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八章「彼女は来たりて各語りき」4

「……どうした?」

 混迷に突っ走る場に、怪訝なトーンの声が響いた。ハッと顔をあげたのは、時任と佐倉だ。いそべん、と呟く。

「なんの騒ぎだよ」

 開いた戸口に磯部善二郎が立っている。部屋の様子をじろり、とやぶ睨みで一瞥して、すぐに国枝に目を留めた。ほとんど状況を読み取りようもない中で、それでも彼の行動に迷いはなかった。

 つかつかと近寄って襟首をつかんで持ち上げる。

「篠原はどうした」

 苦痛にゆがみ続けていた国枝の瞳がハッと開く。

「てめえがそうなってるってことは篠原関係だろ。放っておいて、てめえがのんきにここで泣き濡れてられる状況なのかよ」

 磯部が投げ捨てるように乱暴に戸口へと突き飛ばすと、その身体は勢いのまま壁に激しくぶつかった。それでも言葉は届いていたようだ。ふらつきながらも壁伝いに廊下へ向かってよろめく。まるで本能で光を求める虫のように。

「国ちゃん!」

「先輩!」

 呼んでも止まらなかった背中に、追って半田と佐倉が飛び出した。一歩立ち止まって場を振り向いた時任に、磯部が目を向ける。

「追え。ここは任せろ」

「は――はい!」

 ばたばたと彼らの足音が遠ざかっていく中、一瞬、部屋はそれを聞くための沈黙に満ちて

「――なんでてめえが、ここにいるんだ?」

 壁際で立ち尽くす真上へと鋭く縫いとめられた。それまで唖然と見開き続けていた目が、磯部のそれとぶつかって小さく跳ねる。

「い、磯部」

 竹下が忙しく視線を行き来しながらも、磯部の横で手短に事情を耳打ちする。

 ふうん、とたいして興味がなさそうにひとつだけ唸って、磯部は一歩近づいた。切れ長の瞳を警戒するように光らせる真上に、その頬を見下ろす。

「国枝が、殴ったか」

 迷うような目をした相手は、けれど沈黙の後にそっと唇がささやいた。善二郎、と。

 もう一歩、磯部が詰め、右手の手の甲をそっと近づける。

「赤くなってんな。左の頬か」

「……」

「何か言ったのか? 篠原が復讐することは無意味だとかか?」

 問いかけに相手は口をつぐみこくり、とうなずいた。次の瞬間。

 なんの予兆も予測も抱かせず、磯部の右手がいっさいの容赦もなく右の頬を張り飛ばした。

「磯部っ!」

 顔色を変えた竹下が叫ぶ。

「あいつが、殴り損ねた分だ」

 よろめいた相手がソファの背をつかんでなんとか転倒を防いでふりむく。

「殴られて当然だ。てめえはちっとも変わってねえな。べきべき女。なになにするべきです。なになになべきです。いつだって公平面で正論くさい言葉並べてよ、自分の見方以外のもんを受け付ける気はさらさらねえくせに」

 愕然と見つめてくる瞳に向かって、嫌悪も露に磯部は言い放った。磯部、と竹下が並んで咎めるように言うが、意にも介さぬ横顔で見下ろしている。

 しばらく彼女は呆然としていたが、やがて震える手がゆっくりと自身の頬に触れる。なにをされたか確かめるように掌がなぞる。そして

「……こんな侮辱を、される謂れはないわ」

「じゃあてめえにあるのかよ」

「なにが」

「国枝や篠原を踏みにじる謂れがあるのかよ。お前の可愛い後輩どもが、あいつに何をしたのか、骨の髄まで知り抜いてそれを言ってたら褒めてやるよ。ギネス級の面の厚さを称えてな」

 真上の瞳がさまよって竹下にちらりと向いた。暴力には毅然とした視線を向けていた竹下だが、眉をしかめて瞳が迷う。初めて真上の瞳が揺らいだ。

「とっとと帰れ、大学でもなんでも今のお前の箱庭にな。そこで引っ込んでろ。ずっと出てくるな。お前に、人の気持ちがわかってたまるか」

 磯部、と竹下が腕を引く。悔しげに唇を噛みしめていた真上だが、やがてそれをといた。

「……帰れないわ。その何をした、を聞かせてもらいます。それから判断するべきよ。――だたし、曖昧な噂話や憶測は許さない」

 はん、と磯部は鼻で笑った。

「いいぜ。だけど、覚えておけよ。お前がこれを聞いて信じまいが拒絶しようが結論はたった一つだ。お前の可愛い後輩ども。西崎、東堂、南城。あいつらは屑だ。最低の屑だ」




 階段を駆け下り、廊下を直線に見立てて走る。走るな、の壁紙を横切り颯爽と駆ける制服姿の女子に、すれ違う生徒やはたまた教師もあまりの堂々ぶりに制止の声をかけられないようだ。

