結城くんからバトンタッチされた旗をいそべん先輩が肩にかけた。ゆうちゃんはひたすら懸命。結城くんもがむしゃら。とつないできた中で、いそべん先輩は余裕ありげな感じだ。ひょうひょうというか、余裕しゃくしゃくというか。

 それがまたあの色っぽい姿によく似合う。何気に結城君が一番手をかけたのはいそべん先輩じゃないかな。髪型も結局セットしたし。校内にほとんど現れない大人っぽい志士に、あれだれ? とざわめきがあがる。ほんとに誰だろね、まったく。

 いそべん先輩は抜かしはしなかったけど、先を走る二番手にかなり肉薄したところで、待ち構えていた時任に近づく。

 時任はひとり短髪だが、背もあるし肩幅も適度に張っているので、着物姿は凛々しい。周囲に座るクラスのやつらがあれ時任? とざわめく。俺だって数ヶ月前だったら驚いて目を見張っていただろう。

 よくよく不思議に思うが、時任はすべての常識を重ね備えたように見えるのに、奇変隊のあれやこれやに付き合わないという選択肢は決してないんだよな。

 振り向いていそべん先輩を確かめながら、時任がリードする。なにしろ旗なのでバトンみたいにはいかないけれど、まずまずスムーズにわたった。

「ぶ・ちょー!」

 それぞれ三者三様の走りの中で、時任は正統派だった。ゆうちゃんや結城くんほど必死な感じもなく、でもいそべん先輩ほどたかをくくった様子もなく、それが与えられたことだから全力で走る、と堅く決めているみたいに。

 前を見る横顔から責任感や真面目さが滲み出る。いそべん先輩が詰めていた距離を、時任は一気に抜かした。二位だ。順位はあんまり重視してなくとも、やはり人間は先頭を走るものに目がいく。

「大介くーん!」

 バトンゾーンで、時任の名を呼びながら、佐倉さんがぶんぶん手を振っている。別の意味で大注目だ。こういうこと無頓着にするから、交際疑惑が常にあるんだろうなあ。あと、ほとんどの人を渾名で呼ぶ佐倉さんが時任だけは名前呼びをするのも。

 数多の好奇の目に絡まれながら、それでも乱れることは一瞬もなく、時任は一位から十数歩遅れて佐倉さんに旗を突き出した。

 佐倉さんには、たくみなリードとかなめらかなパスとかはぜんぜんなかった。彼女はにへらと突っ立っていて、ほいと受け取った。そしておもむろに走り出した。

 佐倉さんは、べらぼうに速かった。

 すでに一歩目から走りが違う。地道に距離を詰めていた陸上部を一気に抜き去り、ぐんぐん加速する。飛ぶような走りとはああいうことを言うのだろう。先頭に踊り出た佐倉さんは、さらに加速する。その異様な走りに視線が一気に集まる。

 最後の直線ラインで、時任が走り抜けたときに準備係が急いで設置してくれた分厚い踏み台と八段の跳び箱に向かってひた走る。袴なのに志士なのに荷物も持っているのに、なにも気にせず走る姿。ふわふわの茶色の髪が流れて――。

「ハイっ!」

 夢から覚めるような鮮烈なかけ声と共に、踏み台を思いっきり踏み抜いたその身体が飛び上がる。跳び箱に両手がかかった。と同時に彼女の足がぐるりと上下入れ替わる。伸びやかにしなる身体は、空に向かっても加速するように。

 踏み台と跳び箱とそしておそらく走りの加速も加えて、彼女の身体は思う以上に空高くに舞い上がると同時。跳び箱を両手ではじくとき、脇に挟んでいた旗は曲芸のように片手にまた戻っていて、強く前後に一振り。

 バッと一気にはためいた。空の一番高い場所で。

 広がったのは『新生生徒会&奇変隊』の文字。

 う。

 一瞬誰もが感嘆よりもあっけにとられた、そのパフォーマンスを脳裏に刻み込んで、佐倉さんが跳び箱の向こう側に着地する。すでに陸上に抜かれていたけれど、ざわめきはやまない。いや、しかし。本当に完璧に決まった。構図といい飛び上がるタイミングといい旗が広がるあの瞬間といい。鮮やか過ぎるほど鮮やかに。

 そして、うおおおおおと驚愕の声が響く中。佐倉さんは止まってこちらを振り向いた。にかっと笑った。リレーの最中だというのに、枠にとらわれない彼女の行動はまた目をひきつけて。きっとさっきのを失敗したとしても、彼女の鮮やかさは寸分たがわず人の目に焼きついたんだろう。

