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六章「学生の本分は勉強です」

「顧問?」

 それはあの弁舌から一週間後のお昼下がりだった。

 曜日は月。つまり待ちに待ったゆうちゃんの弁当タイム。さあ、行くかと腰をあげると、ふと四限目の担任が時任に声をかけた。時任は先に行け、という風に目配せしたので、俺はゆうちゃんの教室に行ってあの重箱弁当を運びながら先に部室に行った。

 初めは遠いなあ、と思っていた旧校舎の四階も通い慣れるとどうってことはない。お腹を減らした佐倉さんと、もうこの日は弁当を持ってこない半田君は、俺から時任のことを聞いて、きっと時任先輩も俺にかまわず先に弁当を広げろ! と言っていると思います、出来上がりを食べなきゃおいしくない!(弁当なんだけど)という主張で薄情にも部長を待たずにせっせと重箱を広げてそそくさといただきますをして食べ始めた。半田君はともかく佐倉さんに自由にさせるとなくなっちゃうしなあ。

 わりいな、と思って俺もおにぎりをひとつくわえ、おろおろしているゆうちゃんの分の食事は皿に確保しておいた。(時任のもしたかったが、ゆうちゃんので精一杯だった)

 戻ってきた時任は薄情な俺たちを見ても、想定内だと言うようにため息をひとつ漏らしただけで、佐倉さんを牽制しながら皿に手早く自分の分のおかずやおにぎりを確保した後。

「顧問というか、監督というか。つまり新生生徒会の後任みたいな窓口になる先生だ」

「奇変隊にはいないの?」

「いるわけないじゃないですか、国枝先輩」

 半田君が爽やかに笑った。まあ……そうだな。いたらその先生、針のむしろどころじゃないだろう。

 もぐもぐと限界まで膨らませていた頬の中身をひと飲みで胃に放り込んで、佐倉さんが小首をかしげた。

「センセイ?」

 不思議そうな目は、未知の言語を耳にしたときのような反応。まあ、それはそれとして、あなた弁当箱に顔を突っ込んで食べましたか? とばかりに、顔中にご飯粒やソースや汚れが広がって凄い。ゆうちゃんがティッシュを渡している。

「そういうのって自動的に誰かなってくれないもんですかね。奇変隊<うち>とは違って新生生徒会は別に悪いことしてるわけじゃないんですし」

 なんか語るに堕ちてきたぞ、奇変隊。

「だいぶぐだぐだ言われたが、要は自分たちでなんとか約束とりつけろ、とさ。誰か、ツテがないか?」

「先生ですか……」

 半田君はうーんと顔をしかめている。佐倉さんは顔をふき終わってまたバカ食い。だめみたいだ、この二人は。まあ期待する方に無理がある。むしろ、クラス委員もつとめている時任こそがツテがもっともありそうな人物じゃないか? 

「時任はいないのか?」

「……前はいたが」

 奥歯に物が挟まったような言い草。奇変隊に入る前、だな。

 俺は自分の身で考えた。先生、先生……。俺にとって先生という人種は……なんだ。別に睨まれるタイプでもないが、特に目をかけられるわけでもない。その他のひとりというか。

 わずかでも交流があるのは、担任とかだろうけれど、一年の時の担任はそりゃやる気のなさそうなしょぼくれた英語教師で、今の担任も一年の時よりはましだけれど、あまり統率力のない美術教師。特に嫌われているとは思わないけれど、引き受けてくれそうなタイプではない。

 教師に好かれる生徒ってどういうタイプかと言われると、個人的に波長があうのでなければ、従順なタイプがいいだろうな。真面目で健気で頼みごととかしても引き受けてくれる――。

「……」

 俺がゆうちゃんを見ると、時任も同じ結論になったのか先に見ていた。ゆうちゃんは考えこんでいた。難しい、顔をしていた。ちょっと珍しい。人を困らせることとか絶対無理なゆうちゃんはこんなことを考えるとき、申し訳なさそうな顔ばかりするだろうから。複雑そうな表情はちょっと触れにくい。

「篠ちゃん、誰かいるー?」

 佐倉さんが弁当から顔をあげて聞いた。聞きにくい、という気持ちをこの人は一生理解することはあるまい。まあ、でもその無神経な鉄拳が硬直を打破してくれることも多々あるわけで。躊躇い躊躇い、ゆうちゃんは口にした。

「引き受けてくれるかわかりませんが……ひとりだけ」

「誰?」

「数学の……竹下先生です」

 竹下?

