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九章「大運動会」


「京免が来たって!」

 ジャージ姿の結城君が大声をあげて、ハッとして周囲を見回した。合同体育の最中で、待ち時間には誰も彼もが思い思いに座ってだべっているので、そんなに注目を浴びることはなかった。

 小・中の頃のように団体演技みたいなのはないんだけれど、一応体育祭間近とあって、合同練習も組み込まれている。そんな授業中の隙間時間というか空き時間。普段は授業で一緒になることがない結城君が話しかけにきてくれた。

「マジか……」

 隣の時任が肯定すると結城君はうわあ、という顔をした。そして。

「ごめん。俺、もしかしたら京免行くかも、って思ってた」

「そうなの?」

「結城氏、君はあの珍妙な組織に所属しているそうだな。いったいあれはどういう人間が形成しどういう目的を持った組織なんだ?」

「?」

「京免が来てるときに俺に聞いてきたこと」

 結城君が遠い目で呟いた。

「凄い興味あるんだろうなあとは思ったし、なんか誘ってアピールしてたけど、迷惑かけるだろうから曖昧にかわしてた。……つもりなんだけど」

 ごめん、と結城君。いや、君が謝ることじゃない。

「変なのに懐かれた、ってことになるんだろうなあ…」

 ”変なの”マスターの時任が苦味をこめて呟いた。ごめん、と結城君。だから君が謝ることじゃない。

「ただ、京免。マシになったよ」

「あれで?」

「前はほんと不貞腐れた我侭な小学生が教室にいるみたいだったけどさ。しかもかまってちゃんだったから、めんどかったけど。最近はちょっといろんなことに興味が出てきたみたいで、若干、面白系キャラになりつつはある」

「そうかあ?」

「ともかく態度が変わったってのが大きい。あいつ前まであからさまにぶすくれてたから。いろいろあれだけど、根は悪い奴じゃないんだ」

 そりゃ京免くんは決して「悪」ではないのだろうけど。ううん。

「支援者になりたいみたいなんだが、BGMとか言われてもな」

「その世界ではマジで凄いんだろうけどなあ……」

 俺達が渋る前で、ふと結城君が意外なことを言い出した。

「いや。そう、捨てたものじゃないと思うよ。多分」

「え?」

「京免の家、音楽一家だからさ。両親はほんとに凄いみたいだし。要はコネもちなんだよ。相当」

「う、ん」

「文化祭で勝負をかけるなら、外部からのミュージシャンとかも呼んでいいだろ? そこで京免や京免の親御さんに頼めばさ、相当な相手呼べるんじゃないかな。その手柄をばっちりアピールすればインパクト大きいと思う」

「でも、いくら世界的には超有名でも、高校生にアピールできるミュージシャンだろ? クラシックじゃなあ」

「それがさ、音楽ってクラシックとかポップってジャンルが全然違っても意外にいろんなところで繋がりがあるみたいなんだよ。ちょっと話するようになってから、京免、音楽に目ざといから俺がウォークマンとかに入れてるの興味示すんだけど、結構ぼろくそ言われてさ。これはオリジナリティがないとか、プロデューサーはこの方向性のつもりだが、まだ二流の域を出てないとか。でも言い方がなんか気になって聞いてみたら、どうも本人達に会ったことがあるみたいなんだ。それも結構な親しさでさ」

 俺と時任が顔を見合わせた。まさかの京免くんの有効活用?

