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七章「暴走のピアニスト」

 うちの学校は各教科の上位50名を、掲示板に張り出す。

 そして前回よりも順位があがったものに赤字で名前の横に矢印をつけて何位アップ、と付け足す。また50位以内にならなくても、成績飛躍者、という紙が一枚あって、そこには各教科で30位以上の飛躍を見せたものには枠外に名前と何位アップという赤文字が記される。

 絶対評価だけじゃなく、その個人の努力も認める、という方針らしい。確かにそんな面もあるけれど、残酷な側面もあるだろう。ま、点数社会のあり方には、高校二年にもなるともう慣れてしまったけれど。

 そういうわけでほとんどそんな張り出しには縁がなかった俺たちだが、今回一様にそこに名を連ねることになった。

 人間心理として真っ先に目が行くのは上の方なため、時任の15位が目立つが(ちなみに奴だけ飛躍者リストにはないけど、十分だろう)佐倉さんの150位アップはインパクトがあった。今回は他にあまり飛躍したものがいなくて書かれている名前が少なかったせいもあるだろう。ゆうちゃんと(ゆうちゃんは時任と同じく50位以内の紙にも名前が載ったが)俺の名前もある。一年棟の掲示版には、半田君も載っているんだろう。

「思わぬ宣伝になったかもな」

 戻ってきた教室で時任が言う。確かに廊下を歩いていたとき、少しだが視線を感じた。

「そんなことないと思うけど。結局、50位以内に張ってるのはゆうちゃんとお前だけだし」

「いや。結局、目立つかどうかだ。佐倉のあれなんか、150アップでそれでも50位以内に名前がない時点で前回の成績はわかるだろ、と思うんだけど、一番インパクトがあるしな」

 椅子は前を向いたまま、身体だけ回して時任が言う。俺が奴に声をかける前から、俺たちは同じクラスで前後の席だったのだが、プリントを回すときにせいぜい身体を回すぐらいでまるでこういう姿勢はなかった。今自然体の奴と当たり前に受け入れている自分に気づくとなんだか不思議な気がする。どうして今までただのクラスメイトの域を出なかったのかな、とか。

 そんな体勢で話をしている俺たちにふと

「佐倉の話か?」

 と斜め前の伊藤が振り向いて笑った。すると反対側の椎名も

「時任ー。どうすんだ?」

 とからかうように声をかけてくる。俺と時任は顔を見合わせる。お互いの顔に同じ疑問符を見つけて同時にクラスメイトに戻した。

「何が?」

「大変だよな、お前も」

 嫌な雰囲気はしないけれど、揶揄されている感じ。なんだ? 時任もはてな、として問いただそうとしたけれど、担任が教室に入ってきてしまって中断になった。

 前を向く時任に、俺はちょっと考える。佐倉の話、お前も大変だな? 俺も少し思っていた(ばっさり否定されたけれど)、佐倉さんと時任の仲だろうか。でも。どうすんだ? とか大変だな、とかっていきなり言うかな。

 回答はお昼に半田君が持ってきた。ゆうちゃんと合流して三人で部室で弁当を広げていたとき、駆け込んできた半田君は第一声

「部長、ほんとなんですか!?」

「あ?」

「隊長ですよ!」

「佐倉がどうした」

「知らないんですか?」

 と半田君が叫んだ。

「すごく噂になってますよ! 俺から絶対に逃がさないって熱烈に口説きながら公衆の面前で隊長にラブレターを叩きつけた二年生がいるって」

 ら。ブレター?

 ぽかんとする俺たちに、きいきいと床を軋ませて、やってくる足音。半田君の後ろから佐倉さんが現れた。佐倉さんは何かを見ながらやってきていた。大きめの白い横向き封筒。 彼女はそれを俺たちに見せるように掲げた。

「もらった」

 掲げた彼女のそれを見る。何故かクレパスのようなにじむ黄緑色で書かれた文字。


 果たし状。




 佐倉さんは、望むと望まないとに関わらず、注目を浴びるために生まれついたようなところがある。故にファンがいるし、アンチもいる。注目を浴びるということはやはりモテるということにもなろう。

 ただ、交際を申し込む、という猛者はなかなかいないようだ。そりゃそうだろう。彼女とさしで交際できるってどんな人類なんだろう。あと、やっぱり俺が漠然と思っていた時任との交際疑惑も少なからずあるらしい。そうだよな。周囲からどっちかと言えば堅物と思われている時任が奇変隊に入る適当な理由が他にあるなら教えて欲しいくらいだ。

 ――いや。佐倉さんのもて具合はいま関係ないんだ。ラブレターに果たし状と書く馬鹿はいない。

 それでも彼女宛の手紙を見ていいのかとは思ったけれど。こいつに任しといても埒はあくまい、とすぐに見切りをつけたのか時任が受け取って開く。


「佐倉晴喜へ。


 僕はお前を許さない。絶対に許さない。僕は僕を妨害するものを許さない。だからお前を許さない。お前は僕の妨害をしたから許さない。決して絶対に許さない。


 佐倉晴喜を許さない京免信也より」


 思わず、「許さない」の数を数えてしまった。二行しかない文面の中に六回も使っている。「許さない」のゲシュタルト崩壊を起こしそう。

 本当ならリフレインは狂気や不安を覚えさせる要素なんだろうけれど。なんだろう。ここでは妙な子供っぽさが目につく。あと「佐倉晴喜を許さない京免信也」ってどんな肩書きなんだ君は!