 あけっぴろげな笑顔で、客席にむかってぶんぶん巨大な旗をふりながら、佐倉さんはゴールした。



 興奮さめやらぬとはこのことだろう。周囲の驚愕が充満する中で、やるな佐倉晴喜、と京免くんですら認めの言葉を出した。半田君は満足げにうなずきながら

「まあ、当初の構想では20メートル先から隊長がやり投げの要領で旗を投擲。そこからダッシュして跳び箱に手をついて空中回転した末に旗をキャッチ、振ると空中でぱっと畳まれていた「新生生徒会」の文字が明らかになるというパフォーマンスだったんですが」

「おいおいおいおい!」

 格闘漫画やワイヤーアクションじゃないんだから! そんなの現実じゃ上海雑技団でも無理でしょ。

 リレーが終了し、俺と半田君は次の騎馬戦のスタート位置に急いでいる。せわしない中に、先ほどの驚愕がまだ残っている。順位は二位だったけれど、佐倉さんの圧倒的な存在感はちっとも揺るがない。

 異様な熱気に包まれる中で、俺は改めて時任の危惧の正確さを知った。確かに佐倉さんはちょっと別格だ。はためく旗と共に空に舞う佐倉さんの姿は忘れようと思っても忘れられないほど鮮やかに焼きついて。強烈すぎる太陽の前に、ゆうちゃんのささやかな光は見えなくなってしまう。

 待機場所に行って指示通りの場所で身をかがめて待っていると、急いで着物を脱いで体操着姿に戻ったゆうちゃんと佐倉さんが走ってやってきた。

「お疲れ」

「隊長ばっちりでしたよ!」

 ゆうちゃんはちょっと息を切らしているけど、佐倉さんは全然平気そうに笑って半田君とハイタッチした。先ほどの驚きが覚めやらぬ周囲の目も彼女に注がれて。

 そのとき。

 ざわ、と別のざわめきが巻き上がった。ゆうちゃんがハッと顔をあげる。そちらを見る。同じく騎馬戦に出るべくやってきたのだろう、俺たちとは違い余裕綽綽で歩きながらやってくる。長身の青蝿東堂、逆モヒ南条、それにゲロ男西崎。その後ろには諸悪がいる。

 あちらはすでにこちらの存在を視認していたらしく、視線があうと威嚇と笑みが返された。

「すっごかったね。見てたよ」

 口火をきったのは西崎だ。

「テレビでもなかなかああまでのは見られないね。その能力、今からでも、別の方向に生かした方がいいんじゃない?」

 100%余計な世話だ。噛み付きそうな俺の表情に気づいたのか、半田君がちょっと身体をわりこませて

「三年の先輩方、今日は、よろしくおねがいします!」

 わざと声を張り上げる。やりとりに注目が集まる。西崎はふうん、と笑みのまま。

「やっぱり、ともたん乗せるの?」

「……」

 はい、と答えた。静かな声が。

「私が乗ります」

 ゆうちゃんが答えた。勝つぞとの言葉にうなずいた、今朝と同じ。その視線は、もう逃げも隠れもあるいは歪みもしない。

 青蝿が鼻をならす。

「つまんねえ」

「そっちは、後ろの生徒会長をのせるんですか?」

 南城がうなずいた。

「一応、会長をたててね」

「こっちは身長がばらばらだからね。そちらは少しは有利になるんじゃない?」

「低身長なら負けませんよ」

 半田君が変なことで胸を張る。それを鼻で笑って見下ろし

「なんでわざわざチビ出すんだよ。磯部とか、あの長髪や短髪メガネもってくればいいだろ?」

「馬鹿だね、東堂。そんなこと言い出したら、そもそもともたんをのせる意味が消えるじゃん」

「騎馬は、潰したら負けだったか」

「ルールぐらいみなよ」

 一応運営側だろ、と南城は笑みの次の瞬間に口元と目にひらめかす。「――ま。あながち間違いでもないけど。騎馬が崩れたら失格だし」

 ひらめいた光のまま、南城はゆうちゃんを見た。

「とも、どうして、この競技に出ようと思ったの?」

「……」

「俺たちは、ともが思っているよりかはとものことを知っているよ。リレーなら、まあいいんじゃない。ほとんど目だっていなかったみたいだけど。でも、この競技はひどいミスマッチだ。お前は、人のものは奪えないじゃないか」

 次に響いたのは返答じゃなかった。今まで何も言わず、前に出ることもなく佇んでいた男。北原は軽く手をかけて、動かない瞳で告げた。

「始まる」


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