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九章「大運動会」2

 スタイリスト様の無言の訴えがすげえ怖かったので、俺達はそっと馬をといてそっと髪をとかしてそっと身なりを整えた。結城君の顔がようやく普通に戻ってきた辺りで俺達はソファに腰掛けて半田君がお茶を入れてくれる。それをすすりながら佐倉さんがいくつか空気を壊して、そして。

「リレーは俺と磯部先輩と時任と佐倉さんと――篠原さん…!」

「チーム「顔」です!」

 力強く言い切る半田君に、なんか物言いたげではあるけれど、そこは流した結城君は

「まあ、その、できる限りはそこもがんばりたいと思うんだけど。ただ、そのリレーの件で相談しようと思ってきたんだ」

「なんだ?」

「君達、ユニフォームどうするの?」

「ユニフォーム?」

 何人かの声がかぶる。

「そう。リレーは全員各部のユニフォーム着用だろ? 剣道部なんか面つけて胴着だし、みんなが着てくる中でジャージはさすがにしまらないと思うんだ」

 言われてみればクラブ対抗リレーはいつも華やかだ。スパッツを履いていても、女子テニス部のスコートにはどきどきするし、各部それぞれの違いが個性を際立たせてる感じはする。

「一応確認しとくけど、ないよね。ユニフォーム」

 時任、佐倉さん、半田君の三人はそろって首を縦にふった。それはそうだ。奇変隊のどこにユニフォームが必要な要素があるんだ。答えは予想済みだったろう結城君は鞄から薄いノートを取り出した。

「となると、何かデザインしよう」

「デザイン!?」

 くるっとシャーペンをまわして結城君がノート――かと思ったら、ノートサイズのスケッチブックを開く。

「目立って印象的で、君達を象徴するような服。できれば走れるデザインがいいな」

 いいなって。

「モチーフさえ決めてくれれば、いくつか考えてみるよ」

 シャッシャッと人物像らしき絵をかいていく結城君を半ば呆気にとられて俺達は見てた。

「服、デザインするの……?」

「いや、洋裁とか本格的なのは無理だよ。でもさ。組み合わせでなんとかなったりもするだろ? 古着屋とかで調達もできるし。出る限りは絶対に用意した方がいいよ。見た目の良さってのはさ、俺は勝手に顔5:髪型:2服装3くらいで決まると思ってる。半分以上は顔以外の要素だ。特に体育祭なんて行事、ほとんどの人間は顔が判別できる身近で見ないもんじゃん」

 真剣に手元に目を落とす結城君。彼は、吹っ切れたなあ。チーム顔! を主張する半田君にはなんとも言えないものを感じたけど、顔って言うのは顔立ちだけじゃなく、顔つきもあるんだな、と彼を見ていると自然に思える。

「そういうわけで、何かない? テーマとかモチーフ」

「モチーフ……」

 俺とゆうちゃんは顔を見合わせて、そろって同じ方角を見た。それぞれの仕草で「?」を顔中に描いた奇変隊がいる。いや、新生生徒会だけど、今回は奇変隊での参加だし。新生生徒会のモチーフなんてないし。ここは奇変隊カラーを全面に出してもらえばいいと思うけど。

「……うちのカラー」

 時任があの数学の時を彷彿とさせる顔つきで呟く。佐倉さんもまるで門外漢なのか「?」「?」「?」ばっかりだ。

「普段の活動や方向性から考えてそこからイメージしてもいいけど」

 普段の活動や方向性って……。

 さらに奇変隊がそれぞれの仕草で頭を抱え始めた。俺はそれを眺めながら思い返した。初めて時任に声をかけてこの部室にやってきたときに考えたこと。

 有名な奇変隊。たいていの人間は名前を知っている。でも、どんなことしてるの? と言われるとたいていの人間は困る、と。

 ……

 ……

 ――本人達も困っちゃったよ!

「ええっと……」

 さすがに結城君も言葉に詰まったみたいだ。時任と佐倉さんがじっとこっちを見る。答えを求めるみたいに。そんな当人達にもわからないものを俺達に求められても困る。

「じゃあさ、モットーとか。主義や主張とか」

 すると混迷の奇変隊に、初めて一縷のひらめきが見えた。佐倉さんがぱあっと顔を輝かせて、初授業に挑む小学一年生のごとき元気の良さでハイッハイッハイッハイッ!手を上げたのだ。……じゃあ、佐倉さん、と結城君。

「面白きこともなき世を面白く!!」

 それをどうやってユニフォームにすんの?