「え、っと、きょうめん…って読むんですかね、これ」

「そうだ」

 半田君の疑問に時任がうなずく。その様子に、あれ? と思って。

「知り合いか? 時任」

「知り「合い」ではないな。向こうは知らんだろ」

 そうしてちょっと考え込んだ後に、時任は携帯を取り出してぽちぽちやり始めた。

「結城に連絡する」

「え、なんで?」

「そいつが、前話してた奴だよ」

 え? となる俺たちの横でメールを打ちながら時任は

「毎回、テストを白紙で出す奴だ」




 結城君はすぐ来てくれた。一通り事情を知っていたのか、うわ、マジで、と呟いて、果たし状を見て顔に手をあてる。

 やっちゃった、と顔に書いてある。

「いや、俺もよくは知らないんだけど」

 口元に手をあてて結城君はしばらく言葉を捜すようにしていたが

「変な奴なんだよ」

 それは十二分にわかった。

「なんていうか、天才肌? 世界的なピアニストの息子か何かで、本人もすっげえ腕らしくてその特待枠で入ってるから、あんまり学校にも来ないし、来てもあれだし」

 『あれ』普通はわかんないけれど、なんか察せられるような。

「休みがちなのに、テストは必ず来て。んで、毎回言うんだよ。『僕はテストを白紙で出します。これは僕の両親にたいする抗議です。いいですね先生。僕の指はテストで問題を解くためにあるものではないのです。白紙で出します』それが決まり口上。誰も聞いてないのに、毎回必ず言う」

 結城君の口真似が結構うまいのもあるけれど、その場の空気が妙にリアルに想像できる。そのキャラクター、中学校だったら苛められたかもしれないが、高校ではスルーになるのもうなずける。

「で、今回。成績表を見た瞬間、ひげーっ! だよ」

 なんの鳴き声かと思ったよ、と結城君。

「もうぷんぷんして『おかしい! なんてことだ! こんなことは間違っている! 陰謀だ! 僕にたいする陰謀だ!』って騒ぎ出して先生に詰め寄って大変だった」

「それで結城君、佐倉さんにビリだったって言わない方がいいって言ったのか」

「ああ。京免の耳に入ったら、面倒なことになると思って」

 そして面倒なことになったわけだ。

 その京免くんがどうやって自分を抜いた(という言い方も変だけど)最下位の佐倉さんをつきとめたのかはわからないけれど、ともかく彼は佐倉さんに大層怒ったそうだ。なんで最下位とりたいのかわかんないけど、聞いてるだけで十分わかんないのでもういい。

「そんな変わった人だったら知っててもおかしくないけど」

「基本的にあんまり学校に来ない奴だからさ」

 佐倉さんって皆勤賞の人だしな。同じ変人だとしても、滅多に来ない奇人はクラスの中に収められてしまうかもしれない。

 ともかく怒った京免くんが、佐倉さんに向けたのが果たし状。結城君に聞く限り結構あれな言動が多い彼の言葉が、熱烈な告白と間違われてしまったようだ。時任が横目で佐倉さんを見た。

「珍しく逆恨みだな」

 珍しくって――

 苦笑しながら言いかけたそのとき。

 ビビヴゥッ! 頭上から凄い衝撃がきた。

「!?」

 音の波が不快な低音になってびんびん寄せてくる。凄いハウリング。その後でキーンと鼓膜をつらぬく高音がやってくるからたまらない。俺たちは咄嗟に耳を押さえて、そして防衛本能だろうか。音がやってくる天井から少しでも耳を遠ざけようとしゃがみこむ。畜生、音って立派な凶器になるんだぞ!

 不快な音の襲来はまた波引くようにやんで、ガガ、とかすれた音と、何かを言い争うような声がスピーカー越しに聞こえてきた。ノイズがひどくて聞き取れないけれど「やめてください!」と誰かか叫ぶ声がのって届く。そして。


『佐倉晴喜ーっ!!』


 音が限界を超えたのだろう。またキィーンとひどい音割れが耳を貫く。でも。紛れもなく。聞き間違えたくても聞き間違えようもなく。やや高めの男の声が呼んだのは、佐倉さんの名前だった。『ちょっ、やめてくださいっ!』とまた誰かの声がする。


『佐倉晴喜! この卑怯者! 堂々と僕の前に出て来い! 聞いているのか!』

『やめろってんだろっ!』


 悲鳴ときれかけた制止とまた何かの物音。マイク自身が揺れているようなノイズがして。ブツッと電源が切られる音と共にまるで嵐が去るように校内に静寂が戻った。



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