 国枝の捜索の任は時任たちが負ったので、現在、佐倉晴喜は篠原友子を求めて疾走している。大きな瞳は進む先から現れる生徒達をちらりと認識するが、彼女がインプットした相手ではないと判断すると直ちにそらされる。故に彼らの横を通り過ぎたときにも、佐倉はほとんど認識していなかった。

「おい、あほ女」

 低い声に佐倉は立ち止まって振り向いた。

「ガン無視かよ。いい度胸してんな」

 揶揄と物騒な響きが混じる声音の主を見上げて、ええと、考える。

「走ったら、駄目だよ。佐倉さん」

 長髪の男の作ったように整った微笑を向けられ、その他に顔を向けてようやくセットとして彼らの存在を思い出した。生徒会だ。そして彼らは、自分と自分の奇変隊と敵対している存在である。ライバルである。しかし、今することは篠原の捜索である。故に彼らは関係ない。

 単純な思考がカチカチと流れて、結論として背を向けることにする。ただ時任大介に叩き込まれた「失礼にならないための声かけ」を思い出す。

 急いでいるので失礼シマス、口にしようとして、ふと佐倉の目が窓の外を掠めた。インプットした姿が遥か下にある。その途端、目の前に対峙する全てを放り出して、しのちゃん、と呟いて佐倉はべったりと窓にへばりついた。

 冷たいガラスに押し付けた唇がたこのようにまくれあがろうが頬が肉厚でつぶれようが、おかまいなしで求めた先、見下ろす後者裏。うつむく黒髪の少女が見える。

「篠ちゃん!」

 勢いよくあけた窓枠に足をかける。三階の高さをものともせずに身を乗り出した佐倉だが、ふとのぞきこんだ姿勢で止まった。眼下の少女――篠原は、何かに気づいたように振り向く。その先には男子生徒が駆け寄ってきている。真上からでは角度が厳しく顔は見えないが、明るい色をした髪はよく見慣れている。

「国ちゃん」

 国枝は一目散にかけてきて、篠原の腕をつかむ。篠原は直前にかすかに躊躇うそぶりがあったが、国枝は有無を言わさず一気に歩を詰めてぐっと抱き込んだ。

 まるで二つのものを一つにしようと願うように、本当に望むように、切実さが胸に迫る動作だった。ぐっと抱き込んでから身体を離して、のぞきこんだ顔に躊躇いなく顔を近づける。黒い髪と明るい茶髪が触れあう。頬の少し上辺りかまなじりに触れている。反対側にも同じ動作をしたので、まなじりだとわかった。唇で優しく触れて、あるいは涙を吸ったのか。

考えようによっては相当大胆なのに、動物がわが子の傷口をなめるような、ひどく原始的ないたわりも感じる仕草だ。黙って見下ろしていると

「不細工同士のラブシーンなんて、見れたものじゃないね」

 横合いから聞こえたはき捨てるような声音に、佐倉はそちらを見やる。顔を歪めた南城、笑っているが不快そうな西崎、その背後にある東堂の顔も薄暗く凄みを帯びている。その上背で隠されて生徒会長の顔は見えない。

 もう一度、下を見る。二人は、やはり鼻が触れそうな距離だ。表情までは見えないが、上から見ても雰囲気が砕けたものになっているのがわかる。顔をつきあわせた彼らは泣いた顔で、でもくすぐったそうに笑っているのだろうか。その光景が目に浮かぶようだった。  そしてもう一度、同じ廊下に立つ彼らを見る。そこにある表情を読もうとした瞬間、東堂のぎろりとした視線が自分に向かった。

「なに見てんだよ、キチガイ女」

 佐倉は何も言わなかった。見られるのがいやなのだな、と了解してもう一度、窓の外を見ると、荒々しく立ち去る足音が聞こえた。もう身を乗り出すこともあるまいとガラスをしめてから、ふと気づいた。