 口にはしなかったけれど、おされ気味の結城先生はそう思ったろう。するとその横でハイッハイッハイッハイッ! と負けない勢いで半田君が手をあげた。

「先生! あてて! 自信あります!」

「あ、……じゃあ、半田君」

「うちのモチーフなんて決まってるじゃないですか! 設立当初から!」

「は?」

 訝しげに呟く時任に、半田君は興奮気味に忘れてませんか!? と周囲を見回す。

「うちはっ、長州風俗研究会なんですよ!!」

 ……。

 ……。さっぱり綺麗に忘れてた。

「モットーは高杉晋作の遺言! だからとった奇兵隊! これ立派なモチーフじゃないですか」

「ああ」

 結城君がうなずく。

「明治志士か。なるほど。つまり、和服で、刀をもって」

「晋作のお面をかぶる!」

「チーム顔です!!」

 顔出ししなきゃ意味ないんです! 元気に答えた佐倉さんに半田君が叫ぶ。けれどめげない佐倉さんはソファの上でさらに背もたれに器用に仁王立ちし、ぴんと尖らせた指先の手で半円を描く。あ、これあれだ。仮面ライダーだ。予想通り佐倉さんは「へーんしん!」の口調で、「シーンサク!」と叫ぶ。

 とうっと飛ぶ。

 ソファの背もたれから、前転宙返りをかまして着地した佐倉さんは、バッタ顔のヒーローに変身したりはしていなかったけど、唇をにいと引き結び大きな瞳には光が鞠のように飛び跳ねて、どんな時でも人をひきつける佐倉晴喜がそこに在る。彼女に向けてバタバタするな! と怒鳴る時任に、顔です顔ですと明後日の方向にまだ叫ぶ半田君。

 言葉にできないけど。到底説明できないけど。

 これが奇変隊だよなあって、つくづく思った。




「お面は却下だけど。和服は悪くないアイディアだよ。案外手に入りやすいし、映えて目立たせやすい」

「和服なんてどうやって手に入れるの?」

「ディスカウントショップとか。秋葉で外人向けに古着が売ってたりするからそこをあたってみるよ」

 と昨日の結城君はつかんだ顔で帰っていった。その後、スタイリストさまに申し訳ないと思いつつ、もう少し騎馬戦を練習してみた。

 でも、結局、昨日の騎馬戦は佐倉さんの圧勝。ゆうちゃんは佐倉さんの髪に指一本触れることはできなかった。途中で彼女は片腕だけでやったけれど、それでも圧勝。そりゃ相手が悪いのはわかる。しかし、ゆうちゃんの動きはそれ以前の問題をありありと突きつけることになった。

「ユニフォームに関してはもう結城に全面的に任せるが……」

 前の席でノートを開いた時任が、ふう、とひとつ嘆息。

「騎馬戦は、やっぱり難しい、か」

「難しいと思う」

「運動神経が悪いわけじゃないんだな」

「ないよ。でも凄くいいわけじゃない。だだでさえ、去年の騎馬戦なんか、ほとんどが男だったろ」

「もともと圧勝なんて狙っちゃいないよ。佐倉みたいな規格外じゃなきゃ」

 時任が苦笑した。

「最初に言ったけど、騎馬戦参戦の目的は篠原さんを担ぎ上げた俺達、っていう図を全校生徒に見せることだ。だから、後はほんの少し闘争心とか気概を見せてくれればいいってだけなんだが」

 気概。闘争心。ゆうちゃんにとってなんて遠い言葉なんだろう。

「お前は眉を寄せるけど、俺は今までの演説とかバスケの時とか見てると、そうできないわけじゃないとも思うんだが」

「競技が悪すぎる」

 俺は即答した。

「ゆうちゃんはまず、人のものを奪えない。バスケもフリースローだから良かったけど、試合形式だったらまず相手のボールを隙を見て奪うとかできない。相手をねじ伏せたり傷つけたり、そういうことが絶対にできない性格なんだ」

 果たして性格と言っていいものだろうか。それはもう、ゆうちゃんの魂に刻み込まれていると言っていい。人を傷つけること。人から奪うこと。全てがタブーだ。かみ返して俺がうつむいていると

「でも彼女は、生徒会の連中から生徒会を奪おうとしてるじゃないか」

 顔をあげると時任が思いのほか真面目に俺を見ていた。

「あいつらだけだ」

 真っ直ぐな視線が直視できずに呟いた瞬間の俺の頭の中に、ぱっとひらめいたものがあった。夜空に上がった花火の残滓のように、それはしばし焼きついて俺は少し固まった。時任の顔が訝しげになるのに我に返って取り繕うとしたとき。