 意外な名前だった。俺だけではなく、時任、佐倉さん。半田君もそうだろう。竹下……多分、下の名前は、ゆうま(字は知らない)生徒間での呼び名は竹セン。まだ多分、二十代じゃないだろうか。

 学校の中でもかなり若い方の男の先生で、男子バスケ部の顧問をしている。細身の細面で少々気が弱そうだけれど、まあそこが可愛いという声もなきにしもあらず。女子高じゃなくても、若い男の先生ってよっぽどあれじゃなければそこそこもてるらしい。

 男子バスケ部の顧問ということで、男子生徒にもそれなりの人望がある。受験対策のためか、ベテラン勢が多い三年の中で、他の先生よりかは親しみも持ちやすいんだろう。

 ただ、俺たちはぴんとこない。

 だって、彼は二年の受け持ちじゃないのだ。三年の担任をして、授業も三年のみ。一年の時も二年の数学担当だったので、今まで一度も授業を持ってもらったことがない。バスケ部ならつながりはあるだろうけれど、関係ない。

 それがゆうちゃんとどんな縁があって? あ。図書委員会とか、と一瞬思ったけれど、図書委員だったはずの半田君の顔を見て違うとわかった。

「ゆうちゃん、どうして竹下先生?」

「一年のときに体育祭担当者会で少しお世話になりました……」

 ほんとにゆうちゃん、クラスの係りという係りはほとんど制覇してないか。

 それでもなぜ竹下先生なのかはしっくりいかなかった。それ程度の繋がりでこのゆうちゃんが指名までするだろうか。

 気にはなったが、ゆうちゃんの複雑そうな表情につっこみは躊躇われた。

「……まあ、他にはないし、竹下先生に一度聞いてみようか」

 時任が消極的賛成を示す。

「じゃあ、放課後に。全員で行ったほうがいいだろうし、集まって職員室に行くか。集合はうちの教室前でいいか」

「あいさー」

「6限体育なんで、ちょっと遅れるかもしれません。僕、職員室前でいいですか。なるべく急ぎますけど、遅かったら先に行ってもらっていいですから」

「わかった」




 俺たちの教室が一番ホームルームが遅かった。

 鞄を持って出ると、すでに廊下の窓際には佐倉さんとゆうちゃんが待っていた。帰るために廊下を行く連中からはぶしつけではない程度の注目を浴びている。佐倉さんは有名人だから、と言いたいところだけれど、もうゆうちゃん単品でも結構注目を浴びているのは認めざるをえない。まあ、知名度低くても困るんだが。この状況では。

 四人で職員室に向かうと、職員室前には半田君がいた。こっちを見ると笑顔になった。

「よかった、間に合って。パンいちも辞さない覚悟で駆けつけた甲斐がありました」

「お前、それで頭下げたら終わりだと思えよ」

 冷たく時任が言って

「竹下先生は中に?」

「いました」

 じゃあ、呼んでくる、と時任が言ってひとり中に入っていった。俺たちはちょっと緊張して待っていると、やがて時任が戻ってきた。その後ろには青が強めの紺のスーツを着た竹下先生。

 時任とちょうど同じくらいの背丈の先生は、怪訝そうな顔をしていたが、俺たちを見回してふと何かに気づいたようにちょっと目元が動いた。まあ、このメンバーを見ればわかるか。