 生徒会長だ。もういないと思っていたのに、一人残っている。同じ生徒会メンバーに囲まれると、気配が薄くなるようだ。そんな彼は佐倉を見ることもなく、窓の外を見下ろしていた。先ほどの三人の誰とも違う。目を細めて遥か遠い何かや針先ほどのほんの小さな穴の向こうを見るように。

 ほとんど本能のままに生きている佐倉に、彼の違いは嗅ぎ取るように理解できる。確かに彼は独特だ。透明で感情薄くてどこか別の世界のような雰囲気を漂わせている。ただ、それが長という位置にふさわしいかは謎だ。傀儡とも違うが、君臨しているようにも思えない。

 その瞳が真下を見ている。

 薄く開いた唇から、小さな息が漏れて。そして佐倉の存在など端から気づかなかったように、彼もまたきびすを返した。

 残された佐倉は、珍しく眉を寄せてゆっくりと首をかしげた。




 真上美奈子は凛と立っていたが、白い頬からこめかみの辺りにかけてははっきりとひきつり、紅がひいて青みも増している。初めはむっと構えて耳にしていたが、気丈な姿勢も徐々に崩れ始めた。自身の腕を強くつかんでいた手も徐々に心細そうなすがるような指先に変わっている。

「…………本当、なの」

 長い沈黙の後に、そうしぼりだした声は細かった。

「いくらでも、証拠を見せてやるよ」

「――どうして、……彼女、言わなかったの」

「お前なら、言えたのかよ。たとえば、さっき、俺に頬を張られたって大声で泣きながら周囲に訴えられるか」

「……」

「にこやかにほどこしを与える奴が、ほどこしをにこやかに受け入れられることは滅多にねえよ」

 唇をかみ締めてうつむく真上に、次の言葉は別方面から来た。

「磯部。今のは聞き流してはおけない」

 磯部が首を回した先。真っ青に血の気をひかせ、死後硬直のように不自然に強張り固まった竹下の顔があった。唯一死んでいないという証明のように、瞳だけがぎりぎりの光を放っている。

「――どうするんですか?」

「指導を入れる」

「なんのために?」

 間髪いれず返された問いに竹下の目がぴくりと動いた。

「篠原のためってのはやめましょうよ。さっきも言いましたが、人間はほどこしを是とは受け入れられない」

「……教師には、責任がある。もしそれを見逃していたなら、相応の責任をとるべきだ」

「責任とりなら勝手にしてください。でも、篠原が先だ」

「先だからこそ!」

「先生、あなたは教師で、篠原は生徒、庇護するのも、庇護されるのもわかります。でも生徒の前に、篠原は人間です。人間には、尊厳がある。それを手放しては人間としてやっていけない。そして、自分の尊厳なんて人の手をかりて取り戻すもんじゃない。篠原が先生に言わずに手を伸ばしているのは、そういう理由です。今は見守ることが、止めないことが、篠原の救済措置なんですよ」

「……」

「それに先生は、生徒会連中に有効な指導は入れられない。先生の力不足とかそんな問題じゃなく、奴らがそんなタマじゃない。違いますか?」

「……」

 また落ちた沈黙の後、善二郎、と響いた。

「擁護するわけじゃない。でもどうして――」それをたずねることが、たずねざるをえないことが屈辱であるように唾を飲み込んで。「……あの子達、あんなことをしたんだと思う?」

「さあな。元から腐っていたのかもしれねえし、同情に値する理由があったのもしれねえ。でもそんなこと、なんの関係があるよ。なんで被害者がまだ救われてもねえ状態で、加害者の心証を加味しなきゃならねえんだよ。歴然とあるのは事実だけだ。あいつらは、とりかえしのつかないことをした。そしてそれを知る気も悔いる気もない。それを踏まえて聞く。篠原がすることは、無意味か。するなと言えるか」

 沈黙を睨みつける。

「国枝は、あいつは頭がおかしい。篠原のことになると常軌を逸してる。だけどよ。おかしくならなくちゃ、耐えられなかった事実がある。それを作ったのは誰だ」

 真上が突然にきびすを返した。ドアが開いて足早に去っていく音が、教室の中に遠く響いていく。そちらを軽く睨んでいた磯部は、沈黙の中で搾り出すような声音にそちらを向いた。