「時任、」

 不意に遠慮がちな声がかかった。時任がそちらを向いて、瞬間に驚いたように立つ。

「磯部先輩」

 教室の後ろドアからいそべん先輩が顔を出している。俺も驚いて立ち上がった。

「よお」

 と廊下に出るといそべん先輩は短く声をかけてきた。

「結城が昨日行ったろ?」

「あ、はい。あの、先輩も、リレーに出てくださるって」

「まあ少しくらい貢献してやろうかと思ってな」

「ありがとうございます」

 きっちりした角度で頭を下げる時任は、中学のときは運動部だったんだろうかと思う。

「つっても、こっちも模試が週末でな。今日もいけそうにねえんだけど、体育祭の件、どれくらい決まってんだ?」

 時任が手早く説明をしている。それを聞き終えた後、いそべん先輩は

「――騎馬戦か。悪くねえな」

「はい」

「構図のインパクトは思ったより強く意識にしみこむからな。篠原がリーダーだってアピールは確かに今までの流れでも弱い」

 だいたい佐倉の奴が目立ちすぎんだ、といそべん先輩が鼻を鳴らす。

「本人はどうなんだ?」

「やる気はあるみたいです」

 でも無理だよ。拳を握って俺は胸中で呟く。言葉には出さなかった。知らずうつむきがちだったから、

「国枝、お前はどう思う?」

 ハッと顔をあげたとき、いそべん先輩は真っ向から俺を見下ろしていた。

「篠原は、無理だと思うか」

「ゆうちゃんは……その、運動神経が悪いわけじゃないんですけど」

 はい。

 たった二つの音で、そう答えればよかったはずなのに。思いながら俺はしどろもどろに紡ぐ。

「ただ、性格的に活躍するのはちょっと、好戦的とか間違っても人を出し抜いて何かをとったり……」

 無理です。

 はい、を逃してもこの四つの音でゆうちゃんが出ることはなくなるのに。

 でも言葉は喉につっかえていた。理由は、わかってる。篠原は無理だと思うか?

 ――無理じゃない。

 ゆうちゃんは、できる。

 初め俺は、まさか自分がそれを思いついたことにぞっとした。でも俺しか思いつけないものであることもわかっていた。

 闇に浮かぶ白い手。細く柔らかな指先。誰も傷つけられない。何も奪えない。

 でも。ゆうちゃんのその手は傷つけることができる。奪うことができる。俺はそれを目の当たりにしている。

 俺しか知らない、だから俺しか思いつけない。故に俺が蓋をしてしまえばもう二度と出てこない。でも。

 夕焼けの中で顔を覆っていたゆうちゃん。俺の前に立った竹下先生。君は、自分の傷を見ていない。

「――たった一つだけ、方法があります」

 鉄箸が幹に突き立った。バリカンが宙を薙いだ。尖らせた膝が相手へと食いこんだ。どの瞬間も、君は迷わなかった。

「騎馬戦に、生徒会の連中が参戦することです」

 いそべん先輩が俺を見た。

 何かを探ってやる、とばかりに視線はじろじろと無遠慮に注がれて。やがて何かを見つけたのか、に、と笑った。

 いそべん先輩が片手で携帯を取り出す。そのまま片手で素早くひとつふたつボタンを押して、耳に押し当てた。幾つかのコール音の後。

「よお」

 電話にむかっていそべん先輩は囁いた。

「用もねえのにかけるかよ。――ああ。うちの篠原が体育祭で騎馬戦に出るんだとよ。大将格で。そこでタイマンはって引き摺り下ろしてやりたいんだと。――お前の可愛い後輩どもを、めっためったにな」

 そこで電話の相手を悟ったのか時任が驚いた顔になる。電話の向こうの主がどんな返答を態度をとったのかわからない。でもいそべん先輩は最後まで意地の悪い顔のまま、携帯を切ってこちらを見下ろした。

「さあ、腹をくくってみせろよ」

 放課後に俺達はプリントの裏を張り合わせて大きな垂れ幕をかいて、下足前の掲示板に貼り付けた。

「新生生徒会! 体育祭を盛り上げるために身体を張ります!!」 

 言葉はそれだけ。でも、色とりどりのユニフォームを着て走る生徒の絵。後姿だけだが生徒会連中とわかる騎馬に向かって、同じく騎馬に乗った少女が、勝負と指を突きつける。眼鏡のボブで一目で誰かわかる少女。色塗りはゆうちゃんがした。



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