「たとえば……」

 結城君が口にしたいくつかのグループ名に俺達は再び顔を見合わせた。近くのドームにライブが入ったらクラスメイトの幾人かが騒ぐだろう名前の数々。わずかに期待も混じってしまったのか、結城君はちょっと慌てたように

「いやまだ呼べる! とか確証はないけどさ、その方向性でいけそうだったら俺からも京免に頼みこむから。真上会長のカリスマ性に対抗するなら、外部のカリスマっていけてそうだろう?」

 確かに。アイドルとは言ったって、所詮、彼女は学園のカリスマでしかない。本物の芸能人のオーラと比べれば世間の知名度の点からも十分対抗できる。

「……京免の携帯、教えてくれるか?」

「うん。今日は放課後に行くから、そのとき。あ。あとさ、体育祭のリレーだけど。よければ俺、出るよ」

「え?」

「足だけは昔からわりと自信あるんだ」

 そう照れくさそうに言う結城君に、時任もちょっと驚いた顔をしている。

「いや、それは嬉しいが……いいのか?」

 結城君は本人も自己申告しているが、矢面に立つのや目立つのが苦手。その彼が新生生徒会の看板を背負ってリレーなんて全校生徒の目の前に立たされることを承諾というか、率先して言い出すなんてびっくりだ。

「前に佐倉さんのお母さんに会ってさ、仕事の話をしただろ。それで俺、少し考えたんだ。俺はスタイリスト方面では自分に出来る最大限の支援してると思う。いや、してる。でもさ、だからって君達が勝たなきゃやっぱり意味ないと思うんだよ。俺はがんばりました。精一杯のことをしました。でも君達は成功しませんでした。――それじゃ、意味がない。自分が演出してるアイドルや歌手が人気が出なきゃ、やっぱりスタイリストの仕事が成功したとは言えないんだろうなって。勝ってようやく俺の仕事は完成するんだ。そうしたら、それ以外の方面でも君達の成功に出来ることは手をかさなきゃって思った」

 俺と時任は結城君をぽかんと見ていたと思う。結城君は少し照れたように頭をかく。

「半分くらいは磯部先輩の意見入ってるけど。あ、そうそう。磯部先輩もリレー出るってさ。おんなじ考えで」

 不意に結城君の組が呼ばれたので、彼は「また今日の放課後行くから」と言って立ち上がった。中天にかかる日を背にして、体育でくくっていた髪が片方から流れて。見下ろしてきた彼の顔はしっかと引き締まって、次の瞬間、甘く砕けて親しげな微笑みになった。

「君達は勝つよ。俺は信じてる」



「いそべん先輩に結城先輩ですか。顔で注目ゲットできるメンバーですよね!」

 放課後に集まった部室で、半田君が顔を輝かせている。フツメン席いらっしゃーい、という気分で、俺と半田君とゆうちゃんは早々にソファの片面に座っている。こういうとき視線に困るのでこの配置はありがたい。

 容姿の話って正直居心地が悪い面はあるんだけど、体育のときの結城君は問答無用のイケメンだった。中身もイケメンだったと話すと、僕もイケメンかまされてみたかったです! と半田君。彼、人生のなんでも楽しめそうだ。

「参戦してくれるのは正直ありがたい。二人とも支援者なのに目立つしな」

「リレーメンバーって何人でしたっけ?」

「五人です」

「あれ、思ったより少ないんですね」

「クラブ数が多いので、時間短縮に1レースにかける時間を短くしたんです」

 係を経験したゆうちゃんが答える。つまりその短時間で目立たなければならない、ということは確かにメンバーは選別していかなきゃならないだろうな。

「部長と隊長も入れて目立つメンバー取り揃えましょうよ」

「俺は目立たねえよ」

「顔面差と体格差を熟考したあともう一度僕の目を見ていってください」

「俺は、目立たねえ、よ」

 じいっと見つめ合う(にらみ合う?)半田君と時任。リレーリレーと佐倉さんがソファで飛び跳ねながら喜んでいる。まあ、でも、妥当な選別ではあるよな。飛び跳ねる佐倉さんが膝を踏みそうになったので、それをぐいっと押しのけてにらめっこをやめた時任は

「とりあえず、最終ランナーかトップランナーは篠原さんだ」

「はい」

 え゛、と言う声はかろうじて抑えた。

「出来れば騎馬戦も上に乗ってほしい」

「え゛」

 今度は声に出てしまった。口は抑えたけど、聞こえただろう。そうっと伺う俺に注がれたのは、なんだか奇妙な表情だった。意外そうでもなければわかっていたよという生暖かいそれでもない。時任と半田君はじっと俺を見て、そしてなぜかゆうちゃんを見た。え、な、なに?