「俺は、どうすればいい。俺は、俺は、俺は」

 竹下が自身の襟元をつかんでいた。ぐいぐいっと引っ張る様はまるで自身の首を絞めるかのような仕草だ。

「そんなつもりじゃなかったんだ。顧問の植田先生に相談されて、軽く思った。篠原なら、うまくいくかもしれないと。そう思っただけだった。本当なんだ。あわない相手ならすぐやめさせてきたから、大丈夫だろうと。こんな。あんな」

 見開いた眼球が揺れる。

「顧問に招聘されたときも、篠原が怖かった。どういうつもりなのかと、俺のことも恨んでそばに置く気なのかと。俺のことをどう思っているのか、怖くて見られなくて。結局、俺が考えたのは――保身だ。保身ばかり浮かぶ」

 こくり、と喉が鳴って一言をうめくように呟いた。「教師なのに」

 磯部はしばらく黙っていたが、やがて鼻を鳴らした。

「わかんないですよ。俺もどうすればいいのか。ただ、先生」

 独り言のように呟いた。

「こえーですよね」

 竹下が顔をあげて磯部を見る。生徒に見えない不精の男は竹下の方は見ずに、頬を歪ませ目を眇めていた。身の内からこみ上げる何かをおさえこむように。

「思い知らされた自分の失態ってのは、ほんとに、肝が冷える」




「佐倉!」

「隊長!」

 同時にその姿を見つけた時任と半田はこれまた同時に呼びかけていた。階段をのぼりきり角を曲がって視界に入る、窓のそばにたたずむ佐倉の元に小走りで駆け寄る。

「国枝と篠原さんなら見つけたぞ」

「なんとかなりそうというか、入れなさそうな雰囲気だったのでそっとしときましたけど――」

 そこで二人はまた同時に違和感を覚えたようだ。

「佐倉?」

「隊長?」

 二人が現れてこの方、佐倉の顔や視線は二人がやってきた場所から反対側の廊下を向いて動かない。聞こえていないわけではないらしく、細い首がこくんと曲げられる。大変珍しいことに、何か物思いにふけっている、と言えなくもない風情だ。

「おい」

 広げた時任の掌でぐーっと曲げられた首を押しやられると、抵抗せずさらに曲げられた首が肩までつく。どこの関節も極端に柔らかい相手は自身がとらされたポーズにも異に解さずに「んー」とあくまでマイペースに鼻を鳴らす。

「どうかしたんですか」

「せーとかいにあった」

 半眼だった時任と半田の顔に一気に緊張が走る。

「あったのか!」

「だ、大丈夫でしたか、隊長」

「うん」

「そして生徒会側は隊長に遭って大丈夫でしたか!」

「おい半田」

「うん」

 うなずいてもまだ佐倉の目は廊下に向いている。

「……何か気になったことでもあったのか」

「ばったりしたときに、窓の下に篠ちゃんと国ちゃんがいた」

 再びぎょっとした国枝が窓から見える風景を見て、うわっほんとだここからみえる、と呟く。

「あれ、見たんですかー……」

「人目につかないところだと思ったんだが……盲点だったな」

「僕らも見ちゃったんですけど、見ちゃいけないっていうか悪いっていうか。――あ、すぐに部長が気を利かせて退場しましたから、最小限でしたけど」

「篠ちゃんがなぐさめられたからあれでいいのだー」

「……そうだな」

 小さく呟いて時任が

「それで、生徒会連中はどうしたんだ?」

「怒ってた」

「奴らに怒られる謂れはいっさいないと思うんだがな」

「三人」

「?」

「三人は怒ってた。一人は」そこでこくんと首をかしげる。「なんだろう?」




 ツカツカとヒールの踵が床を蹴る。攻撃的な調子の音が立ち止まって、扉が開かれる。 「聞いてないわ」

 開口一番に呟いたのはそんな声だった。四人の視線がそれぞれに集まった。

「なんの話ですか、会長」

「あなた達が、篠原さんにしたことよ」

 不意にしらけた色が瞳に駆け抜けた。先に一人一人話を聞きにいったときには見せなかった色だ。ああ、でもこういう瞳をする子達だった、とふと既視感がよぎる。やがてゆっくりと時間をおいた静まった空間に、硬質の床にガラスの欠片が落ちるかのように。