「話って、なんだ」

「ちょっとここじゃ話しにくいんで」

 竹下先生はため息を吐いて、職員室に戻って手に鍵を提げてきた。そうしてすぐ近くの第三会議室と札が下がった部屋を開いた。中には長机とパイプ椅子だけ置かれたそっけない長方形の部屋。

「失礼シマス」

 神妙に俺たちは入る。竹下先生の向かいに回った。竹下先生は座ったが、俺たちは座らない。先生はそれを指摘しなかった。

「それで、話ってなんだ。この後、部活なんだ。手短にな」

「竹下先生。僕らはいま生徒会の選挙活動をしているんですが、その後任というか顧問になってくれる先生を探しているんです。それで、ぜひ、竹下先生にお願いしたいんです」

「お願いします」

 俺たちも頭を下げる。このために立っていたのだ。下げたままの頭の向こうで、憂鬱そうなため息が聞こえた。

「……すまないが、受験生の担任でバスケ部のこともある。僕では君たちを十分監督できないと思う。他をあたってくれ」

「先生がお忙しいのはわかっています。名前を貸してくれるだけでかまいません。僕たちは真剣なんです。ひとつの目的に向かってみんな力を尽くしています。誰か先生が後任になってくれないとどうにもなりません。本当に名目だけでかまいません。先生、お願いします!」

「先生っ! お願いします」

「お願いします!」

 熱血溢れる時任のノリ。半田君の一途な感じ。「ここで言うからこのタイミングだぞ。ぬかるな」「半田、顔は捨てられた犬だ」「こうですかね」「それはなめきってる犬だバカっ!」「佐倉っ! 絶対に真顔で黙ってろ!」という飯時のあのやり取りを目の当たりにしてなお、この真剣さには飲まれそうになる。奇変隊って、すっげえ。

 がばっと勢いよく頭を下げた生徒の情熱に、ほだされやすい若手教員ならなおさらだろう。

 それでも。

「……わるい。他をあたってくれ」

 顔をあげたとき、竹下先生はそっぽを向いていた。まるで俺たちを見ていられない、という風に。




 だめだった。仕方ない。他をあたってみよう。

 ということで、奇変隊の熱演の成果もあり、押しの弱そうな先生方の幾人から「名目だけなら…」という消極的な同意をとりつけることに成功した。その中から誰かを選べばいい。よし、ミッション達成。万歳。

 となってもいいはずだったけれど、一度部室に落ち着いた俺たちの顔はどれも微妙だった。あれから、同意してくれた先生たち。その顔すべてすべてがどうにも枯れ木のような様子が気になっている。

 断りたくても断れない、あるいは断るほどの気力がない、そのどちらかに傾く。確かに最悪、名目だけでもいい。でも。やっぱり教師の力量っていうのは、侮れないものじゃないだろうか、そうむくむく不安が膨れてくるのは弱気になっているせいだろうか。

「んーん」

 佐倉さんが珍しく眉を寄せて唸っている。時任もそれをとがめない。

「どう思う?」

 俺とゆうちゃんも煮え切らない。

「半田、何か意見あるか?」

「わりきっちゃえばいいかな、とも思いますけど。でも、なんかあそこまで力なさそうなの見ていると……。奇変隊<うち>とは違って、学校の公式系が多くなりますしね、活動。やっぱり講堂の予約とか行事にねじ込んでいくとき頼るのは先生だろうし……」