 読めない空気に戸惑ったが、時任は打ち切るようにいいか、と前置きして

「騎馬戦って凄く視覚的にわかりやすい競技だと思うんだ。俺達が持ち上げる上に、大将がいる。一目で上下関係っていうか構図がわかるだろう?」

「……」

「篠原さんはよくやっていると思う。だけど、生徒会長候補としての認識はどうかな、と思うときはある」

 ゆうちゃんがちょっと肩を狭くした。

「上に佐倉がいれば目立つだろう。俺とかでかい奴でも。でも、ここの頭は彼女だ。それを示すにはいい機会だと思うんだ」

「がんばります」

 ゆうちゃんはうなずく。でも。リレーはまだいい。競技とは言え、本質は一人で一生懸命走ればいいんだから。でも。騎馬戦っていうのは、闘志をむき出しにつかみかかって相手の鉢巻やら帽子を奪う競技だろう。それをゆうちゃんが。想像力にも限界がある。

「とりあえず、やってみよう」

「騎馬戦の騎馬もやっぱり高い位置の方が有利ですよね。だけど、部長だけ高いとアンバランスだし」

「じゃあ、ためしにお前ら三人で組んでみろ」

 時任の一言に、佐倉さんを正面にして俺と半田君が後ろに回って組む。しゃがんだそこにゆうちゃんが足をあげかけた瞬間。

「ジャージ履こうか」

 慌てて俺は腕をといた。今日は結城君が体育祭の格好も考えたい、ということで全員ジャージを持参している。

 仕切りなおしして。

 よいしょ、と声をあげて持ち上げてみても、佐倉さんの肩に置いた手にちょっと力が入ったみたいだけどゆうちゃんは怖がったりはしなかった。しかし人一人を持ち上げるのはそこそこ重い。というか、これなんとなく前面にしちゃったけど佐倉さんに一番負荷がかかるんじゃ…? まったく平気そうだけど。

「篠原さん、手は離せる?」

「はい……」

 前にも話したけどゆうちゃんは運動神経が悪いわけではない。俺達にも指示を出して少し歩いてみる。別に問題はなさそうだ。部室を二、三週してみてから一度おろした。

 そこで俺は自主的に手下げから体育の帽子を取り出しかぶる。

「ゆうちゃん、とってみて」

 おずおず伸びてきた手を、ため息をつきながら(それくらい余裕をこめて)つかんでとめた。

「もっと」

 ちょっとは早くなった。でも、なんというか、致命的に奪ってやる、とか、そういう意思が込められていない手だ。遠慮がちに躊躇いがちにそっと触れる。またため息をついて

「佐倉さ――」

 言いかけた瞬間、頭の上にひゅっと何かが通り抜けた。振り向くと佐倉さんが俺がかぶっていた帽子を手に笑っている。これだよ、ほんと。佐倉さんはつかんだ帽子をツバを後ろ向きにかぶりなおし、にっと笑う。キャップ帽なのでガキ大将のようだ。

「みずっちゃん、馬!」

「え、あ、はい」

 呼びつけられた半田君の首にまたがって(半田君、立ち上がるのに一苦労でぐぎぎぎ、と言ってるけど)意気揚々と馬上から叫んだ。

「勝負、しのちゃん!」

 その三十分くらい後に、古い引き戸をがらがら開いて

「こんにちは」

 と爽やかに入ってきた結城くんは、動きをとめた。彼が見たのは、もはや疲労困憊でしかも佐倉さんに容赦なくつかまれて髪がぐっしゃぐしゃの半田君と、その上でこれまたぐしゃぐしゃの髪の佐倉さん。それ以上に芸術的にくしゃくしゃになったゆうちゃんと、その馬の俺。

 人の顔があんなに引きつるのは、久々に見た。


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