 小さく、笑い声が響く。

「ああ。耳に挟んじゃった?」

「あんまり外聞のいい話じゃないからね。内緒にしてたんだけど」

「……否定しないのね」

「隠してなんかいなかったぜ」

 三人の後輩を見回して、黒い瞳が揺れた後にうつむいた。そして。

「馬鹿ね。どうして、そんなことになったの?」

 不意にがらり、と調子の違う声が響いた。うつむきから顔をあげた真上の白い顔には、冷然とした苛立ちが浮かんでいるがそれだけだ。

「明らかな失態よ。このご時世に生命線を握られたも同然よ。磯部たちはずいぶん、あなた達のしたことを嗅ぎつけていていたわ。あの男のことだから、証拠品だってきっと十分に用意してる」

「ああ、それね」

 いたって軽く西崎が受けた。

「大丈夫。証拠なんか残らないよ。あの馬鹿ずいぶん立ち回ってたみたいだけど。知ってる? そういうのの証拠なんて、全部状況証拠や証言だけなんだ。形のないものを作るのは簡単だし、作りかえるのも簡単なんだよ。覆すものはもう作ってる」

「あら、抜け目ないわね。――と褒めてもらえるとでも思った? そんな前提を作り出したこと自体が大失点よ。答えなさい。どうしてそんなことをしたの」

「つってもよ。理由なんてねえよ」

「うーん。困ったな。歩き出す足が右か左か、いちいち考える? それくらい、答えようがないんだよね」

「なぜ登るのですか。そこに山があるから。なぜ苛めるのですか。そこに友子がいるから」

 からりと笑ったり、仏頂面であったり、不真面目さだけは一致する後輩を真上は険悪な顔で睨んだ。

「私の持論は、一度過ちを犯したものは反省と分析がない限り、必ず同じことを繰りかえす、よ。真面目に考えなさい。あなた達へのポイントはずいぶん下がったわ」

「女王様に見捨てられるのは怖いなー。んー。むしゃくしゃしてたから、とか」

「カッとなってやった」

「反省はしていない」

 それでも茶化しつづける後輩に、怒りをはらんだ黒い瞳が刺す。

「私、磯部の奴に叩かれたのよ、頬を」

 西崎が目を輝かせた。

「それ、証言してくれます?」

「いやよ。いい晒し者だわ」

「残念」

 肩をすくめて引いたが、真上は収まりがつかないように憤然と見回した。

「本当だったら、他のメンバーにも召集をかけて、あなた達を引きずりおろしてやりたいくらいだわ。わたし、新生生徒会の応援に回ろうかしら」

「そりゃねえだろ」

「女王様ごめんなさーい」

「悪ふざけがすぎました」

 黒目を抱く彼女の瞳は、ひとたび構えられると触れなば切らんとでもいうように鋭い。そのナイフのごとき切れ長の目が、彼らを睨みつける。

「私がそうしないのはね、向こう側には磯部がいるから、その一事のみだと心しなさい」

 そして黒い瞳が一度として口を開かなかった窓際の執務机に向く。

「透。立ちなさい。あなたが彼らの長よ」

 ヒュウ、と口笛が吹かれた。東堂と西崎は少し驚いた顔、口笛の主は南城だ。彼らの前で真上美奈子は、諾々と立った相手めがけて、容赦の呵責もない平手打ちで頬を張り飛ばした手を引き戻す。頬を張られた形のまま、北原は立っている。向こう側を見つめた瞳に、表情はない。

「悪いけれど、席をはずしてくれるかしら」

「まだやるの?」

「だから慈悲をあげなさいと言っているの」

 西崎はつまらなそうに、南城は肩をすくめ、東堂は少し気がかりなのか、ほどほどにな、 と言い残して、ドアが閉まる。立ち去る足音を確認する沈黙の後。

 不意に世界は空気をかえた。片方が無感動の代名詞のような北原なので、ひとえにそれは真上の変化によるものと言っていい。それまで怒りに凍てついていた表情はかき消えた。

「こちらを向きなさい、透」

 向こう側を見つめていた顔が元に戻った。表情乏しい顔にその動きは、本当に揶揄する人形のようだ。けれどそれを取り上げるのもまだるっこしいとばかりに、重ねて真上はたずねた。

「これが、あなたが言っていたこと? 傷つくのは――私だって」

「あなただけじゃない」

 目が伏せられる。小さく開いた口はほんのかすかな言葉しか漏らさずに。

「彼女のそばにいくものは――」

 吐息のように呟いた。「みんな傷つく」


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