「やだなー」

 佐倉さんが簡潔に表現した。

「竹下先生は、よく知らないですけど、そこそこ行事とかでよく顔見ますし、先生なら、名目と言っても引き受けたからにはやってくれそうですよね」

「断られたんだっつーの。三年担に男バス顧問なら忙しいってのもわからんでもない」

 んーと半田君が唸った後。

「ここはご意見番の意見を聞いてみましょう」

 ああ、と時任が言って携帯を取り出した。我らが宣伝相か。佐倉さんもわかったらしく

「いそべ――」

「隊長だめです!」

 半田君が突然叫んだ。びっくりして見やる俺たちを見回し彼は真剣な目で

「某国民的アニメ青色のネコ型ロボットの映画を知っていますか」

「ドラえもん?」

「名は言わないでください! 某青色ネコ型ロボットです! ともかくあの映画の冒頭。なにかしらの目にあったのび太が叫びます。「ドラエもーん!」と」

 言ってるけど半田君。

「でも! いそべんではごろが悪いです! 無理にいそべもんでもちょっと微妙です!」

「メールしていいか半田」

 スルーしてすでにメールをうち始めている時任。いやいや首を左右に振った後、半田君は考える人のポーズで手にあてて熊のようにぐるぐる回る。「いそべもん、やっぱりだめだ。二十一えもんみたいだ。ここは発想を逆転してそうだ下の名前だ磯部善二郎先輩」

 そしてカッと彼の目が見開かれた。



 「ぜんえもーん!」






「竹セン?」

 電話をしてわかったよくわからねえから行ってやる、というお言葉を頂き、やってきて速やかに半田君を殴った後、事情を聞いたいそべん先輩は繰り返した。

「即決せずに留めといたのは正解だな。お前ら軽く考えてるけど、そこまでないがしろにしていい問題じゃねえぞ」

「そうですか…。」

「最初は教師の協力なくても、と思ったんですけど」

「いいか、学校における権力者は教師だ。その力をあてにせんでやっていけると思うな」

 だいたいお前ら教師うけわりーんだよ、といそべん先輩は咎めてきた。あの演説の後から、そうそう毎日寄ってくれるわけでもないが、いそべん先輩はいそべん先輩なりに独自のイメージ操作や学校内の俺たちの受け止められ方を調査してくれているらしい。

「だから、こいつらは却下だ。どいつもこいつも枯れ木ばっかり選びやがって」

 承諾してもらった先生の名前が書いた紙を、ふんっと冷たく放って

「竹センか。まあ、わるかねえな。あいつ、うまく立ち回ってるから、年配教師にごますってるように見せて結構通せるぜ。体育館の改修とかもなんやかんやと奴が通したらしいし」

 へえ。先生たちの中でもやっぱり力の差ってあるんだなあ。

「生徒受けもいいほうだしな。なにより三年にとって身近ってのはお前らに必要な要素ではある」

 確かに三年メンバーばかりの現生徒会に比べ、俺たちが現時点で三年での支持を勝ち取るのは難しいだろう。最初はぴんとこなかったが、案外竹下先生の起用は悪くなかったらしい。

「ただ、なんでお前らが竹センかわかんねえんだけど」

「それは……」

 俺たちはゆうちゃんを見た。

「篠原が?」

「はい」

 いそべん先輩が首をひねる。

「なんでお前が竹センだ?」

「一年生の時に……体育祭担当でお世話になりました」

 いそべん先輩がゆうちゃんをじっと見る。

「篠原、ちょっと来い」

「は、はい」

 廊下に呼び出されてしまった。大丈夫だとは思うけど。いそべん先輩ゆうちゃんには甘いし。二人が廊下に出ていたのはそんなに長い時間じゃなかったけれど、やきもきして待っていた俺に戻ってきたいそべん先輩は

「やっぱり、竹センでいってみるか」

 え。なんのやりとりしたの?

「聞いてみると結構、篠原尽くしたみたいだしな。他にいい候補がいるわけでもねえし、若い分、生徒の押しに弱いところもあんだろ」

 ゆうちゃんが尽くすのはもはやデフォルトだ。

 でも。たまには見返りを求めるのも悪くはない。ましてやめったに求めないゆうちゃんが望むならなおさら。

 そう思いながらも、俺の知らないところで何かが了解されて進行されている。

 そのことにたいする居心地の悪さは歯に挟まったほうれん草のようにしつこく残っていた。



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